内容要旨 | | 慢性腎不全における骨病変は,二次性副甲状腺機能亢進症がその中心をなしており,その発症機序には,食事中のリンの量が深く関係していることが知られています。リンの負荷は,カルシウムイオン濃度の低下,活性型ビタミンDの産生低下を介して,PTHの分泌を刺激すると考えられてきました。これに加えて,最近食事中のリンの負荷が,この機序とは別に,直接副甲状腺に作用してPTH分泌を刺激することを示唆する報告があって,注目されています。 しかし,この検討は血中のPTH濃度,すなわちPTH分泌に関してのみ検討されています。そこで,われわれは,慢性腎不全における二次性副甲状腺機能亢進症に対する食事中のリン負荷の影響をPTH分泌,合成ならびに副甲状腺細胞増殖の面から検討しました。 標準飼料,すなわちカルシウム0.7%,リン0.6%で飼育されてきた6週齢の雄SDラットに対して,二段階に分けて5/6部分腎摘を行ない,初期の腎不全モデルを作成しました。手術直後より4週間,カルシウム含量は変えずにリンの含量を変えた飼料pair-feedingを行なった後,採血ならびに副甲状腺摘出を行ないました。 血中のPTHはリン0.6%の飼料で飼っておくと,腎不全ラットではシャムオペラットに比べてPTH分泌が亢進しでいます。これに対して,飼料中のリン含量を0.3%以下にすることによって,PTH分泌を正常と同じレベルまで抑制することが可能でした。PTH mRNAレベルをノザンブロットにて検討しました。カルシウム0.7%リン0.6%の標準飼料で飼育すると,腎不全ラットでは正常に比べてPTH mRNAレベルは正常以下に抑制されていました。 以上より,食事中のリンを減らすことによって,腎不全ラットの二次性副甲状腺機能亢進症の発症を,PTH分泌だけでなくその合成の段階で予防可能なことがわかりました。次に,副甲状腺過形成の程度について検討してみました。摘出した甲状腺-副甲状腺の標本をHE染色したもので,副甲状腺の断面積が最大になる様な切片をしました。正常ラットの副甲状腺に対して,腎不全ラットの副甲状腺は腫大が見られますが,食事中のリンを0.3%に減らすと正常と同じ程度になり,0.1%にすると正常よりも小さくなります。このように,リンを制限することによって,副甲状腺過形成も予防可能でした。 生化学データを検討すると,尿素窒素,クレアチニンからわかるように,食事中のリン含量によっては腎不全の程度は変わりませんでした。また,血中のリン濃度も0.1%を除いて正常と変化がないようでした。カルシウム濃度は,腎不全ラットで強力にリンを制限すると上昇してきますが,リン含量が0.6%に場合は正常と変わりなく,0.3%に減らすと少し上昇する傾向が見られますが,腎不全の0.6%の群とは差がありませんでした。活性型ビタミンDの濃度は,リン0.6%の飼料で飼育している正常群と腎不全ラットには差がなく,0.3%群でも差が見られませんでした。しかしながら,それ以上にリンを制限すると上昇してきました。以上の結果より,食事中のリンの制限で腎不全に伴う二次性副甲状腺機能亢進症の予防することが出来る機序として,以下の様なことが考えられました。すなわち,リンを著明に制限した場合には,主として活性型ビタミンDの産生亢進とこれに伴うカルシウム濃度の上昇によって,PTHの合成、分泌亢進と副甲状腺細胞増殖が抑制されますが,軽度のリン制限では,これらの機序を介さない作用で副甲状腺機能亢進を抑制する可能性がありました。 まとめますと,食事中のリンを制限することによって,慢性腎不全ラットのPTH分泌,合成亢進ならびに副甲状腺細胞増殖を予防することが可能であった。リンの作用機序としては,活性型ビタミンD産生を介する機序のほかに,副甲状腺細胞に直接作用する可能性が示唆されました。 したがって,慢性腎不全の早期より食事中のリンを軽度制限することが,二次性副甲状腺機能亢進症を予防するうえで,最も安全かつ有効な方法であると考えられました。 |
審査要旨 | | 本研究は慢性腎不全における二次性副甲状腺機能亢進症にて軽度低リン食による副甲状腺hyperfunctionの予防の可能性を解明するため,部分腎摘を行なって作成した早期腎不全ラットモデルで,飼料中のリン含量を階段的に抑制することにより,PTHの分泌のみならずその合成と副甲状腺細胞増殖の観点から検討したものであり,下記の結果を得ている。 1.このモデルラットでは,正常食(カルシウム0.7%,リン0.6%)で対照群に比較し4週間で著明な二次性副甲状腺機能亢進症を呈する.すなわち,PTHの分泌合成が亢進し,副甲状腺は肉眼的にも腫大が見られる。 2.このモデルラットに軽度低リン食(リン0.3%)にすると,副甲状腺のPTH mRNAレベルと血中へPTHの分泌及び副甲状腺細胞増殖は正常食の対照群のレベルまでに抑制された。このようにGFRの低下に見合うと考えられる軽度のリン制限では,血中カルシウム,リン,活性型ビタミンDの濃度は正常食の対照群との間に有意差を認めず,リンの制限がこれらの因子の濃度変化を介さず,直接に副甲状腺に作用して,PTHの分泌合成および細胞増殖亢進を予防している可能性を示唆された。 3.これ以上のリン制限(リン0.1%)を行なうと,活性型ビタミンDやカルシウムの上昇を介した副甲状腺機能亢進症を抑制することが見られ,今まで言われたようなリン蓄積による二次性副甲状腺機能亢進症の発症機序と一致でした。 以上,本論文は食事中のリンを制限することによって,慢性腎不全ラットのPTH分泌,合成亢進ならびに副甲状腺細胞増殖を予防することが可能であることをあきらかにした。本論文は動物試験で慢性腎不全の早期より食事中のリンを軽度制限することが,二次性副甲状腺機能亢進症を予防するうえで,最も安全かつ有効な方法であることから,リン制限の効果発現機序の解明とその病態生理に基いをより適切な治療法の開発に役立つことと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。 |