本研究はヒト癌の発生、進展の過程において重要な役割を演じていると考えられる新しい癌抑制遺伝子を単離するため、AP-PCRゲノムフインガープリント法を用い、ヒト癌細胞株における染色体ホモ欠失領域を同定し、そこに存在する候補癌抑制遺伝子の単離を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.ヒトゲノム中に広く散在しているエクソン/イントロン介在配列に由来するPCRプライマーを用いて、ヒト肺癌、腎臓癌細胞株のゲノムDNAに対しAP-PCRを施行することにより、1例のヒト肺小細胞癌細胞株、NCI-H82における染色体ホモ欠失を同定した。 2.蛍光in situハイブリダイゼイションを行ったところ、このホモ欠失は第2染色体長腕q33に位置することが明らかになった。 3.ホモ欠失領域をカバーするコスミドコンティグ地図を作成し、欠失領域の両末端を調べたところ、この欠失は染色体上にinterstitialに生じているものであり、欠失領域の大きさは、約200kbpであることが明らかになった。 4.エクソントラッピング法を用いて、この欠失領域内に存在するエクソン様DNA断片を単離し、それらをプローブとしてヒト脳、ヒト胎児肺およびHeLa細胞由来のcDNAライブラリーをスクリーニングしたところ、1つの遺伝子PLC-Lを同定した。決定したDNA一次構造をEMBL/Genbankデータベースにおいてホモロジー検索を行ったところ、この遺伝子は今回新しく単離されたものであり、推定されたアミノ酸配列は、ホスホリパーゼCファミリーの遺伝子群と高い相同性を示した。 5.PLC-L遺伝子のゲノム構造を解析したところ、その全コーディング領域は、NCI-H82細胞でホモ欠失しており、5’-非翻訳領域のみが欠失せずに残っていた。ノザンブロット解析を行ったところ、PLC-L遺伝子は、ヒト胎児および成人の肺を含む広汎な組織でmRNAの発現がみられたが、NCI-H82細胞株ではmRNAの発現は認められなかった。 6.NCI-H82細胞株以外の肺癌細胞株についてもPLC-L遺伝子の発現について調べたところ、54%(7/13)の肺小細胞癌および87%(13/15)の非小細胞癌では、その発現が著しく低下していた。 7.しかしながら、PLC-L遺伝子を不活化するようなDNA再構成や点突然変異は、NCI-H82細胞以外のヒト肺癌細胞では検出されなかった。 討議の結果、本論文中でTable1で示した第2染色体長腕のRFLP解析の結果は、今回同定したホモ欠失とは染色体上離れた部位を調査したものであり、論文の主旨とは直接関与するものではないと判断し、データを削除し、DISCUSSIONにおいて要約し、論ずるのみとした。また、この遺伝子が本当に癌抑制遺伝子であるかどうかについては、今後の解析が必要であると考えられ、DISCUSSION、ABSTRACTに加筆、訂正を施した。また、ACKNOWLEDGEMENTSを論文に加え、若干の字句上の修正を行った。 以上、本論文はヒト肺小細胞癌細胞株、NCI-H82の第2染色体長腕q33にホモ欠失が起こっていること、およびその領域内に新しい候補癌抑制遺伝子、PLC-Lが存在することを明らかにしたものである。本研究はヒト癌に関わる新しい癌抑制遺伝子の同定に向けて、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |