学位論文要旨



No 111330
著者(漢字) 根東,覚
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,サトル
標題(和) 速い順向性の軸索輸送を行う新しいモーター蛋白KIF3Aの同定と解析
標題(洋) KIF3A is a New Microtubule-based Anterograde Motor in the Nerve Axon
報告番号 111330
報告番号 甲11330
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第984号
研究科 医学系研究科
専攻 第一基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 金澤,一郎
内容要旨

 微小管は球状蛋白質チューブリンが重合してできた径約25nmの管状纎維である。すべての真核細胞に存在していて、細胞内輸送、形態形成、細胞核分裂、繊毛、鞭毛運動などの広範囲な機能に関与している。単純な構造体であるにもかかわらず、そのような多様な機能と特性を発揮しうるのは、微小管がMAPs(microtubule associated protein)と総称されるいろいろな蛋白質と相互作用しているからである。MAPsは構造MAPsとモーターMAPsに大別され、そのうちモーターMAPsはキネシンとダイニンを含む。いずれもATPの加水分解で生じる化学エネルギーを機械エネルギーに変える変換器であるが、分子量、アミノ酸配列、酵素学的特質、運動の方向性などでお互いに異なっている。前者は神経細胞内で物質を輸送するために、後者は鞭毛、繊毛をうごかすための発生源として同定されたが、現在ではキネシン及びダイニン共に数多くのサブファミリーが見つかり、その他の細胞にも広く存在し微小管の多岐に渡る機能に関与していることが明らかに成りつつある。

 ところで、神経細胞は軸索、樹状突起、細胞体から成る特徴的な極性を有する細胞の一つであるが,この極性が神経細胞に特異な機能を与えておりその維持には細胞骨格タンパクを始めとした種々のタンパク質の正確な分配が必須で微小管を介した物質の輸送系はそのひとつを担っていると考えられる。特に軸索に関しては、軸索内には蛋白質を合成する能力がなくそこで必要な蛋白質、膜などはすべて細胞体で合成されたのち軸索内輸送により目的地へ運ばれる。軸索内輸送は大きく分けて順方向性のものと逆方向性の2種類に分けられ、さらに順方向性に関してはその速さによりさらに細かく分けられている。現在までに順方向性のモーターとしてキネシンが逆方向性のモーターとして脳ダイニンが同定されていた。今回私は,軸索内輸送に関係するモーター分子がキネシン以外にも存在することを見つけその同定,解析を行った。本教室で先にキネシン関連タンパク間のATP結合領域及び微小管結合領域における相同性から類推した縮重プライマーを用いてPCRクローニングを行ないマウス脳より全く新しいいくつかの分子が遺伝子レベルで同定された。私はこれらの中の一つKIF3Aに関して詳しい解析を行った。

 KIF3Aタンパクが実際に微小管に依存したモータータンパクであるのかどうかを調べるためにバキュロウィルスの発現系を用いてこの蛋白をin vitroにて発現させて調べた。KIF3A遺伝子の全長をまずトランスファーベクターに導入し野生型ウィルスDNAと同時トランスフェクションすることによってKIF3A遺伝子を持った組換えウィルスを得た。ポリヘドリンプロモーターの下流につないだKIF3A遺伝子は非常な高レベルで発現しその量はsf9細胞の全タンパク量の30%にまで達した。発現したKIF3Aのうち約半分が遠心後可溶化し以下の実験にはこの画分を用いた。微小管への結合活性能をAMP-PNP存在下微小管とKIF3Aタンパクとを混ぜて共沈させその後ATPを加えて微小管からはずすことによって調べ、可溶化したタンパクの大部分がATP依存性の活性を示すことが確かめられた。この方法を精製の最初のステップとしつぎに蔗糖密度勾配の遠心によりsf9細胞由来の内在性のモータータンパクを除いた。

 この発現し精製したタンパクを用いてin vitroでの微小管輸送活性を再構成系により調べた。KIF3Aタンパクをスライドグラスに吸着させそこへ微小管とATPを加えた緩衝溶液を加えVEC-DICの顕微鏡下微小管の動きを観察した。微小管は毎秒0.6ミクロメートルの速さで動き、また微小管の動く方向に関してはクラミドモナスから精製したアキソネーム(一定の方向を向いた微小管の束)を用いた結果、その動く方向はマイナスの方向であった、つまりモータータンパクの動きとしてはプラス方向に動いたのでプラス方向性のモーターであることが分かった。この蛋白のモーター活性に関してさらに詳しい解析を行った結果、ATPのほかにマグネシウムイオンが必要であること、ATP以外のいくつかのヌクレオチドで代用し得ること,AMP-PNPによって微小管の動きは阻害されその濃度はキネシンの場合に比べてはるかに低濃度で効くことなどが分かった。

 次にKIF3Aの分子構造を低角度回転蒸着法による電子顕微鏡により調べた。116のサンプルの長さを計測した結果その平均全長は50nmであった。また、ヘッドとテイルは長いシャフトで結ばれている点ではキネシンと同じであるがテイル部分にはキネシンのような特徴的な構造はみられなかった。

 組織別及び発達段階に従うKIF3Aの発現を調べるためにウェスタンブロッティングを行った。抗体にはモノクローナル抗体とポリクローナル抗体の両方を作成し、これらの抗体はKIF3Aタンパクと特異的に反応し他のキネシン関連タンパクとは反応しなかった。KIF3Aタンパクは脳に最も多く発現しており、次に精巣に多く発現していた。腎臓、肺、膵臓に少量、心臓、腸、肝臓にはほとんど発現していなかった。この発現の傾向は幼若な段階、成人した段階のいずれにもこの傾向に変化は見られなかった。

 神経組織と培養神経細胞内での分布を蛍光抗体法により調べた。小脳では分子層及び髄質を染めた。またこの抗体はまた軸索だけでなく細胞体や樹状突起も染め、深部小脳核に存在する大型の細胞も染めた。海馬の錐体細胞や運動ニューロンのような脊髄の大型の神経細胞を班点状に染めた。グリア及び繊維芽細胞はほとんど染まらなかった。

 in vitroでのモーター活性の測定からプラス方向性の、つまり軸索内では順方向性のモーターであること、及び免疫抗体法による細胞内での局在で軸索に多く存在するという結果から、実際軸索内で順方向性のモーターとして働いているかどうかをマウスの後根神経を外科的に結さつしそののち蛍光抗体法により調べた。KIF3Aに対する抗体は結さつした位置より細胞体に近い部分をよく染め、その逆はほとんど染めなかった。抗体による染色は結さつした位置に近づくに従って明るくなる段階的な染まりかたを示した。以上の結果からKIF3Aは後根神経細胞の軸索にかなりの量存在し順方向性に蓄積したことから順方向性に動く膜小器官に結合したタンパクであることが示された。

 次にKIF3Aの分布を細胞分画により調べた。低速、中速、高速遠心を行った後それぞれの分画に対してウェスタンブロッティング行った結果KIF3Aはいずれのフラクションにも存在することが分かった。ここで低速遠心のフラクションには核やミトコンドリアが、中速遠心のフラクションにはシナプトゾームやライソソームが、高速遠心のフラクションにはミクロソームが分画されている。さらにKIF3Aが細胞内膜小器官に強くついているのかどうかを調べた。塩化ナトリウムまたはヨウ化カリウムで溶出しウェスタンブロッティングを行った結果かなりの量のKIF3Aが塩で洗った後のフラクションに残っていた。さらにこのフラクションを蔗糖密度勾配遠心により細かく分画し細胞内膜小器官の中でもどれぐらいの重さの分画に存在するのかをウェスタンブロッティングにより調べた。その結果フラクションはピークとはならずある程度の幅をもって分布し、またこの分布はシナプス小胞のマーカータンパクであるシナプトフィジンとは異なっていた。これらの結果からKIF3Aはおもにシナプス小胞の前駆体とは異なる細胞内膜小器官でかつそれよりも重い小胞に主に結合していることが分かった。

 さらにKIF3Aの細胞内の定量からその量はキネシンの約1/7であることが分かった。キネシンの細胞内存在量が全タンパクの2%と比較的多いことを考えると量的には少なくはなく重要な役割を担っている可能性が考えられる。

 最後に細胞内で実際発現しているKIF3Aを硫安沈殿、イオン交換カラム、ATP依存性の微小管への脱着を利用して精製しその性質を調べた。最終の溶出画分にはKIF3Aの抗体に反応するバンドが80kDと85kDに2本存在することが観察され。さらに精製の過程でこれらのバンドと常に挙動をともにするバンドが95kDの高さに存在することが分かった。またこれら3つの蛋白質の存在比は2:1:1であることが分かりこれらの蛋白質がコンプレックスを形成していることが示唆された。この精製した蛋白質が実際モーター蛋白質としての活性を持っているかどうかをin vitroで発現させたタンパクと同じアッセイをおこなって調べた。その結果KIF3Aが存在する画分に関して活性はKIF3Aの存在量に比例しており微小管の滑走速度及び方向性はバキュロウィルスの発現系で得たタンパクと一致していた。

 以上の結果をまとめるとKIF3Aタンパクは多くの組織に発現しているが特に脳によく発現している。脳の中では神経細胞のみに発現しておリグリアや繊維芽細胞には発現していない。in vitroで発現させたタンパクも神経組織から精製してきたタンパクもいずれも微小管をin vitroで動かす活性をもっておりその方向はプラス方向でこれは軸索内では順行性に対応する。実際マウスの後根神経の軸索を結さつし蛍光抗体法を行うと順方向性にKIF3Aが蓄積し、細胞分画の結果からある種の細胞内膜小器官と強く結合している。

 総合するとKIF3Aは軸索内では順方向性に運ばれるシナプス小胞の前駆体とは異なる一群の膜小器官の輸送に携わっていることが推察され、また神経細胞軸索内において従来から知られていたキネシン以外にも順行性の輸送に働くキネシン様蛋白が存在する事を初めて明らかにした。

審査要旨

 本研究は高等ほ乳類の神経細胞内での物質輸送を明らかにするため、微小管依存性のモーター蛋白、特にキネシン関連蛋白についての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1、キネシン関連タンパク間のATP結合領域及び微小管結合領域における相同性から類推した縮重プライマーを用いてPCRクローニングを行ないマウス脳より全く新しいいくつかのキネシン様分子が申請者の所属する研究室においてすでに遺伝子レベルにおいてのみ同定されていた。申請者は、これらのうちの一つに関して詳しい解析をおこなった。

 2、KIF3Aはこれらの内の一つで、このタンパクが実際に微小管に依存したモータータンパクであるのかどうかを調べるためにバキュロウィルスの発現系を用いてin vitroにて発現させて調べた。微小管への結合活性能をAMP-PNP存在下に微小管とKIF3Aタンパクとを混ぜて共沈させ、その後ATPを加えて微小管からはずすことによって調べ、可溶化したタンパクの大部分がATP依存性の活性を示すことが確かめた。

 3、この発現したタンパクを精製し、in vitroでの微小管輸送活性を再構成系により調べた。微小管は毎秒0.6ミクロメートルの速さで動き、また微小管の動く方向に関してはクラミドモナスから精製したアキソネーム(一定の方向を向いた微小管の束)を用いた結果、プラス方向性のモーターであることが分かった。分子構造を低角度回転蒸着法によって電子顕微鏡レベルで調べ、この分子は球状のヘッド部分と棒状のテイル部分から成り、平均全長は50nmであることが分かった。

 4、組織別及び発達段階に従うKIF3Aの発現を調べるためにウェスタンブロッティングを行った。モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の両方を作成し、KIF3Aタンパクが脳に最も多く発現しており、次に精巣に多く発現していることが分かった。腎臓、肺、膵臓に少量、また心臓、腸、肝臓にはほとんど発現していなかった。この発現の傾向は幼若な段階、成人した段階のいずれにもこの傾向に変化は見られなかった。

 5、神経組織と培養神経細胞内での分布を蛍光抗体法により調べた。グリア細胞、繊維芽細胞は染めず神経細胞だけを染めたが神経細胞内での顕著な局在は特に見られなかった。

 6、実際に軸索内で順方向性のモーターとして働いているかどうかをマウスの後根神経を外科的に結さつし蛍光抗体法により調べた。KIF3Aに対する抗体は結さつした部位より細胞体に近い部分をよく染め、その逆の部分はほとんど染めなかった。このことからKIF3Aは後根神経細胞の軸索にかなりの量存在するということ、また細胞体に近い側に蓄積したことから順方向性に動く膜小器官に結合したタンパクであることが示された。

 7、KIF3Aの分布を細胞分画により調べ、KIF3Aがおもにシナプス小胞の前駆体とは異なるそれよりも重い細胞内膜小器官に主に結合していることを明らかにした。

 8、細胞内で実際発現しているKIF3Aを精製しその性質を調べた。最終の溶出画分にはKIF3Aの抗体に反応するバンドが80kDと85kDに2本存在することがみられた。さらに精製の過程でこれらのバンドと常に挙動をともにするバンドが95kDの高さに存在することが分かった。またこれら3つの蛋白質の存在比は2:1:1であることが分かりこれらの蛋白質がコンプレックスを形成していることが示唆された。この精製した蛋白質が実際モーター蛋白質としての活性を持っているかどうかをin vitroで発現させたタンパクと同じアッセイをおこなって調べた。その結果KIF3Aが存在する画分に関して活性はKIF3Aの存在量に比例しており微小管の滑走速度及び方向性はバキュロウィルスの発現系で得たタンパクと一致していた。

 以上、本論文はマウス神経細胞の順方向性の軸索内輸送に関して、従来から知られていたキネシン以外に少なくとも1つKIF3Aが働いていることを初めて明らかにしたものである。本研究はこれまで未知に等しかった複雑な神経細胞内輸送の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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