学位論文要旨



No 111387
著者(漢字) 伊東,大典
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ダイスケ
標題(和) CD28およびCTLA-4の第2のリガンド分子B70の同定とその性状、発現および機能解析
標題(洋)
報告番号 111387
報告番号 甲11387
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1041号
研究科 医学系研究科
専攻 第四臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 教授 矢崎,義雄
 東京大学 教授 折茂,肇
 東京大学 助教授 横田,崇
 東京大学 講師 平井,久丸
内容要旨

 細胞膜表面抗原CD80(B7/BB1)は、活性化B細胞およびT細胞、マクロファージ、樹状細胞上に発現され、T細胞および胸腺細胞上の受容体CD28およびCTLA-4と特異的に結合する。CD28またはCTLA-4とCD80の相互作用によって、CD3/T細胞受容体複合体(TCR)とペプチド抗原/主要組織適合抗原(MHC)の結合で開始される抗原特異的T細胞活性化のために不可欠なcostimulatory signalが与えられる。ヒトB細胞株に対するヒトNK様白血病細胞株YT2C2のMHC非拘束性細胞傷害活性が、抗CD28抗体では完全に抑制されるにも関わらず、いかなる抗CD80抗体によっても部分的な抑制しか認められないことから、CD80とは異なる第2のCD28/CTLA-4リガンドが存在する可能性が示唆された。本研究では、Epstein-Barrウィルス(EBV)変異ヒトB細胞科JY上に発現されている抗原と反応するマウス抗ヒトモノクローナル抗体IT2を作製し、この新しい分子の遺伝子クローニングおよび発現と機能解析を行った。

 IT2抗体は、JY細胞とは反応したが、CD80cDNAを遺伝子導入したマウス肥満細胞株P815とは反応しなかった。またIT2は、JYへのキメラタンパクCTLA4-Igの結合およびJYに対するYT2C2の細胞傷害活性を単独で部分的に、抗CD80抗体との共存下で完全に抑制した。一方、CD80-P815へのCTLA4-Igの結合とYT2C2の細胞傷害活性にはほとんど影響を与えなかった。このことから、IT2抗体はJY細胞上に発現されているCD80以外の抗原を認識し、かつこの抗原がCTLA-4と結合可能であると考えられた。この抗原をB70と名付け、更に解析を行なった。

 免疫沈降とウェスタンブロッティングにより、B70は分子量約70kDの単量体の糖タンパクであり、CD80と無関係に発現してCTLA-4に直接結合可能であることが示された。B70の発現クローニングを行ない、B70cDNAの塩基配列を解析したところ、B70cDNAにエンコードされるポリペプチドは、VセットとC2セットの2つの免疫グロブリン(Ig)様ドメインを持つIgスーパーファミリーの一員であることが分かった。CD80と構造上は類似しているが、シグナル伝達に何らかの役割を果たしている可能性がある比較的長い細胞内ドメインを持ち、またアミノ酸配列の相同性は非常に低かった。

 CD80またはB70を遺伝子導入したP815またはマウス線維芽細胞株Lcellは、いずれも静止期T細胞の増殖反応とサイトカイン産生を抗CD3抗体存在下で強力に誘導できた。更に、細胞傷害性Tリンパ球はCD80-P815と同様B70-P815に対しても強い細胞傷害活性を示した。CD80およびB70トランスフェクタントのT cell costimulatory potentialは、CD80とB70の発現が同水準であればほぼ同等であると考えられた。加えて、CD80-、またはB70-COS7細胞に対するキメラタンパクCD28-IgおよびCTLA4-Igの反応性をフローサイトメトリー解析したところ、CD28およびCTLA-4に対するB70の結合親和性はCD80のそれとほとんど同等であることが示された。

 B70はCD80と同様、EBV変異B細胞株およびBurkitt Bリンパ腫細胞株上に発現されていた。またCD80と異なり、末梢血静止期単球、樹状細胞上に恒常的に有意に発現されていたのに対して、静止期T、B、およびNK細胞上にはCD80と同様ほとんど発現されていなかった。これらの細胞におけるB70の発現は、IL-2、IL-4、-インターフェロン(IFN)、GM-CSFなどのサイトカイン刺激によってCD80と同様容易に誘導および増強可能であったが、単球上のCD80の発現がスーパー抗原(SEB、SED、TSST-1)によるHLA-DRを介した刺激によってはほとんど誘導されなかったのに対して、B70の発現は数時間以内に著しく増強された。また、アロT細胞との共培養によって単球上のB70は劇的に誘導されたが、CD80の発現の増強はその数倍低かった。以上の結果から、B70は抗原提示細胞(APC)上でCD80とは明らかに異なった発現制御下にあり、in vitroでの抗原特異的T細胞活性化の過程を通じて優位に発現していることが示された。

 トランスフェクタントを用いた実験結果と異なり、新鮮分離末梢血単核球(PBMC)、単球、または樹状細胞によって誘導されるアロ混合リンパ球反応は、IT2抗体単独でほぼ完全に抑制された。抗CD80抗体による抑制効果は部分的であった。なお、抗CD80抗体を更に添加したことによる相加的抑制効果は認められなかった。T細胞増殖反応の誘導におけるB70のこのような機能的優位性には、前述したようなCD80とB70のAPCにおける発現制御の違いが反映していると考えられた。

 以上の知見から、本研究において新たに同定された膜表面抗原B70は、CD80といくつかの構造上の類似点およびほぼ同等のT cell costimulatory potentialをもつ第2のCD28/CTLA-4リガンドであるが、抗原提示能を有する細胞上でCD80とは全く異なった発現制御を受けており、T細胞の抗原特異的活性化の特に初期段階においてより重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は、抗原特異的なT細胞活性化のために不可欠なcostimulatory signalを最も効率的に与えることのできるとされるCD28分子に対してCD80(B7/BB1)以外のリガンドが存在することを、この新しい分子を認識するモノクローナル抗体IT2を作製することによって示し、この新しい分子をB70と名付けて発現および機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.抗B70抗体IT2は、ヒトEBV変異B細胞株JYに対するヒトNK様白血病細胞株YT2C2のCD28依存性細胞傷害活性を、単独で部分的に、抗CD80抗体との共存下でほぼ完全に阻害した。この細胞傷害活性は抗CD28抗体によって完全に阻害されること、またCD80のもうひとつの受容体であるCTLA-4をYT2C2が発現していないことから、B70分子はCD28のリガンドであることが示された。

 2.ImmnoprecipitationとWestem blottingを行ったところ、B70分子は分子量約70kD、コアペプチド約40kDの単量体の糖タンパクで、その予想されるアミノ酸配列からCD80とは全く別の分子であり、CD80と無関係に発現してCTLA-4と直接結合できることが分かった。抗B70抗体は、JYに対するキメラ融合タンパクCTLA4-Igの結合を単独で部分的に、抗CD80抗体との共存下でほぼ完全に阻害した。

 3.B70は、ヒトB細胞株、骨髄腫細胞株、および単球細胞株においてCD80と共発現されていたが、T細胞株およびプレB白血病細胞株上には発現されていなかった。CD80とB70は、静止期T細胞およびB細胞においては発現されていなかったが、活性化刺激によっていずれも容易に増強された。CD80と異なり、ヒト末梢血単球および樹状細胞においてはB70が恒常的に発現されていた。サイトカイン等の刺激によってこれらはいずれも著しく誘導・増強されたが、スーパー抗原によるMHCクラスIIを介した刺激ではB70のみが増強された。この結果、抗原提示細胞におけるCD80とB70の発現制御は明らかに異なっていることが示された。

 4.静止期T細胞とアロ末梢血単球を10日間共培養し、単球上のCD80とB70の発現誘導の動態をフローサイトメトリー解析したところ、T細胞と単球の相互作用の過程を通じてB70はCD80より優位に発現されていることが明らかになった。

 5.CD80またはB70を遺伝子導入したCOS7細胞に対するキメラタンパクCD28-IgおよびCTLA4-Igの反応性をフローサイトメトリー解析したところ、受容体に対する結合親和性においてCD80とB70はほぼ同等であることが示された。

 6.B70を遺伝子導入したP815細胞は、T細胞増殖反応、T細胞によるIL-2および-インターフェロン産生、および細胞障害性Tリンパ球誘導を、CD80-P815とほぼ同等に強力に刺激することができた。これらの反応は、抗CD80または抗B70抗体によってほぼ完全に阻害された。この結果から、CD80とB70は同等のcostimulatory potentialを有していることが示された。

 7.末梢血静止期単球または樹状細胞に刺激されるアロT細胞増殖反応はいずれも、抗CD80抗体によっては部分的に抑制されたのみであったのに対して、抗B70抗体または抗CD28抗体によってほぼ完全に阻害された。この結果から、生体内でのT細胞活性化においてはB70がより重要であることが示された。CD80とB70のこのような機能的重要性の差は、先に示されたようにcostimulatory moleculeとしての機能の差によるのではなく、免疫応答の過程における発現誘導の動態の違いによっていると考えられた。

 以上、本論文はT cell costimulationに関与する新しいリガンド分子B70を同定し、免疫担当細胞における発現分布と機能を解析してT細胞依存性免疫応答におけるこの分子の機能的重要性を明らかにした。本研究は、T cell costimulationにおけるmultiple receptor/ligand relationshipを解明し、さらにT細胞活性化の制御機構を理解するうえで多大な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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