学位論文要旨



No 111354
著者(漢字) 河野,隆志
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,タカシ
標題(和) ヒト肺癌における第2染色体長腕q33ホモ欠失の同定及び、ホモ欠失領域からの候補癌抑制遺伝子の単離
標題(洋) Identification of a homozygous deletion at chromosome 2q33 in human lung carcinoma by AP-PCR genomic fingerprinting and isolation of a candidate tumor suppressor gene from the homozygously deleted region
報告番号 111354
報告番号 甲11354
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1008号
研究科 医学系研究科
専攻 第三基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 江川,滉二
 東京大学 教授 古瀬,彰
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 講師 平井,久丸
内容要旨

 癌の発生、進展の過程には欠失、再構成、増幅、点突然変異など多数のゲノム異常が関与しており、それに伴い多数の癌遺伝子、癌抑制遺伝子がそれぞれ活性化、不活化している。しかし、まだ同定されていない癌遺伝子、癌抑制遺伝子も多数存在すると考えられており、癌細胞における新しいゲノム異常を検出し、癌の発生、進展にかかわる新しい遺伝子を同定することは重要である。Arbitrarily Primed-Polymerase Chain Reaction(AP-PCR)法はPCRを用いた新しいゲノムフィンガープリント法である。私は、ヒトゲノム中に広く散在しているエクソン/イントロン介在配列に由来するPCRプライマーを用いて、ヒト肺癌、腎臓癌のゲノムDNAに対しAP-PCRを施行することにより、ヒト癌細胞における新しいゲノム異常の探索を行った。その結果、1例のヒト肺小細胞癌細胞株、NCI-H82のフィンガープリントにおいて360bpのバンドの消失が観察され、対応するDNA断片がこの癌細胞においてホモ欠失を起こしていることが推察された。このDNA断片を単離し、サザンブロット解析を行った結果、この癌細胞におけるホモ欠失が確認された。さらに、蛍光in situハイブリダイゼイションを行ったところ、このホモ欠失は第2染色体長腕q33に位置することが明らかになった。

 そこで、私はこのNCI-H82細胞におけるホモ欠失領域の詳しい解析を行った。欠失領域を完全にカバーするコスミドコンティグ地図を作成し、欠失領域の両末端を調べたところ、この欠失は染色体上にinterstitialに生じているものであり、欠失領域の大きさは、約200kbpであることが明らかになった。次に、ホモ欠失領域内に存在する遺伝子を同定するためにエクソントラッピング法を用いて、この欠失領域内に存在するエクソン様DNA断片を単離した。それらをプローブとし、ヒト脳、ヒト胎児肺およびHeLa細胞由来のcDNAライブラリーをスクリーニングしたところ、1つの遺伝子が同定された。決定したDNA一次構造をEMBL/Genbankデータベースにおいてホモロジー検索を行ったところ、この遺伝子は今回新しく単離されたものであることがわかった。また、推定されたアミノ酸配列が、ホスホリパーゼCファミリーの遺伝子群と高い相同性を示したことから、私はこの遺伝子をPLC-L(phospholipaseC-deleted in lung carcinoma)と名付けた。PLC-L遺伝子のゲノム構造を解析したところ、その全コーディング領域は、NCI-H82細胞でホモ欠失しており、5’-非翻訳領域のみが欠失せずに残っていた。ノザンブロット解析を行ったところ、PLC-L遺伝子は、ヒト胎児および成人の肺を含む広汎な組織でmRNAの発現がみられたが、NCI-H82細胞株ではmRNAの発現は認められなかった。また、その他の肺癌細胞株についても調べたところ、54%(7/13)の肺小細胞癌および87%(13/15)の非小細胞癌では、その発現が著しく低下していた。さらに、1例の肺小細胞癌細胞株、Lu130においては、ヒト正常組織では検出されない異常なサイズを示すmRNAの発現が検出された。このようなmRNAの発現量の低下や異常なサイズのmRNAの発現は、RB、DCC、などの癌抑制遺伝子についてしばしば観察される現象である。しかしながら、PLC-L遺伝子を不活化するようなDNA再構成や点突然変異は、NCI-H82細胞以外のヒト肺癌細胞では検出されなかったので、この遺伝子が癌抑制遺伝子であるかどうかについては現時点では不明である。今後、PLC-L遺伝子産物の機能解析およびホモ欠失領域内に存在する他の遺伝子の探索が必要である。

審査要旨

 本研究はヒト癌の発生、進展の過程において重要な役割を演じていると考えられる新しい癌抑制遺伝子を単離するため、AP-PCRゲノムフインガープリント法を用い、ヒト癌細胞株における染色体ホモ欠失領域を同定し、そこに存在する候補癌抑制遺伝子の単離を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ヒトゲノム中に広く散在しているエクソン/イントロン介在配列に由来するPCRプライマーを用いて、ヒト肺癌、腎臓癌細胞株のゲノムDNAに対しAP-PCRを施行することにより、1例のヒト肺小細胞癌細胞株、NCI-H82における染色体ホモ欠失を同定した。

 2.蛍光in situハイブリダイゼイションを行ったところ、このホモ欠失は第2染色体長腕q33に位置することが明らかになった。

 3.ホモ欠失領域をカバーするコスミドコンティグ地図を作成し、欠失領域の両末端を調べたところ、この欠失は染色体上にinterstitialに生じているものであり、欠失領域の大きさは、約200kbpであることが明らかになった。

 4.エクソントラッピング法を用いて、この欠失領域内に存在するエクソン様DNA断片を単離し、それらをプローブとしてヒト脳、ヒト胎児肺およびHeLa細胞由来のcDNAライブラリーをスクリーニングしたところ、1つの遺伝子PLC-Lを同定した。決定したDNA一次構造をEMBL/Genbankデータベースにおいてホモロジー検索を行ったところ、この遺伝子は今回新しく単離されたものであり、推定されたアミノ酸配列は、ホスホリパーゼCファミリーの遺伝子群と高い相同性を示した。

 5.PLC-L遺伝子のゲノム構造を解析したところ、その全コーディング領域は、NCI-H82細胞でホモ欠失しており、5’-非翻訳領域のみが欠失せずに残っていた。ノザンブロット解析を行ったところ、PLC-L遺伝子は、ヒト胎児および成人の肺を含む広汎な組織でmRNAの発現がみられたが、NCI-H82細胞株ではmRNAの発現は認められなかった。

 6.NCI-H82細胞株以外の肺癌細胞株についてもPLC-L遺伝子の発現について調べたところ、54%(7/13)の肺小細胞癌および87%(13/15)の非小細胞癌では、その発現が著しく低下していた。

 7.しかしながら、PLC-L遺伝子を不活化するようなDNA再構成や点突然変異は、NCI-H82細胞以外のヒト肺癌細胞では検出されなかった。

 討議の結果、本論文中でTable1で示した第2染色体長腕のRFLP解析の結果は、今回同定したホモ欠失とは染色体上離れた部位を調査したものであり、論文の主旨とは直接関与するものではないと判断し、データを削除し、DISCUSSIONにおいて要約し、論ずるのみとした。また、この遺伝子が本当に癌抑制遺伝子であるかどうかについては、今後の解析が必要であると考えられ、DISCUSSION、ABSTRACTに加筆、訂正を施した。また、ACKNOWLEDGEMENTSを論文に加え、若干の字句上の修正を行った。

 以上、本論文はヒト肺小細胞癌細胞株、NCI-H82の第2染色体長腕q33にホモ欠失が起こっていること、およびその領域内に新しい候補癌抑制遺伝子、PLC-Lが存在することを明らかにしたものである。本研究はヒト癌に関わる新しい癌抑制遺伝子の同定に向けて、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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