学位論文要旨



No 111350
著者(漢字) 崔,立新
著者(英字)
著者(カナ) サイ,リッシン
標題(和) AIDSリンパ腫およびその実験モデルの免疫グロブリンイディオタイプ特性とEBウイルスLMP1の発現に関する研究
標題(洋) Specificity of Immunoglobulin Idiotype and Expression of Epstein-Barr Virus-encoded Latent Membrane Protein 1 on AIDS associated Lymphomas and an Experimental Model of Them
報告番号 111350
報告番号 甲11350
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1004号
研究科 医学系研究科
専攻 第三基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 教授 大久保,昭行
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 松谷,章司
内容要旨 緒言

 Non-Hodgkin’s maligant lymphoma(NHL)は免疫不全状態にある患者の合併症の一つである。NHLは、先天性免疫不全症候群、AIDS(acquired immune deficiency syndrome)患者、免疫抑制療法を受けている患者などにしばしば見られる。AIDS患者では剖検例の5%〜30%程度にNHLが合併する。かかる免疫不全合併NHLは、B細胞性(B-NHし)が最も多い。またその大部分で腫瘍細胞にEpstein-Barr Virus(EBV)が関与していることが知られている。

 NHLの諸種の治療法のうち化学療法は、患者の免疫状態を一層悪化させるので、免疫不全者に合併するNHLにこれを適用することは非常に困難である。かかるNHLには新しい治療方法の開発が求められている。新しい治療法の一つとして、腫瘍特異抗体の応用が考えられる。

 免疫グロブリン(Ig)イディオタイプは膜IgをもつB-NHLの有力な識別マーカーである。Igイディオタイプは非常にたくさんのバラエティーがあるので、腫瘍細胞が特異的に持つ膜Igイディオタイプは腫瘍細胞への特異性が高い。しかしながら、抗Igイディオタイプ抗体によるB-NHLの治療を行うにはその腫瘍細胞のIgイディオタイプに対応する特異(customized)抗体をもつことが必要である。最近、特定患者のリンパ腫細胞から生産された抗Igイディオタイプ抗体がほかのB-NHLと反応する場合のあることが確認され、これらの抗体(antibody for shared Ig idiotype)をもちいた治療が試みられるようになった。日本国では米国人のB-NHLから作られた17-20種類のantibodyが日本人B-NHLの約48%と陽性に反応することが最近確認された。

 LMP1はEBVが作成する蛋白の一つで、宿主細胞を不死化することが知られている。このLMP1は宿主細胞の膜上に局在するといわれている。一方、EBVの感染したヒトの末梢血Bリンパ球をsevere combined immune deficiency(SCID)マウスに移植すると、EBVをもったBリンバ球が不死化してヒトB細胞腫瘍ができる。この腫瘍(SCID-EBV+B-NHLs)は免疫不全NHLのモデルと考えることができる。SCID-EBV+B-NHLはLMP1を発現していることが知られている。

 以上に述べてきたIgイディオタイプやLMP1は腫瘍細胞特異性が高いところから、免疫学的標的となる可能性があるものと考えられる。しかし、AIDSリンパ腫あるいは免疫不全者に見られるB-HNLのIgイディオタイプの特異性に関する研究はこれまで報告されていない。またLMP1の発現についても報告されている情報は乏しい状況にある。そこで、本研究ではまずAIDSリンパ腫およびSCID-EBV+B-NHLのIgイディオタイプの特異性を検索した。また、あらたに、anti-LMP1 serumを作製し、このanti-LMP1 serumと市販の抗LMP1抗体を用いて、SCID-EBV+B-NHLsにおけるLMP1の発現様式を明らかにするとともにAIDSリンパ腫についても可能な限りLMP1発現の有無と程度を調べた。

材料

 6症例のAIDSリンパ腫患者(剖検5症例、生検1症例)から得た未固定凍結B-NHL組織を使用した。また、EBV陽性B-NHLの免疫不全モデル動物として東京大学医科学研究所病理学研究部で継代維持されている23例のSCID-EBV+B-NHLからも腫瘍組織を得た。EBV陽性のRaji細胞、B95-8細胞およびEBV陰性のMolt-4細胞をコントロールとして使用した。14種類のmonoclonal anti-Ig idiotype antibodyは全薬工業より供与された。マウスのmonoclonal anti-LMP1 antibodyはDAKO社のもの(CS1-4)を使用した。anti-LMP1 serumの作成にはC.B-17系マウスを使い、感作するための抗原としてはLMP1遺伝子をトランスフェクションしたC.B-17と同系のマウスよりえたBALB/3T3細胞(高梨正勝氏供与)のcell lysateを使用した。

方法

 1.Anti-LMP1 serumの作製

 3週間に1回、計3回、1頭のC.B-17マウスにつき1×107個のLMP1 transfectedマウスBALB/3T3細胞よりえたlysateをマウスに皮下注射した。最終感作後2週で全採血し、得られた血清をLMP1でトランスフェクションしていないBALB/3T3細胞およびヒト末梢単核球で吸収した。

 2.免疫組織学的方法

 組織レベルでIgイディオタイプやLMP1の発現を見る目的で免疫組織学的検索を行った。-80℃に保存されていた検体より凍結切片を作成し、LAB法を適用した。

 3.フローサイトメトリーによる細胞表面および細胞質内の免疫グロブリンイディオタイプとLMP1の解析

 免疫染色では抗原が膜表面にあるか細胞質にあるかをはっきりさせることができないので、この点を確かめるためフローサイトメトリーを行った。細胞膜上の抗原を同定する場合には未固定状態で、また細胞質内の抗原を同定する場合には細胞をアセトンで10秒固定したのち、間接法にて検索した。検索にはOrtho社のSpectrum IIIを使用した。

 4.Western Blot

 抗LMP1(CS1-4)抗体と抗LMP1 serumを用いて、SCID-EBV+B-NHL腫瘍細胞におけるLMP1の存在を確認した。

結果及び考察

 Igイディオタイプのspecificityを免疫組織学的方法で調べた結果、6例のAIDSリンパ腫中1例と23例のSCID-EBV+B-NHL中の2例のすべての腫瘍細胞がそれぞれ14種類のanti-Ig idiotype antibodyのうち1種のみに反応した。また、AIDSリンパ腫中の他の1例とSCID-EBV+B-NHL中の他の3例が複数のanti-Ig idiotype antibodyと反応した。これらの複数の抗体と反応した例では陽性細胞がいずれの抗体とも100%の反応は示さず、複数のクローンが存在することが推定された。これはフローサイトメトリーによる細胞表面の免疫グロブリンイディオタイプを解析した結果によっても確認された。AIDSリンパ腫においては複数のB細胞が混じりあって腫瘍をつくる、いわゆるpolyclonalな腫瘍が存在することがすでに報告されているが,本研究では Igイディオタイプの側からこのことが裏付けられた。また、14種類のイディオタイプがカバーできるAIDSリンパ腫はいまだ一部にとどまっていることも示された。このことは抗Igイディオタイプ抗体をAIDSリンパ腫に応用することが一部の患者にしか望めないため、基本的には第一選択にはならないことを示している。

 Anti-LMP1 antibody(CS1-4)を用いて実験対象にEBウィルスLMP1蛋白が存在するか否かを免疫組織学的方法で調べた結果、6例のAIDSリンパ腫中の5例と23例のSCID-EBV+B-NHL中の全例にLMP1の発現を認めた。これらの症例の組織において陽性細胞の数は症例により異なり、すべての腫瘍細胞が染まるものはなかった。一方、フローサイトメトリーによる解析の結果はこれと異なり、抗LMP1抗体としてCS1-4を使用した場合も抗LMP1血清を使用した場合も、B95-8細胞、Raji細胞と2例のSCID-EBV+B-NHLのいずれにおいても、すべての腫瘍細胞にLMP1が検出された。免疫染色とフローサイトメトリーの間で陽性率に差があることはLMP1を標的とする免疫療法を考える上で大きな問題を残す。この2つの実験法の差の生じる原因を考えるに、2つの異なる抗LMP1抗体に対する腫瘍細胞の反応が同じパターンを示したところから、実際はより鋭敏な方法であるフローサイトメトリーでみられたようにほとんどすべての腫瘍にLMP1が量的な差はあれ発現しており,一方免疫染色で一部の腫瘍細胞しか陽性所見を示さないのは感度が低いためと考えた。SCID-EBV+B-NHLのすべての細胞にLMP1が発現しているという推論は従来知られていなかった見方である。多クローン性である抗LMP1血清は細胞を固定した場合は陽性反応を示したが、未固定細胞とは反応しなかった。 すなわちこの血清で細胞膜表面のLMP1を同定することはできなかった。Western blot解析においては、antiserumは、60kilodaltonタンパク質(LMP1蛋白)と反応することが確認された。これらの研究と平行して私はLMP1の細胞外ドメインに対応するペプチドを合成し、これから共同研究によって得られたマウス単クローン抗体とSCID-EBV+B-NHLとの反応性もみてきたが、この面からもこれまでのところ完全な抗体を得るには至っていない。すなわちLMP1の細胞外ドメインに対する完全な抗体をとることが、LMP1を標的とした抗体による免疫療法を考える上での今後の課題として残っており、これが解決しない限り抗LMP1による治療研究はできないことになる。

審査要旨

 本研究は、AIDSリンパ腫とNon-Hodgkin’s maligant lymphoma(NHL)の新しい治療法の一つとして腫瘍特異抗体を応用する際に免疫学的標的となる可能性のある免疫グロブリン(Ig)イディオタイプの特異性と、細胞中のLMP1の有無を確認することを目的としている。このため、6症例のAIDSリンパ腫患者(剖検5症例、生検1症例)から得たB-NHLの新鮮凍結組織と、23例のSCID-EBV+B-NHLから得た腫瘍組織について、免疫組織学的方法、フローサイトメトリーとWestern blotを用い、Igイディオタイプの特異性およびLMP1発現の有無と程度を検索した。下記の結果を得ている。

 1.Igイディオタイプの特異性を免疫組織学的方法で調べた結果、6例のAIDSリンパ腫中の1例と23例のSCID-EBV+B-NHL中2例のみが使用した14種のanti-Ig idiotype antibodyのうちの1つに反応した。また、AIDSリンパ腫中の他の1例とSCID-EBV+B-NHL中の他の3例が複数のanti-Ig idiotype antibodyと反応したが、いずれの抗体においても反応したのは腫瘍細胞の一部であったので、複数のクローンが存在することが推定された。これはフローサイトメトリーによる細胞表面のIgイディオタイプを解析した結果とも一致する。AIDSリンパ腫においては複数のB細胞が混じりあって腫瘍をつくる、いわゆるpolyclonalな腫瘍が存在することがすでに報告されているが、本研究の結果もこれとよく合う。しかし、本研究の性質上SCIDマウスで正常細胞も継代された可能性が完全に否定できず、NHLあるいはAIDSリンパ腫が多クローン性であるとは必ずしも結論できない。

 2.Anti-LMP1 antibodyを用いて、細胞にEBウィルスLMP1が存在するか否かを免疫組織学的方法で調べた。6例のAIDSリンパ腫中の5例と23例のSCID-EBV+B-NHL中の全例にLMP1を認めた。これらの症例の組織において陽性細胞の数は症例により異なり、すべての腫瘍細胞が染まるものはなかった。一方、フローサイトメトリーでは、抗LMP1抗体としてCS1-4を使用した場合も抗LMP1血清を使用した場合も、B95-8細胞、Raji細胞と2例のSCID-EBV+B-NHLのいずれにおいても、すべての腫瘍細胞にLMP1が検出されるという結果となった。この結果のくいちがいが何によるものかは解析していない。

 3.抗LMP1抗体により細胞を固定した場合は陽性反応を示したが、未固定細胞とは反応しなかった。よって細胞膜表面にLMP1が発現しているか否かは不明である。

 以上、本論文は、Igイディオタイプの特異性およびLMP1発現の有無と程度を検索した。市販の抗Igイディオタイプ抗体は一部の患者にしか適応できないため治療の第一選択にはならないことを示している。AIDSリンパ腫およびSCID-EBV+B-NHLのほぼ全例に細胞質内のLMP1の存在を確認したが、細胞膜表面のLMP1の同定はできなかった。この抗体がLMP1の細胞外ドメインを認識する抗体か否かは不明であり、結論は出せない。従ってLMP1が治療標的になりうるかは不明である。本研究はAIDSリンパ腫とNHLの治療に腫瘍特異抗体を応用するという新しい治療法の開発に向けた基礎研究を行ったものである。この研究により申請者は研究を行うのに必要な基礎的な能力を得たと考えられ、学位の授与に値するものと考えることができる。

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