学位論文要旨



No 111349
著者(漢字) 福島,純一
著者(英字)
著者(カナ) フクシマ,ジュンイチ
標題(和) 骨肉腫およびその類似疾患の増殖能と癌関連遺伝子の病理組織学的研究
標題(洋)
報告番号 111349
報告番号 甲11349
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1003号
研究科 医学系研究科
専攻 第三基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 長野,昭
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨 I.はじめに

 骨肉腫は腫瘍細胞が直接、骨あるいは類骨を形成する悪性腫瘍であると定義される。骨肉腫は比較的稀な腫瘍であるが、骨髄腫を除くと骨原発の悪性腫瘍中では最も高頻度の腫瘍で、我が国では年間約140例の発生がある。骨原発悪性腫瘍中、骨髄腫を除くと骨肉腫は全体の約44%をしめ、最多である。好発年齢は10歳代で、男女比は男性がやや多い。好発部位は大腿骨遠位、脛骨近位、上腕骨近位、の骨幹端である。骨肉腫の治療は生検にて診断確定後、術前に化学療法を行い切断術ないし広範腫瘍切除術を行い、術後も化学療法を行う。近年の化学療法の進歩により予後は改善されているが、骨肉腫の5年生存率は40%程度であり良好な予後が得られているとはいえない。

 近年、悪性腫瘍の発生、進展には種々の癌遺伝子、癌抑制遺伝子の関与が想定され、多くの癌及び肉腫について病理組織学的あるいは、分子生物学的にそれらの関与が明らかにされつつある。悪性腫瘍の発生、進展は複数の癌遺伝子や癌抑制遺伝子の異常の累積によると考えられている。骨肉腫に関してはp53遺伝子の異常に起因すると考えられるLi-Fraumeni症候群があり、本症候群では家族集積性に骨肉腫や乳癌等種々の悪性腫瘍が発生する。腫瘍の検索において、病理組織学的検索に加えて、腫瘍に関連した遺伝子異常の検索が今後ますます重要になると考えられる。

 骨肉腫の発生にはde novoの発生とPaget病や梗塞等の後に生じる二次的に生じるものとがある。骨肉腫に関与する遺伝子としてRB(retinoblastoma)遺伝子とp53遺伝子が古くから知られている。本研究では骨肉腫の組織発生や進展にどのような遺伝子が関与しているかを知る目的で、免疫組織化学的によく研究されているp53遺伝子と少数例について検索がされているc-erbB-2遺伝子、現在まで報告がないbcl-2遺伝子について各々の遺伝子産物の発現を免疫組織化学的に検出することを試みた。

 また、骨肉腫においては化学療法の重要性が増しており薬剤耐性との関連でP-糖蛋白の発現を免疫組織化学的に検出することを試みた。

 各症例について、未治療の状態の原発巣生検材料、化学療法の影響がある原発巣手術切除材料とprogressionの時期でしかも治療に抵抗性と考えられる転移巣切除材料を免疫組織化学的に検討した。

 また、骨肉腫と比較するために骨原発の良性腫瘍である類骨骨腫と骨巨細胞腫についても、上記各遺伝子産物の発現を免疫組織化学的に検討した。

 骨組織の形成に関与する細胞には骨芽細胞、軟骨細胞や破骨細胞等があり、これらの各細胞間、あるいはこれらの細胞と基質との間において種々のサイトカインを介しての相互作用があると考えられる。腫瘍の分化度の観点から骨組織のサイトカインの一つと考えられるparathyroid hormone related protein(PTHRP)に着目して骨肉腫、類骨骨腫、骨巨細胞腫における発現についても免疫組織化学的に検討した。

 一方、腫瘍の悪性度を推定する手法として腫瘍細胞の核DNA量を測定し、ヒストグラムを作成し、DNAプロイディパターンを検討する方法がある。骨肉腫において腫瘍細胞核のDNAプロイディパターンと組織亜型、悪性度、予後との関係を知る目的で、腫瘍細胞核のDNAが比較的良く保存されている一部の生検組織と肺転移組織でイメージサイトメーターを用いてDNAプロイディパターンを検討した。

 臨床的見地からは悪性腫瘍に罹患した患者がどのような経過をたどるかは最も重要な事項である。現段階では骨肉腫において予後を規定する明確な因子は明らかではない。骨肉腫例について生存期間を算出し、本研究で検討した各項目ごとに累積生存率を比較検討し、予後を規定する因子がどのようなものであるかについても検討した。

II.材料と方法

 研究材料としては東京大学医学部付属病院で1981年〜1989年の期間に切除された骨肉腫37例の生検材料、手術切除材料及び転移巣の切除検体と類骨骨腫5例、骨巨細胞腫5例の腫瘍切除検体および子宮内胎児死亡の剖検例2例(17週齢と19週齢)の大腿骨について検索した。検体はホルマリン固定後、パラフィンに包埋した。脱灰は塩酸と蟻酸を含有する脱灰液またはEDTA溶液を使用した。

 骨肉腫については発生年齢、性別、腫瘍の部位、腫瘍の大きさ、骨外浸潤の有無、組織亜型、組織学的悪性度を検討した。類骨骨腫及び骨巨細胞腫については年齢、性別、腫瘍の部位を検討した。病理組織学的検索はヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施した標本を鏡検した。

 免疫組織化学的にはp53蛋白、bcl-2蛋白、c-erbB-2蛋白、P-糖蛋白およびPTHRPについて検討した。抗体はそれぞれ抗p53蛋白マウスモノクローナル抗体(DO-7)(DAKO社)、抗bcl-2蛋白マウスモノクローナル抗体(124)(DAKO社)、抗c-erbB-2蛋白マウスモノクローナル抗体(CB11)(Novocastra社)、抗p-Glycoproteinマウスモノクローナル抗体(JSB-1)(Novocastra)、抗PTHRPマウスモノクローナル抗体(034)(リコンビナントのPTHRP(1-34)をマウスに免疫し作製した抗体、松下央博士から供与)を用いた。免疫組織化学染色には感度が優れているストレプトアビジンービオチン法(SAB法)を用いた。p53蛋白とbcl-2蛋白の検出には前処置としてクエン酸緩衝液に組織切片を浸漬し、90℃、10分間のマイクロウエーブ照射を施し、抗原の賦活化を行った。PTHRPの検出にはトリプシンと10分間反応させた。内因性ペルオキシダーゼのブロック後、ウサギ正常血清と15分間反応させ非特異反応をブロックした。一次抗体は4℃にて24時間反応させた。二次抗体、標識試薬は各15分間反応後、ジアミノベンチジン(DAB)で発色した。アルコールで脱水、キシレンで透徹し、封入した。

 p53蛋白免疫染色の陽性例について画像解析装置を用いて腫瘍細胞数に対する陽性細胞の比率を計測した。

 骨肉腫についてはイメージサイトメトリーを用いてDNAプロイディを検討した。フォイルゲン染色を用い、DNA量の分かっているラット肝細胞の培養細胞を基準として骨肉腫腫瘍細胞の核DNA量を計測し、DNAヒストグラムを作成した。

 本研究で検討した種々の項目ごとに累積生存率を算出し、生存曲線を作成し、生存率の有意差を検討した。

III.結果と考察

 1)通常型骨肉腫の中でp53蛋白は骨芽細胞型の骨肉腫に発現する頻度が有意に高かった。この事実より骨肉腫においてはp53蛋白は腫瘍性類骨の形成能と関連があると考えられた。また、p53蛋白を発現している骨肉腫はp53蛋白陰性の骨肉腫より累積生存率が高い傾向があったことから、骨肉腫においてはp53蛋白の発現は悪性度や予後とは無関係であると考えられた。骨肉腫の同一症例においてp53蛋白の発現は原発巣と転移巣とで不変であった。従來p53遺伝子の異常は腫瘍発生の比較的後期に生じ、腫瘍のprogressionや悪性度と相関があるとされているが、本研究では骨肉腫におけるp53蛋白の発現は従来から想定されている意味づけとは異なった結果が得られた。

 2)bcl-2蛋白は少数例の骨肉腫において発現があり、しかもbcl-2蛋白は原発巣よりも転移巣に高頻度に発現していた。また、bcl-2蛋白を発現している骨肉腫はbcl-2蛋白陰性の骨肉腫より累積生存率が有意に低かった。bcl-2蛋白の発現の有無は骨肉腫の悪性度、予後の指標になりうると考えられた。

 3)c-erbB-2蛋白は少数例の骨肉腫細胞と腫瘍内に出現する破骨細胞様多核巨細胞に発現があった。一方骨巨細胞腫においては多数の多核巨細胞と一部の間質細胞にc-erbB-2蛋白が発現していた。c-erbB-2蛋白の発現は骨腫瘍の良性悪性の判定の指標とはなり得ないことが明らかとなった。

 4)P-糖蛋白は骨肉腫において軟骨への分化を示す部位に高頻度に発現しており、このことは軟骨芽細胞型の骨肉腫が化学療法の効果を得にくいことと関連があると考えられた。P-糖蛋白の発現は化学療法に伴って発現が増加する傾向はなく、予後との相関もみられなかった。骨肉腫においてはP-糖蛋白だけでなく他の薬剤耐性の機序が関与している可能性があると思われた。

 5)PTHRPは約半数の骨肉腫と多くの類骨骨腫に発現していた。PTHRPは胎児期の骨芽細胞、破骨細胞に発現がみられ、胎児期の骨形成に重要な役割を果たしていると考えられている。骨肉腫におけるPTHRPの発現は骨芽細胞の形質の保持を意味し、分化の指標となると考えられた。PTHRPを発現する骨肉腫はPTHRP陰性の骨肉腫に比較して累積生存率が高い傾向があったことはPTHRPを分化度の指標としてとらえることの裏付けになると考えられた。

 6)イメージサイトメトリーによるDNAプロイディパターンの検討では12例の骨肉腫の67%がdiploidを示し、aneuploidを示した骨肉腫は25%にすぎなかった。Aneuploidを示した骨肉腫はそうでない骨肉腫に比較して累積生存率が低い傾向を有したが統計学的有意差はなかった。しかし、今後の症例の蓄積如何ではDNAプロイディパターンは骨肉腫の予後を規定する因子になる可能性があると考えられた。

審査要旨

 本研究は骨肉腫および類骨骨腫、骨巨細胞腫の腫瘍発生、腫瘍増殖の立場からそれらに関与すると想定される遺伝子の遺伝子産物を骨肉腫組織において免疫組織化学的に検討し、その結果と従来の病理組織像(組織亜型、組織学的悪性度)との対比あるいは予後との関連性を解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.p53蛋白の検討では骨肉腫37例中9例に陽性で、通常型骨肉腫の中で骨芽細胞型の骨肉腫に陽性となる頻度が有意に高いことが示された。このことから骨肉腫においてはp53蛋白は腫瘍性類骨の形成能と関連があることが示唆された。予後の検討ではp53蛋白陽性の骨肉腫は陰性例に比較し累積生存率が高い傾向があり、骨肉腫においてはp53蛋白の発現は悪性度や予後とは関連性が少ないことが示唆された。同一症例の原発巣と転移巣におけるp53蛋白の発現の比較ではp53蛋白の発現に変化はなく、p53遺伝子の異常は腫瘍発生の比較的初期の段階で生じていることが示唆された。本研究では骨肉腫におけるp53蛋白の発現の意味づけは一般に想定されているものとは異なっていることが示唆された。

 2.bcl-2蛋白の検討では骨肉腫37例中6例に陽性で、bcl-2蛋白は原発巣よりも転移巣に高頻度に発現していることが示された。このことからbcl-2遺伝子の異常が腫瘍発生の後期の段階に関与する可能性と化学療法の抵抗性と関連がある可能性が示唆された。予後の検討ではbcl-2蛋白陽性の骨肉腫は陰性例に比較し累積生存率が有意に低いことが示されており、bcl-2蛋白の発現の有無は骨肉腫の悪性度、予後の指標になりうることが示唆された。

 3.c-erbB-2蛋白の検討では骨肉腫37例中11例に陽性で、少数例の骨肉腫細胞と腫瘍内に出現する破骨細胞様多核巨細胞に発現があることが示された。骨巨細胞腫5例中2例において、多数の多核巨細胞と一部の間質細胞にc-erbB-2蛋白が発現していることが示された。c-erbB-2蛋白の発現は骨腫瘍の良性悪性の判定の指標とはなり得ないことが明らかとなった。

 4.P-糖蛋白の検討では骨肉腫37例中29例に陽性で、軟骨への分化を示す部位に高頻度に発現していることが示された。このことは軟骨芽細胞型の骨肉腫が化学療法の効果を得にくいことと関連があることが示唆された。P-糖蛋白の発現は化学療法に伴って発現が増加する傾向はなく、予後との相関もないことが示された。骨肉腫においてはP-糖蛋白だけでなく他の薬剤耐性の機序が関与している可能性が示唆された。

 5.PTHRPは骨肉腫37例中21例と類骨骨腫5例中4例に発現していることが示された。PTHRPは胎児期の骨芽細胞、軟骨細胞に発現があり、胎児期の骨形成に重要な役割を果たしていると考えられている。骨肉腫、類骨骨腫におけるPTHRPの発現は骨芽細胞の形質の保持を意味し、分化の指標となることが示唆された。PTHRPを発現する骨肉腫はPTHRP陰性の骨肉腫に比較して累積生存率が高い傾向があることが示された。

 6.イメージサイトメトリーによるDNAプロイディパターンの解析では12例の骨肉腫の内67%がdiploidを呈し、aneuploidを呈した骨肉腫は25%であったことが示された。Aneuploidを呈した骨肉腫はaneupoidでない骨肉腫に比較して統計学的有意差はないものの、累積生存率が低い傾向を示した。今後の症例の蓄積如何ではDNAプロイディパターンは骨肉腫の予後を規定する因子になる可能性があることが示唆された。

 以上、本論文は骨肉腫および類骨骨腫、骨巨細胞腫において、癌関連遺伝子産物(p53蛋白、bcl-2蛋白、c-erbB-2蛋白とP糖蛋白)とPTHRPを免疫組織化学的に検索し、腫瘍組織内の局在、病理組織像との対比、予後との関係を明らかにした。骨腫瘍の腫瘍発生、増殖に関与する遺伝子についての知見はいまだ少なく、本研究は骨肉腫および類骨骨腫、骨巨細胞腫の腫瘍発生と増殖に関与する遺伝子の解明に端緒を開く意味で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に価するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53857