申請者の研究グループは、大槽内に投与されたエンドセリン(ET)-1あるいはET-3が循環呼吸調節に関与し、この作用には延髄孤束核(NTS)、最後野、延髄腹側表面とそれに近接する吻側延髄腹外側部が関与することを示してきた。申請者は、この中でNTSを取り上げ、NTSにおいてETが循環呼吸調節に果たす役割を解析するため、ウレタンで麻酔し、人工呼吸下で生理的条件を一定にしたラットを用いて、系統的な研究を行い、下記の結果を得た。 1.グルタミン酸を微量投与して、NTSとその周辺の循環呼吸調節への関与を調べたところ、背側NTS中間部で最も強い降圧、呼吸抑制反応が観察された。 2.ET-1あるいはET-3をNTS中間部に投与すると、用量依存的に循環(動脈血圧、心拍数、腎交感神経活動)及び呼吸(横隔神経活動とその群放電頻度)機能は亢進し、この反応はNTSに部位特異的であった。さらに、NTS吻側部ではET-1により循環機能、NTS交連部ではET-1により呼吸機能、ET-3により循環・呼吸機能が亢進した。 3.ETA受容体遮断薬の前処理により、ET-1あるいはET-3による循環呼吸亢進反応は大部分が抑制された。一方、ETB受容体遮断薬で前処理した場合、呼吸反応は有意に抑制されず、循環反応の抑制は一部分であった。すなわち、ETによる呼吸反応は主にETA受容体、循環反応はETAとETB受容体の両方が関与していると結論された。また、ETによる循環呼吸反応が血管収縮に伴う血流低下によるものではないことも確認した。 4.一側あるいは両側のNTS中間部にETA受容体遮断薬あるいはETAとETB受容体遮断薬の混合物を投与すると、昇圧と呼吸抑制反応が惹起された。一方、ETB受容体遮断薬の単独投与では、有意な変化は認められなかったことから、NTS内のETは、ETA受容体を介して持続性に循環機能を低下させ、呼吸活動を促進していることが示された。 5.両側のNTS中間部にET-1あるいはET-3を投与すると、動脈圧受容器反射は消失した。すなわち、心拍に同期した腎交感神経活動の変動は、一側のみの投与では残存したが、両側に投与するとほぼ完全に消失した。この変動は、ETをNTS交連部に投与すると半減し、吻側部に投与しても影響を受けなかった。また、大動脈神経の電気刺激による腎交感神経活動の抑制反応は、ETを両側のNTS中間部に投与するとほぼ完全に消失した。 6.両側のNTS中間部にETA受容体遮断薬を投与すると、低酸素、二酸化炭素負荷による化学受容器反射が抑制された。一方、ETB受容体遮断薬を投与すると、phenylephrine静脈内投与による血圧上昇に伴う動脈圧受容器反射のある成分が増強された。すなわち、ETA受容体が刺激されると動脈化学受容器反射は増強され、ETB受容体が刺激されると動脈圧受容器反射が抑制されることが示された。 以上のように、本論文は、麻酔下ラットにおいて、NTSに内因性のETが持続性、反射性に循環呼吸調節に影響を及ぼしていることを明らかにした。これは、中枢神経系内で、ETが神経伝達物質あるいは神経修飾物質として循環呼吸調節に関与することを強く示唆するものである。現在、中枢神経系による循環呼吸調節メカニズムは、まだ未解決の部分も多く、本研究の成果は、メカニズムの解明に寄与するものと考えられる。したがって、本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。 |