本研究は癌の転移機構の早期段階における接着因子と細胞外基質の関係を明らかにするため、スイス・マウス胎児由来線維芽細胞株およびras遺伝子の導入により形質転換させた細胞株の系を用いた検討であり、下記の結果を得ている。 1.ras遺伝子導入形質転換細胞は正常細胞と比較し、細胞外基質であるラミニンを多く含み、また分泌能も高い状態であったことを免疫組織化学的、western blotting、およびELISA法で証明している。 2.in vitroでの接着の実験では、ras遺伝子導入形質転換細胞のラミニンに対する接着能は正常細胞と比較し、低率であった。 3.また、ELISA法ではras遺伝子導入形質転換細胞はフィブロネクチンを正常細胞と同様分泌していたが、免疫組織学的およびwestern blottingでは細胞が含んでいるフィブロネクチンは正常細胞よりも少ない傾向が認められた。 4.ras遺伝子導入形質転換細胞の通常濃度のフィブロネクチンに対する接着能は正常細胞と同様であった。 5.サイトカイン刺激による細胞接着能の変化はras遺伝子導入形質転換細胞で強く認められ、特にEpidermal growth factor(EGF)刺激による形質転換細胞の接着能の低下が著明であった。 以上、本論文では、ras遺伝子導入形質転換細胞は接着能を低下させるラミニンを分泌することによって好転移状態を自ら作り出していることを明らかにした。本研究は癌転移機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |