学位論文要旨



No 111358
著者(漢字) 伊藤,ゆり子
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ユリコ
標題(和) インスリン自己免疫症候群患者および健常人由来のTリンパ球によるヒトインスリンの認識に於けるHLA-DRBl*0406の関与
標題(洋) RECOGNITION OF HUMAN INSULIN IN THE CONTEXT OF HLA-DRBl *0406 PRODUCTS BY T CELLS OF INSULIN AUTOIMMUNE SYNDROME PATIENTS AND HEALTHY DONORS
報告番号 111358
報告番号 甲11358
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1012号
研究科 医学系研究科
専攻 第三基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 高取,健彦
 東京大学 助教授 浅野,喜博
 東京大学 講師 山田,信博
内容要旨

 平田らにより、インスリン自己免疫症候群(IAS)が初めて報告されたのは1970年であり、診断基準としては、以下の3つの項目が挙げられる。(1)自発性低血糖を主症状とする。(2)インスリン投与の既往がない。(3)低血糖発作時の血清から大量の抗インスリン抗体が検出されるが、同時にインスリンと抗インスリン抗体の結合した免疫複合物も大量に血中に認められる。

 現在まで約200例の報告例が存在するが、日本での報告が圧倒的に多かった。最近、内潟らはほぼ100%のIAS患者において、HLA-DRB1*0406,DQA1*0301,DQB1*0302という特異的なアリールを有することを確認した(odds ratio 281,p<10-10)。HLA-DRB1*0406、DQA1*0301、DQB1*0302は専ら黄色人種に認められるクラスIIアリールであった故に疾患の発症頻度に人種差が生じたものと考えられた。

 内潟らはIAS患者から末梢血リンパ球を採取し、インスリン存在下で増殖する現象を確認後、この特異的なクラス遺伝子由来の分子が、IASの発症に深く関与していることが推測されたため、このクラスIIアリールが、ヒトインスリンの抗原提示とT細胞による認識に関与するか否かについて、自己のリンパ球混合反応の系を用いて確認することにした。

対象と方法(患者および健常コントロール)

 IASと臨床的に診断された患者11名、およびHLA-DRB1*0406を有する健常人10名、DRB1*0405を有する健常人5名、DR4を持たない健常人12名より各々末梢血リンパ球を採取した。前もって、各々についてHLAの血清タイピングとDNAタイピングを施行した。

(L細胞トランスフェクタント)

 DRB1*0406分子(KT2)を発現しているL細胞トランスフェクタント、DRB1*0405(Dw15)分子を発現しているL細胞トランスフェクタントおよび遺伝子を導入していないL細胞もコントロールとしてトランスフェクタントと同様に抗原提示細胞に用いた。2種類の細胞はDMEM培地にて培養した。培地内にはHATおよび10%牛胎児血清を加えた。このDRB1*0405遺伝子のトランスフェクタントはHATを含まないDMEMで培養した。

(リンパ球増殖反応)

 自己のリンパ球混合培養を以下のように施行した。5×104個の末梢血リンパ球を抗原提示細胞として用意し、96穴丸底トレイにまき、40M濃度のヒトインスリンを加えて18時間、37℃でインキュベーションした。また、同じドナーの末梢血リンパ球をシャーレに入れ、30分間、37℃下で放置ののち浮遊細胞のみを集めてT細胞分画とし、反応細胞とした。抗原提示細胞側は、その後20Gyの放射線照射を行い、その後反応細胞5×104個を各ウエルに入れた。培養にはRPMI1640に10%の熱非働化したヒトAB血清を加えたものを使用した。

 L細胞を抗原提示細胞として用いる場合は、L細胞1.25×103個を96穴平底トレイにまいた。この際、培養上清に2mM dithiothreitol(DTT)を加え、40Mのインスリンを加え、インキュベーションした。インキュベーション後、L細胞に80Gyの放射線照射をほどこし、2回洗ったのち5×104個の反応細胞を加えた。

 L細胞を固定して抗原提示細胞として用いる実験では、L細胞を0.01%のパラホルムアルデヒド溶液の中に室温で20分間放置ののち2回洗浄した。反応細胞が末梢血リンパ球由来の場合、6日間培養後、1ウエルあたり1Ciのメチルチミジンでラベルした。その18時間後にハーベストし、チミジンの取り込み量を測定した。結果は3ウエルの平均値で表わした。

 また自己リンパ球混合反応のモノクローナル抗体による阻害実験は、ヒトインスリン40Mの存在下で、抗HLA-A,B,C(W6/32)抗体、抗HLA-DR(L243)抗体、抗HLA-DQ(SK10)抗体を加えて施行した。さらにコントロールとしてマウスIgG1(X40)およびマウスIgG2a(X39)も同様に加えた。モノクローナル抗体とコントロールはいずれも0.2g/mlの濃度とした。

(インスリン特異的なT細胞クローンの樹立)

 2人のDRB1*0406を有する健常人から5つのインスリン特異的なT細胞クローン(T108,H120,H122,H141,H142)を樹立した。それらは、自己リンパ球混合反応の系で活性化されたリンパ芽球を限界希釈法を用いて作成した。1人のドナーからクローニングの際、プレートを5枚(480穴)用意した。培養液は、AIM-V培地に1000単位のヒト組み換えインターロイキン2(rIL-2)を加えたものを用いた。

(T細胞クローンの特異性判定)

 ヒトインスリンに対する特異性を判定するため、増殖反応を確認した。1.25×104個のT細胞クローン細胞を1.25×103個のL細胞トランスフェクタント(80Gy放射線照射済み)とともに2日間培養し、40Mのヒトインスリンと2mMのDDTの存在下で、チミジンの取り込み量が明らかに上昇するかどうかを測定した。培養液はヒトAB血清を加えたRPMI1640を用いた。4つのT細胞クローンについてHLA-DRB1*0406遺伝子を導入していないL細胞とともにインスリン存在下で培養し、コントロールとした。

(T細胞クローンの表現形の決定)

 5つのT細胞クローンに対して、細胞表面にCD4、CD8、TCR/、TCR/を持っているかどうかをフローサイトメーターで確認した。各々、FITC標識のLeu3、Leu2a、WT31、11F2抗体を用いた。

(ペプタイドに対するリンパ球の反応)

 ヒトインスリン由来でHLA-DRB1*0406由来の分子に親和性のある合成ペプタイドは熊本大学の西村泰治教授より提供いただいた。ヒトインスリンA鎖8-17番、ヒトインスリンA鎖8-21番、ヒトインスリンA鎖12-21番、ヒトインスリンB鎖11-30番の4種はHLA-DRB1*0406由来の分子に親和性があるが、ヒトインスリンA鎖1-10番とヒトインスリンB鎖1-18番は親和性を持たなかった。

 まずヒトインスリンに反応するリンパ芽球を得るため、HLA-DRB1*0406を有する患者および健常人各1名由来の2×106個の末梢血リンパ球を96平底トレイ、4-5ウエルに分注し、40Mのヒトインスリン存在下で7日間培養した。自己のリンパ球混合培養と同じ要領で5×104個の末梢血リンパ球を抗原提示細胞として用意し、各ペプタイドを最終5Mの濃度で加え、18時間、37℃でインキュベーションした。抗原提示細胞側は、その後20Gyの放射線照射を行い、その後反応細胞のリンパ芽球5×104個を各ウエルに入れ、3日間培養してチミジンの取り込み量を測定した。

結果

 患者のみならず、種々HLAタイプを有する健常人由来のリンパ球混合反応の系にヒトインスリンを加え、その抗原刺激により、リンパ球が増殖するか否かを、観察した。その結果、患者、健常人にかかわらず、HLA-DRB1*0406,DQA1*0301,DQB1*0302を有するリンパ球は、ヒトインスリンに対して特異的に増殖反応を示し(表1)、それ以外のタイプでは反応を示さなかった。この反応は、抗HLA-DR抗体によって阻害され、抗HLA-DQ抗体や抗クラスI抗体によっては影響されなかった(図1)。さらに、特異的なHLA-DRB1*0406,DQA1*0301,DQB1*0302アリールを持つ健常人2名の末梢血リンパ球より、インスリンに特異的なT細胞株を樹立した。T細胞クローンはいずれもCD4+,TCR/+であった。このクローンに対し、HLA-DRB1*0406遺伝子をトランスフェクトしたL細胞を抗原提示細胞として用いて、インスリンに対する特異性を確認した(本論旨内、表5)。また、患者と健常人のいずれにおいてもヒトインスリンA鎖8-17番またはヒトインスリンA鎖8-21番とヒトインスリンB鎖11-30番の3種に対し、ヒトインスリンであらかじめ刺激を受けたリンパ芽球は増殖を示したが、ヒトインスリンA鎖1-10番とヒトインスリンB鎖1-18番の親和性を持たないペプタイドには反応しなかった。HLA-DR分子に対する親和性とリンパ球の反応性がほぼ一致した。

表1;HLA-DRB1*0406を持つTリンパ球のインスリンに対する増殖反応についてaa 5×104個の放射線照射ずみの末梢血リンパ球を抗原提示細胞(APC)として、40Mのヒトインスリン(HI)とともに18時間37℃でインキュベーションした。そして、5×104個の同じドナー由来のTリンパ球(R)を加え、6日間培養した。結果は3つのデータの平均値を表示した。標準偏差は平均値の15%以内であった。 APCのみ、APCとHI、RとHIのトリチウムチミジンの取り込み量は各々、554±103、886±130、1608±210(JJ)であった。bS.I(Stimulation Index;R+APC+HI/R+APC)は3より大なるものを陽性として評価した。表5;HLA-DRB1*0406をトランスフェクトされたL細胞はDTT存在下で、T細胞クローン細胞にヒトインスリンを提示するaa L細胞トランスフェクタント(LDR)とトランスフェクトしていないL細胞(L-non)を40Mのヒトインスリン(HI)、2mMのDTTとともにインキュベーションし、80Gyの放射線の照射を行った。その後、5×104個のT細胞クローン細胞(C)を加え、2日間培養した。トリチウムチミジンの取り込み量は各々、以下のとおりである。LDRのみ、5003±1066、Lnonのみ、4190±232。各々のT細胞クローン細胞のみ、T108 171±9、H120 1045±5、H122 3142±8、H141 242±41、H142 172±42。
考察

 これらの結果から、ヒトインスリンの抗原提示とT細胞による認識において、HLA-DRB1*0406由来のHLA分子が、有意な拘束性を示すことが証明された。

 HLA-DRB1*0406遺伝子産物がヒトインスリンの抗原提示において有意な拘束性を示すこと、そして、ほとんどすべてのIAS患者が、DRB1*0406を有し、患者リンパ球はヒトインスリンの存在下で増殖することから、HLAクラスII遺伝子であるDRB1*0406は、IASの強力な発症関連遺伝子であると考えられる。

 我々は、自己免疫疾患であるインスリン自己免疫症候群の病因にHLA-DRB1*0406が特異的に関与している点を、機能的に立証した。

審査要旨

 本研究はインスリン自己免疫症候群(IAS)の病因に関連して、HLA-DRB1*0406由来の分子がヒトインスリンの抗原の提示に関して有意な拘束性を示すことを細胞の機能の点から証明するものであり、下記の結果を得ている。

 1.HLA-DRB1*0406を持つTリンパ球のインスリンに対する増殖反応について我々は、はじめにDRB1*0406ハプロタイプを有するリンパ球がインスリンに対する増殖に関係しているかどうかを確認するためヒトインスリンの存在下で自己リンパ球混合反応によりリンパ球の増殖を検討した。DRB1*0406を有する11人のIAS患者、DRB1*0406を有する10人の健常人とDRB1*0405を有する5人の健常人由来のサンプルを用いた。40Mのヒトインスリンの刺激によりDRB1*0406を有するリンパ球は、増殖反応を示したが、DRB1*0405を有するリンパ球は、取り込み量は上昇しなかった。尚、DRB1*0406を有する11人のIAS患者と10人の健常人との間に反応性の違いは認められなかった。

 2.HLA-DR4以外のHLAクラスIIを有するサンプル12人について同様の自己リンパ球混合反応を行なった。その結果、HLA-DR4以外のクラスII抗原を持つリンパ球はヒトインスリンの存在下で増殖を認めなかった。よって、1および2より、ヒトインスリンはDRB1*0406又はDQA1*0301、DQB1*0302の遺伝子産物によって提示されることが確認された。

 3.2人の健常人のサンプルを用いて1および2と同じ系において精製モノクローナル抗体である抗HLAクラスI抗体、抗HLAクラスII抗体を加え、増殖反応に対する影響を見た。抗HLA-DR抗体を加えたところ、増殖に対する強い阻害が生じたが、抗HLA-A,B,C抗体と抗HLA-DQ抗体、マウスIgG1、マウスIgG2aを同濃度で加えても変化は認めなかった。よって、DR遺伝子由来の分子がヒトインスリンの抗原提示に関与していることが判明した。

 4.L細胞トランスフェクタントを抗原提示細胞として用いて実験を行った。DRB1*0406を有するIAS患者および健常人から得られたTリンパ球に対してHLA-DRB1*0406遺伝子のトランスフェクタントは、DTT存在下でヒトインスリンを提示することができた。

 5.DTTの効果を観察するために固定したL細胞を抗原提示細胞として用いた。固定したL細胞をヒトインスリンでインキュベーションする時、DTTを含む系と、DTTを含まない系で、メチルチミジンの取り込み量を比較した。その結果、DTT存在下の方がDTTなしよりもヒトインスリンに対する反応性が高かった。DTTが、1つもしくは2つのS-S結合を還元し、生じたペプタイドが直接、細胞表面のHLAクラスII分子に結合する可能性が想定された。IASが還元剤の投与によって誘導される可能性が過去に発表されたが、in vitroでの証明となるものと考えられる。

 6.HLA-DRB1*0406を有する2人の健常人のリンパ芽球から限界希釈を用いてヒトインスリンの存在下で5つのT細胞クローンを樹立した。これらのT細胞クローンはすべてCD4+、TCR/+のT細胞であった。5つのT細胞クローンは、DRB1*0406を有する抗原提示細胞に対してインスリン存在下で増殖した。

 7.ヒトインスリン由来の合成ペプタイドをリンパ球混合培養の系に加えて反応性の有無を確認した。患者と健常人のいずれにおいてもヒトインスリンA鎖8-17番またはヒトインスリンA鎖8-21番とヒトインスリンB鎖11-30番の3種に対し、ヒトインスリンであらかじめ刺激を受けたリンパ芽球は増殖を示したが、ヒトインスリンA鎖1-10番とヒトインスリンB鎖1-18番の親和性を持たないペプタイドには反応しなかった。HLA-DR分子に対する親和性とリンパ球の反応性がほぼ一致した。さらに、ヒトインスリン内に複数のT細胞エピトープが存在する可能性が考えられた。

 以上、本論文は、ヒトインスリンの抗原提示とT細胞による認識において、HLA-DRB1*0406由来のHLA分子が、有意な拘束性を示すことを証明した。よって、自己免疫疾患であるインスリン自己免疫症候群の病因にHLA-DRB1*0406が特異的に関与している点が機能的に立証された。今後、自己抗原の出現の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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