学位論文要旨



No 111360
著者(漢字) 植原,昭治
著者(英字)
著者(カナ) ウエハラ,ショウジ
標題(和) レトロウイルス誘発マウス免疫不全症の発症機構の免疫学的解析
標題(洋)
報告番号 111360
報告番号 甲11360
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1014号
研究科 医学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 助教授 早川,浩
内容要旨

 [序論]ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、感染細胞であるCD4+細胞を破壊し、後天性免疫不全症候群(AIDS)を誘導する。HIV感染は宿主に様々な免疫応答を惹起させる。感染初期の抗HIV細胞傷害性T細胞誘導や抗HIV抗体産生がHIVに対して防御的に働いていることが知られている。しかし、HIV感染者の血中にしばしば認められる自己抗体がCD4+T細胞に傷害性を示すこと、HIV感染により誘導されるサイトカインにHIVの産生を増幅するものがあることなどから免疫応答がAIDSの発症に促進的に働いている可能性が示唆されている。HIV感染からAIDS発症にいたる過程で免疫系が病気の進行に対して生体内でどのような役割をはたしているか調べるには、病態の類似した動物モデルが必要である。マウス後天性免疫不全症候群(mouse AIDS;MAIDS)はLP-BM5マウス白血病ウイルス(MuLV)によりC57BL/6マウス誘導される免疫不全症である。MAIDSはHIVによく似た病態を示し、脾腫・リンパ節腫脹、高ガンマグロブリン血症、T細胞やB細胞の機能の低下が認められる。MAIDSの発症にはCD4+T細胞の存在が必須であり、感染初期より活性化することが知られている。CD4+T細胞はサイトカインの産生様式からTH1とTH2の2種類に分類され、TH1はIL-2、IFN-、TNF-を産生し主に細胞性免疫に働き、TH2はIL-4、IL-5、IL-6を産生し主に液性免疫に働くことが知られている。抗ウイルス活性を持つ細胞傷害性T細胞やNK細胞はTH1型のサイトカインにより活性化され、TH2型のサイトカインにより抑制されることから、HIV感染症において宿主の免疫応答がTH1型からTH2型に移行することがAIDSの発症に重要であるという仮説が提唱されている。MAIDSにおいても感染後期にTH2型のサイトカインの産生が優位になるという報告があることから、サイトカインの免疫不全発症への関与を解析する上でMAIDSがAIDSのモデルとなりうる可能性がある。

 [研究目的]ウイルス感染後の免疫応答がTH1型とTH2型のどちらが優位であるかは、一つはマイトジェンや様々な抗原刺激によるサイトカインのリンパ球からの産生、もう一つはリンパ球におけるサイトカイン遺伝子の発現により決定されている。しかしこの両者の結果は必ずしも一致するものではない。そこで、LP一BM5 MuLV感染後の脾細胞におけるサイトカイン遺伝子の発現およびマイトジェン刺激後のサイトカインの産生を調べ、MAIDSでTH2型への免疫応答の移行が起きるかどうかを検討した。また、感染後の血清中免疫グロブリンアイソタイプの変動、マイトジェンに対する脾細胞の増殖応答を調べ、感染により誘導されるサイトカインとMAIDSの病態との関連について調べた。次に産生されたサイトカインが免疫不全の発症にどのような役割をはたしているのかin vitroおよびin vivoのレベルで解析した。

 [研究方法]1)6週齢雌のC57BL/6マウスにLP-BM5マウス白血病ウイルス1×104PFUを腹腔内投与し感染させた。感染後、経時的に採血し血清中の免疫グロブリンの値を酵素免疫測定法(ELISA)にてアイソタイプ別に測定した。感染マウスの脾細胞からT細胞を除去して1×105細胞/ウェルにて96ウェルプレートにて培養した。1週間後上清中の免疫グロブリン値をELISAにてアイソタイプ別に測定した。2)感染後経時的に採取したウイルス感染マウスの脾臓よりAG-PC法にてトータルRNAを調製し、RT-PCR法を用いてサイトカイン遺伝子の発現を調べた。また、脾細胞をConA(2g/ml)またはLPS刺激下で3日間培養し、上清中のIFN-とIL-10の産生をELISAにて調べた。同時に培養終了の12時間前に3H-チミジンを0.2Ci/ウェル加え、3H-チミジンの細胞内への取り込みにより増殖応答を調べた。3)ウイルス感染後の脾細胞中のCD4+Thy1+細胞、CD4+Thy-細胞、CD8+細胞、B220+細胞の比率の変化をFACScanにて解析した。感染12週の脾細胞をThy1抗原とCD4抗原の発現によりFACStarを用いて分画し、各々の分画のRNAを調製しRT-PCR法によりIFN-とIL-10のmRNAの発現を調べた。抗体と補体による処理によりCD4+細胞、CD8+細胞、T細胞を除去した後、ConAあるいはLPS存在下で培養し、上清中のIFN-とIL-10の産生をELISAにて定量した。4)感染15週のマウス脾細胞を未刺激またはLPS刺激下で様々な抗サイトカイン抗体を10g/mlの濃度で加えて培養し、増殖応答と抗体産生能を調べた。抗IFN-抗体、抗IL-4抗体、抗IL-10抗体を1mg/匹/週(抗IL-10抗体のみ週2回)投与中のマウスにウイルスを感染させ、感染5週目に脾臓重量、脾細胞のConAやLPS刺激による増殖応答、血清中IgG2a値を調べた。

[結果]1)MAIDSにおける免疫グロブリン産生異常

 ウイルス感染により全てのアイソタイプで血清中の値が上昇した。感染1週目より血清中IgG2a値の著明な上昇が認められ、7週目には感染前の1800倍以上にも達した。In vitroでも脾臓B細胞のIgG2a産生が感染後著しく増加していた。

2)MAIDSにおけるサイトカイン産生異常

 ウイルス感染後のサイトカインmRNAの発現は、感染1週目よりIFN-、IL-6、IL-10の亢進が認めらた。IL-2、TNF-、TNF-のmRNAの発現には変化がなかった。IL-4の発現は感染13週目でその亢進が認められた。IL-5mRNAの発現は感染前後で検出されなかった。ConA刺激による脾細胞からのIFN-産生は感染前と感染1,2週目および9週目移行に認められ、感染4週目と6週目では認められず、二相性の産生パターンを示した。LPS刺激によるIFN-の産生は未感染マウスでは認められないが、感染1週目より認められ4週目に減少し、再び9週以降に産生が回復した。ConA刺激やLPS刺激によるIL-10の産生は感染4週目に減少し、その後産生が回復する二相性のパターンを示した。増殖応答は感染4週目までに低下し回復は認められなかった。

3)サイトカイン産生細胞集団の解析

 MAIDSに特徴的であるThy1-CD4+細胞の脾細胞中に占める比率が非感染マウスの1.7%から感染11週目には13.1%に増加した。そこで脾細胞をThy1抗原とCD4抗原の発現により分画しIFN-とIL-10のmRNAの発現を調べると、IFN-は全てのT細胞分画から、IL-10は全て分画から産生が認められた。Thy1-CD4+細胞はIFN-とIL-10の両方のサイトカインを産生していた。CD4+T細胞を選択的に除去した感染3週目の脾細胞は、ConA刺激によるIFN-とIL-10の産生が低下したが、LPS刺激による産生には変化を認めなかった。感染13週目では、ConA刺激によるIFN-とIL-10の産生、LPS刺激によるIFN-の産生が低下したが、LPS刺激によるIL-10の産生には影響がなかった。

4)MAIDSにおけるサイトカインの役割

 感染15週目の脾細胞のLPSに対する増殖応答は、抗IFN-抗体または抗IL-10抗体を添加することにより部分的に回復した。LPS刺激によるIgG2aの産生は抗IFN-抗体を添加した場合のみ産生の増加が認められ、抗IL-10抗体添加では認められなかった。生体内に抗IFN-抗体を投与中のマウスにウイルスを感染させると、未処置感染マウスと比較して脾腫、脾細胞のマイトジェンに対する増殖応答低下、高IgG2a血症といったMAIDSの徴候の程度が軽くMAIDSの発症の遅延が認められた。抗IL-10抗体投与ではウイルス感染後の脾腫および脾細胞の増殖応答不全の程度に影響は認めなかったが、血清中IgG2a値の増加が認められた。

 [考察]サイトカインの遺伝子の発現は感染を通じてTH1型のIFN-とTH2型のIL-10の上昇が認められた。TH1型のIL-2、TNF-の発現には変化がなく、TH2型のIL-4の発現は感染13週目に亢進が認めらた。また、感染後期のCD4+細胞からIFN-とIL-10のmRNAの発現が認められた。ConA刺激による脾細胞からのIFN-とIL-10の産生は感染後一旦低下するが再び産生の回復が認められ、二相性の産生パターンを示した。感染後期でのConA刺激によるIFN-とIL-10の主要な産生細胞はCD4+T細胞であった。以上の結果から、mRNAの発現でもマイトジェン刺激によるサイトカイン産生でも感染後期の免疫応答がTH2型の優位に移行することは認めなかった。最近、GraziosiらがHIV感染者でTH1型およびTH2型のどちらの免疫応答も優位にならないことを報告した。レトロウイルスによる免疫不全の発症とTH2型優位のサイトカイン産生へのスイッチとは関連しないのかもしれない。

 感染後期にはLPS刺激によりCD4+T細胞からのIFN-の産生が認められた。この機構に関しては不明である。LPS刺激はマクロファージにIL-12の産生を誘導することから、IL-12がIFN-の産生を誘導しているのかもしれない。また、抗IFN-抗体を添加することによりLPS刺激による増殖応答が部分的に回復し、抗体産生が増加したことからIFN-が感染後期にはB細胞に対し抑制的に働いている可能性が示唆された。

 ウイルス感染前後の抗IFN-抗体投与によりMAIDSの発症が遅延することから、IFN-がMAIDSの発症に関与していることが考えられる。結果は示していないが感染2週目より抗体を投与してもMAIDSの進行に遅延が認められないことからIFN-は感染後のごく初期に働いていることが考えられる。IFN-は感染初期の免疫応答を腑活化することによりMAIDSの進行を促進しているのかもしれない。

 今回の研究によりLP-BM5 MuLV感染によりIFN-の産生が誘導されIFN-がMAIDSの進行に関与していることが示唆された。しかしながらIFN-のみで免疫不全を誘導できるものではない。免疫不全の発症の解明には様々なサイトカインの相互作用、細胞間の直接接触による相互作用などさらに解析を進める必要がある。

審査要旨

 マウス後天性免疫不全症候群(MAIDS)はLP-BM5マウス白血病ウイルス感染によりマウスに誘導される免疫不全症であり、ヒト後天性免疫不全症(AIDS)と類似した症状を示すことからAIDSのマウスモデルとして研究が進められている。HIV感染において様々なサイトカインが免疫不全の発症や感染細胞でのウイルス産生に関与しいてることが主に試験管内での実験を用いて調べられているが、サイトカインが生体内で実際どのような役割を担っているのか不明である。本研究ではMAIDSの系を用いてウイルス感染後のサイトカイン産生異常とそのの生体内での役割について解析を行い、下記の結果を得ている。

 1.免疫グロブリン・アイソタイプのクラススイッチにはサイトカイによる調節を受けるものがあることが知られている。そこでMAIDSの特徴である高ガンマ グロブリン血症をアイソタイプ別に調べたところ、IgG2aの上昇が著明である(他のアイソタイプと比べ感染早期より認められ、上昇の程度も大きい)ことが判明した。IgG2aはIFN-によりその産生が増強されるので、ウイルス感染によりIFN-が産生され高IgG2a血症を誘導している可能性が示唆された。

 2.ウイルス感染により誘導されるサイトカインを調べるため、感染後の脾臓におけるサイトカインmRNAの発現をRT-PCR法を用いて調べた。その結果、IFN-とIL-6、IL-10のmRNAの発現が感染1週目より亢進していた。IL-4は感染13週目にその発現上昇が認められた。IL-2、TNF-、TNF-の発現は感染前後で変わらなかった。このことから感染初期よりIFN-とIL-10の産生が誘導されていることが示された。次に蛋白レベルでのサイトカイン産生能を調べるため感染マウスの脾細胞をin vitro でConAやLPSにより刺激し培養上清中のIFN-とIL-10の濃度を測定したところ、感染初期と末期に産生量のピークを認め二相性のサイトカインの産生パターンを示した。

 3.脾細胞のリンパ球亜集団の比率割合の変化をFACSにて調べるとMAIDSに特徴的なThy-1-CD4+細胞の割合が徐々に上昇し感染11週には13%にも達した。この細胞集団がIFN-とIL-10の産生に関与しているか調べるため、感染13週のマウスの脾細胞をThy-1抗原とCD4抗原の発現の有無によりFACStarにより分画しIFN-とIL-10のmRNAの発現を調べた。その結果IFN-はT細胞から、IL-10は分画した全ての細胞集団から産生されており、Thy-1-CD4+細胞もIFN-とIL-10の産生に関与していることが明らかになった。ConAやLPS刺激によるIFN-やIL-10の産生細胞を調べたところ、IFN-は感染早期にはT細胞および非T細胞より後期には主にCD4+T細胞より産生されること、IL-10はCD4+T細胞と非T細胞より産生されていることが示された。

 4.産生されたサイトカインのMAIDS発症における役割を明らかにするため抗サイトカイン抗体を投与したマウスにウイルスを感染させたところ、抗IFN-抗体投与によりMAIDSの特徴である脾腫、脾細胞のConAやLPSに対する増殖応答不全、高IgG2a血症の誘導が遅延した。抗IL-4抗体や抗IL-10抗体投与ではMAIDSの進行に影響を与えなかった。

 これらの結果からMAIDS発症に伴いIFN-とIL-10の産生亢進が継続的に認められることから、TH1とTH2の両方のCD4+T細胞亜集団が活性化されている可能性があること、抗IFN-抗体投与によりMAIDSの発症が遅延することが示唆された。本研究はウイルス感染に対して防御的に働いていると考えられていたIFN-が、免疫不全の発症にむしろ促進的に働くことを示唆している。このことはこれまでに未知に等しかった免疫不全発症におけるサイトカインの生体内での役割を解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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