学位論文要旨



No 111382
著者(漢字) 北野,幸恵
著者(英字)
著者(カナ) キタノ,ユキエ
標題(和) メチル化ビタミンB12存在下における培養株細胞の接着性亢進とその生化学的解析
標題(洋)
報告番号 111382
報告番号 甲11382
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1036号
研究科 医学系研究科
専攻 第三臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 高井,克治
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 助教授 横森,欣司
 東京大学 助教授 中川,秀己
内容要旨 要旨

 生体内ビタミンB12の補酵素型であるメチル化ビタミンB12(メチルB12)は、悪性貧血や各種の神経障害の治療を目的に汎用されており、最近では胎生期の神経管発生や睡眠障害との関係、あるいは癌予防効果などが話題になっている。メチルB12は、コバラミンに結合したメチル基が転移することにより、各種の代謝に関与すると言われているが、その作用機序については不明な点が多い。インドホエジカ培養胸腺株細胞Mm2Tは1977年勝田、高岡らによって樹立されて以来、哺乳類で最も少ない6本の染色体を有し続けるユニークな細胞であるが、高岡は近年インドホエジカ胸腺上皮由来細胞株、Mm2Tの培地にメチルB12を10g/mlの濃度で添加して培養を続けたところ、約3ヵ月後に細胞の形態変化を発見した。すなわち、細胞は平坦化し、細胞浮遊現象が見られなくなった。著者はこの現象を詳細に観察し、生化学的に解析することがメチルB12の機能解明および組織形成への関与を解明する手がかりになるものと考え,本研究をおこなった。

 まず、細胞の形態変化を位相差顕微鏡、透過型電子顕微鏡で詳しく観察した。位相差顕微鏡像での所見は以下のとおりである。コントロールMm2T細胞は、コントラストが高く、コンフルエントになった後に浮遊細胞を多数放出しつつ増殖を続けるが、メチルB12で処理されたMm2T細胞はコントラストが低く、平坦な形態をとり、コンフルエントになった後も浮遊細胞を産生しないで増殖を続けた。また0.6mMEDTA溶液で処理したところ、メチルB12処理細胞において隣接細胞との接着が解離する様子が観察された。透過型電子顕微鏡では、コントロール細胞の個々の細胞はドーム型で隣接細胞との接着面が狭いのに対し、メチルB12処理細胞では個々の細胞が平坦で隣接細胞との接着面が広く、細胞間接着装置が多数形成されている様子が観察された。

 次に細胞接着性の変化を調べる目的で、まず0.25%トリプシン処理に対する反応を調べた。37℃で処理したところ、5分後コントロール細胞はほとんどプラスチックシャーレから遊離したが、メチルB12処理細胞は接着したままであり、メチルB12処理細胞はトリプシン耐性を獲得したことが示された。さらにラバーポリスマンによる細胞剥離時の細胞塊の大きさが両者で大きく異なることに注目して、この現象を定量的に評価した。その結果、メチルB12処理細胞では細胞集団として剥離される割合が高かったのに対し、コントロールMm2T細胞及びEDTA処理を行なったメチルB12処理細胞ではほとんどが単個細胞として剥離された。これらのことからメチルB12処理細胞ではシャーレとの間にトリプシン耐性を獲得し、細胞間では2価イオン依存性の接着性が亢進していることがわかった。

 次に細胞膜の組成変化を生化学的に解析するために脂質分析をおこなった。その結果、遊離脂肪酸、コレステロール、コレステロールエステル、燐脂質、GM3ガングリオシドの含有量は両者で大きな差は見られなかったが、セラミドモノヘキソシドの含有量はメチルB12処理細胞において原株細胞の約8.3倍であった。ガスクロマトグラフィーの結果、メチルB12処理細胞におけるセラミドモノヘキソシドの糖鎖がグルコースであることがわかった。

 メチルB12処理Mm2T細胞の表面にグルコシルセラミドが大量に存在することが示され、グルコースが細胞接着性亢進に関与することが予測されたため、培地内に遊離糖を加えたときの細胞間接着形成度を調べたところ、培地中のグルコースによって細胞間接着再形成が特異的に阻害されるという結果が得られ、グルコースの細胞接着への関与が確認された。

 また、細胞表面の糖鎖を調べる目的でレクチン染色を行ったところ、メチルB12処理細胞の細胞表面はFITC-WGAによって明確に染色されたが、コントロール細胞の細胞表面は染色されなかった。FITC-WGA染色の結果からメチルB12処理細胞表面にWGA結合性の接着関連物質の存在が示唆された。

 一方、メチルB12処理による細胞接着性亢進現象は、一般的に接着性が減少する発癌の過程とは反対の方向であるため、メチルB12の作用は細胞の正常化であることが予測された。染色体分析から、コントロール細胞に比べてメチルB12処理細胞の染色体変異の程度が低いことが示された。FACScanによる細胞周期分析からは、メチルB12処理細胞では、G0+G1期からS期への移行が阻止されることが明らかになった。また、コントロールMm2T細胞に100g/mlのメチルB12を加えたところ、contact inhibitionが誘導されるようになった。これらの結果は、染色体変異を伴って株化したMm2T細胞が、メチルB12処理によって正常細胞に復帰する方向を取ることを示唆させるものであった。

 以上の変化がメチルB12のclonal selectionの作用によるものか、膜組成変化の誘導作用によるものかを調べるために、コントロール細胞を単個希釈法によってクローニングし、このクローニングされた細胞に100g/mlメチルB12を添加して培養したところ、21日目より接着性細胞の出現が観察された。この接着性の獲得は、トリプシン処理によって確認された。以上、クローニングの結果、メチルB12の作用が誘導作用であることが示された。

 さらにMm2T以外の数系統の培養株細胞に対して100g/mlメチルB12を添加して培養行ったところ、神経芽細胞腫株細胞、TGWの形態が約2週間後に変化し、細胞凝集塊を形成するようになり、2ヵ月後にはさかんな突起形成をするようになった。TGWの細胞形態の変化は、メチルB12が複数の細胞に対して形態変化を誘導する作用を有することを示唆させるものであった。

 以上の研究によってメチルB12がMm2T細胞の接着性亢進を誘導することが明らかになり、メチルB12は何らかの細胞接着物質の産生を促進する因子であると思われた。さらに,細胞表面のグルコシルセラミドがメチルB12処理細胞に増加していること、この細胞の細胞間接着に2価イオンが関与していることから、今回メチルB12添加によって発現した細胞接着物質とは、C-type lectin,即ち、カルシウム存在下に糖と結合する部位を有する糖蛋白に属していることが予想された。また、メチルB12処理Mm2T細胞における細胞表面WGA結合物質の増加より、WGAが今後接着蛋白質同定へのマーカーとして有用であると思われた。

 本研究によって明らかにされたメチルB12の細胞接着性亢進誘導作用は、今後物質的解明を進めることにより、メチルB12の新しい機能として臨床応用に貢献するものであると思われる。

審査要旨

 本研究は、メチル化ビタミンB12(メチルB12)の長期間投与が培養胸腺細胞株Mm2Tの細胞接着性を亢進せしめるという、メチルB12の新しい作用の発見を報告し、各種の生化学的手法をもちいてメチルB12によって誘導された細胞接着性を分析し、その特徴を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

 1.メチルB12が添加されていないコントロール細胞にメチルB12を100g/mlの濃度で添加し続けることにより、平坦な細胞が出現することが示された。

 2.コントロール細胞は球形を呈し、シャーレから剥がれやすいのに対し、メチルB12処理細胞は平坦な形をし、トリプシン処理によってもシャーレから剥離されないこと、また、コントロール細胞では細胞間接着装置の発達が弱く、細胞間の接着性が弱いのに対し、メチルB12処理細胞では細胞間接着装置が発達し、細胞間接着性が亢進すること、メチルB12処理細胞の細胞間接着はEDTA添加によって乖離し、通常培地で回復するが、細胞間接着性の回復は、培地中のグルコースによって阻害されることが示された。

 3.脂質分析の結果、メチルB12処理細胞の細胞表面にはコントロール細胞の8.3倍のグルコースが存在することが示された。

 4.FITC-WGA染色によってメチルB12処理細胞の細胞表面にはWGA結合性のglycoconjugateが存在することが示された。

 5.以上の所見から、高濃度メチルB12添加によってカルシウム依存性に糖と結合するC-type lectinが発現されたと考えられた。

 6.その他、上記の条件でのメチルB12の効果として、生体内と同じ本数である6本の染色体を有するの細胞の比率が高まること、細胞周期の解析により、G0+G1期からS期への移行を阻止する作用を有することが示された。

 以上、本論文に延べられているメチルB12の効果はビタミンB12の新しい作用の発見として今後メチルB12の作用機序の解明や臨床応用などに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53858