研究者のグループは食塩感受性高血圧の発症機序に交感神経系の亢進が関与し、経口Ca補充の降圧作用機序に交感神経系の抑制が関与することを報告してきた。申請者は、今回の実験で食塩感受性高血圧モデルである幼若期の自然発症高血圧ラット(SHR)を用いて直接的に交感神経活動を測定し、経口的に食塩負荷およびカルシウム(Ca)補充を行った際の交感神経活動の緊張性調節および動脈圧受容器による反射性調節がどのように変化するかを検討し、下記の結果を得た。 1.4週間の食塩負荷は幼若SHRの平均血圧(MAP)および腎交感神経の緊張性活動(RSNA)を有意に増大させたが、Wistar-Kyoto rats(WKY)のそれらには有意な影響を与えなかった。したがって、幼若SHRの食塩感受性高血圧の発症、維持機構に交感神経系の亢進が関与することが示唆された。 2.動脈圧受容器反射の全般特性として、薬物によりMAPを急性に変化させた際のMAPとRSNAの関係およびMAPと心拍数(HR)の関係を求めた結果、食塩負荷はSHRにおける両関係の最大ゲインを減弱させたが、WKYにおいては逆にそれらを増強させた。 3.動脈圧受容器反射の中枢特性として、大動脈神経(AN)を電気刺激した際のRSNAおよびHRの減少の度合を検討した。食塩負荷はSHRにおけるANのA線維群によるRSNAの抑制反射を抑制したが、WKYにおいては逆にその反射を増強させた。一方、ANのC線維群を介するRSNAの抑制反射については、食塩負荷はSHRおよびWKYのいずれにおいても有意な影響を及ぼさなかった。また、ANの電気刺激によるHRの減少反射については、食塩負荷はSHRおよびWKYのいずれにおいても有意な影響を及ぼさなかった。 4.4週間の食塩負荷と同時に経口的にCaを補充しておくと、食塩負荷によるMAPおよびRSNAの上昇が防止された。 5.食塩負荷による動脈圧受容器反射の全般特性および中枢特性の変化はいずれも経口Ca補充により防止された。 6.経口Ca補充は食塩を負荷していないSHRにおいては、MAP、RSNA、動脈圧受容器反射の全般特性および中枢特性のいずれに対しても有意な影響を及ぼさなかった。 以上のように、本論文は交感神経性血管運動神経活動を直接モニターすることにより、幼若SHRにおける食塩による血圧上昇に、緊張性交感神経活動の増大と動脈圧受容器反射による交感神経調節の障害を伴うことを示しており、食塩感受性高血圧の発症、維持機構における交感神経系の関与を強く示唆している。また、経口Ca補充が食塩負荷による交感神経活動の緊張性調節および動脈圧受容器を介する反射性調節の異常を是正することを示し、経口Ca補充による降圧作用機序に交感神経調節の回復が関与することを示唆した。さらに重要な知見は、食塩負荷および経口Ca補充による動脈圧受容器反射の可塑性に、中枢神経機能の変化が寄与している可能性を示した点である。以上の結果は、食塩感受性高血圧の発症、維持および経口Ca補充の降圧作用に関わる交感神経性機序の理解をさらに深めるものであると考えられ、学位の授与に値するものであると認める。 |