糖尿病は、生涯にわたる治療を要する慢性疾患であり、血糖コントロールの状態が、長期的な合併症の進行および予後を左右する。そのため、患者の疾患に対する理解、治療に対する動機づけ、セルフケア行動などが治療効果を左右する重要な要因となる。糖尿病患者の血糖コントロールに対する行動面、感情面の影響の重要性については、これまでにうつ、不安、ストレスなどを始めとして様々な要因の関連が指摘されているが、なお統一した見解は得られていない。また、研究の方法論上の問題点として、(1)対象が若年のインスリン依存型糖尿病に偏っている、(2)2要因間の解析が多く、複数の要因間相互の影響が考慮されていない、(3)血糖コントロールとセルフケアの評価が区別されていない、(4)横断的な研究が多い、などが指摘されている。近年これらの問題点の改善を図るため、インスリン非依存型糖尿病を対象とする、多変量解析を用いた縦断的な研究も増えてきた。今回われわれは、複数の患者特性要因と心理社会的要因の組み合わせから、多変量解析を用いて、横断的解析により現在の血糖コントロール状態を、縦断的解析により6ヶ月間の血糖コントロールの変化を予測することが可能であるという仮説のもとに、中高年のインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)患者を対象として、6ヶ月間の縦断的な研究を行った。 対象は、朝日生命糖尿病研究所附属病院のNIDDM外来患者で、30歳以上、重篤な合併症を有さず、自力で下記の心理テストに回答できる者とした。研究導入時の対象は74名(男性56名、女性18名)であった。 研究導入時に、患者特性要因及び心理社会的要因を評価するために、東大式エゴグラム(TEG)、摂食態度調査表(EAT)、矢田部・ギルフォードテスト(YG-Test)、糖尿病チェックリストへの回答を求めた。TEGは、交流分析の理論に基づいて作成された質問紙である。交流分析では、人は心の中に3つの自我状態(Parent,Adult.Child;このうち、Parentは、Critical ParentとNurturing Parentに、Childは、Free ChildとAdapted Childに分けられる)があり、人との交流において、物事を判断したり、行動したりする際の基準として作用すると考えられている。TEGは、この自我状態を評価し、それを折れ線グラフで表現することにより、被験者の対人関係のパターンの特徴を視覚的に捉えることができるものである。さらに、このグラフの形から、便宜的に、どれか一つだけが高いものを"優位型"、低いものを"低位型"、またグラフ全体の形から"N型"、"逆N型"などいくつかのタイプに分けられている。EATは、元来摂食障害患者のために開発された食行動を評価する質問紙である。得点が高いほど、特に20点を超えている場合に、食行動に問題があると判断される。本研究では糖尿病患者の食行動を評価する質問紙としてEATを用いた。YG-Testは、社会的外向性、内向性および情緒の安定性などを評価する質問紙である。糖尿病チェックリストは主として患者特性要因に関する質問紙で、性別、年齢、体重、職業、家族歴、罹病期間、糖尿病教育、治療法、家族のサポートなどの項目からなっている。なおわれわれは、患者からの情報とは別に主治医およびカルテから得られる情報をもとに、罹病期間、糖尿病教育、治療法、合併症に関する記録用紙を作成し、双方の情報に食い違いがある場合には、この記録用紙のデータを用いた。一方、血糖コントロール状態を評価するために、Glycosylated hemoglobin(HbA1c)を研究導入時(pre-HbA1c)と6ヶ月後のフォローアップ時(post-HbA1c)に測定した。 これらの指標の結果に基づいて、数量化I類による横断的解析と縦断的解析を行った。数量化I類は、予測変数にカテゴリヵルデータ、基準変数に量的データを用いた重回帰分析に相当する。解析には、SAS(Statistical Analysis System)のGLM(General Linear Models)Procedureを用いた。横断的解析では、上記の質問紙、記録用紙から得られた13個の患者特性要因及び心理社会的要因を用いて、これらを予測変数、pre-HbA1cの値を基準変数として、現在の血糖コントロール状態の推定を行った。縦断的解析では、この13要因にフォローアップ期間中の入院の要因を加えた14個の要因を予測変数とした。6ヶ月間の血糖コントロールについては、HbA1cの変化率(%)={(post-HbA1c-pre-HbA1c)/pre-IIbA1c}×100を算出し、これを基準変数として、6ヶ月間の血糖コントロールの変化の予測を行った。以下、横断的、縦断的解析のどちらも同様の解析手順を用いた。まず、各予測変数と基準変数との相関比を求めながら、これに併行して、各予測変数が最も有意な関連を示すように予測変数の最適なカテゴリー化を行った。その結果、最も高い関連を示した予測変数を一つ残し、さらに、これに追加することによって最も高いR-squaredが得られる変数を選択して一つずつ追加していった。変数選択の有意性の基準としては、p値が10%未満のものとした。 横断的解析に用いられた対象は、74名中欠損値があった6名を除いた68名であった。平均年齢58.9歳、平均罹病期間13.7年、治療内容では、食事療法100%、運動療法61.7%、経口血糖降下剤50.0%、インスリン注射25.0%であった(複数回答)。pre-HbA1cの平均値は8.06%であった。横断的な解析の結果、各予測変数とpre-HbA1cとの間でTEGが最も高い相関比を示した(R-squared=0.216)。これに治療法を追加したところで、1名が2変量はずれ値のために以降の解析から除外された。さらに、職業、体重、糖尿病教育、EATが追加され、6要因の組み合わせが、現在の血糖コントロールの状態を最も正確に推定できることが明らかになった(R-squared=0.576)(表1)。 表1 TEG、治療法、職業、体重、糖尿病教育、EATの6変数による現在の血糖コントロールの推定 TEGは、5つのカテゴリーに分類され、NP優位型で最もコントロールが悪く、逆N型で最もコントロールが良かった。治療法は、3つのカテゴリーに分類され、インスリン治療を受けている者で最もコントロールが悪く、食事及び運動療法のみの者で最もコントロールが良かった。職業は、4つのカテゴリーに分類され、一般社員・中間管理職で最もコントロールが悪く、その他が最もコントロールが良かった。体重では、理想体重の120%を超えた体重の者の方が、120%以下の者よりコントロールが悪かった。糖尿病教育では、教育入院の経験者の方が未経験者よりもコントロールが良かった。食行動では、EATの得点が20点を超える者の方が、超えない者よりコントロールが悪かった(表2)。 表2 TEG、治療法、職業、体重、糖尿病教育、EATの6変数における各カテゴリーの人数、現在の血糖コントロールの平均値、調整済み平均値 6ヶ月間のフォローアップ期間中に2名が死亡、4名が治療を中断した他、前述の通り1名が解析の過程で除外されたため、6ヶ月後のフォローアップ時の評価を受けた対象は67名(男性50名、女性17名)であった。縦断的解析に用いられた対象は、67名中欠損値があった6名を除いた61名であった。平均年齢58.0歳、平均罹病期間13.4年、治療内容では、食事療法100%、運動療法62.3%、経口血糖降下剤44.3%、インスリン注射23.0%であった(複数回答)。HbA1cの変化率の平均値は0.20%(-22.0%〜33.3%)であった縦断的な解析の結果では、やはりTEGが最も高い相関比を示し(R-squared=0.246)、次に治療法が追加された。2変量はずれ値により除外されたものはなかった。さらに糖尿病教育が追加され、3要因の組み合わせが、6ヶ月間のHbA1cの変化率を最も正確に予測できることが明らかになった(R-squared=0.344)(表3)。 TEGは、4つのカテゴリーに分類され、横断的な解析の結果と同様、NP優位型で最もコントロールが悪化し、逆N型で最もコントロールが改善した。治療法は、2つのカテゴリーに分類され、横断的な解析の結果とは異なり、インスリン治療を受けている者の方が、受けていない者よりコントロールが改善した。糖尿病教育では、横断的な解析の結果と同様、教育入院の経験者の方が未経験者よりもコントロールが改善した(表4)。 図表表3 TEG、治療法、糖尿病教育の3変数による6ヶ月間の血糖コントロールの変化の予測 / 表4 TEG、治療法、糖尿病教育の3変数における各カテゴリーの人数、6ヶ月間の血糖コントロールの変化率の平均値、調整済み平均値 本研究では、TEG、治療法、職業、体重、糖尿病教育、EATの6要因が現在の血糖コントロール状態を、TEG、治療法、糖尿病教育の3要因が6ヶ月間の血糖コントロール状態の変化を有意に予測できることが明らかにされた。エゴグラムパターンは、対人関係のあり方を表すもので、糖尿病非特異的な心理社会的指標であるが、これが最も糖尿病の血糖コントロールの予測に役立つ要因であったことは興味深い。NP優位型の患者の患者では、自分自身に課せられた糖尿病の治療に必要な決まりを厳守することよりも、周囲の人々につき合ったり、面倒を見たりすることに重点がおかれるために、コントロールが良好に保てなくなる可能性が考えられた。一方、逆N型の患者は、ACが低くCPが高いため、他人のことを気にせずに自分のやり方を押し通す特徴があり、周囲に対して気を使ったり、過剰適応することなく、自分のなすべきことを優先してやっていくことができるために、コントロールを良好に保つことができる可能性が考えられた。また、インスリンの使用による血糖コントロールの改善が示された。また、教育入院の経験が血糖コントロールの予測に役立つ要因であったことから、長期的に良好な血糖コントロールを維持する上で糖尿病教育が重要な役割を果たすことが示された。 今後の課題としては、糖尿病のセルフケア行動を総合的に評価するための指標を改善して、セルフケア行動をより適切な形で要因にとりこむこと、さらに対象施設を広げて、より多数の患者を対象として研究を行い、結果の一般性を高めることなどがあげられる。 |