学位論文要旨



No 111365
著者(漢字) 福田,直子
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ナオコ
標題(和) 透析患者の副甲状腺における活性型ビタミンD受容体の免疫組織化学的検討
標題(洋)
報告番号 111365
報告番号 甲11365
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1019号
研究科 医学系研究科
専攻 第一臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 折茂,肇
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 田島,惇
 東京大学 講師 松本,俊夫
 東京大学 講師 木村,健二郎
内容要旨 I.研究の背景および目的

 慢性腎不全に合併する骨病変は総称して腎性骨異栄養症と呼ばれ、患者の生活の質を低下させその予後をも左右する。腎性骨異栄養症には様々な病態が含まれているが、最も頻度が高くほとんどの症例に存在するのは二次性副甲状腺機能亢進症(2HPT)である。従ってその病態の解明はより有効な治療法および予防法を確立する為に非常に重要である。

 2HPTの発症機序は、リン(P)の蓄積や活性型ビタミンD(1,25D)産生低下のために血中イオン化カルシウム(Ca)濃度が低下し副甲状腺ホルモン(PTH)分泌が亢進すると考えられていた。それに加えて近年、進行した2HPTでは副甲状腺機能に対する1,25Dの直接の抑制作用が十分発揮されない事が明らかにされた。このことから、慢性腎不全患者の副甲状腺には1,25D作用に対する「抵抗性」があると考えられた。その「抵抗性」の原因として、副甲状腺の1,25D受容体の減少が提唱され、実際に透析患者や慢性腎不全モデル動物でその減少が生化学的手法により示された。

 透析患者の過形成副甲状腺では、より重症な病態を示すと考えられる結節性過形成(Nodular hyperplasia:N-type)とより軽症な病態を示すと考えられるび慢性過形成(Diffuse hyperplasia:D-type)に分類される。もし副甲状腺における1,25D受容体の減少が2HPTの進行に関与していれば、N-typeではD-typeより1,25D受容体は減少していると考えられた。そこで、この仮説を確認するために、N-typeとD-typeの1,25D受容体を免疫組織化学的に検討した。

II.研究方法

 2HPTを合併した透析患者16人より手術的に摘出した副甲状腺20腺を対象とした。1人の患者の詳細は得られなかったが、15人の患者(男12人、女3人)の年齢は47.9±6.6才(平均±標準誤差)、術前透析期間は12.9±4.5年であった。患者の術前の蛋白補正血清Ca値は5.2±0.5meq/liter(正常値:4.4-5.5meq/liter)、血清P値は6.3±2.0mg/100ml(正常値:2.7-4.4mg/100ml)であった。全ての患者はalfacalcidolを0.25あるいは0.5g/日投与されていた。得られた20腺の副甲状腺の病理組織所見はすべて過形成で、正常構造を残したままび慢性に増殖をするD-typeが6腺、結節を作りながら増殖をするN-typeが14腺であった。その中には同一患者より得られた複数の副甲状腺があり、患者AからはN-typeが2腺とD-typeが2腺、患者BからはN-typeが1腺とD-typeが1腺であった。摘出された副甲状腺は包埋・急速凍結をし凍結切片を作製して、1,25D受容体に対するモノクローナル抗体を用いて免疫組織化学染色を行った。切片は顕微鏡において高倍率(400倍)で5視野以上を2人で観察し、その視野におけるすべての核と1,25D受容体染色陽性の核を数え、1,25D受容体陽性の細胞の割合(%)を算出した。また、1,25D受容体抗体と反応させた後PTH抗体と反応させるという二重染色を行った。

III.結果

 抗1,25D受容体抗体による副甲状腺の免疫組織化学染色は細胞の核に観察された。N-typeにおける1,25D受容体の染色陽性率は23.1%±6.16%で、D-typeの45.2%±11.7%にくらべて有意に低かった(P<0.01)。その中に含まれる同一患者から摘出した副甲状腺でも同様の結果を得た。患者AのN-typeの2腺でそれぞれ21.6%と33.6%、D-typeの2腺でそれぞれ32.3%と44.1%であり、患者BのN-typeで28.2%、D-typeで43.8%であった。またD-typeの副甲状腺組織を詳細に観察すると、2つの副甲状腺で、完全ではないが被膜に覆われた結節様の部分が認められた。それらの切片では結節様の部分には1,25D受容体の分布はほとんど見られず、それ以外の部分にはその染色性が見られた。1,25D受容体とPTHの二重染色の結果、1,25D受容体陽性細胞にも陰性細胞にもその細胞質にPTHの染色が認められた。さらに、副甲状腺の重量と1,25D受容体陽性率の間には負の相関関係が認められた(r=-0.573,P<0.02)。

IV.考察

 腎不全による2HPTでは一人の患者のすべての副甲状腺が同程度に増大するわけではなく、組織学的にもN-typeとD-typeに分類される。N-typeの副甲状腺はD-typeよりも進行した過形成の組織所見を呈し、DNA analysisの結果でも増殖能が高い事が示唆されている。またN-typeを有した患者は1つも有しなかった患者に比して血清C末端PTH濃度が高く骨所見も重症だったという報告もある。したがって、N-typeの副甲状腺は組織学的・臨床的にD-typeより進行した状態であると考えられる。

 2HPTを重症化させる要因の一つに、副甲状腺の1,25Dに対する「抵抗性」がある。1,25Dには、血中Ca濃度を介する事なく直接PTHの合成・分泌を抑制し副甲状腺細胞の増殖を抑制する作用があるが、腎不全の副甲状腺にはこの作用に対する「抵抗性」がある為1,25Dの抑制作用が効かず、ますますPTHの合成・分泌が亢進し副甲状腺が増大していく事になる。本研究では透析患者より手術的に摘出した副甲状腺の1,25D受容体の免疫組織化学染色を行ったところ、N-typeではD-typeより1,25D受容体密度が減少しているという結果を得た。しかも同一患者の副甲状腺であっても同様の所見が見られたことから、この受容体密度の差が患者間の条件の違いによるのではなく、副甲状腺の組織型の違いによる事が示された。また二重染色の結果から、1,25D受容体密度の差が間質細胞の分布の差ではない事も示された。前述のようにN-typeではD-typeよりも組織学的・臨床的に重症で、1,25D作用に対する「抵抗性」も高いと考えられるので、副甲状腺における1,25D受容体の減少が2HPTの進行に関与する事が示唆された。そして本研究ではD-typeの副甲状腺のうちの2つの腺において結節を形成しつつあると思われる部分を認め、その部分には1,25D受容体の分布がほとんど見られなかった。このことは1,25D受容体の減少が結節形成に関与している可能性もある事を示唆する。つまり1,25D受容体の減少は、PTHの合成・分泌という副甲状腺の機能ばかりでなく副甲状腺細胞の増殖という点とも関係があると考えられた。これは、受容体密度の減少が副甲状腺の重量と相関していた事からもうかがえる。実際に、重症の二次性副甲状腺機能亢進症に対して行われている1,25Dの大量間欠投与、いわゆるパルス療法は、大きい副甲状腺を有する患者ほどその効果は少ないという報告がされている。さらに言い換えれば、パルス療法の無効な患者でも4つの副甲状腺のうち小さい腺はまだ1,25Dに反応する余地が残っているとも考えられる。これに関しては、1,25Dのパルス療法に抵抗性を示す二次性副甲状腺機能亢進症の患者の最大の副甲状腺を選択してエタノール注入するとPTHの過剰な分泌が抑制できるようになったという臨床報告も支持している。

 2HPTの副甲状腺の1,25D受容体が減少していく機序は明かではないが、腎不全では1,25D自身による1,25D受容体のup-regulationが障害されており、このことが1,25D受容体の減少に関与している可能性はある。しかし、1,25D受容体を調節する因子は1,25Dだけではないと思われる報告もあり、これから検討すべき問題であろう。

審査要旨

 本研究は、慢性腎不全に合併する骨代謝疾患のうち最も頻度の多い二次性副甲状腺機能亢進症の進行機序を明らかにするため、血液透析患者16人より手術的に摘出した過形成副甲状腺20腺の組織型の違いにおける活性型ビタミンD(1,25(OH)2D3)受容体の分布を免疫組織化学的に検討し、下記の結果を得ている。

 1.組織学的にも臨床的にも、より重症の二次性副甲状腺機能亢進症を反映すると考えられている結節性過形成14腺では、より軽症であると考えられているび慢性過形成6腺より1,25(OH)2D3受容体の免疫組織染色陽性細胞率が有意に減少していた。このことは副甲状腺における1,25(OH)2D3受容体の減少が二次性副甲状腺機能亢進症の進行に寄与する可能性が示唆された。

 2.患者Aからは2腺の結節性過形成副甲状腺と2腺のび慢性過形成副甲状腺が、また患者Bからは1腺の結節性過形成と1腺のび慢性過形成が得られた。このような同一体内に存在する副甲状腺でも、結節性過形成はび慢性過形成より1,25(OH)2D3受容体染色陽性率は減少傾向がみられた。このことから、副甲状腺における1,25(OH)2D3受容体染色陽性率の差が、患者間の条件の相違ではなく、過形成副甲状腺の組織型の相違による事が示された。

 3.観察している副甲状腺細胞が実質細胞である事を確認するために、同一切片上で1,25(OH)2D3受容体抗体との反応の後、副甲状腺ホルモン抗体と反応させ、免疫組織化学的に二重染色を行った。その結果、1,25(OH)2D3受容体染色が陽性の細胞にも陰性の細胞にも、染色された副甲状腺ホルモンが細胞質に認められた。したがって、1,25(OH)2D3受容体染色陽性率の差は間質細胞の分布の差によるものではない事が示された。

 4.び慢性過形成の副甲状腺の切片で、結節を形成しつつあるような像が認められた。その結節形成部分では1,25(OH)2D3受容体染色陽性細胞がほとんど認められず、結節形成以外の部分に1,25(OH)2D3受容体染色陽性細胞の局在が認められた。このことは、1,25(OH)2D3受容体染色陽性細胞の分布の不均一性を示すとともに、結節形成が1,25(OH)2D3受容体含量の低い細胞で構成されていく可能性を示唆した。

 5.副甲状腺における1,25(OH)2D3受容体染色陽性率とその副甲状腺の重量は負の相関関係が認められた。したがって、副甲状腺の1,25(OH)2D3受容体染色陽性細胞の減少は副甲状腺細胞の増殖に関与している事が示唆された。

 以上、本論文は慢性腎不全に合併する二次性副甲状腺機能亢進症において、副甲状腺における1,25(OH)2D3受容体の減少が二次性副甲状腺機能亢進症の進行因子の一つと考えられ、副甲状腺の増殖に関与する事を明らかにした。本研究は、これまで未知であった二次性副甲状腺機能亢進症の過形成副甲状腺の組織型の相違による1,25(OH)2D3受容体陽性細胞の分布の相違を初めて示すとともに、二次性副甲状腺機能亢進症の進行機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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