本研究はインスリン自己免疫症候群(IAS)の病因に関連して、HLA-DRB1*0406由来の分子がヒトインスリンの抗原の提示に関して有意な拘束性を示すことを細胞の機能の点から証明するものであり、下記の結果を得ている。 1.HLA-DRB1*0406を持つTリンパ球のインスリンに対する増殖反応について我々は、はじめにDRB1*0406ハプロタイプを有するリンパ球がインスリンに対する増殖に関係しているかどうかを確認するためヒトインスリンの存在下で自己リンパ球混合反応によりリンパ球の増殖を検討した。DRB1*0406を有する11人のIAS患者、DRB1*0406を有する10人の健常人とDRB1*0405を有する5人の健常人由来のサンプルを用いた。40 Mのヒトインスリンの刺激によりDRB1*0406を有するリンパ球は、増殖反応を示したが、DRB1*0405を有するリンパ球は、取り込み量は上昇しなかった。尚、DRB1*0406を有する11人のIAS患者と10人の健常人との間に反応性の違いは認められなかった。 2.HLA-DR4以外のHLAクラスIIを有するサンプル12人について同様の自己リンパ球混合反応を行なった。その結果、HLA-DR4以外のクラスII抗原を持つリンパ球はヒトインスリンの存在下で増殖を認めなかった。よって、1および2より、ヒトインスリンはDRB1*0406又はDQA1*0301、DQB1*0302の遺伝子産物によって提示されることが確認された。 3.2人の健常人のサンプルを用いて1および2と同じ系において精製モノクローナル抗体である抗HLAクラスI抗体、抗HLAクラスII抗体を加え、増殖反応に対する影響を見た。抗HLA-DR抗体を加えたところ、増殖に対する強い阻害が生じたが、抗HLA-A,B,C抗体と抗HLA-DQ抗体、マウスIgG1、マウスIgG2aを同濃度で加えても変化は認めなかった。よって、DR遺伝子由来の分子がヒトインスリンの抗原提示に関与していることが判明した。 4.L細胞トランスフェクタントを抗原提示細胞として用いて実験を行った。DRB1*0406を有するIAS患者および健常人から得られたTリンパ球に対してHLA-DRB1*0406遺伝子のトランスフェクタントは、DTT存在下でヒトインスリンを提示することができた。 5.DTTの効果を観察するために固定したL細胞を抗原提示細胞として用いた。固定したL細胞をヒトインスリンでインキュベーションする時、DTTを含む系と、DTTを含まない系で、メチルチミジンの取り込み量を比較した。その結果、DTT存在下の方がDTTなしよりもヒトインスリンに対する反応性が高かった。DTTが、1つもしくは2つのS-S結合を還元し、生じたペプタイドが直接、細胞表面のHLAクラスII分子に結合する可能性が想定された。IASが還元剤の投与によって誘導される可能性が過去に発表されたが、in vitroでの証明となるものと考えられる。 6.HLA-DRB1*0406を有する2人の健常人のリンパ芽球から限界希釈を用いてヒトインスリンの存在下で5つのT細胞クローンを樹立した。これらのT細胞クローンはすべてCD4+、TCR / +のT細胞であった。5つのT細胞クローンは、DRB1*0406を有する抗原提示細胞に対してインスリン存在下で増殖した。 7.ヒトインスリン由来の合成ペプタイドをリンパ球混合培養の系に加えて反応性の有無を確認した。患者と健常人のいずれにおいてもヒトインスリンA鎖8-17番またはヒトインスリンA鎖8-21番とヒトインスリンB鎖11-30番の3種に対し、ヒトインスリンであらかじめ刺激を受けたリンパ芽球は増殖を示したが、ヒトインスリンA鎖1-10番とヒトインスリンB鎖1-18番の親和性を持たないペプタイドには反応しなかった。HLA-DR分子に対する親和性とリンパ球の反応性がほぼ一致した。さらに、ヒトインスリン内に複数のT細胞エピトープが存在する可能性が考えられた。 以上、本論文は、ヒトインスリンの抗原提示とT細胞による認識において、HLA-DRB1*0406由来のHLA分子が、有意な拘束性を示すことを証明した。よって、自己免疫疾患であるインスリン自己免疫症候群の病因にHLA-DRB1*0406が特異的に関与している点が機能的に立証された。今後、自己抗原の出現の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと思われる。 |