近年の研究により,チロシンキナーゼは細胞の癌化,増殖だけでなく,免疫応答や神経細胞,血管内皮細胞の分化など数々の生命現象の鍵となっていることが明らかとなってきた.当初,発癌ウィルスより単離された種々の癌遺伝子の多くは細胞内で正常に機能しているチロシンキナーゼに由来していることが次々に解明された.チロシンキナーゼは大きく分けてレセプター型と非レセプター型に分けられる. レセプター型のチロシンキナーゼは増殖因子のレセプターをコードしており,その細胞外領域にリガンドが結合するとその細胞内領域に存在するキナーゼ領域が活性化される.するとレセプター自身の自己リン酸化が起こり,同時に細胞内情報伝達分子がリン酸化を受ける.情報伝達分子に存在する共通配列であるSH2(src homology 2)領域はリン酸化チロシンの,SH3(src homology 3)領域はプロリンリッチ領域の結合部位となることで互いに会合し,上流より伝達されたシグナルを下流へと伝達する.この様なステップが繰り返され,細胞内情報伝達分子が次々とリン酸化され最終的にはその情報が核へ伝達される.こういった経路は近年急速な勢いで明らかにされつつあり,EGFレセプターの下流に存在するRasを介した経路でもっとも早く解析が進んだ. Leukocyte Tyrosine Kinase(LTK)は主に脳,及びpre-B細胞において発現しているレセプター型チロシンキナーゼであるが,その機能は不明であり,リガンドも同定されていない. LTKは1988年Ben Neriahのグループによりクローニングされたが,このクローンは細胞外領域を欠失したレセプター型チロシンキナーゼという.特徴を有していた.しかしLTKはその後の研究により,より長い細胞膜外領域を有していることが明らかとなった.私達のグループでは,最近ヒト胎盤のcDNAライブラリーよりLTKの全長をクローニングし報告した.このクローンは423アミノ酸の細胞膜外領域と415アミノ酸の細胞膜内領域を有していた.細胞膜内領域はインスリンレセプターサブファミリーに属するチロシンキナーゼと相同性を有しているが細胞膜外領域は既知のタンパク質との相同性を有していない. 最近LTKとアミノ酸レベルで64%の相同性を有しているALKチロシンキナーゼがクローニングされた.ALKは大細胞型悪性リンパ腫の約3分の1に認められるt(2;5)転座の切断点に存在しており,この転座の結果ALKは核内タンパク質のnucleophosmin(NPM)とキメラタンパク質を形成し造腫瘍性に関与すると考えられている.現在までのところLTKと疾患の関連性は報告されていないが,LTKと高い相同性を有するALKチロシンキナーゼの造腫瘍性が報告されたことより,LTKの細胞増殖への関与,造腫瘍性の有無に興味が持たれた. キメラレセプターを用いたレセプター型のチロシンキナーゼの機能解析は1980年代後半からしばしば行われてきた.こうした解析の主な目的は,リガンド結合部位を含む細胞外領域をリガンドが既知であるレセプター型チロシンキナーゼと置き換えることにより,既知の因子依存性に目的のチロシンキナーゼが活性化される系を構築することにある.キメラレセプターを発現した細胞がリガンドの存在下に示す,形態や増殖の変化,あるいは細胞内での生化学的な変化を解析することにより目的とするチロシンキンーゼの機能を知ることができる. 今回我々は,LTKの機能を解析するため,EGFレセプターの細胞膜外領域及びLTKの細胞膜貫通領域,細胞質内領域を融合したキメラレセプターを結合部位の違いにて3種類(EL1,EL2,EL3)作成した.これらのキメラレセプターを発現ベクターpSSR にサブクローニングした.リン酸カルシウム法にてこれらをEGFレセプターの発現の極めて少ないことが知られているヒト293細胞に遺伝子導入し,キメラレセプターを安定発現した細胞株(EL1-3,EL2-3,EL3-3)を樹立した.125Iを用いた表面標識により,キメラレセプターが細胞膜に発現していることを確認した.キメラレセプターがシグナルを伝達していることを確認するためにキメラレセプター安定発現株をEGFにより刺激した後,可溶化し,抗リン酸化チロシン抗体を用いたウエスタンプロット解析を施行したところ,キメラレセプターが自己リン酸化されることが明らかとなった.また,同時に細胞内の複数のタンパク質がチロシンリン酸化を受けたがこのパターンはEGFレセプターの場合と比較して一部共通で一部異なっていた.また,キメラレセプターを免疫沈降するとEGF刺激依存性に複数のチロシンリン酸化蛋白が共沈したが,やはりそのパターンはEGFレセプターの場合と一部共通で一部異なっていた.この結果より我々の作製したキメラレセプターは発現しEGF刺激によりシグナルを伝達することが明らかとなった.また細胞内のチロシンリン酸化タンパク質のパターンの違いよりLTK独自の細胞内情報伝達経路の存在が示唆された. EGF存在下ににれらのキメラレセプター安定発現株を培養しその生物学的性質について検討したところ,親株に比べEGF濃度依存性に増殖が促進されることが明らかとなった.またEGF存在下に一週間培養したところ親株に比べて有意に細胞数が増加した.形態的には有意な変化を認めなかった.以上より,我々が作成したキメラレセプターは細胞表面に発現し,EGF刺激により細胞増殖に関与するシグナルを伝えていることが明らかとなった. 近年の研究により多くのレセプター型チロシンキナーゼはGrb2/Ash-Sos複合体と直接あるいは間接的に会合することによりRasを活性化することが明らかとされている.また多くの増殖因子はShcのチロシンリン酸化及びGrb2/Ashとの会合を誘導することが明らかとなっている. LTKの細胞増殖に関与する細胞内情報伝達経路を解析したところキメラレセプターはEGF刺激依存性にGrb2/Ash及びShcとin vivoにて会合することが明らかとなった.またキメラレセプター安定発現株においてGrb2/Ashはin vivoにてSosと構成的に結合しており,EGF刺激後にSosのリン酸化によると考えられる電気泳動度のシフトが観察された.またShc及びGrb2/AshはEGF刺激依存性にin vivoにて会合した. これまでの実験の結果よりキメラレセプターにはEGFレセプターのようにGrb2/AshとShcがそれぞれ直接会合するという可能性とTrkチロシンキナーゼのようにGrb2/AshはShcを介して間接的に会合するという両者の可能性が考えられた.LTKがこれらのどちらのタイプのチロシンキナーゼであるかをGST-Grb2/Ashを用いたウェストウェスタンプロット解析により検討したところ,キメラレセプターとGrb2/Ashの会合はShcを介在分子とした間接的なものであることが判明した. 近年の研究にてレセプター型チロシンキナーゼは必ずしもGrb2/Ash-Sos複合体と直接会合せず,様々なアダプター分子を介して会合しているということが明らかとなっている.PDGFレセプターにおけるSyp,TrkにおけるShc,インスリンレセプターにおけるIRS1がそれらの例である.これらのアダプター分子にさらに情報伝達分子が会合することによりRas経路以外の情報伝達経路も活性化される.この様にアダプター分子の相違はチロシンキナーゼの独自性を規定する要素のひとつであると考えられる. LTKの細胞内領域には最近明らかにされたGrb2/Ashの結合部位共通配列であるYXNXモチーフは存在せずShcの結合部位共通配列であるNP/AXYモチーフは2箇所(Y485,Y862)存在している.インスリンレセプターサブファミリーに属するチロシンキナーゼでは膜貫通領域直下に共通してNP/AXYモチーフが存在することからLTKのShc結合部位は膜貫通領域直下に存在するY485であると予想した.LTKのShc結合部位を同定するためにこれらのチロシンを含んだ幾つかのLTKのチロシン→フェニルアラニン変異体を作製し検討したところ,予想に反してShcの主要な結合部位はC末端領域のY862であり膜直下領域のY485は副次的な結合部位であることが判明した. LTKはリガンドが不明であり,発現量も少ないことからこれまでその機能に関しては不明な点が多かった.今回の解析によりLTKの機能の少なくとも一つは細胞増殖に関与していることが明らかとなった.また,その下流にShc→Grb2/Ash→Sosを介する情報伝達経路が存在することが明らかとなったことから,その細胞増殖に関する情報はRasの活性化を介して伝達されることが予想された.また,Shcをアダプター分子としている点でTrkチロシンキナーゼとの類似性が明らかとなった.しかしLTKの本来発現している神経細胞,血液細胞における機能,疾患との関わりなど不明な点も多く残されており今後の検討を要すと思われる. |