学位論文要旨



No 111385
著者(漢字) 森田,豊
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,ユタカ
標題(和) 初期胚における糖輸送担体の発現とその調節機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 111385
報告番号 甲11385
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1039号
研究科 医学系研究科
専攻 第四臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 助教授 小池,貞徳
 東京大学 講師 山田,信博
 東京大学 講師 岡崎,具樹
内容要旨 内容

 体外培養の成績から哺乳類初期胚のエネルギー代謝はその成熟分化にともない、glucose非依存型からglucose依存型に移行することが知られている.本研究ではマウス初期胚のin vivo、in vitro発育にともなう糖取り込み機構の発達に着目し、胚細胞膜に存在する糖輸送担体(glucose transporter、GLUT)の発現を定量的に解析した.GLUTは、細胞外から細胞内に糖を取り込む機構を持ち、約500個のアミノ酸からなる分子量約5万の蛋白である.これまでGLUT1〜GLUT5の5つのisoformが明らかにされているが、免疫組織化学染色などによる解析で初期胚にはGLUT1が発現していることが明らかにされつつあるため、本研究では、GLUT1の発現を定量的に解析した.

 Pregnant mare’s serum gonadotropin(PMS)、human chorionic gonadotropin(hCG)により過排卵処理を行ったマウスを用いて、経時的に成熟未受精卵、1細胞期胚、2細胞期胚、8細胞期胚、胞胚を採取して実験に用いた(in vivo発育群).また、同様の処理を行ったマウスより、2細胞期胚を採取し、培養液mBWWにて48時間培養を行い胞胚を得た(in vitro発育群).この際、epidermal growth factor(EGF、10ng/ml)の添加培養による胞胚も得(EGF添加群)、これら3群の胞胚における糖取り込み能、GLUT1の発現を比較した.

 本研究においては、まず、微量な試料から定量的に生化学的情報を得るための方法論(微小培養法、ミクロウェスタンブロット定量法、定量的RT-PCR法)を考案し、解析を行った.微小培養法は、卵、胚一個あたりのglucoseの取り込みを測定する方法で、glucoseのanalogueである3Hラベルした2-deoxy-D-glucose(2-DG)を含むmBWW 4l中で、卵、胚を1時間培養し、scintillation counterで2-DGの取り込みを測定する方法である.ミクロウェスタンブロット定量法は、従来のウェスタンブロット法を小型化し、微量サンプル調整法、シグナル解析法を考案、導入して微量蛋白の定量を可能としたものである.80〜500個の卵、胚をparaffin oil中で可溶化して3lのサンプルとし、1mm×1mmの試料溝を持つポリアクリルアミドゲルを作製して、得られるシグナルが極めて濃縮される条件下で泳動転写を行った.さらにGLUT1抗体、125I-protein Aにより標識された微小なシグナルを、バイオイメージアナライザーBAS2000を用いることにより、モニター画面上で拡大、定量的に解析した.また、微量試料中のRNAを定量するための方法として、定量的RT-PCR法を初期胚に応用した.各群の胚100個から、oligo(dT)cellulose micro spin culumnを用いてpolyA+ RNAを抽出する際、internal standard RNAを導入し、各サンプル間のRNA抽出率、PCRの反応効率を補正した.internal standard RNAにはGLUT1 mRNAの構造をもたない合成RNA(末端にpolyA+構造を有し、micro culumnに吸着される)を利用し、各群の胚に一定量加えて、polyA+ RNA抽出操作、遺伝子増幅を行い、両群の胚由来の最終産物量をinternal standard RNA由來の産物量で補正して、各群の胚の持つGLUT1 mRNA量を比較した.増幅反応は、産物量が指数関数的に増加している条件を用い、定量性を確認して行った.

 これらの結果を表にまとめた.まずin vivo発育群における2-DGの取り込みは、受精およびその後の胚発育により有意に増加し、特に8細胞期胚と胞胚間では、24時間の間に10倍もの取り込みの増加を認めた.ミクロウェスタンブロット定量法、定量的RT-PCR法においては、それぞれ目的のGLUT1蛋白、mRNAによるシグナルが得られ、定量的解析では、2-DGの取り込みの変化と同様、2〜8細胞期胚と胞胚間で急速な発現の増加を認めた.以上より、GLUT1 mRNAおよび蛋白の受精および胚発育にともなう著明な発現増加が初期胚の糖取り込み能発達の要因となっていることが示された.

表.マウス卵および初期胚における2-DGの取り込みと、GLUT1蛋白、mRNAの発現

 また、in vitro発育群の胞胚における2-DGの取り込み、GLUT1蛋白、GLUT1 mRNAの発現は、in vivo発育群の胞胚のそれぞれ31%、64%、44%と有意に低値を示したが、EGF添加群の胞胚では、in vivo発育群の胞胚の51%、94%、93%まで回復した.この事は、in vitro胚発育においては、GLUT1の発現が転写レベルで低下し、糖取り込み能の発達を障害しているものと考えられた.しかし、このin vitroにおける糖取り込み機構の発達の障害は、培養液へのEGFの添加により一部回復が認められ、EGFは、初期胚におけるGLUT1の発現をmRNAおよび蛋白レベルで増加させ、糖取り込み系に促進的に作用すると考えられた.

 本研究ではさらに、これらin vivo発育群、in vitro発育群、EGF添加群の胞胚を用いて、それぞれの胞胚の着床能の比較検討も行い、糖取り込み系の結果と対比させた.recipientマウスには、自然周期群(SP群)、または過排卵刺激群(OH群、PMS-hCGにて処理)のマウスを用い、精管結紮雄マウスと交配させ偽妊娠を誘起し、翌朝、腟栓の確認されたものを偽妊娠day1として実験に使用した.偽妊娠day3またはday4のrecipientの左右子宮角へ、互いに異なる群の胞胚(in vivo群、in vitro群、EGF群)をそれぞれ移植した.各群とも7個の胞胚を注入し、移植後5日目に、recipientを再度開腹して着床数を測定し、各群の胞胚の着床率を比較した.

 図に示すように、極めて着床率の悪かったday4 OH群以外のすべてのrecipientにおいて、in vitro発育群ではin vivo発育群に比べ着床率の低下が認められた.そして、このin vitro胚発育における着床率の低下は、EGFの添加により改善され、EGFは、胚発育に促進的に働き、着床能を向上させる作用を有することが証明された.形態的には全く同様な胚であるが、これら3群間に子宮側の受容性とは関係なしに、胚のqualityの変化、着床能の変化が生じているものと思われた.

各群の胞胚の着床率(胚移植実験)in vivo発育群,in vitro発育群,EGF添加群の胞胚を,recipientマウスに移植し,着床率を検討した.棒グラフ上端の数字は着床胚数/移植胚数を示す.recipientには,自然周期群(SP群)および過排卵刺激群(OH群)の偽妊娠マウスを用い,精管結紮雄マウスとの交配により腟栓を確認された日を偽妊娠day1として,day3あるいはday4に胚移植を行った.

 以上より、in vivo発育群、in vitro発育群、EGF添加群の胞胚を用いた移植実験による着床能の相違は、糖取り込み系(2-DG取り込み、GLUT1蛋白、mRNAの発現)の実験結果とよく合致することが示された.このことは、糖取り込み機構の発達過程が、卵の発育能や、着床能を評価予測するよい指標となり得る可能性を示唆している.実際に、初期胚の糖取り込み能の発達を卵のqualityやviabilityの指標にしようという試みも散見されており、今後、非侵襲的な手法により糖取り込み能の発達を定量評価することができれば、卵のqualityやviabilityの評価も可能であり、臨床の場での貢献も期待できると考える.

 また、EGFの卵、初期胚への促進的作用に関する報告はこれまでも散見されてきたが、本研究で得られた、in vitro胚発育におけるGLUT1発現の低下、着床能の低下や、EGFによりそれらが回復したなどの実験結果はEGFの初期胚に対する促進的役割として新たな知見であり、胚の究極的なqualityの指標である着床能で評価し得たことは意義深いと思われる.

審査要旨

 本研究はマウス卵、着床前初期胚の発育過程におけるグルコース取り込み能活性化のメカニズムを、卵細胞膜に存在する蛋白である糖輸送担体(GLUT,glucose transporter)の発現を中心に検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1、マウス卵、初期胚という微量な試料から、定量的に生化学的情報を得るための方法論(微小培養法、ミクロウェスタンブロット定量法、定量的RT-PCR法)を考案し、微量蛋白、mRNAの定量的解析を可能とした。

 2、ミクロウェスタンブロット定量法、定量的RT-PCR法により、マウス卵、初期胚にGLUT1が発現していることを証明し、胚発育に伴うグルコース取り込み能の発達は、GLUT1 mRNAの発現増加に基づくGLUT1蛋白の増加によることを明らかにした。

 3、マウス2細胞期胚を採取し、培養液中で胞胚まで48時間培養し(in vitro群)、その際のグルコース取り込み能、GLUT1蛋白およびmRNAの発現の変化を、in vivoで発育した群と比較したところ、in vitro群では卵割はin vivo群と変わらないが、グルコース取り込み、GLUT1蛋白、GLUT1 mRNAの発現は、in vivo発育群の胞胚のそれぞれ31%、64%、44%と有意に低値を示した。このことは体内に比べて劣った体外培養の環境による発育の差を示す指標と考えられた。

 4、また、上記in vitro群において、2細胞期胚から培養液中に様々な増殖因子を添加し培養を行なうと、EGF(epidermal growth factor)が、特異的にグルコース取り込み能、GLUT1蛋白、GLUT1mRNAの発現に促進作用を有することが明らかとなった。

 5、これらin vivo発育群、in vitro発育群、EGF添加群の胞胚を用いて、それぞれの胞胚の着床能を、偽妊娠マウスへの胚移植実験により比較検討したところ、in vitro胚発育では、in vivo胚発育に比べ、着床率の低下が認められた。また、EGFの添加により、in vitro胚発育における着床率の低下は改善され、EGFは着床能においても促進的作用を有することが証明された。

 以上、本論文は、各種微量定量法の考案に基づき、マウス初期胚発育における糖輸送担体の発現をin vivo,in vitroの両面から解析し、さらにEGFの卵、初期胚への促進的作用を、グルコース取り込み能、GLUT1蛋白、mRNA発現を指標に明らかにしたものである。これらの結果は、EGFの初期胚に対する促進的役割として新たな知見であり、胚の究極的なqualityの指標である着床能で評価し得たことも意義深いと思われる.以上より、学位の授与に値するものと考えられる。

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