学位論文要旨



No 111377
著者(漢字) 篠原,聡
著者(英字)
著者(カナ) シノハラ,サトシ
標題(和) 慢性関節リウマチ患者末梢血及び関節液の単核球におけるFas抗原、Bcl-2蛋白の発現の検討
標題(洋)
報告番号 111377
報告番号 甲11377
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1031号
研究科 医学系研究科
専攻 第一臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 横田,崇
 東京大学 講師 吉野谷,定美
 東京大学 講師 織田,弘美
内容要旨 【本研究の背景及び目的】

 1972年Wyllieらによりnecrosisとは異なる細胞死の形態としてapoptosisが報告された。その後、apoptosisの誘導により自己反応性クローンが除去されることが明らかとなり、apoptosisを介した免疫系の制御が注目を集めている。Fas抗原はTNF/NGFレセプターファミリーに属する細胞膜貫通型蛋白で、apoptosis誘導能を持つ。SLEの動物モデルとして知られるlprマウスにはFas抗原遺伝子変異が存在することが明らかにされている。さらに、lprマウスでは胸腺におけるセレクションは正常であるが、野生型でみられるような成熟T細胞のactivation-induced cell deathはみられないことが報告された。したがって、Fas抗原の機能不全があると、末梢に存在する自己反応性クローンにapoptosisを誘導できないために末梢性トレランスが破綻して、自己免疫現象がおきると考えられている。一方、Bcl-2蛋白はミトコンドリア内膜、小胞体、核膜等に存在する膜蛋白で、抗apoptosis活性を持ち自己免疫現象に関与する可能性が示されている。本研究では、まず、免疫担当細胞の制御にFas抗原やBcl-2蛋白が果たす役割を検討するために、健常人の末梢血CD4+T細胞、CD8+T細胞、単球のFas抗原及びBcl-2蛋白の発現を解析した。次に、関節病変を主座とする原因不明の全身性炎症性疾患で、自己免疫疾患である慢性関節リウマチ(以下RA)患者の末梢血と関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞、単球/マクロファージ(以下M)におけるFas抗原及びBcl-2蛋白の発現と機能の異常を検索し、RAにおけるその意義について考察した。

【研究の対象及び方法】

 1.対象 はじめに、新生児、若年成人、壮年成人の末梢血を各8例ずつ解析した。次に、RA患者19例の末梢血と関節液を解析した。健常人のT細胞におけるFas抗原の発現は加齢とともに増加したので、RA患者の検討では年齢を一致させた健常人19例をコントロールとした。2.細胞の分離、免疫蛍光染色 単核球は末梢血及び関節液より比重遠心法にて分離後、直ちに染色した。ただし、新生児末梢血(臍帯血)の単核球は、Fas抗原、CD45RO抗原、Bcl-2蛋白の発現の変化を解析するために、1g/mlのPHAを加えて培養(3日間)した後にも染色した。Fas抗原の発現の解析には、PerCP標識抗CD4抗体またはPerCP標識抗CD8抗体とPE標識抗CD45RO抗体及びFITC標鐵抗Fas抗体で三重染色、もしくはPE標識抗CD14抗体とFITC標識抗Fas抗体で二重染色した。細胞内に存在するBcl-2蛋白の解析には、あらかじめ細胞膜の透過性を高める処理を行う点と、FITC標識抗Fas抗体の代わりにFITC標識抗Bcl-2蛋白抗体を用いる点を除いてはFas抗原の場合と同様に染色した。3.抗Fas抗体刺激によるapoptosisの誘導およびPropidium iodide染色によるapoptosisの測定 RA患者の末梢血及び関節液から分離した単核球を培養プレートに分注し、各wellにapoptosis誘導性のIgM抗Fas抗体4g/mlを加えて24時間培養した。その後、Nicolettiらの方法に従い、Propidium iodideで染色しapoptosis分画を測定した。4.フローサイトメーターによる測定 EPICS XLを用いて測定した。測定に際しては、T細胞の解析にはPerCPで標識されたCD4もしくはCD8陽性細胞にゲートを設定し、単球/Mの解析にはPEで標識されたCD14陽性細胞にゲートを設定した。5.リウマトイド因子(RF)、免疫グロブリン(IgA、IgG、IgM)の測定 ネフェロメトリー法で行った。

【結果】

 1.健常人末梢血のCD4+T細胞、CD8+T細胞、単球におけるFas抗原、Bcl-2蛋白の発現(1)CD4+T細胞、CD8+T細胞におけるFas抗原の発現は、新生児ではわずかであったが加齢とともに増加した。Bcl-2蛋白はほぼすべてに発現していた。(2)Fas抗原とCD45RO抗原の発現の有無で4つの亜群に分けると、CD4+T細胞とCD8+T細胞ではその分布に違いがあった。すなわちFas-/CD45RO-群、Fas+/CD45RO+群のほかにCD4+T細胞ではFas-/CD45RO+群を、CD8+T細胞ではFas+/CD45RO-群を認めた。(3)PHA刺激によりCD4+T細胞にはFas抗原の、CD8+T細胞にはCD45RO抗原の発現が相対的に早く誘導された。Bcl-2蛋白の変化はなかった。(4)単球においてもFas抗原、Bcl-2蛋白の発現がみられた。T細胞に比べて単球におけるFas抗原の陽性率は高くBcl-2蛋白の発現量は少なかった。

 2.RA患者末梢血、RA患者関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞、単球のFas抗原、Bcl-2蛋白の発現(1)RA患者末梢血のCD4+T細胞、CD8+T細胞、単球のFas抗原、Bcl-2蛋白の発現は健常人とくらべ差がなかった(図1A、図2)。(2)RA患者の末梢血と関節液を比較すると、関節掖のCD4+T細胞、CD8+T細胞ではFas抗原の発現が増強し、90%以上が陽性であった(図1B)。反対にBcl-2蛋白の発現は低下していた(図2)。(3)上記の表現型にもかかわらず、RA患者関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞には抗Fas抗体刺激によるapoptosisが誘導されなかった(表1)。(4)RA患者関節液の単球/Mは末梢血にくらべBcl-2蛋白の発現は変わらないが、Fas抗原の発現が低下していた(図1B、図2)。(5)RA患者関節液の単球/MのFas抗原陽性率とCRPとの間に負の相関を認めた。(6)RA患者末梢血CD8+T細胞のFas抗原陽性率とリウマトイド因子(以下RF)との間に正の相関を、罹患期間との間に負の相関を認めた。健常人で認められた末梢血CD8+T細胞のFas抗原陽性率と年齢との正の相関は、RA患者ではみられなかった。

図表図1 (A)健常人及びRA患者の末梢血におけるFas抗原)の発現の比較。two sample t testを用いて検定した。NS:有意差なし。(B)RA患者末梢血及び関節液におけるFas抗原の発現の比較。paired t testを用いて検定した。 / 表1.RA患者末梢血.関節液の単核球における抗Fas抗体によるapoptosisの誘導図2 健常人末梢血、RA患者末梢血、RA患者関節液におけるBcl-2蛋白の平均蛍光強度の比較。健常人末梢血とRA患者末梢血との差の検定にはtwo sample t testを用いた。RA患者の末梢血と関節液との差の検定にはpaired t testを用いた。NS:有意差なし。
【考察】

 健常人末梢血CD4+T細胞、CD8+T細胞の解析から、抗原刺激を受けるとCD4+T細胞の表現型はFas-/CD45RO-→Fas-/CD45RO+→Fas+/CD45RO+と変化し、CD8+T細胞ではFas-/CD45RO-→Fas+/CD45RO-→Fas+/CD45RO+と変化すると考えられた。さらに、PHA刺激でFas抗原及びCD45RO抗原の発現を誘導した実験でもこの仮説と一致する所見が得られた。活性化刺激を受けたナイーブT細胞は芽球化し分裂直後にCD45RO抗原陽性となるので、抗原刺激を受けたCD4+T細胞がCD45RO抗原陽性となった後にタイムラグをもってFas抗原の発現が誘導されることは、抗原刺激を受けたCD4+T8胞がclonal expansionをおこし効率よくhelper作用を発揮した後に、Fas抗原を介したapoptosisの誘導を受けることを示唆する。一方、細胞障害性T細胞として作用するCD8+T細胞には、clonal expansionをおこす前の段階からFas抗原の発現が誘導され、過剰な細胞障害作用を防いでいる可能性が考えられた。

 本研究は、単球においてもFas抗原とBcl-2蛋白の発現がみられることを、初めて明らかにした。T細胞にくらべ単球のFas抗原陽性率が高くBcl-2蛋白の平均蛍光強度が低いことは、T細胞よりも短い単球の寿命と関係している可能性が考えられた。

 RA患者関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞では、末梢血にくらべFas抗原の発現の増加とBcl-2蛋白の発現の低下を認めた。成熟T細胞を刺激するとFas抗原の発現の増加とBcl-2蛋白の発現の低下がおこり抗Fas抗体刺激によるapoptosisの誘導に感受性となるので、RA患者関節液のT細胞は抗Fas抗体によるapoptosisの誘導に感受性であることが予想されたが、抵抗性であることが判明した。この結果は、RA患者関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞においてFas-Fasリガンド系を介したactivation-induced cell deathの機構が作用しないことを示唆しており、RA患者の関節内では、Fas-Fasリガンド系を介した自己反応性クローンの除去が障害された結果、自己免疫現象がひきおこされている可能性が考えられた。

 RA患者関節液の単球/MではFas抗原の発現が末梢血にくらべて減少しており、しかもCRPとの間に負の相関がみられた。活性化状態にあるRA患者関節液の単球/MがFas-Fasリガンド系を介した免疫応答の抑制機構から逸脱し、炎症の永続化の一因となっている可能性が考えられた。

 RA患者末梢血のCD8+T細胞におけるFas抗原の発現とRFとの間には正の相関が、罹患期間との間に負の相関がみられ、免疫グロブリンや年齢との間には相関はみられなかった。このことは、Fas抗原を発現したCD8+T細胞がRF産生という自己免疫現象とも、永続する慢性炎症とも関連することを示唆するが、Fas抗原及びFasリガンドについての知識が限られている現時点では解釈が困難である。関節液のRFとFas抗原やBcl-2蛋白の発現との間には相関がみられなかった。この結果から、Fas抗原やBcl-2蛋白の発現とRAにおける自己免疫現象の関連性を否定することはできない。RFだけでRAの病態を全て説明することは難しいためである。

 本研究では、まず、健常人末梢血におけるFas抗原やBcl-2蛋白の発現の違いからCD4+T細胞、CD8+T細胞、単球/Mの生理的なapoptosis調節機構に違いがある可能性を明らかにした。次に、RA患者の検討からFas抗原を介したapoptosis調節機構の変化が、RAの病因や病態形成に関与している可能性を示した。Fas抗原やBcl-2蛋白によるapoptosis調節機構の生理的、病理的意義についての研究は緒についたばかりであり、今後さらに検討を続ける必要があると考えられた。

審査要旨

 本研究は、健常人及び慢性関節リウマチ(RA)において、リンパ球と単球のFas抗原とBcl-2蛋白の発現を検討したものである。これら2つの蛋白が細胞のapoptosisと密接な関係にあることから、健常人の免疫担当細胞成熟過程とRAに認められる免疫担当細胞の異常について、これら2つの蛋白が関わっている可能性について考察を加えている。論文は簡潔に記述されており、研究方法も適切である。免疫細胞の生理的な成熟過程及び自己免疫疾患の示す免疫異常において、apoptosis機構がいかに関わっているのかについては最近のトピックスであり、時期を得たテーマである。

 論文の前半部は、Fas抗原とBcl-2蛋白についての基本的な情報を我々に与える内容である。健常人末梢血の解析では、Fas抗原とCD45RO抗原の発現の有無で4つの亜群に分けると、CD4+T細胞とCD8+T細胞ではその分布に違いがあることを明らかにした。すなわちFas-/CD45RO-群、Fas+/CD45RO+群のほかにCD4+T細胞ではFas-/CD45RO+群を、CD8+T細胞ではFas+/CD45RO-群を認めた。このことからCD4+T細胞の表現型はFas-/CD45RO-→Fas-/CD45RO+→Fas+/CD45RO+と変化し、CD8+T細胞ではFas-/CD45RO-→Fas+/CD45RO-→Fas+/CD45RO+と変化するとの仮説をたて、PHA刺激による誘導実験で、CD4+T細胞にはFas抗原の、CD8+T細胞にはCD45RO抗原の発現が相対的に早く誘導されることを確認した。また、単球においてもFas抗原やBcl-2蛋白の発現がみられることを、初めて明らかにした。

 論文の後半部はRA患者の末梢血と関節液おいて同様の検討を行った結果を報告している。RA患者末梢血のCD4+T細胞、CD8+T細胞、単球のFas抗原、Bcl-2蛋白の発現は健常人とくらべ差がなかった。RA患者の末梢血と関節液との比較では、関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞におけるFas抗原の発現の増強と、Bcl-2蛋白の発現の低下を認めた。Fas抗原とBcl-2蛋白の表現型からRA患者関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞は、抗Fas抗体刺激によるapoptosisの誘導に感受性であることが予想されたが、抵抗性であることを明らかにした。したがって、RA患者関節液のCD4+T細胞、CD8+T細胞ではFas-Fasリガンド系を介したactivation-induced cell deathの機構が作用しないことが示された。このことは、RAではFas-Fasリガンド系を介した自己反応性クローンの除去の障害が、自己免疫現象がひきおこす可能性を示唆している。RA患者関節液の単球/Mは末梢血にくらべFas抗原の発現が低下しており、しかもCRPとの間に負の相関がみられた。活性化状態にあるRA患者関節液の単球/MがFas-Fasリガンド系を介した免疫応答の抑制機構から逸脱し、炎症の永続化の一因となっている可能性が示された。

 以上、本論文は、CD4+T細胞、CD8+T細胞、単球/Mにおける生理的なapoptosis調節機構の違いを示すとともに、Fas抗原を介したapoptosis調節機構の変化がRAの病因や病態形成に関与している可能性を明らかにした。本論文で得られた新知見は、Fas抗原やBcl-2蛋白によるapoptosisの調節機構の生理的、病理的意義の解明に重要な貢献をなすと認められ、学位の授与に値するものと考えられる。

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