本研究はヒト表層上皮性卵巣腫瘍の発生機序を明らかにするため、そのモデル系としてマウス卵巣表層上皮由来細胞株を作成し、性状を解析するとともに、活性化癌遺伝子を細胞に導入しその腫瘍化における役割を調べたものであり、下記の結果を得ている。 1.ヒト卵巣腫瘍のうち最も頻度が高く、重要性の高い表層上皮性卵巣腫瘍の研究には卵巣表層上皮細胞を分離培養し、その性質や腫瘍化の機序を調べることが必要である。これまでヒト、ラット、ウサギを用いた分離培養の報告はあるが、マウスを用いて成功したというものはなかった。マウスは遺伝的背景がより明確で、人工的に遺伝子変異導入が可能であるため、実験系として有用性が高いと考えられる。今回その卵巣表層上皮細胞の培養を試み、細胞株MOSE-TおよびMOSE-p53をはじめて樹立しえた事が示された。 2.これらの細胞株の性状解析を行なったところ、形態は敷石状で、フォーカス形成はみられず、報告されているヒト、ラットの卵巣表層上皮細胞と同様のものであった。early passageでの染色体は二倍体であった。EGF10ng/ml,insulin 10 g/ml,hydrocortisone 500ng/mlを培地に添加したときにそれぞれ細胞増殖が促進され,EGF 10ng/mlおよびhydrocortisone 500ng/mlを同時に培地に加えたときにはさらに増殖が促進された。 3.MOSE-TではSV40T抗原DNAの導入によるトランスフォーム活性がみとめられ、軟寒天内でコロニーを形成し、ヌードマウスに腫瘍を形成した。その組織像は未分化な悪性腫瘍で、一部にosteoid,異型血管などの中胚葉組織への分化を示した。これは卵巣表層上皮細胞の多分化能を示唆するものであると考えられた。 これらのヌードマウス腫瘍細胞株ではSV40 T抗原DNAの変化をみとめるものがあり、染色体は多倍体であった。 4.MOSE-p53ではトランスフォーム活性はほとんどなく、より正常細胞に近い細胞株であることが示された。 5.ヒト表層上皮性卵巣腫瘍の手術標本の解析で、ras遺伝子の活性化が多く報告されているため、そのトランスフォーム活性を調べた。MOSE-TおよびMOSE-p53にヒト活性化型H-ras遺伝子、ヒト活性化型K-ras遺伝子を導入したところ、トランスフォーム活性の上昇をみとめた。ヌードマウスにより早期から腫瘍を形成し、その組織型はsarcomaであり、分化像はみとめず、一様に未分化であった。 以上、本論文はヒト表層上皮性卵巣腫瘍の研究のモデル系としてのマウス卵巣表層上皮由来細胞株の作成と、活性化癌遺伝子の導入によるトランスフォーム能のアッセイへの利用を明らかにした。本研究はこれまで解析の進んでいなかった卵巣表層上皮細胞の性質と腫瘍化の機序を知るために重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。 |