学位論文要旨



No 111359
著者(漢字) 山崎,裕子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ヒロコ
標題(和) ミトコンドリア局在抗原のMHC クラスIを介する提示
標題(洋) MHC class I-mediated presentation of antigen localized in mitochondria
報告番号 111359
報告番号 甲11359
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1013号
研究科 医学系研究科
専攻 第三基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 浅野,喜博
内容要旨

 細胞質内に存在する抗原蛋白はプロテアソームと呼ばれる蛋白分解酵素によりペプチドに分解された後、輸送蛋白(TAP)により小胞体へ輸送され、小胞体内でMHCクラスI分子と結合する。ペプチドと結合したMHCクラスI分子は、最終的に細胞表面に発現し、細胞障害性T細胞(CTL)へ抗原提示されることが近年明らかになっている。しかし、他の細胞内器官に存在する抗原蛋白のMHCクラスI分子を介しての抗原提示機構については不明の部分が多い。抗原蛋白のペプチドへの分解は細胞内蛋白の分解系に依存しており、細胞質に存在する蛋白の分解がプロテアソーム複合体によって成就されていることが報告されている。本論文は抗原として緑膿菌分岐アミノ鎖結合蛋白(Pseudomonas Aeruginosa PAO Leu-Ilu-Val-Binding Protein,以下BraC)を用い、細胞質あるいは細胞質以外のオルガネラに抗原が局在した場合の分解系及び抗原提示の機構を明らかにすることを目的としている。我々はSV-40系のプラスミドに、抗原として用いたBraCのcDNAを導入し、pSV1112BraCを構築した。次にpSV1112BraCでBraC遺伝子の5’側に1)ミトコンドリア2)核への移行シグナルDNAを単独、または交互に結合したプラスミドを構築した。次に我々は各細胞内オルガネラに局在する内因性抗原蛋白の抗原提示機構について検討した。まず、抗原として用いたBraCのcDNAのみを組み込んだpSV1112BraCとBraCのcDNAの5’側にミトコンドリア移行シグナルを結合させたpSVmtBraC、BraCの5’側に、核移行シグナルに続いてミトコンドリア移行シグナルを結合したpSVt-mtBraCの3種類を構築し、Balb c/3T3細胞株に導入し、1)細胞質のみに抗原蛋白BraCが局在しているBC-15 2)ミトコンドリアのみに抗原蛋白BraCが局在しているYZ-710、3)ミトコンドリア移行シグナルを持ちながら核にBraCが局在するTM-35の3種類のトランスフェクタント細胞株を樹立した。それぞれのトランスフェクタント細胞株におけるBraC蛋白の細胞内局在は、免疫抗体染色法にて確認した。我々は、これらのトランスフェクタント細胞株を用いて、細胞質あるいは細胞質以外の各オルガネラにおける蛋白の抗原提示のメカニズムについて解析を行った。最初に我々は、BraC抗原を内在する細胞に対するCTLが誘導されるか否かを検討した。BC-15,YZ-710をそれぞれBALB/cマウスに免疫することによりBC-15,YZ-710をそれぞれを特異的に障害するCTLが誘導された。YZ-710を特異的に障害するCTLは、ミトコンドリア移行シグナルを有しているにも関わらずBraC抗原が核に局在しているTM-35を障害することはできないことから、シグナル部分が抗原として認識されているのではないことが示唆された。BraC特異的なこれらのCTLはCD8 T細胞であることが示された。さらに、抗MHC抗体による阻止実験によりこれらのCTLへはclassicalなMHCクラスI分子、特にYZ-710特異的なCTLはH-2Kdにより拘束されていることが認められた。さらにこれらのCTLが認識する抗原をペプチドレベルで検討するため、抗原として用いたBraC蛋白をアルカリ分解、CNBr処理による分解、アスパラギンエンドペプチターゼなどで分解することによりBraC由来ペプチドを得た。抗原蛋白BraCがミトコンドリアに局在しているYZ-710に特異的に反応するCTLはアルカリ分解したBraCペプチド及びCNBr分画法によって得られたBraCペプチドの存在下において、親株であるBalb c/3T3(BraC抗原を有さない)を障害することが出来た。以上の結果から、我々はBraCのアミノ酸配列を解析し、YZ-710に特異的に反応するCTLが認識するであろうH-2Kdモチーフを満足するペプチドを検索した。可能性のあるペプチドを人工的に合成し、YZ-710に特異的に反応するCTLが合成ペプチド存在下において親株であるBalb c/3T3を障害するか否かを検索した。その結果、YZ-710免疫により生ずるCTLは一つの合成ペプチドGYKLIFRTIをH-2Kd分子とともに認識することが分かった。しかしBC-15特異的なCTLはこのペプチドを認識しないことが分かった。すなわちYZ-710特異的なCTLはBC-15特異的CTLとは認識するペプチドが異なることが示された。これらの結果より、細胞質に存在する蛋白だけでなく、ミトコンドリアに局在する蛋白も抗原としてCD8T細胞に対して提示されること、またミトコンドリアに局在する抗原蛋白の分解系は、細胞質に局在する抗原の場合とは異なることが示唆された。

審査要旨

 本研究は抗原提示細胞内で合成される、いわゆる内因性抗原蛋白のMHCクラスI分子を介する抗原提示の機構をより明らかにするために、抗原蛋白が細胞質あるいはミトコンドリアに局在した場合の抗原提示の解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

 1、抗原蛋白として用いた緑膿菌分岐アミノ鎖結合蛋白(Pseudomonas aeruginosa PAO Leu-Ile-Val-Binding Protein,以下BraC)のcDNAのみを組み込んだpSV1112BraCとBraCのcDNAの5’側にミトコンドリア移行シグナルを結合させたpSVmtBraC、BraCの5’側に核移行シグナルに続いてミトコンドリア移行シグナルを結合したpSVt-mtBraCの3種類を構築し、Balb c/3T3細胞株に導入し、1)細胞質のみにBraCが局在しているBC-15 2)ミトコンドリアのみにBraCが局在しているYZ-710 3)ミトコンドリア移行シグナルペプチドを持ちながら、核にBraCが局在するTM-35の3種類のトランスフェクタント細胞株を樹立した。

 2、BraCを内在するそれぞれの細胞株をBALB/cマウスに免疫することによる細胞障害性T細胞(CTL)の誘導を試みた。BC-15により誘導されたCTLはBC-15に特異的で、YZ-710を障害しない。一方、YZ-710により誘導されたCTLはYZ-710に特異的でBC-15もTM-35も障害しなかったことから、抗YZ-710CTLはYZ-710細胞が提示するBraC由来ペプチドを認識すると考えられ、ミトコンドリア移行シグナル部分を認識しているのではない。

 3、これらのCTLはCD8陽性でT細胞であった。さらにこれらのCTLによる細胞障害は古典的MHCクラスI拘束性である。

 4、これらのCTLは共にアルカリ分解したBraCペプチドの存在下で親株Balbc/3T3を障害する。すなわち、これらの2種類のCTLは共にBraCそのものの断片ペプチドを認識する。さらにCNBr分解BraCの存在下で抗YZ-710CTLはBalb c/3T3を障害するが、抗BC-15CTLは障害しない。さらに抗YZ-710CTLの認識するエピトープペプチドがGYKLIFRTIであることを示した。これらの結果から、この2種類のCTLは認識するエピトープが異なることが示された。

 以上、本論文は細胞質局在抗原のみならず、ミトコンドリアに局在する蛋白抗原もCD8T細胞に提示されること、そしてミトコンドリア局在抗原は細胞質局在抗原とは異なった抗原ペプチドを提示しうることを示したものであり、内因性抗原の提示機構の解明に資するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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