n-3高度不飽和脂肪酸の一つであるDHAが中枢神経系の発生発達過程及び機能において重要な役割を演じていると考えられる。本研究は、食餌中油脂が脳脂質脂肪酸組成に及ぼす影響、また、老齢動物の脳脂質脂肪酸代謝に及ぼす食餌中の油脂の影響について研究を行い、下記の結果を得ている。 1)成熟マウスをパーム油食(n-3脂肪酸欠乏)、ラード食(-リノレン酸微量) ;紫蘇油食(-リノレン酸豊富、DHA欠乏) ;イワシ油食(EPA,DHA豊富、EPA>DHA)及びサケ油食(EPA,DHA豊富、DHA>EPA)で30日間飼育し、食餌中油脂が血漿及び脳脂質脂肪酸組成に及ぼす影響を検討した結果、マウス血漿、脳脂質脂肪酸の組成が食餌中脂質組成に影響されることが確認され、n-3脂肪酸が豊富に存在する紫蘇油食とイワシ油食、サケ油食の摂取により、動物血漿、脳脂質脂肪酸中のDHAの割合が有意に増加することが確認された。-リノレン酸を多く含む紫蘇油よりも、DHAそのものを多く含むイワシ油とサケ油を与えたマウスほど、脳内DHAが増加することを示した。 また、成熟動物に精製n-3脂肪酸を6日間摂取させたところ、食餌中のDHAが迅速に脳内へ取り込まれ、脳リン脂質中のDHAレベルを上昇させることが示された。マウスの脳細胞亜画分におけるDHAの分布について分析した結果、DHAはシナブトソーム、ミトコンドリア画分に多く、ミクロソーム画分では最も高い比率であった。6日間精製DHA食で飼育したマウスでは、これら脳細胞亜画分におけるDHAレベルは12週間魚油食で飼育した動物のそれと同じレベルまで上昇することが示された。 2)脳DHA含有量に及ぼす加齢の影響について、若(5週齢)、中(5カ月齢)、老(19カ月齢)齢のマウスを用いて調べた結果、市販飼料を摂取し続けた老齢動物では、脳脂質脂肪酸中DHAの割合が若齢のマウスに比べ有意に低いこと、また、食餌へのDHAの添加により、老齢動物の脳内DHAレベルを若齢動物と同じレベルまで上昇させることが可能であることが示された。加齢に伴う脳中DHAレベルの低下の原因について、若、中、老齢いずれの動物の血漿中DHAレベルにも有意差を認めず、DHAの豊富な魚油添加食により老齢動物の脳脂質におけるDHAレベルは若年動物におけるレベルまで回復することより、老齢動物では血漿中DHAを脳内へ取り込む能力が若齢のものよりも低下している可能性が示唆された。また、マウス脳細胞膜画分をインキュベーションし、膜面分より遊離されたアラキドン酸及びDHAの和をもってPLA2活性を評価した結果、老齢マウス脳におけるPLA2活性の変化は認められなかった。しかし、DHA豊富な食餌により、脳内の脂質脂肪酸組成を調節し、脳細胞膜におけるPLA2の活性化によるアラキドン酸の放出をさげることが可能であることが示された。 以上、本論文はマウス脳内脂質脂肪酸、とりわけDHAの代謝に及ぼす食餌および加齢の影響について研究を行い、食餌中DHAが短期間に有効に脳内へ取り込まれ、脳および細胞亜画分におけるDHAレベルを調節すること、加齢に伴いマウス脳内脂質脂肪酸におけるDHAの割合が低下し、食餌へのDHA添加により矯正できること、また加齢及び食餌中油脂の脳細胞膜におけるPLA2活性に及ぼす影響を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった中枢神経系における高度不飽和脂肪酸の役割の解明に重要な貢献をなし、予防栄養学的意義も期待でき、学位の授与に値するものと考えられる。 |