学位論文要旨



No 111369
著者(漢字) 黒川,峰夫
著者(英字)
著者(カナ) クロカワ,ミネオ
標題(和) t(3;21)転座によるAML1/Evi-1融合蛋白質の造腫瘍性の検討
標題(洋)
報告番号 111369
報告番号 甲11369
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1023号
研究科 医学系研究科
専攻 第一臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 講師 北村,聖
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨

 慢性骨髄性白血病(CML)は多能性造血幹細胞の異常クローンに由来する進行性の疾患である。CMLの臨床経過は慢性期と急性期に分けられる。慢性期は分化能を保持した幹細胞の増殖で特徴づけられ、数カ月から数年の慢性期の後、ほとんどの症例が急性転化を経て、未分化な芽球の腫瘍性増殖を特徴とする急性期に至る。腫瘍細胞はt(9;22)転座によるPh1染色体を持ち、これによりBCR/ABL融合遺伝子が形成される。急性期の白血病細胞には付加的な染色体異常をしばしば認め、第2の遺伝子変化が急性期への進展に関与していることが示唆される。しかし現在までのところ、具体的な急性転化の分子機構はほとんど明らかにされていない。

 t(3;21)転座はCMLの急性転化時に特徴的に出現する付加的染色体異常の一つである。t(3;21)転座によって21番染色体上のAML1遺伝子と3番染色体上のEvi-1遺伝子が融合し、AML1/Evi-1融合遺伝子が形成される。AML1遺伝子は、急性骨髄性白血病の一病型に特徴的に認められるt(8;21)転座における21番染色体上の切断点に存在する遺伝子として単離されたものである。AML1蛋白質は128アミノ酸にわたって、Drosophilaの体節形成遺伝子であるruntと高い相同性を有しており、この領域はRunt-domainと呼ばれ、機能的にはDNA結合能と蛋白質結合能を有する。t(3;21)転座によるAML1蛋白質の切断点はそのRunt-domainの直下であり、AML1/Evi-1融合蛋白質はRunt-domainを保持している。Evi-1遺伝子は、AKXDマウスの骨髄性白血病において高頻度に見い出だされるレトロウィルス挿入部位の近傍に存在する遺伝子として同定された。Evi-1はDNA結合能を有する核内蛋白質であり、N端に7つのzinc finger構造(第1 zinc finger領域)、C端寄りに3つのzinc finger構造(第2 zinc finger領域)を持ち、第2 zinc finger領域のさらにC端寄りにはacidic domainを持つ。Evi-1はマウスとヒトの骨髄性白血病にて高頻度には発現しているが、マウスの正常骨髄細胞では発現はほとんど見られない。AML1/Evi-1融合遺伝子にはEvi-1の全長が含まれており、Evi-1遺伝子の造血細胞における異所性の発現が、白血病の発症に寄与する可能性がある。

 筆者はAML1/Evi-1融合蛋白質の機能解析のため、AML1/Evi-1融合遺伝子をレトロウィルスを用いてラットの線維芽細胞細胞Rat-1に導入した。Rat-1細胞にレトロウィルスを感染させ、抗AML1抗体と抗Evi-1抗体を用いたウェスタンブロット法で検索を行ったところ、SKH1細胞において認めるAML1/Evi-1蛋白質と分子量と免疫反応性において同等の蛋白質を発現していることが確認され、それらの細胞株をRat-1/AEと命名した。Rat-1/AE細胞は液体培地においては、形態的に親株との明らかな差異は認めなかったが、明らかな足場非依存性増殖能を獲得した。軟寒天培地においてneoのみを感染させたRat-1細胞が肉眼では識別が困難な微小なコロニーを形成するに留まったのに対して、Rat-1/AE細胞は軟寒天培地に播種後14日から20日以内に肉眼的な大きさのコロニーを形成した。AML1/Evi-1が軟寒天培地において線維芽細胞の増殖能を変化させうる能力を持つことを確かめるために、Rat-1細胞にAML1/Evi-1を含むレトロウィルスを感染させ、感染細胞集団をG418による選択を加えないで直接軟寒天培地に播種した。これらの感染細胞集団によって軟寒天培地中に形成された肉眼的コロニーを拾い上げ、液体培地にて培養し、AML1/Evi-1蛋白質の発現を調べたところ、AML1/Evi-1蛋白質の発現が確認された。このことはAML1/Evi-1融合蛋白質が、Rat-1細胞の足場非依存性増殖能の獲得に寄与しうることを強く示唆するものである。

 t(3;21)転座は主にCMLの急性転化に伴って現れる染色体異常なので、p210BCR/ABL発現細胞に対するAML1/Evi-1の効果を調べることは、実際の血液細胞における急性転化のメカニズムを考える上で重要な意味を持つ。BCR/ABLのレトロウィルスをRat-1細胞に感染させ、それらのクローンに対して、c-Ab1に対するモノクローナル抗体を用いたウェスタンブロット法を行い、p210BCR/ABLの発現が認められたものをRat-1/p210と命名した。Rat-1/p210はすでに報告されているように、液体培地にてわずかな形態変化を認め、軟寒天培地にて肉眼的コロニーを形成した。筆者はさらに別の発現ベクターを用いてRat-1/p210にAML1/Evi-1を導入した。そしてAML1/Evi-1またはBCR/ABL、あるいはその両者を安定に発現するクローンを軟寒天培地に播種し、トランスフォーミング活性を評価した。その結果、Rat-1/p210にAML1/Evi-1を導入することによって、トランスフォーメーションの示標となるコロニー形成能の著明な上昇が認められた。AML1/Evi-1とBCR/ABLの両者を発現するクローンは著しい形態変化は示さなかったが、軟寒天培地において形成されるコロニーの大きさと個数はRat-1/p210に比して明らかな増大を示し、AML1/Evi-1はp210BCR/ABLによってトランスフォームした細胞に対してもさらに造腫瘍性を発揮しうることが判明した。

 AML1/Evi-1に含まれる各機能ドメインが、実際に線維芽細胞に対するトランスフォーミング活性に関与するかを決定するために、筆者はAML1/Evi-1遺伝子について、一連の部位特異的な欠失変異体をレトロウィルスベクター上に構築した。それぞれAML1/Evi-1RDはAML1部分のRunt-domainを欠くもの、AML1/Evi-1Z8-10はEvi-1部分の第2 zinc finger領域を欠くもの、AML1/Evi-1C-endはEvi-1部分のacidic domainを欠くもの、AML1/Evi-1(Z8-10+AD)はEvi-1部分の第2 zinc finger領域とacidic domainを欠くものである。まず各々の変異体をCOS7細胞で発現させ、抗AML1、または抗Evi-1抗体を用いたウェスタンブロット法を行った。個々の変異体は予想される分子量で十分に発現されていることが確認された。Rat-1細胞に変異体のレトロウィルスを感染させた細胞集団に対して軟寒天培地アッセイを行った結果、Evi-1部分の第2 zinc finger領域を欠失したAML1/Evi-1Z8-10は、線維芽細胞をトランスフォームさせる能力を喪失した。第2 zinc finger領域とacidic domainの両者を欠くAML1/Evi-1(Z8-10+AD)も同様に軟寒天培地で肉眼的コロニーを形成しなかった。それに対して、AML1部分のRunt-domainを欠失したAML1/Evi-1RDと野生型のEvi-1は、肉眼的コロニーの形成を示した。またAML1/Evi-1C-endにおけるacidic domainの欠失はトランスフォーメーション能に影響を与えなかった。ノーザンブロット法ではそれぞれの融合遺伝子のmRNAは、AML1/Evi-1Z8-10またはAML1/Evi-1(Z8-10+AD)を導入したクローンにおいても、AML1/Evi-1の導入によってトランスフォームしたクローンと同等またはそれ以上に存在することが示された。したがって変異体におけるトランスフォーミング活性の喪失は該当する変異体の産物の発現不足や不安定性によるものでなく、生物活性の変化によるものであると言うことができる。これらの結果は、AML1/Evi-1融合蛋白質による線維芽細胞のトランスフォーメーションには、Runt-domainやacidic domainよりもむしろEvi-1部分の第2 zinc finger領域が重要であることを示している。Evi-1が正常の血液細胞ではほとんど発現していないことと照らし合わせると、AML1/Evi-1の造腫瘍効果の少なくとも一部は、本来Evi-1の発現が無いか或いはきわめて低い細胞において異所性にEvi-1と同等の蛋白質を発現させることによることが考えられる。

 P19細胞にEvi-1を導入すると、AP1活性の上昇とともに内因性のc-Jun蛋白質の発現レベルが上昇することが報告されている。またc-junは単独であるいは他の癌遺伝子と協同してある種の細胞株をトランスフォームさせることが知られている。筆者はAML1/Evi-1によってトランスフォームした細胞内でc-junの発現レベルの変化が認められるかどうかを調べた。まずEvi-1を安定に発現するRat-1細胞においては、ノーザンブロット法においてc-junの発現の明らかな上昇が認められた。さらにAML1/Evi-1によってトランスフォームしたRat-1細胞においても独立した複数のクローンにて内因性のc-junの発現の上昇が認められた。これらのデータは、c-Junの発現にAML1/Evi-1が影響を及ぼし、特にEvi-1に相当する部分がc-Junの発現上昇に関与する可能性があることを示唆するものである。

審査要旨

 本研究は慢性骨髄性白血病(CML)の急性転化に関わるt(3;21)(q26;q21)転座において形成されるAML1/Evi-1融合蛋白質の機能解析を、繊維芽細胞の系を用いて造腫瘍性を検討するという方法で行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.AML1/Evi-1融合遺伝子産物を発現するレトロウィルス作成し、それを用いてをラットの繊維芽細胞であるRat-1細胞にAML1/Evi-1融合遺伝子を導入し、その形質を解析したところ、軟寒天培地にて肉眼的コロニーを形成し、足場非依存性増殖能を獲得したことが示された。

 2.CMLの原因を担うBCR/ABL融合遺伝子はRat-1細胞に導入すると足場非依存性増殖能を与えることが知られているが、BCR/ABL融合蛋白質を発現するRat-1細胞にさらにAML1/Evi-1融合蛋白質を発現させることによって、軟寒天培地中で形成する肉眼的コロニーの数が有意に上昇することが示され、AML1/Evi-1融合蛋白質はBCR/ABL融合蛋白質を発現する細胞に対しても造腫瘍性を発揮しうることが明らかにされた。

 3.AML1/Evi-1融合蛋白質の欠失変異体を用いた実験で、AML1部分のRunt-domainを欠失した変異体と野生型のEvi-1そしてEvi-1部分のacidic domainの欠失した変異体は、Rat-1細胞をトランスフォームさせる能力を保持していたのに対して、Evi-1部分の第2 zinc finger領域を欠失した変異体はその能力を喪失していることが示された。これによりAML1/Evi-1融合蛋白質の造腫瘍性はそのEvi-1部分の第2 zinc finger領域に依存することが明らかにされた。

 4.AML1/Evi-1またはEvi-1によってトランスフォームしたRat-1細胞においては内因性のc-junの発現が上昇していることがノーザンブロット法を用いて示された。Evi-1はAP1活性を上昇させる作用のあることが知られているが、AML1/Evi-1もまた実際にトランスフォームした細胞内でAp1活性の影響下にある遺伝子の一つであるc-junの発現レベルを変化させることが明らかにされた。

 以上、本論文はCMLの急性転化に伴って形成されるAML1/Evi-1融合遺伝子がラットの繊維芽細胞に対してトランスフォーミング活性を持ち、その活性はEvi-1部分の第2 zinc finger領域に依存することを明らかにした。本研究は現在のところ理解が不十分であるCMLの急性転化の分子機構の一端を明らかにしたものであり、一般の造血幹細胞に起因する疾患が急性白血病状態に進展するメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54478