学位論文要旨



No 111374
著者(漢字) 最上,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) モガミ,ヒデオ
標題(和) アクチビンAによるインスリン分泌促進機構の解明
標題(洋)
報告番号 111374
報告番号 甲11374
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1028号
研究科 医学系研究科
専攻 第一臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,清
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 講師 山田,信博
 東京大学 講師 山下,直秀
内容要旨

 アクチビンは、下垂体のFSH分泌促進因子として卵胞液中より精製された分子量25kDの二量体タンパク質である。その後、様々な細胞及び組織においてそれぞれ別個の生理作用をもつ物質として精製され、同定された。一次構造だけでなく立体構造もTGF-に類似し、TGF-スーパーファミリーに属する活性因子に分類されている。そして、その作用も多岐にわたり、現在では、FSH分泌促進作用に加えて、赤芽球及び巨核球分化誘導作用、神経栄養因子としての作用などがわかっている。また、リンパ球、肝細胞、血管平滑筋細胞などの増殖制御因子として関与している。発生段階では、中胚葉の分化誘導因子として機能しており、さらに神経誘導の抑制作用をもつ。このように、アクチビンは発生の段階から分化・増殖をはじめとして様々な細胞調節機構に局所因子として関与する多機能性タンパク質であることが明らかになりつつある。

 ラットの腹腔内にアクチビンAを投与すると投与後24時間にわたり血糖値が低下する。この理由の一つとしてインスリン分泌促進作用がある。ラット遊離ラ氏島のインキュベーション系ではアクチビンAを投与するとインスリン分泌が促進され、またグルコースにより刺激されたインスリン分泌も増強する。さらに、内因性アクチビンの影響を除くことができるペリフュージョン系で同様の検討を行うとアクチビンAに対する反応性感度はさらに上昇し、グルコース存在下ではインスリン分泌は0.1nMから用量依存性に促進し10nMで最大となる。特徴的なのは2.7mMという低濃度グルコース存在下に二相性の分泌を惹起するという他のペプチド性刺激因子には見られない反応を示すことである。また、単独ではインスリン分泌促進作用のない0.05nMという低濃度でもアクチビンAはグルコースよるインスリン分泌を増強する。さて、インスリン分泌の調節因子は二種類の範疇に分けられる。第一は単独でインスリン分泌を促進することができる因子である。グルコースで代表されるこの範疇の因子には、アルギニン、ロイシンなどのアミノ酸やマンノースなどの糖が含まれる。これに対して、単独ではインスリン分泌を促進することができず、グルコース存在下でしかその作用を発揮できない因子がある。この範疇にはいる因子は、グルカゴン、GIP、GLPなどのペプチドホルモンやアセチルコリンなど受容体を介して作用する物質である。前者をprimary stimulatorとよび、後者をsecondary stimulatorとよぶ。今までの研究結果から、アクチビンAは受容体を介して作用する因子であるにもかかわらず、閾値以下のグルコース存在下に二相性のインスリン分泌を惹起するなど他のsecondary stimulatorにはない作用を示す点が特徴である。そこで本研究では、ラット遊離ラ氏島におけるアクチビンAのインスリン分泌に対する作用をペリフュージョン系を用いてより詳細に検討を行った。まず、アクチビンAの作用は完全に細胞外カルシウム濃度に依存し、細胞外カルシウム濃度を0.3mMにするとインスリン分泌反応はみられなかった。同様に、電位依存性カルシウム拮抗薬のニフェジピンでもアクチビンAの作用は完全に抑制された。これらの実験事実より、細胞外からのカルシウム流入による細胞内カルシウム([Ca2+]c)の上昇作用がアクチビンAのインスリン分泌には必須要素であると考えられた。本研究で明らかとなったもっとも興味ある点は、アクチビンAがグルコース非存在下でも、少量であるが有意にインスリン分泌促進作用をもつことである。さらに、グルコース代謝阻害剤であるマンノヘプチュロースをグルコース非存在下で加えても、アクチビンAの作用は変わらなかった。以上のことより、アクチビンAのインスリン分泌促進作用はグルコース代謝を介さない機序によると考えられ、アクチビンAはprimary stimulator類似の作用をもつことが判明した。同一条件下でのGLP-1の作用は、これとは対照的でインスリン分泌促進作用は示さない。また、[Ca2+]cに関する作用において、アクチビンAはグルコース非存在下にも遊離ラ氏島の[Ca2+]cを上昇させる作用がある。これに対して、GLP-1には同一条件下では[Ca2+]cの増加作用はない。これらの事実から考えると、アクチビンAはグルコース代謝を介する経路とは別個の機序により、細胞外カルシウム流入を増強しインスリン分泌を促進させていると考えられる。ラ氏島におけるインスリン分泌において明らかになったもう一つの重要な点は、CLP-1自体はグルコース非存在下でインスリン分泌に影響を及ぼさないが、アクチビンAのインスリン分泌を増強させたことである。GLP-1はグルコース非存在下でもcAMPの上昇作用がある。アクチビンAによるインスリン分泌作用をGLP-1が、グルコース非存在下で増強させるのはcAMPの上昇が関与していると考えられる。実際、GLP-1自体はグルコース非存在下で遊離ラ氏島の[Ca2+]cの増加作用はないがアクチビンAの[Ca2+]cの上昇作用を増強させた。

 さらにインスリン分泌腫瘍細胞(HIT-T15)を用いて、アクチビンAによる[Ca2+]c上昇作用の解明を電気生理学的に行った。[125I]アクチビンAによる結合実験及びアフィニテイクロスリンキングによってHIT細胞にI型及びII型アクチビンレセプターが存在し、Kdは2.4×10-10で細胞あたり6100個のレセプターがあることを確認した。アクチビンAを2.7mMグルコース存在下で投与すると、膜は脱分極し活動電位を発生した。アクチビンAはHIT細胞においてもラット遊離ラ氏島と同様に、細胞外からのカルシウム流入を促進させて[Ca2+]cの上昇を惹起した。アクチビンAによる[Ca2+]c上昇がニフェジピンやコバルトで抑制されることから電位依存性カルシウムチャネルを介した細胞外カルシウム流入であることを確認した。ラ氏島においてアクチビンAがprimary stimulator類似の作用をもつことからHIT細胞においてもK-ATPチャネルとL型電位依存性カルシウムチャネルに焦点を絞って検討した。K-ATPチャネルを単一チャネルレベルで検討すると、アクチビンAはK-ATPチャネルを抑制した。K-ATPチャネルの抑制作用に加えて、アクチビンAはL型電位依存性カルシウムチャネル電流を増強した。本研究より、アクチビンAはKATPチャネルを直接抑制することにより細胞膜を脱分極させてL型電位依存性カルシウムチャネルを活性化しカルシウム流入を促進させると同時に、L型電位依存性カルシウムチャネル自体をも直接修飾しカルシウム流入を増加させインスリン分泌を促進させていると考えられた。インスリン分泌に関して、アクチビンAはグルコースと共通の作用点をもち、アクチビンAは膵細胞のカルシウム動態に関してグルコースの作用を再現できる物質であるといえる。

審査要旨

 本研究はアクチビンAによるインスリン分泌促進機構を膵ラ氏島ペリフュージョン系および単一インスリン分泌細胞レベルでの電気生理学的な検討により、下記の結果を得ている。

 1.ラット遊離ラ氏島のペリフュージョン系において、アクチビンAは、2.7mMという低濃度グルコース存在下で容量依存性に且つ二相性のインスリン分泌を惹起した。その作用は細胞外カルシウム濃度に依存していた。

 2.アクチビンAのインスリン分泌作用は、グルコース非存在下でも一相性ではあるが有為に認められた。

 3.グルコース非存在下でも、同時にGLP-1を投与すると二相性のインスリン分泌が再現された。

 4.グルコース非存在下で[Ca2+]cの増加も、アクチビンA単独で有為な増加がみられたが、一相性で刺激前値に速やかに戻った。しかし、GLP-1との同時投与では[Ca2+]cの増加も著名で二相性の増加を示した。

 5.単一インスリン分泌細胞の電気生理学的検討では、アクチビンAは受容体を介してK-ATPチャネルを直接抑制した。

 6.アクチビンAはL型電位依存性カルシウムチャネル自体も直接修飾し、カルシウム流入量を増加させる。従って、アクチビンAはK-ATPチャネルを直接抑制することにより細胞膜を脱分極させL型電位依存性カルシウムチャネルを活性化しカルシウム流入を促進させると同時に、L型電位依存性カルシウムチャネル自体をも直接修飾しカルシウム流入を増加させインスリン分泌を促進すると考えられた。

 以上、本論文はアクチビンAの膵細胞におけるインスリン分泌促進機構を明らかにするとともに、アクチビンAの膵細胞における情報伝達機構を解明した点で重要な貢献をしたものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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