学位論文要旨



No 111346
著者(漢字) 道川,貴章
著者(英字)
著者(カナ) ミチカワ,タカユキ
標題(和) イノシトール三リン酸受容体の構造と機能の解析
標題(洋)
報告番号 111346
報告番号 甲11346
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1000号
研究科 医学系研究科
専攻 第二基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 河西,春郎
 東京大学 講師 飯野,正光
内容要旨

 多くのホルモンや神経伝達物質および成長因子に対する細胞応答反応は、細胞内セカンドメッセンジャーであるイノシトール三リン酸(IP3)によって介在されている。IP3は細胞の内膜、特に小胞体膜上に存在するIP3受容体(IP3R)に特異的に結合し、小胞体内に貯蔵されているCa2+イオンを細胞質に放出させる。細胞質内で上昇したCa2+イオンは、その濃度とパターンにより細胞のさまざまな生理機能を引き起こすと考えられている。このようにして細胞外の情報(上記の刺激因子の種類や量など)はIP3を介することにより、細胞質内のCa2+濃度の時間、空間的変化という形に変換されて伝達される。

 このようにIP3という情報をCa2+という情報に変換する際に中心的な役割を果たすIP3Rは、1989年にマウスの小脳のcDNAライブラリーから杭IP3R抗体を用いて初めてクローン化された。このIP3Rは現在ではタイプ1IP3R(IP3R1)と呼ばれ、ホモロジーを利用してさらにタイプ2IP3R(IP3R2)およびタイプ3IP3R(IP3R3)がクローニングされ、現在までに少なくとも3種類の異なるIP3R遺伝子が存在することが知られている。遺伝子配列からアミノ酸配列を推定したところ、IP3R1、2、3遺伝子産物は、それぞれ2749、2701、2670アミノ酸から成る分子量約310kDの巨大タンパク質であることがわかった。また、IP3R1遺伝子を導入した培養細胞および人工脂質二重膜に再構成した精製小脳IP3Rを解析することにより、IP3R自身がIP3依存性のCa2+放出チャネルであることが示された。IP3Rの構造および機能に関する解析はこれまで主にIP3R1に関して行われ、受容体のN末端約650アミノ酸以内にIP3結合領域が位置すること、C末端付近の疎水性の領域が小胞体膜を貫通しチャネルを形成していること、cAMP依存性キナーゼによるリン酸化部位やATP結合部位などがIP3結合領域と膜貫通領域の間の調節領域と呼ばれる部分に存在すること、さらに、この受容体分子が4量体を形成してCa2+放出チャネルとして機能していることなどが示されている。また、部位特異的抗体を用いた免疫組織学的解析により、受容体分子のN末端およびC末端がともに細胞質側に存在することが示されており、このことからIP3Rは偶数回膜を貫通するものと考えられている。これまで、御子柴らのグループおよびMarantoのグループは一次配列の解析から6回膜貫通モデルを提唱していた。これに対し、Sudhofのグループ、Bellのグループ、およびSnyderのグループは共に8回膜貫通モデルを提唱し、推定膜貫通領域の場所およびその数に関して見解が異なっていた。

 細胞膜上のイオンチャネルはその構造の類似性に基づいて、電位依存性イオンチャネル、リガンド依存性イオンチャネル、ギャップジャンクションチャネルの主に3つのファミリーに分類される。電位依存性イオンチャネルの構造上の特徴は、6回膜を貫通するユニットが4つ集まってチャネルを形成するというもので、6ケ所の推定膜貫通領域を持つサブユニットが4量体を形成してチャネルとして機能するタイプと、6回膜を貫通すると考えられる領域を分子内に4つ一続きに持つタイプの2種類のチャネルが知られている。リガンド依存性イオンチャネルは、4ケ所の推定膜貫通領域を持つサブユニットがヘテロ5量体を形成してチャネルとして機能していると考えられている。ギャップジャンクションチャネルは、4ケ所の推定膜貫通領域を持つサブユニットが6量体を形成することでチャネルを構成すると考えられている。これに対し、IP3Rは4量体としてチャネルを構成しているものの、その一次配列がこれらの細胞膜上のイオンチャネルとほとんど相同性を示さず、唯一同じ細胞内膜上に存在するCa2+放出チャネルであるリアノジン受容体(RyR)とのみ相同性を持つことから、RyRとともに全く新しいイオンチャネルファミリーを形成すると考えられていた。IP3RとRyRは全域にわたって相同性を持つが、特に推定膜貫通領域およびC末端領域に強い相同性を示す。このような推定膜貫通領域の相同性にも関わらず、ハイドロパシープロファイルに基づいて提唱されているRyRの膜貫通モデルはIP3Rの場合と異なり、4回および12回膜を貫通すると考えるものである。ただしRyRの場合もIP3Rと同様直接的な証拠は得られておらず、これらの細胞内膜に存在するCa2+放出チャネルの膜貫通トポロジーは不明のままであった。

 IP3Rはそもそも行動異常を示すミュータントマウスの小脳で著明に発現量が減少している、見かけの分子量250kDの糖タンパク質P400として発見された。小脳のIP3RをN-acetylglucosaminidase Fで処理すると電気泳動上の移動度がわずかに変化することから、IP3Rには少量の糖鎖が結合していることが示されているが、その正確な位置および数に関しては調べられていなかった。小脳に豊富に存在するIP3R1には20ケ所のアスパラギン結合型糖鎖の共通配列(アスパラギン/プロリン以外の任意のアミノ酸/セリンもしくはスレオニン)が存在するが、その大部分は細胞質に存在すると考えられている領域に見い出される。通常細胞内に存在する膜タンパク質のアスパラギン結合型糖鎖は細胞内小器官の内腔側にのみ見られることから、マウスのIP3R1の場合、推定膜貫通領域内に存在する2475番目と2503番目のアスパラギンがその候補として考えらた。これらのアスパラギンは6回膜貫通モデルでは小胞体の内腔側に、8回膜貫通モデルでは細胞質側に位置することから、この部位への糖鎖付加の有無を調べることがIP3Rの膜貫通トポロジーを検証するうえで有効な手段に成りうると考えられた。

 本研究では、マウスIP3R1の一次配列を元に、部位特異的抗体を用いた免疫組織学的解析および部位特異的変異体を用いた生化学的解析によって、6回膜貫通モデルでは小胞体内腔に、8回膜貫通モデルでは細胞質に存在すると考えられている受容体上の領域(アミノ酸2463-2523)の細胞内局在を調べることでIP3Rの膜貫通トポロジーの決定を試みた。アミノ酸2504から2523の領域を抗原として抗ペプチド抗体1ML1を作成し、この抗体を用いて金粒子により染色した小脳切片を電子顕微鏡で観察した。その結果、金粒子は主に小胞体の内腔側に検出され、抗原としたアミノ酸2504から2523の領域が小胞体の内腔側に存在することが明らかとなった。また、糖鎖付加の共通配列内のアスパラギンに部位特異的変異を加えたcDNA(N2475Q、N2503Q、N2475Q/N2503Q)を作成し、このcDNAを培養細胞NG108-15に導入することで発現させた変異受容体の電気泳動上の移動度およびconcanavalin Aカラムに対する結合活性を測定した。その結果、マウスIP3R1には2475番目と2503番目のアスパラギンにのみ糖鎖が付加されていることが明らかとなり、このことから少なくともこれらのアスパラギンは小胞体の内腔に存在するものと考えられた。以上の結果はともに、アミノ酸2463から2523の領域が小胞体の内腔側に位置することを示し、このことからIP3Rは膜を6回貫通するトポロジーを持つ膜タンパク質であるとするモデルを提唱した。また、マウスIP3R1の2475番目と2503番目のアスパラギンに相当する糖鎖付加の共通配列は、IP3R2ではどちらの部位も、IP3R3では前者に相当する部位に関して保存されており、このことからIP3R2、3にもアスパラギン結合型糖鎖が付加されているものと推定された。

 本研究により、IP3Rは6ケ所の推定膜貫通領域をもつサブユニットが4量体を形成することで機能するイオンチャネルであることが明かとなった。この構造を既存の細胞膜に存在するイオンチャネルと比較すると、電位依存性およびセカンドメッセンジャー依存性イオンチャネルファミリーとサブユニットの膜貫通回数(6回)およびチャネルを構成するサブユニットの数(4量体)という特徴が一致することがわかった。さらにハイドロパシープロファイルの類似性により、これらの細胞膜上のチャネルのポアを形成すると考えられるH5領域に相当する部位が、IP3R上にも同様の位置(5番目と6番目の推定膜貫通領域の間)に存在すると推定された。以上から、IP3Rは一次配列の大きな隔たりにもかかわらず、細胞膜上の6回膜貫通型の電位依存性もしくはセカンドメッセンジャー依存性チャネルと同じ膜貫通トポロジーを持つと考えられ、この構造上の類似性から、IP3Rはこれらの細胞膜上のチャネルと共通のファミリーに属するチャネルであるとする新しい概念を提唱した。

審査要旨

 本研究は、カルシウムをメッセンジャーとする細胞内情報伝達系において重要な役割を演じていると考えられるイノシトール三リン酸(IP3)受容体の、特にカルシウム放出チャネルとして機能する領域の構造を明らかとするため、これまで一次配列をもとにした6回膜貫通型と8回膜貫通型の2つのモデルが提唱され見解が分れていた膜貫通トポロジーの決定を試みたものであり、以下の結果を得ている。

 1.マウス小脳よりクローニングされたタイプ1IP3受容体の一次配列上で、6回膜貫通型トポロジーモデルでは小胞体の内腔側に、8回膜貫通型モデルでは細胞質側に局在すると考えられる領域(アミノ酸2504-2523)に特異的な抗ペプチド抗体(1ML1)を作成し、金コロイド法を用いてマウス小脳の凍結切片に対して免疫電顕を行った。その結果、プルキンエ細胞において金粒子は細胞質側と小胞体内腔側のどちらにも検出されたものの、大部分は内腔側に分布することが示された。さらに、同じ抗体を用いて、アガロースに包埋した後にサポニンで穿孔を施したマウス小脳の粗膜画分に対して、IP3受容体の細胞質側に位置する領域を特異的に認識するモノクローナル抗体(4C11)との二重染色を行った。反応後、超薄切片とした試料を電子顕微鏡により観察したところ、これらの2種類の抗体の反応は膜を隔てて完全に分離し、モノクローナル抗体4C11の反応が膜構造の外側に検出されたのに対し、抗ペプチド抗体1ML1の反応は内側に検出され、両者の抗原部位が膜を隔ててそれぞれ反対側に位置することが示された。以上の結果から、抗ペプチド抗体1ML1の抗原部位(アミノ酸2504-2523)は小胞体の内腔側に局在することが明らかとなった。

 2.マウスタイプ1IP3受容体のアスパラギン結合型糖鎖付加の共通配列のうち、6回膜貫通型では小胞体の内腔側に、8回膜貫通型では細胞質側に局在すると考えられる領域に位置する2ケ所の共通配列内のアスパラギン残基(2475番目と2503番目)に部位特異的変異を加えた受容体を作成した。培養細胞で発現させた受容体タンパク質をSDSゲル電気泳動により解析したところ、変異受容体では野生型に比べ見かけの分子量がやや低下していることが示された。また、野生型の受容体タンパク質をN-gycosidase Fで処理することにより、2ケ所同時に変異を加えた受容体とほぼ同じ分子量となることも示された。また、これらの変異受容体のコンカナバリンAカラムへの結合活性を測定したところ、アスパラギン残基を1ケ所のみ変異させた受容体では結合活性が保持されていたのに対し、2ケ所同時に変異を加えた受容体では結合活性が完全に消失していることが明らかとなり、これらの2ケ所のアスパラギン残基に糖鎖が付加されていることが示された。通常、細胞内糖タンパク質の糖鎖付加部位は細胞内小器官の内腔側に位置することから、上記の結果より2475番目と2503番目のアスパラギン残基はともに小胞体の内腔側に局在することが明らかとなった。

 以上、本論文は部位特異的抗体を用いた免疫電顕および糖鎖結合部位へ変異を加えた受容体の解析により、IP3受容体は6回膜貫通型のトポロジーを持つイオンチャネルであることを明らかとした。さらにこの結果に基づき、本論文はIP3受容体はこれまで構造が全く異なると考えられてきた細胞膜上の6回膜貫通型の電位依存性およびセカンドメッセンジャー依存性チャネルと同じ膜貫通トポロジーを持つ、共通のファミリーに属するチャネルであるとする新しい考え方を提唱しており、IP3受容体の構造機能相関の解明のみならず、イオンチャネルの分子進化の解析に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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