学位論文要旨



No 111336
著者(漢字) 島崎,琢也
著者(英字) Shimazaki,Takuya
著者(カナ) シマザキ,タクヤ
標題(和) 哺乳動物初期発生におけるOct-3遺伝子の機能と発現制御
標題(洋) Function and regulation of Oct-3 gene in mammalian early embryogenesis
報告番号 111336
報告番号 甲11336
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第990号
研究科 医学系研究科
専攻 第二基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,純一
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 野々村,禎昭
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 講師 Saffen David Wayne
内容要旨

 Oct-3遺伝子はPOU転写因子群と呼ばれる遺伝子ファミリーの1つで、哺乳動物においてその発現が、多分化能を持つ胚幹細胞・胚性腫瘍細胞、嚢胚期以前の胚細胞、そして生殖細胞系列の特定部分に限局している遺伝子である。そして、細胞分化と伴に発現が消失するという事実から、哺乳動物の初期発生に重要な役割を果たしていると考えられている。我々は哺乳動物の初期発生における細胞分化の仕組を解明するために、このOct-3の細胞分化における役割と分化に伴う発現抑制機構に関する研究を行った。

1.マウス胚性腫瘍細胞P19と繊維芽細胞Lの融合細胞を用いたOct-3の機能の解析

 P19細胞とL細胞の融合細胞(F1)は、偏平で長い突起を持つという形態的特徴を持ち、Oct-3遺伝子の発現は消失した替りに、神経上皮細胞に特異的な中間径フィラメントタンパク質ネスチンと神経系細胞特異的なPOU転写因子Brn-2を発現する神経上皮様の細胞に変化していた。

 発現ベクターに組み込んだOct-3遺伝子と、Oct-3結合配列をエンハンサーとしたCatレポーター遺伝子をHeLa細胞とF1細胞に導入し、Oct-3の転写活性化能を調べた。しかし、転写活性化は見られなかった。また、GAL-4のDNA結合ドメインとOct-3の転写活性化ドメインを持つ遺伝子とGAL4結合エンハンサーを持つCatレポーター遺伝子を使って、同じ様にP19細胞、F1細胞そしてL細胞における転写活性化能を調べた。すると、P19細胞では転写活性化能が認められたが、F1及びL細胞では認められなかった。このことから、細胞融合による分化でOct-3の転写活性化能も消失することがわかった。

 分化した細胞で消失しているOct-3の転写活性化能は、アデノウイルスE1aタンパク質の存在により回復することが知られている。そこで、このE1a遺伝子とOct-3遺伝子を発現ベクターを使ってF1細胞に導入し、これらが発現し、Oct-3の転写活性化能が回復した細胞を選択した。すると、選択された、つまりOct-3の機能を保持した細胞は、形態的に丸く、ネスチンとBrn-2の発現は消失していた。さらに、この細胞を適当な条件下で培養しOct-3の機能を失わせると、F1細胞と同様な形態と遺伝子発現パターンを示す神経上皮様細胞が大半をしめていた。これらのことは、Oct-3の機能を保持した細胞は脱分化した状態であり、それを持たない細胞は分化した状態であることを示している。つまり、これらの結果より、少なくともある種の分化した細胞に対してはOct-3は脱分化を引き起こし、その消失によって分化が誘導されることがわかった。これらのことは、Oct-3が初期胚細胞の多分化能を維持し、その消失が細胞分化に必要であることを示唆している。

2.細胞分化に伴うOct-3遺伝子の発現抑制機構の解析

 以前の研究で、Oct-3遺伝子の転写開始点より上流約1KbにEC細胞特異的なエンハンサー領域が同定され、RARE1と命名された。これをSV40エンハンサーとTATA ボックスの間に挿入したCATレポーター遺伝子を、Oct-3を発現しているEC細胞とOct-3を発現していないF1細胞やHeLa細胞に導入し、RARE1の挿入がSV40エンハンサーの活性に与える影響を調べた。その結果、RARE1はOct-3を発現していない細胞でのみSV40エンハンサーの活性を阻害した。こことから、RARE1が分化した細胞では転写抑制エレメントとして働くことがわかった。しかしながら、その転写抑制活性はエンハンサーやプロモーターとの位置関係によっては消失してしまい、RARE1はいわゆるサイレンサーではなかった。

 次に、RARE1の様々な欠失変異体を作製し、その転写抑制活性をHeLa細胞を使って調べたところ、少なくとも3つの転写抑制エレメントがRARE1の領域に存在し、それらが共同して働いていることがわかった。さらに、ゲルシフトアッセイによって、それらのエレメントに結合するタンパク質因子を検出した。

 HeLa細胞で検出されたこれらのDNA結合因子の様々な細胞(EC,ES,F1及びHeLaなど)での発現パターンを調べた。その結果、ある1つのエレメントに結合する因子の発現は、EC及びES細胞では非常に低く、EC細胞をレチノイン酸で分化させると上昇し、F1やHeLa細胞では多いことがわかった。この因子の発現パターンはOct-3遺伝子の発現パターンと逆相関しており、RARE1が細胞分化時のOct-3遺伝子発現の消失に関与している事が示唆された。

審査要旨

 本研究は、哺乳動物の発生過程において、特に嚢胚期以前の胚細胞及び生殖細胞系列、そして、胚性腫瘍(EC)及び胚性幹(ES)細胞に特異的に発現している転写因子であるOct-3の機能とその遺伝子発現制御機構を、マウスEC細胞P19と線維芽細胞Lとの融合細胞を用いて解析したものである。

 1.P19細胞とL細胞の融合細胞(F1)は、偏平で長い突起を持つという形態的特徴を持ち、Oct-3遺伝子の発現は消失した替りに、神経上皮細胞に特異的な中間径フィラメントタンパク質ネスチンと神経系細胞特異的なPOU転写因子Brn-2を発現する神経上皮様の細胞に変化していた。

 2.発現ベクターに組み込んだOct-3遺伝子と、Oct-3結合配列をエンハンサーとしたCatレポーター遺伝子をHeLa細胞とF1細胞に導入し、Oct-3の転写活性化能を調べた。しかし、転写活性化は見られなかった。また、GAL-4のDNA結合ドメインとOct-3の転写活性化ドメインを持つ遺伝子とGAL4結合エンハンサーを持つCatレポーター遺伝子を使って、同じ様にP19細胞、F1細胞そしてL細胞における転写活性化能を調べた。すると、P19細胞では転写活性化能が認められたが、F1及びL細胞では認められなかった。このことから、細胞融合による分化でOct-3の転写活性化能も消失することが示された。

 3.分化した細胞で消失しているOct-3の転写活性化能は、アデノウイルスElaタンパク質の存在により回復することが知られている。そこで、このEla遺伝子とOct-3遺伝子を発現ベクターを使ってF1細胞に導入し、これらが発現し、Oct-3の転写活性化能が回復した細胞を選択した。すると、選択された、つまりOct-3の機能を保持した細胞は、形態的に丸く、ネスチンとBrn-2の発現は消失していた。さらに、この細胞を適当な条件下で培養しOct-3の機能を失わせると、F1細胞と同様な形態と遺伝子発現パターンを示す神経上皮様細胞が大半をしめていた。これらのことは、Oct-3の機能を保持した細胞は脱分化した状態であり、それを持たない細胞は分化した状態であることを示している。つまり、これらの結果より、少なくともある種の分化した細胞に対してはOct-3は脱分化を引き起こし、その消失によって分化が誘導されることが示された。

 4.Oct-3遺伝子の転写開始点より上流約1Kbに存在するEC細胞特異的なエンハンサー領域RARE1をSV40エンハンサーとTATA ボックスの間に挿入したCATレポーター遺伝子を、F1細胞を含めた種々の細胞に導入し、RARE1の挿入がSV40エンハンサーの活性に与える影響を調べた。その結果、RARE1はOct-3を発現していない細胞でのみSV40エンハンサーの活性を阻害した。こことから、RARE1が分化した細胞では転写抑制エレメントとして働くことがわかった。しかしながら、その転写抑制活性はエンハンサーやプロモーターとの位置関係によっては消失してしまい、RARE1は典型的なサイレンサーではなかった。

 5.RARE1の様々な欠失変異体を作製し、その転写抑制活性をOct-3を発現していないHeLa細胞を使って調べたところ、少なくとも3つの転写抑制エレメントがRARE1の領域に存在し、それらが共同して働いていることがわかった。さらに、ゲルシフトアッセイによって、それらのエレメントに結合するタンパク質因子を検出した。

 6.HeLa細胞で検出されたこれらのDNA結合因子の様々な細胞(EC,ES,F1及びHeLaなど)での発現パターンを調べた。その結果、ある1つのエレメントに結合する因子の発現は、EC及びES細胞では非常に低く、EC細胞をレチノイン酸で分化させると上昇し、F1やHeLa細胞では多いことが示された。この因子の発現パターンはOct-3遺伝子の発現パターンと逆相関しており、RARE1が細胞分化時のOct-3遺伝子発現の消失に関与している事が示唆された。

 以上、本論文は、マウスEC細胞P19と線維芽細胞Lとの融合細胞を用いて、Oct-3遺伝子の機能と発現制御の分子レベルでの解析を行い、Oct-3遺伝子がEC細胞の多分化能維持に重要な役割を果たしていることを示唆した。このことは、哺乳動物の初期発生における胚細胞の初期分化の仕組みの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものであると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54473