線照射によって細胞内に多くのDNA鎖切断が生じると、細胞周期の進行が、主にG1期およびG2期で停止し、S期あるいはM期に進行する前にDNA修復が行われることが知られている。しかし、DNA鎖切断のシグナルがどのように認識され細胞周期停止を引き起こすかについては未だよくわかっていない。一方、ポリ(ADP-リボース)合成酵素は、核内に構成的に存在し、DNA切断端を認識し、活性化され、速やかに細胞内NADからポリ(ADP-リボース)を合成することが明らかにされている。そこで、ポリ(ADP-リボース)合成が細胞周期停止に関与するのではないかと考え、これを検証する実験を行った。 最初に、3-アミノベンズアミド等のポリ(ADP-リボース)合成反応の阻害剤によって、線照射後に誘導されるG1期及びG2期停止が阻害されるか否かを調べた。p53遺伝子に変異がないことが確認されているマウス胚由来線維芽細胞C3D2F1 3T3-a細胞に2Gyの線照射を行い、フローサイトメトリーによってpropidium iodideによるDNA量とBrdU取り込みによるDNA合成度の2次元細胞周期解析を行うと、照射後12時間において線非照射時に比較したG1期細胞割合は、35%から48%と13%増加し、また、G2/M期細胞割合は20%から31%と11%増加した。一方、ポリ(ADP-リボース)合成酵素の阻害剤である3-アミノベンズアミド(4mM)を照射2時間前に加えておき、2Gyの線照射を行うと、G1期細胞割合の増加は顕著に抑制され、G2/M期細胞割合の増加の長期化と増強が観察された(図1)。即ち、3-アミノベンズアミドによりG1期停止の抑制とG2期停止の増強が起きることが示唆された。この現象は、他のポリ(ADP-リボース)合成酵素阻害剤であるベンズアミド(4mM)、ルミノール(1mM)によっても観察されたが、阻害効果を持たない3-アミノ安息香酸(4mM)では、細胞周期への影響は観察されなかった。一方、線照射後、速やかに合成されるポリ(ADP-リボース)鎖の半減期は、非常に短く、主にポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼによって触媒されて、モノ(ADP-リボース)にまで代謝されていくことが知られている。そこで、ポリ(ADP-リボース)合成そのものではなく、ポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼによるポリ(ADP-リボース)の分解やその代謝産物が、細胞周期停止に必要であるかどうかについても検討した。この目的にポリ(ADP-リボース)グリコヒドロラーゼの阻害効果を有するタンニン酸を10-50g/mlで用いた。しかし、タンニン酸の存在は、線照射後の細胞周期停止に影響を与えないことがわかった。以上の結果より、ポリ(ADP-リボース)の分解あるいはその代謝産物ではなく、ポリ(ADP-リボース)合成反応が線照射後のG1期停止誘導に関与し、G2期停止にも影響を及ぼすことが示唆された。 次に、線照射後のG1期停止情報伝達経路へのポリ(ADP-リボース)合成酵素の関与の機構を解析した。線照射後のG1期停止情報伝達経路はp53タンパク質を介することが報告されている。この経路は、p53タンパク質の安定化、p53の転写制御因子としての転写活性の増加、p53応答性遺伝子のmRNA発現誘導、特にサイクリン依存性キナーゼ阻害タンパク質WAF1/CIP1/p21の発現誘導、さらに、細胞周期進行のレギュレーターであるサイクリン依存性キナーゼの活性阻害によるG1期停止というメカニズムで起こると考えられている。3-アミノベンズアミドによって、ポリ(ADP-リボース)合成が阻害されれば、上記情報伝達経路がいずれかのステップで阻害されるはずである。そこで、このG1期停止経路について上流から順次、3-アミノベンズアミドの影響を調べた。 まず、新生p53タンパク質の蓄積を[35S]L-メチオニンによる代謝標識を用いた免疫沈降法により調べた結果、線照射後1時間にピークが認められた。また、線線量に依存した新生p53タンパク質の安定化が認められた。そこで、G1期停止がp53タンパク質依存性に起こることを踏まえて、p53タンパク質安定化がより明らかな8Gy照射条件下で3-アミノベンズアミドの影響を調べた。その結果、8Gy照射1時間に見られる新生p53タンパク質の約4倍の増加は、3-アミノベンズアミド存在下でも同様に観察され、また、p53タンパク質の半減期にも、顕著な変化が認められなかった(図2)。更に、p53タンパク質の特異的認識DNA配列への結合活性をp53結合コンセンサス配列DNAを用いたgel-mobility-shift-assayによって検討した。その結果、8Gy照射1.5時間後をピークとするp53タンパク質のDNA結合活性の上昇が観察された。3-アミノベンズアミドの存在下においてもほぼ同様なp53タンパク質の結合活性が観察された。また、2Gy照射下においても照射後1時間に見られる新生p53タンパク質の増加とp53タンパク質の特異的認識DNA結合活性の上昇に対する3-アミノベンズアミドの影響は認められなかった。従って、ポリ(ADP-リボース)合成酵素は、p53タンパク質の安定化段階及びp53タンパク質の特異的認識DNA配列へ結合する活性にも関与しないことが示唆された。 次に、さらに下流のステップ、即ち、線照射後、p53タンパク質により転写が誘導される2つの遺伝子のmRNA発現について検討した。1つは、サイクリン依存性キナーゼ阻害タンパク質WAF1/CIP1/p21、もう1つは、p53タンパク質と結合し、P53タンパク質の転写活性化能を負に制御するといわれるMDM-2である。図3に示すように、8Gy照射2.5時間後にWAF1/CIP1/p21のmRNA発現レベルは約8倍に一過性に上昇した。3-アミノベンズアミド存在下では、照射2.5時間後の発現上昇が30%抑制され、その後も発現レベルは持続的に約50%抑えられた。MDM-2mRNAの発現は、図4に示すように8Gy照射2.5時間後、約12倍に一過性に上昇した。しかし、3-アミノベンズアミドの存在下では、この上昇は75%抑制された。3-アミノベンズアミドによるWAF1/CIP1/p21の発現抑制はサイクリン依存性キナーゼ阻害度の低下を意味し、G1期停止抑制に直接つながると思われる。MDM-2のG1期停止誘導への関与は明らかではないので、3-アミノベンズアミド存在下でのMDM-2発現の抑制がG1期停止抑制に関わるとはすぐに結論できない。しかし、逆に、この結果は、MDM-2の機能がG1期停止の誘導自体にも必要である可能性を示唆するものである。 図表図1 2Gy照射後の細胞周期分布の時間変動 / 図2 8Gy照射後の新生p53タンパク質の減衰 / 図3 8Gy照射後のWAF1/CIP1/p21mRNA発現の時間的推移 以上のことにより、線照射後のG1期停止情報伝達経路へのポリ(ADP-リボース)合成酵素の関与は図5のように考えられる。すなわち、線によるDNA鎖切断後、ポリ(ADP-リボース)合成酵素が活性化され、ポリ(ADP-リボース)合成反応を行う。一方、DNA鎖切断の情報は、p53タンパク質に伝達され、p53タンパク質の安定化を引き起こす。そして、p53タンパク質が転写因子としてp53特異的認識DNA配列に結合し、WAF1/CIP1/p21及びMDM-2等のp53応答性遺伝子の転写活性化をもたらす。ポリ(ADP-リボース)合成反応は、これらWAF1/CIP1/p21及びMDM-2遺伝子の線照射後の転写制御に必要であり、これを通じてG1期停止過程に関与する可能性がある。 図表図4 8Gy照射後のMDM-2 mRNA発現の時間的推移 / 図5 線照射後のG1期停止情報伝達機構へのポリ(ADP-リボース)合成酵素の関与のモデル<結語> 本研究によって、ポリ(ADP-リボース)合成反応が、線照射によるDNA損傷後のG1期停止誘導に関与すること、また、G2期停止にも影響を及ぼすことが示唆された。さらに、ポリ(ADP-リボース)合成反応が、線照射後のG1期停止過程において、p53応答性遺伝子のWAF1/CIP1/p21及びMDM-2のmRNA発現制御に関与する可能性を示した。 |