本研究は、ATLの特徴的病態の一つである、腫瘍細胞の組織浸潤について、その分子機構を明らかにするため、接着分子L-セレクチンに注目して解析を行ない、下記の結果を得ている。 1.新鮮なATL腫瘍細胞では、L-セレクチンの発現はmRNAレベルで常に亢進しており、また活性化刺激を加えると、正常のリンパ球ではこの発現が低下するのに対して、ATL腫瘍細胞ではL-セレクチンの発現が逆に更に増加した。すなわち、ATL腫瘍細胞では、L-セレクチンの構成的過剰発現と発現調節異常が存在することが示された。 2.HTLV-1の転写調節因子,Taxの発現誘導が可能な細胞株、JPX9を用いた解析の結果、Taxの発現誘導に伴ってL-セレクチンのmRNAレベルの発現は、約2倍に増加した。 3.オリゴキャップ置換法とCATassayによって、L-セレクチン遺伝子の転写開始点とプロモーターを同定した。このプロモーターCATとTax発現プラスミドを用いてcotransfection CAT assayを行なった結果、約5倍の転写活性化が認められたことから、L-セレクチン遺伝子の発現はTaxによって誘導される事が示された。 4.L-セレクチンのプロモーターには、既知の転写因子の結合配列を複数箇所に認めるが、なかでもPEA3やPU BOXといったetsオンコジーンの転写因子の結合配列が多数認められた。in vitroの実験では、L-セレクチン遺伝子のプロモーター活性は、PEA3のトランスフェクションの量およびその結合配列の数に依存しており、またプロモーター内のPEA3結合配列の変異によって、DNAのPEA3蛋白に対する結合能の消失とプロモーター活性の低下が対応していた。このことから、PEA3はその結合配列に特異的に結合し、転写を活性化させることが示された。 5.ATL腫瘍細胞では、PEA3の発現が認められなかったことから、L-セレクチンの構成的過剰発現には、別のetsオンコジーンの関与、あるいは、さらに異なる機構が関与する可能性が示唆された。 6.ラットL-セレクチン遺伝子を過剰発現させた細胞を、経静脈的にラットに投与したところ、L-セレクチン遺伝子の発現していない親株に比べて、過剰発現した細胞を投与した場合には肝臓、脾臓にこれらの細胞を多数認めた。 以上、本論文は、ATL腫瘍細胞における接着分子Lセレクチンの構成的過剰発現と発現調節異常の存在を明らかにし、この分子の発現調節において、HTLV-1の転写調節因子Taxが発現誘導に働くことを明らかにした。また生体内におけるLセレクチンの過剰発現は、リンパ球の組織分布に影響しうる事が示された。これらの知見は、ATL腫瘍細胞で認められる組織浸潤のみならず、他のHTLV-1関連疾患に共通して認められるリンパ球の組織浸潤の病態を分子機構から理解する上で新たな情報をもたらすと共に、その過程でこれまで不明であったLセレクチンの転写開始点とプロモーター領域を同定し、その構造および機能について、etsオンコジーンの転写因子PEA3との関連で、基礎的知見を明らかにしたことは、今後のこの分子の発現調節の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |