学位論文要旨



No 111390
著者(漢字) 片桐,あかね
著者(英字)
著者(カナ) カタギリ,アカネ
標題(和) 国民栄養調査結果に基づいた半定量的食物摂取頻度調査の妥当性の検討
標題(洋)
報告番号 111390
報告番号 甲11390
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1044号
研究科 医学系研究科
専攻 保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 丸井,英二
 東京大学 教授 川田,智恵子
 東京大学 講師 奥,恒行
 東京大学 教授 荒記,俊一
内容要旨 I.はじめに

 1947年にBurkeが食事内容を聞き取る調査票の発表を行って以来、栄養の疫学研究において調査票が用いられるようになった。中でも食物摂取頻度調査(頻度調査)は、多人数に実施可能かつ対象者の負担が少ない等の特徴があり、疫学研究に適していると考えられている。頻度調査には、食事摂取状況を食品ごとの摂取頻度カテゴリーで把握する方法と、一回分の分量も聞き取って栄養素摂取量を算出する半定量的食物摂取頻度調査法とがある。欧米では半定量的頻度調査法が広範に利用されており、その妥当性ならびに信頼性の検討が数多くなされてきた。しかし、我国ではカテゴリー把握の調査が大半をしめており、半定量的頻度調査の検討は数少ない。

 我国の代表的な栄養調査である国民栄養調査では、栄養摂取状況調査としてなるべく普通の摂取状態にある連続した3日間の食事秤量調査を行っている。しかし半定量的頻度調査の方が、日常の平均摂取量をより適切に反映しているのではないかと考えられるようになってきている。半定量的頻度調査を我国で広範に利用しようとするのであれば、その栄養素摂取量算出に用いる成分値は、対象となりうる広い範囲の集団の代表的な値でなければならない。そしてその上で、妥当性の裏付けがなされていなければならない。そこで本研究では、国民栄養調査の結果に基づいて食品群のグルーピングを行い、その食品群の荷重平均栄養成分表を用いて栄養素摂取量を算出する半定量的頻度調査票をとりあげ、将来的には国民栄養調査等の大規模調査でその調査票を用いることを前提として、その妥当性の検討を行うことを目的とした。日常の平均栄養素摂取量の真値を把握することは不可能であるが、何らかの方法を基準として比較を行う必要があることから、本研究ではその比較基準とする調査法を食事秤量調査とした。秤量調査の日数は、日常の栄養素摂取量の把握が可能と考えられる7日間とし、この日数が本研究の対象において妥当であったかの検討も行うこととした。食生活は文化に根ざしたものであり、社会集団としての栄養摂取状況を考える場合、そこには地理的・社会的・経済的因子の関与が大きい。ゆえにまずはある限られた地域の対象において妥当性を示すことが最低条件であると考える。さらに栄養調査の精度は、純粋な再現誤差以外にも、系統的な記入もれ(調味料の書き忘れ等)による誤差や、摂取量の見積もりが悪いために起こる誤差等の影響を受ける。そこで集団の背景が把握でき、調査に伴う諸条件のコントロールが可能である一地域住民を対象として、国民栄養調査結果に基づいた半定量的頻度調査の妥当性の検討を行うこととした。

II.調査対象と方法

 本研究で行った栄養調査は、連続7日間の秤量調査とその前後2回の簡易食物摂取状況調査(簡易調査=半定量的頻度調査)である。この簡易調査は健康・体力づくり事業財団が開発した調査法である。質問文および計算プログラムは先に開発されたものをそのまま使用したが、調査票は新しく作成し直して用いた。当初、上記の栄養調査デザインによって妥当性と信頼性の評価を同時に行う計画であった。しかし、秤量調査を行うことによって2回目の簡易調査結果にバイアスが生じることが予想され、実際に変化が観察されたため、信頼性評価のための調査は別に行った。栄養調査の対象は、島根県隠岐郡海士町の住民であった。夫婦を1組として30組の対象候補を町役場に選出してもらい、1993年7月は23組、1994年1月は13組の調査を行った。信頼性調査は東京大学医学部健康科学・看護学科3年生を対象とし、1994年6月に栄養調査と同様の一週間間隔で3回行い、2回以上回答した43名(男性11名、女性32名)を解析対象とした。調査はすべて管理栄養士である筆者の管理のもとに実施された。

III.調査結果の評価方法

 秤量調査と簡易調査から推定された栄養素の平均値と標準偏差を求め、妥当性の検討として、従来行われてきた相関係数とカテゴリーの一致割合を求めた。信頼性の検討として、級内相関係数を求めて評価した。平均値と標準偏差は変換をしていない値より求め、相関係数、カテゴリーの一致割合、級内相関係数は分布の歪みを小さくするために自然対数変換をした値と、その後にWillettが提案した方法を用いてエネルギー摂取量で調整をした値から求めた。

 栄養調査はすべて誤差を伴うと考えられるので、2つの調査法のどちらにも誤差を含むモデルを想定し較正式を導く関数関係解析を用いて評価を試みた。その際に必要な誤差分散の比は、7日間の秤量調査と信頼性調査の誤差分散から求め、分散、共分散には秤量調査の平均値と前後2回の簡易調査の平均値を用いて、較正式の傾きのパラメータ1の点推定値と95%信頼区間を求めた。さらに較正式のパラメータ1と誤差分散比、分散、共分散により、簡易調査の誤差分散を推定し、精度の確認を行った。

IV.結果と考察

 表1に代表的な結果を示す。栄養素摂取量の平均値では、ビタミンC以外は簡易調査による値がやや低く、鉄は35%も低く推定されていた。秤量調査平均値との間の相関係数は2回目の簡易調査との方が1回目の簡易調査とよりも高い値になっていた。秤量調査の経験により食品の見積りがより正確になることと連続して秤量を行うことにより食事パターンが変わる可能性が考えられ、真値は両者の間にあるのではないかと思われた。ただし相関係数は、均質性の高い集団に適用すると実際には強い関連があっても誤差によって値が低くなるので妥当性の必ずしも良い指標であるとは限らない。カテゴリーの一致割合は、全体の完全一致は鉄の22%から総エネルギーの46%であり、秤量調査の5カテゴリーに対して簡易調査のカテゴリーが±1以内となった割合は、表に示すように鉄の60%から脂質の81%であった。カテゴリーの一致割合も均質性の高い集団に適用すると値が低くなる、2つの調査法の推定値の絶対値が異なっていても個人の順位が一致していれば値が高くなるという欠点がある。

 関数関係解析に用いた誤差分散比は表1の通りであった。秤量調査で推定値が0の場合には、簡易調査でも0となることが期待されるので、較正式が原点を通るという制約を置いて解析を行いパラメータ1を得た。これが1に近いほど2つの調査法による推定が一致していることを示す。ビタミンC以外で1より低く、簡易調査の推定が全体的に秤量調査よりもやや低いことが示された。エネルギー摂取量が低く推定されたのは、たんぱく質と糖質の推定が低いためであり、この理由としては、動物性たんぱく質源である魚介類の魚とその他を一食品群として聞いている、植物性たんぱく質源である豆・豆製品の摂取量・頻度の見積りが難しい、菓子類の分類項目が悪い、菓子類の摂取量・頻度を少なく申告しがちである等が考えられる。さら1985年以前の国民栄養調査結果に基づいて食品群のグルーピングがなされているので、現状に合っていない、季節の考慮がなされていない可能性がある。解析に用いた誤差分散比は、異なる集団から計算した偶然誤差分散を用いて求めているので、その値を全面的に信頼することはできない。そこで、この比を変えた場合パラメータ1の推定値がどのくらい変わるのか感度分析を行ったところ、ビタミンAとCを除いてほぼ同様の結果が得られた。パラメータ1の95%信頼区間の幅が0.2よりも大きかったのは、ビタミンAとCであった。これらのビタミンは個人内および個人間変動が大きいことが知られており、そのために値が不安定になったものと推察される。鉄のパラメータ1の点推定値はかなり1から離れていたが、95%信頼区間は狭く、信頼性調査の級内相関係数も高かったことから、簡易調査の鉄摂取量推定のための食品の選び方が悪いことが考えられた。つまり、鉄の供給源となる食品が簡易調査の項目に入っていない可能性があるということである。しかし、そもそも簡易調査を行う目的が、簡単におおよその食事状況を把握することであれば、鉄やビタミンなどの微量栄養素まで正確に算出する必要はないのかもしれない。鉄やビタミンの摂取量推定には、その栄養素に目的を絞った頻度調査票を考案し利用する方が、実際的であると思われる。簡易調査では通常は1回の調査で摂取量を推定するので、その誤差分散が小さいことが望まれる。そこで我国の栄養摂取の実体(バラツキ)を表すと考えられる国民栄養調査の分散との比較を行った。国民栄養調査の分散は公式には発表されていないので、エネルギー摂取量の充足分布から求めたところ、その標準偏差は439であった。簡易調査のエネルギー摂取量の誤差分散の推定値の平方根は305であり、相対的に小さい値であった。

表1

 本研究の栄養調査対象者において、個人の通常の摂取量を把握するために必要な秤量調査日数を個人内変動と個人間変動の比から推定した結果、栄養素摂取量の平均値と真値の相関係数が0.9以上となる日数は、たんぱく質が14日間、鉄が10日間、ビタミンAが8日間であった以外は7日間以下であり、本研究の7日間秤量調査が適当であることが示された。

V.結論

 国民栄養調査結果に基づいた半定量的食物摂取頻度調査の妥当性の検討を、一地域住民を対象として行った。比較基準は7日間の食事秤量調査とした。その結果、半定量的頻度調査から推定された栄養素摂取量の平均値は、ビタミンC以外の栄養素で食事秤量調査よりもやや低く、特に鉄は35%低く推定された。食事秤量調査において、7日間の栄養素摂取量の平均値と真値の相関係数が0.9以上となったのは、総エネルギー、脂質、糖質、カルシウム、ビタミンA、B1、B2、Cであった。関数関係解析を行った結果、総エネルギー、三大栄養素、カルシウム摂取量については、半定量的頻度調査と食事秤量調査との一致程度を示す較正式の傾きパラメータが0.7以上であることが示された。ビタミンAとビタミンCは個人間および日間変動が大きく、関数関係解析で求められた2つの調査法の一致程度を示す較正式の傾きパラメータの値が不安定であった。したがって、本研究で用いた半定量的頻度調査で、これらのビタミンの摂取量を正確に推定することはできないことが示された。鉄はすべての評価方法において一致の程度が最も低く、本研究で用いた半定量的頻度調査で推定すべきではないことが示された。本研究で用いた半定量的頻度調査は、日本国内において広く使用されるように、国民栄養調査結果に基づいて開発されたものであり、本研究対象である一地域住民においても栄養素摂取量を把握することができる方法であった。したがってビタミンA、C、鉄についての調査方法の再検討と、信頼性の検討、さらに他地域での検証的研究が必要であるものの、本研究で用いた半定量的頻度調査を国民栄養調査等の大規模調査で用いることの可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は国民栄養調査等の大規模調査で用いることを前提として半定量的食物摂取頻度調査の妥当性の検討を行うため、一地域住民を対象として栄養調査、解析をしたものである。検討した半定量的食物摂取頻度調査は、国民栄養調査結果に基づいて食品のグルービングを行い、食品群の荷重平均栄養成分表を用いて栄養素摂取量を算出するものであり、比較基準は7日間の食事秤量調査とした。半定量的頻度調査と食事秤量調査から各々一日平均栄養素摂取量を求め、比較検討を行い、下記の結論を得ている。

 1.半定量的頻度調査から推定された栄養素摂取量の平均値は、ビタミンC以外の栄養素で食事秤量調査よりもやや低く、特に鉄は35%低く推定された。

 2.食事秤量調査において、7日間の栄養素摂取量の平均値と真値の相関係数が0.9以上となったのは、総エネルギー、脂質、糖質、カルシウム、ビタミンA、B1、B2、Cであった。

 3.関数関係解析を行った結果、総エネルギー、三大栄養素、カルシウム摂取量については、半定量的頻度調査と食事秤量調査との一致程度を示す較正式の傾きパラメータが0.7以上であることが示された。

 4.ビタミンAとビタミンCは個人間および日間変動が大きく、関数関係解析で求められた2つの調査法の一致程度を示す較正式の傾きパラメータの値が不安定であった。したがって、本研究で用いた半定量的頻度調査で、これらのビタミンの摂取量を正確に推定することはできないことが示された。

 5.鉄はすべての評価方法において一致の程度が最も低く、本研究で用いた半定量的頻度調査で推定すべきではないことが示された。

 6.本研究で用いた半定量的頻度調査は、日本国内において広く使用されるように、国民栄養調査結果に基づいて開発されたものであり、本研究対象である一地域住民においても栄養素摂取量を把握することができる方法であった。したがってビタミンA、C、鉄についての調査方法の再検討と、信頼性の検討、さらに他地域での検証的研究が必要であるものの、本研究で用いた半定量的頻度調査を国民栄養調査等の大規模調査で用いることの有用性が示唆された。

 以上、本論文は国民栄養調査結果に基づく半定量的食物摂取頻度調査を、今後大規模研究等で用いる際に必要となる事項について、調査を実施しその結果を統計学の手法から検討し、その有用性を明らかにした。本研究は、健康の維持・増進に不可欠な栄養調査の方法論の開発に大きな貢献をなし、学位の授与に値するものと考えられる。

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