学位論文要旨



No 111326
著者(漢字) 畝川,美悠紀
著者(英字)
著者(カナ) ウネカワ,ミユキ
標題(和) ラット延髄孤束核においてエンドセリン及びエンドセリン受容体が循環・呼吸調節に果たす役割
標題(洋) Role of endothelin and endothelin receptors in rat nucleus tractus solitarius in cardiorespiratory control
報告番号 111326
報告番号 甲11326
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第980号
研究科 医学系研究科
専攻 第一基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 矢崎,義雄
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 助教授 永井,良三
内容要旨 [背景と目的]

 循環と呼吸は密接な関係にあり、協関して内部環境の維持に貢献する。このことは、循環と呼吸を調節する中枢神経機構に関して特に顕著である。延髄孤束核(NTS)は、循環・呼吸器官をはじめ多くの内臓器官から発し、迷走神経および舌咽神経を経由する一次求心線維が投射する知覚性の核であり、末梢からの神経情報の統合・処理を司る。NTSには、ペプチドなど種々の物質が存在し、またこれらをNTSに局所投与するとしばしば循環・呼吸反応が起こるので、その調節に関与することが示唆される。一方、強力な内皮細胞由来血管収縮物質であるエンドセリン(ET)とその受容体は、NTSを含む中枢神経系にも豊富に存在し、とくに循環・呼吸調節に関与する神経機構に影響することがわかっている。筆者の研究グループは、大槽内に投与されたET-1、あるいはET-3が循環・呼吸調節に関与し、この作用にはNTS、最後野、延髄腹側表面とそれに近接する吻側延髄腹外側部が関与することを示してきた。本研究では、特にNTSを取り上げ、NTS内にETを微量投与することにより引き起こされる循環・呼吸反応を詳しく解析すること、およびその作用機構を選択的ET受容体遮断薬や作動薬を用いて解明すること、さらにETが動脈圧受容器反射と化学受容器反射に及ぼす影響を調べることを目的とした。

[方法]

 SDラットをウレタンで麻酔し、ガラミンで非動化して人工呼吸し、体温、呼気中の炭酸ガス濃度を一定に維持して実験を行った。大腿動脈カニューレより動脈血圧と心拍数、主に血管収縮神経からなる腎交感神経活動、呼吸活動の指標として横隔神経活動およびその群放電頻度を測定した。全ラットについて両側の迷走神経を切除して末梢呼吸器からの情報を遮断したので、横隔神経活動は呼吸中枢固有の呼吸リズムを示す。後頭部を切開して延髄背側表面を露出し、ガラスピペットでNTSあるいはその周辺部に薬物(ET-1,ET-3,ET受容体の遮断薬や作動薬、グルタミン酸など)を微量投与した。

 次に、動脈圧受容器反射、化学受容器反射に対する影響を調べた。動脈圧受容器反射は、心拍に同期した腎交感神経活動の変動、大動脈神経の電気刺激による腎交感神経の抑制、あるいは、phenylephrineの静脈内投与に伴う血圧上昇に伴う循環呼吸反応により評価した。化学受容器反射は、1分間の全身的低酸素、および3分間の二酸化炭素負荷に伴う循環呼吸反応により評価した。

 実験終了後、脳切片を作成して、薬物と同時に投与した色素液の分布がNTSに限られるもののみを結果として採用した。

[結果と検討]

 次のように要約される。

 1.グルタミン酸(1nmol)の微量投与により、NTSとその周辺の循環呼吸調節への関与を調べたところ、背側NTS中間部で最も強い降圧、呼吸抑制反応が観察された。加えて、NTS交連部では呼吸抑制反応が、中間部の腹側、吻側部および交連部で昇圧反応が惹起された。

 2.ET-1あるいはET-3をNTS中間部に投与すると、0.1pmol以上で用量依存的に循環(動脈血圧、心拍数、腎交感神経活動)及び呼吸(横隔神経活動とその群放電頻度)機能は亢進した。ETを網様体(NTSの1mm外側)に投与しても循環呼吸反応は惹起されず、近接する最後野に投与すると逆に抑制されたので、この反応はNTSに部位特異的であった。さらに、NTS吻側部ではET-1により昇圧反応、NTS交連部ではET-1により呼吸促進反応、ET-3により循環呼吸促進反応が惹起された(図.A-C)。

 3.ETA受容体遮断薬(FR139317あるいはBQ123;50-500pmol)を投与後、ET-1あるいはET-3(4pmol)をNTS中間部の同じ場所に微量投与すると、ETによる循環呼吸亢進反応は用量依存的に抑制された。一方、ETB受容体遮断薬(IRL1038(45-500pmol)またはRES-701-1(500-5000pmol))で前処理しても、呼吸促進反応は有意に抑制されず、循環反応の抑制には部分的で、明らかな用量依存性が認められなかった。さらに、FR139317(500pmol)とIRL1038(45pmol)の混合物の前処理により、ET、特にET-3の循環呼吸亢進反応は、ほぼ完全に消失した(図.D)。すなわち、ETによる呼吸促進反応は主にETA受容体、循環反応はETAとETB受容体の両方が関与していると結論された。ただし、ETB受容体作動薬としてIRL1620(4-500pmol)あるいはsarafotoxin S6c(50-500pmol)を投与しても有意な変化を示さなかったことから、ETB受容体の寄与は小さいかもしれない。さらに、血管拡張剤(hydralazine;0.5-5nmol)をET-1と同時に投与しても、ET-1による反応は影響を受けなかったこと、他の血管収縮物質(prostaglandin F2,phenylephrine,-monomethyl-L-arginine)をNTSに投与しても有意な循環呼吸亢進反応が起こらなかったことから、ETの作用は血管収縮による血流低下に伴うものではないことが示された。

図 NTSの吻側部(A)、中間部(B)あるいは交連部(C)へのET-1あるいはET-3(4pmol)の微量投与によって引き起こされる循環・呼吸亢進反応、及び中間部においてET受容体遮断薬前投与によるET-1(4pmol)微量投与に伴う循環・呼吸反応の抑制(D)。投与前の値からの変化の有意差(paied t-test);*P<0.05,**P<0.01(A-C)。ACSF前投与後の反応に対する有意差(Fisher’s PLSD test);#P<0.05,##P<0.01(D)。

 4.一側あるいは両側のNTS中間部にFR139317(500pmol)あるいはFR139317(500pmol)とIRL1038(45pmol)の混合物を投与すると、昇圧と呼吸抑制反応が引き起こされた。IRL1038(45pmol)の単独投与では、有意な変化は認められなかった。すなわち、NTS内のETは、ETA受容体を介して緊張性に循環機能を低下させ、呼吸機能を促進していると推測された。

 5.両側のNTS中間部にET-1あるいはET-3を投与すると、動脈圧受容器反射は消失した。すなわち、心拍に同期した腎交感神経活動の変動は、ET(0.1-10pmol)の一側投与では残存したが、両側投与によりほぼ完全に消失した。この変動は、ET-1あるいはET-3(4pmol)を交連部に投与すると半減し、吻側部に投与しても影響を受けなかった。また、大動脈神経の電気刺激による腎交感神経活動の抑制反応は、ET-1あるいはET-3(4pmol)を両側のNTS中間部に投与するとほぼ完全に消失したことから、ETによる動脈圧受容器反射の抑制は中枢神経系内(おそらくNTS)で起こっていることが確認された。

 6.両側のNTS中間部にFR139317(500pmol)を投与すると、低酸素刺激、二酸化炭素負荷による化学受容器反射が抑制された。逆に、ET-1(0.01pmol)は低酸素負荷による反応を増強した。一方、IRL1038(45pmol)を投与すると、phenylephrine静脈内投与による血圧上昇に伴う動脈圧受容器反射のある成分がわずかに増強された。すなわち、ETA受容体が刺激されると動脈化学受容器反射は増強され、ETB受容体が刺激されると動脈圧受容器反射が抑制されることが推測された。

[結論]

 NTS内において、内因性ETは、受容体を介して持続性(緊張性)および反射性に循環・呼吸機能を調節していることが示された。この結果は、ETが、中枢神経系による循環・呼吸調節に、神経伝達物質、神経修飾物質などとして関与する可能性を示唆する。

審査要旨

 申請者の研究グループは、大槽内に投与されたエンドセリン(ET)-1あるいはET-3が循環呼吸調節に関与し、この作用には延髄孤束核(NTS)、最後野、延髄腹側表面とそれに近接する吻側延髄腹外側部が関与することを示してきた。申請者は、この中でNTSを取り上げ、NTSにおいてETが循環呼吸調節に果たす役割を解析するため、ウレタンで麻酔し、人工呼吸下で生理的条件を一定にしたラットを用いて、系統的な研究を行い、下記の結果を得た。

 1.グルタミン酸を微量投与して、NTSとその周辺の循環呼吸調節への関与を調べたところ、背側NTS中間部で最も強い降圧、呼吸抑制反応が観察された。

 2.ET-1あるいはET-3をNTS中間部に投与すると、用量依存的に循環(動脈血圧、心拍数、腎交感神経活動)及び呼吸(横隔神経活動とその群放電頻度)機能は亢進し、この反応はNTSに部位特異的であった。さらに、NTS吻側部ではET-1により循環機能、NTS交連部ではET-1により呼吸機能、ET-3により循環・呼吸機能が亢進した。

 3.ETA受容体遮断薬の前処理により、ET-1あるいはET-3による循環呼吸亢進反応は大部分が抑制された。一方、ETB受容体遮断薬で前処理した場合、呼吸反応は有意に抑制されず、循環反応の抑制は一部分であった。すなわち、ETによる呼吸反応は主にETA受容体、循環反応はETAとETB受容体の両方が関与していると結論された。また、ETによる循環呼吸反応が血管収縮に伴う血流低下によるものではないことも確認した。

 4.一側あるいは両側のNTS中間部にETA受容体遮断薬あるいはETAとETB受容体遮断薬の混合物を投与すると、昇圧と呼吸抑制反応が惹起された。一方、ETB受容体遮断薬の単独投与では、有意な変化は認められなかったことから、NTS内のETは、ETA受容体を介して持続性に循環機能を低下させ、呼吸活動を促進していることが示された。

 5.両側のNTS中間部にET-1あるいはET-3を投与すると、動脈圧受容器反射は消失した。すなわち、心拍に同期した腎交感神経活動の変動は、一側のみの投与では残存したが、両側に投与するとほぼ完全に消失した。この変動は、ETをNTS交連部に投与すると半減し、吻側部に投与しても影響を受けなかった。また、大動脈神経の電気刺激による腎交感神経活動の抑制反応は、ETを両側のNTS中間部に投与するとほぼ完全に消失した。

 6.両側のNTS中間部にETA受容体遮断薬を投与すると、低酸素、二酸化炭素負荷による化学受容器反射が抑制された。一方、ETB受容体遮断薬を投与すると、phenylephrine静脈内投与による血圧上昇に伴う動脈圧受容器反射のある成分が増強された。すなわち、ETA受容体が刺激されると動脈化学受容器反射は増強され、ETB受容体が刺激されると動脈圧受容器反射が抑制されることが示された。

 以上のように、本論文は、麻酔下ラットにおいて、NTSに内因性のETが持続性、反射性に循環呼吸調節に影響を及ぼしていることを明らかにした。これは、中枢神経系内で、ETが神経伝達物質あるいは神経修飾物質として循環呼吸調節に関与することを強く示唆するものである。現在、中枢神経系による循環呼吸調節メカニズムは、まだ未解決の部分も多く、本研究の成果は、メカニズムの解明に寄与するものと考えられる。したがって、本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。

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