学位論文要旨



No 111364
著者(漢字) 山田,良広
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨシヒロ
標題(和) 10-Hydroxy-12(Z)-octadecenoic acidのELISAの確立とその生理活性の検討
標題(洋)
報告番号 111364
報告番号 甲11364
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1018号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 野々村,禎昭
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 渡辺,毅
 東京大学 助教授 岩森,正男
内容要旨 I緒言

 10-hydroxy-12(Z)-octadecenoic acid(10-OHODA)は炭素数18で10位の炭素に水酸基をもつ不飽和脂肪酸であり、異常死体現象の一つである死蝋の成分の中に見出される特異的脂肪酸の一種である。一方、植物のイネにみられる脂肪酸の一つである9,10-epoxy-12-octadecenoic acid(ロイコトキシン,LTx)はヒトの多核白血球やマクロファージ中にも存在していることが知られ、また多核白血球は死蝋中に存在している化合物と同じ10-OHODAをも産生していることが明らかにされている。著者は、この10-OHODAに注目し、これが正常の多核白血球にはきわめてわずかしか存在していないため、乳酸菌を用いてリノール酸から生合成した。10-OHODAの微量定量法を確立する実験を行った。混合無水物法によって10-OHODAを牛血清アルブミン(BSA)に結合させた抗原をマウスに免疫し、特異的な抗10-OHODA単クローン抗体の作製に成功した。また、この抗体による10-OHODAのenzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)を確立し、抗体の特異性と鋭敏性について検討を加えた。さらに、10-OHODAが生体に存在することを確認するため、ヒト由来のマクロファージを高酸素暴露下で培養し、マクロファージが産生する10-OHODAの存在を、抗10-OHODA単クローン抗体を用いたELISAにより検討した。一方、モルモットの摘出心を用いて10-OHODAの循環動態に及ぼす影響を検討し、LTxを始めとする構造的に類似した脂肪酸と合成10-OHODAの生理活性を比較検討した。

II10-OHODAの生合成および精製

 乳酸菌(Lactobacillus plantarum)を用いて、最終的に2.0gのリノール酸から218mgの10-OHODAが得られた。培養液のn-ペンタン抽出物を薄層クロマトグラフィーで展開したところ、多量の未反応のリノール酸と原点のやや上方にわずかの脂肪酸が認められた。さらに、この抽出物をカラムクロマトグラフィーによって精製し、目的とする10-OHODAが得られた。この脂肪酸をメチル化しGCで分析したところ、1ピークであることが確認された。一方、GC-MSに供すると、m/z294,201と169の特徴的なピークが認められ、これらはM+-H2O,CH3O-CO-(CH2)8-CHOH、それにbase peak(169)はm/z201-32から由来しているものであった。以上のようなGC-MSの開裂パターンから、この脂肪酸は炭素数18個で10-番目の炭素のところに水酸基が結合している 10-hydroxy-12-octadecenoic acid(10-OHODA)であることが明らかになった。

III抗10-OHODA単クローン抗体の作製

 10-OHODAに対する抗体を作製する目的で、10-OHODAのカルボキシル基と牛血清アルブミン(BSA)のアミノ基とを混合無水法により縮合させ、BSA1モルにつき約27モルの 10-OHODAの結合した抗原を作製した。この抗原をフロイントの完全アジュバントと容量比で1:1となるように混合ミセル化し、タンパク質量として250gをBALB/cマウス(6週令,雌性)に腹腔内投与した。さらに生食水に溶解した免疫抗原を1ヵ月ごとに250gずつ腹腔内に投与して、追加免疫を6ヵ月間行った。最終免疫の3日後に脾臓を摘出し、マウスミエローマ細胞P3U1細胞と細胞融合を行った。その後,Kohler & Milsteinの方法にしたがって1個の抗体産生クローンを確立した。今回作製した抗10-OHODA単クローン抗体は、10-OHODAに対してきわめて特異性が高く、また、本抗体を用いたELISAでは少なくとも0.5ngの10-OHODAまで測定可能であった。本抗体の交差反応性を検討してみると,10-OHODAに対するそれを100%としたとき、10-hydroxy-stearic acidに対しては10.7%とやや高い値が得られた。これは本抗体が10-hydroxy部位を強く認識しているばかりでなく、炭素数12,13-位の二重結合部位をもかなり強く識別しているためと考えられた。また、10-OHODAの前駆体と思われる9,10-epoxy-12(z)-octadecenoic acid(LTx)に対しては、0.06%という低い反応性しか示さなかったことからも、炭素数10-位のhydroxy基が本抗体のエピトープとしてきわめて重要な位置を占めているものと考えられた。

IV培養マクロファージ産生10-OHODAのELISAによる検出

 マクロファージは、異物貪食時や特定の刺激により急速に酸素を消費し、細胞表層でこれを一電子還元してスーパーオキシドアニオン(O2-)に変換する。さらに、細胞膜に存在する多くの不飽和脂肪酸はこのラジカルと反応し、細胞障害を引き起こす。一方、細胞膜に存在するphospholipase A2の活性化により、アラキドン酸カスケードが作動し、さまざまな代謝産物が遊離することが知らされており、この代謝過程でも活性酸素が産生される。このようにして産生された物質が、結果的に毛細血管の上皮細胞および組織にダメージを与えることになる。マクロファージの起源については、骨髄細胞が分化成熟して血中単球になり、さらにそれが各組織に定着成熟を遂げて、種々の組織マクロファージになるというmononuclear phagocyte system(単核食細胞系)が確立されている。今回,急性単球性白血病患者の末梢血から確立された ヒト急性単球性白血病細胞株であるTHP-1を用い、分化誘導物質であるPMA(Phorbol-12-Myristate-13-Acetate)存在下で培養しマクロファージに分化させた。THP-1より分化させたマクロファージが、マクロファージとしての機能を充分に有していることを検討するために、O2-産生能を測定するNBT法、さらに貪食能を測定するために、蛍光標識大腸菌を用いた貪食能の定量測定をおこなった。その結果、いずれもマクロファージとして十分な機能を有していた。

 得られたマクロファージを高酸素下あるいは空気中で培養し、その各々の細胞から脂肪酸を抽出した。各々の脂肪酸抽出物を試料として、抗LTx単クローン抗体と抗10-OHODA単クローン抗体を用いたELISAによりLTxおよび10-OHODA量を測定した。その結果、高酸素暴露を行ったマクロファージからは、LTx17.4ng/106cells、10-OHODA15.8pg/106cellsが検出された。また、空気中で培養したマクロファージからは、LTx5.3ng/106cells、10-OHODA4.7pg/106cellsが検出され、いずれの値も酸素暴露群で高値を示した。このことから、マクロファージ内に10-OHODAが存在していることが明らかになった。

V10-OHODAの生理活性

 次に10-OHODAの生理活性を解明するため、モルモットの摘出心を用いて乳頭筋張力におよぼす作用を検討した。3種類の脂肪酸10-OHODA、LTx、それに12,13-epoxy-9-octadecenoic acid(LTx’)を30M、100M、300Mの濃度になるように調製し、それぞれにつき4から8検体のモルモット摘出心を用いて検討し、投与後2、5、10分で張力変化を測定した。10-OHODAは30Mで投与後2分で収縮力の減弱を示し、100Mで投与後5分で減弱を示し、300Mで投与後10分で収縮力の減弱-14.0±12.6%の最大値を示した。LTxは300M5分で最大値-12.0±9.1%を示した。LTx’は100M10分で最大値-12.5±13.0%を示した。特に投与直後(2分)では、10-OHODA、LTx、LTx’はいずれも30M、100M、300Mいずれの濃度においても乳頭筋張力の減弱が認められた。脂肪酸投与後2分の張力測定値を用いて、二元配置分散分析を行ったところ、10-OHODA投与後2分の時点での摘出乳頭筋収縮力に対する減弱作用は、LTx,LTX’のそれに対して有意差を認めた(p<0.05)。同様に、10-OHODAの濃度差(30M,100M,300M)による作用にち有意差を認め(p<0.01)、その作用は濃度依存性であった。

 従来、多核白血球中にわずかの10-OHODAが存在していることが報告されているが、今回著者は、THP-1から分化させたマクロファージの中にも、きわめてわずかではあるが10-OHODAが産生されていることを明らかにした。しかし、その産生代謝経路は明らかでない。これまで、LTx,LTx’の摘出心臓乳頭筋に対する張力低下が示されてきたが、10-OHODAの効果は、LTx,LTx’のそれらよりも強いことから考えると、10-OHODAはLTxと連動して循環系になんらかの微妙な影響を与えている可能性がある。

審査要旨

 本研究は、生体内にわずかに存在している10-hydroxy-12(Z)-octadecenoicacid(10-OHODA)の循環動態におよぼす影響を、モルモットの摘出乳頭筋を用い構造的に10-OHODAと類似した脂肪酸とともに比較検討することを目的としたものであり、下記の結果を得ている。

 1. 10-hydroxy-12(Z)-octadecenoic acid(10-OHODA)は炭素数18で10位の炭素に水酸基をもつ不飽和脂肪酸であり、異常死体現象の一つである死蝋の成分の中に見出される特異的脂肪酸の一種である。また多核白血球が同じ10-OHODAを産生していることが明らかにされている。著者は、この10-OHODAに注目し、これが正常の多核白血球にはきわめてわずかしか存在していないため、乳酸菌を用いてリノール酸から生合成した。乳酸菌(Lactobacillus plantarum)を用いて、最終的に2.0gのリノール酸から218mgの10-OHODAが得られた。さらに、この抽出物をカラムクロマトグラフィーによって精製し、メチル化しGCで分析したところ、1ピークであることを確認した。一方、GC-MSに供すると、GC-MSの開裂パターンから、この脂肪酸は炭素数18個で10-番目の炭素のところに水酸基が結合している10-hydroxy-12-octadecenoic acid(10-OHODA)であることが明らかになった。

 2.10-OHODAに対する抗体を作製する目的で、10-OHODAのカルボキシル基と牛血清アルブミン(BSA)のアミノ基とを混合無水法により縮合させ免疫抗原を作製した。この抗原を常法に従いBALB/cマウス(6週令,雌性)に腹腔内投与した。追加免疫を6ヵ月間行い最終免疫の3日後に脾臓を摘出し、マウスミエローマ細胞P3U1細胞と細胞融合を行った。その後,Kohler & Milsteinの方法にしたがって1個の抗体産生クローンを確立した。作製した抗10-OHODA単クローン抗体は、10-OHODAに対してきわめて特異性が高く、また、本抗体を用いたELISAでは少なくとも0.5ngの10-OHODAまで測定可能であった。

 3.急性単球性白血病患者の末梢血から確立された ヒト急性単球性白血病細胞株であるTHP-1を、分化誘導物質であるPMA(Phorbol-12-Myristate-13-Acetate)存在下で培養しマクロファージに分化させた。得られたマクロファージを培養し、脂肪酸を抽出した。脂肪酸抽出物を試料として、抗10-OHODA単クローン抗体を用いたELISAにより 10-OHODA量を測定した。その結果、最高値で15.8pg/106cellsの10-OHODAが検出され、マクロファージ内に10-OHODAが存在していることが明らかになった。

 4.10-OHODAの生理活性を解明するため、モルモットの摘出心を用いて乳頭筋張力におよぼす作用を検討した。3種類の脂肪酸10-OHODA、9,10-epoxy-12-octadecenoic acid(LTx)、それに12,13-epoxy-9-octadecenoic acid(LTx’)を 30M、100M、300Mの濃度になるように調製し、それぞれにつき4から8検体のモルモット摘出心を用いて検討し、投与後2、5、10分で張力変化を測定した。脂肪酸投与後2分の張力測定値を用いて、二元配置分散分析を行ったところ、10-OHODA投与後2分の時点での摘出乳頭筋収縮力に対する減弱作用は、LTx,LTx’のそれに対して有意差を認めた(p<0.05)。同様に、10-OHODAの濃度差(30M,100M,300M)による作用にも有意差を認め(p<0.01)、その作用は濃度依存性であった。

 以上、本論文は白血球中にわずかに存在していることが報告されている10-OHODAが、THP-1から分化させたマクロファージの中にも、きわめてわずかではあるが産生されていることを明らかにした。また、従来より、LTx,LTx’の摘出心臓乳頭筋に対する張力低下作用が報告されてきたが、10-OHODAの効果は、LTx,LTx’のそれらよりも強いことを明らかにした。本研究はこれまで生理活性が解明されていなかった10-OHODAの微量定量法の確立と、循環系への抑制作用を示したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54477