学位論文要旨



No 111391
著者(漢字) 向,文心
著者(英字)
著者(カナ) シァン,ウェンシン
標題(和) 低出生体重児の知能発達測定におけるDAM法(draw a man)の意義に関する研究
標題(洋)
報告番号 111391
報告番号 甲11391
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1045号
研究科 医学系研究科
専攻 保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 柳沢,正義
 東京大学 教授 日暮,眞
 東京大学 教授 川田,智恵子
 東京大学 助教授 岡井,崇
内容要旨 一.はじめに

 近年,医学の進歩により,低出生体重児の生存率は飛躍的に向上しているが,機械音に囲まれたNICUでの長い生活、母親との別離、疾病そしてNICU退院後も,発達遅滞、障害発生の問題、学校適応の問題など様々な難関が待ち受けている。知的には標準発達レベルを示していながら,個々の知的発達面ではバラツキや落ち込みを示したり,行動面で注意力散漫や不器用さがみられた子供もいる。低出生体重児,特に超低出生体重児が正出生体重児とは異なった独特の発達・発育を遂げることは今までの研究の中でも示されている。また,筆者の先行研究によっても,超低出生体重児におけるIQ分布が健常児のIQに比べて低値を示したことが確認されている。しかし,DQ・IQは,あくまで発達全般の総合的な評価であり,超低出生体重児の発達はそのような数値では測ることのできないものがある。超低出生体重児特有の発達推移は,従来使用されてきた発達テストでは明かにすることは不十分だと思われる。

 本研究には二つの仮説がある。

 1)低出生体重児はIQが正常範囲内であっても,その多くは指先の運動能力、知覚認知能力などが低い。このことは,人物画の表現が乏しく,即ち,DAM-IQが低いと考えられる。

 2)低出生体重児に対しては,DAM法を他のIQ検査と組み合わせることによって,子供の運動性知能検査について,より正確な検査法となり得る。

 以上を仮説として,DAM法を用い,低出生体重児の精神発達について研究を行った。なお,比較対照として正出生体重児と軽度の発達問題がある子供におけるDAM法と他のIQ検査法の結果を知る必要があると考え,同時に研究を行った。

二.第一段階研究 〜軽度精神発達問題がある児のDAMテスト〜1.調査対象と方法

 心身障害児療育施設で,フォローされる軽度精神発達問題(学習障害(LD)、微細脳障害(MBD)、注意欠陥障害(ADD)、言語発達遅滞、難聴)を持つ4.0〜10.7歳までの子供24名(男児14人,女児10人)を対象とした。

 被検児について,新生児期とその後の臨床的検討内容30項目、家庭因子12項目、乳幼児期の哺乳状況、IQテスト結果などを含めた調査表を作成し,患児のカルテや来院検診時に,子供の両親から情報を収集した。WPPSI、WISC-R、田中・ビネー知能テストの前に,DAM法を行った。

 DAM法の採点は小林・小野改訂版Goodenough人物画知能検査の50項目従い,その得点からMA換算表を用いて精神年齢を換算した。

 解析方法については,名義尺度にはX2検定,順序尺度にはU検定、H検定,間隔尺度にはt検定、分散分析を用い,有意水準は両側=0.05とした。

2.結果

 1)軽度発達問題児において,DAM-IQは平均80,他の方法で測定したIQは79であり,両者の間に有意差はみられなかった(P>0.1)。

 2)DAM-IQと言語性IQ(VIQ)には,相関がみられなかった(P>0.1)。しかし,動作性IQ(PIQ)の低いものはDAM-IQも低かった(P<0.05)。

 3)軽度発達問題児のDAM-IQの男女別には,有意差がみられなかった(P>0.1)。

 4)臨床的因子との関係では,HBD、LD、ADDと診断された児のDAM-IQは低かった。

三.第二段階研究 〜正出生体重児のDAMテスト〜1.調査対象と方法

 対象はS病院保育所及び新生児科で健診を受けた4.7〜7.8歳までの子供40名(男児20人,女児20人)である。第一段階研究で行った方法と同様に行い,データは子供の母親及び母子手帳から収集した。

2.結果

 1)正出生体重児の平均DAM-IQは109,IQは108であり,両者の間に有意差はみられなかった(P>0.1)。

 2)正出生体重男児のDAM-IQは女児より低かった(P<0.001)。

 3)臨床的因子との関係では,胎児仮死と帝王切開群の児のDAM-IQが低かった(P<0.05,P<0.01)。

四.第三段階研究 〜低出生体重児のDAMテスト〜1.調査対象と方法

 対象はS病院のNICUを退院した4.9〜10.0歳までの低出生体重児107名である。出生体重の内訳を1500〜2500g児40名、1000〜1500g児35名、1000g未満児32名の3群に分けた。

 調査表のデータの収集及びDAM-IQの算出は,第一、第二段階研究の方法と同様に行った。

2.結果

 1)低出生体重児のDAM-IQは75,IQは93であり,両者の間に有意差が認められた(P<0.001)。

 2)低出生体重男児のDAM-IQは女児より低かった(P<0.05)。

 3)新生児仮死、酸素投与、脳波異常、CT異常があった児のDAM-IQは低かった。

 4)DAM-IQと算数成績との関係はみられなかったが,国語成績が劣る児のDAM-IQは低かった(P<0.05)。また母親の学歴と家庭収入が高い児のDAM-IQは高かった。

 5)出生体重1500g未満児のDAM-IQとIQは1500g以上児より有意に低かった(P<0.05,P<0.001)。

五.総合解析と結果

 第一から第三段階の研究を合わせて,171名の子供(男児84人,女児87人)を調査した。DAM測定時の年齢は6.2±1.2歳であった。

 1.DAM-IQとIQの調査結果

 対象を正出生体重児(I群)、軽度発達問題児(II群)、1500〜2500g児(III群)1000〜1500g児(IV群)、1000g未満児(V群)にわけると,DAM-IQは,I群109、II群80、III群81、IV群72、V群71であった。IQは,I群108、II群79、III群100、IV群90、V群84であった。

 正出生体重児と低出生体重児との4群知能測定値の多重比較をt検定により行うと,DAM-IQとIQには,正出生体重児群と低出生体重児群との間に,有意差が認められた(P<0.001,P<0.001)。

 2.DAM-IQと年齢の相関がみられなかった。出生体重、在胎週数との相関には,正の相関があったが,入院日数には負の相関があった。

 3.正出生体重児と低出生体重児の比較

 DAM-IQとIQの相関において,正出生体重児群と低出生体重児群の相関係数の差がみられなかった(P>0.1)。正出生体重児と低出生体重児との4群におけるDAM-IQとIQの相関係数の多重比較で,1500g以上児群と1500g未満児群との間に,有意差が認められた。即ち,出生体重1500〜2500g児のDAM-IQとIQは正出生体重児に近いレベルを示した。また,DAM-IQとVIQの相関はみられなかったが,PIQとの相関が高かった。

 出生体重と人物画各部位描写の関係をみると,正出生体重児には,髪をよく描いた児が多かった。しかし,1000g未満児には,目と瞳をよく描いた児が多かった。

六.考察

 知能検査・発達検査は,子供の発達評価に有力な情報を提供する。しかし,田中・ビネー、WPPSI、WISC-Rなどで測定されるようなIQは,あくまで発達全般の総合的な評価であるが,低出生体重児の発達評価は,そのような数値では測ることのできないものがあると思われる。

 本調査におけるDAM検査施行時には,まず被検児の不安定な因子,例えば発熱、睡眠不足状態、疲れたとき、泣いているときなどを除き,またデータを収集する時に,重症精神発達障害を持つ児は除外した。DAM法の評価は,一枚の絵を2人の採点者が評価する方法を行った。

 本研究の二つの仮説を検証した結果,正出生体重児はIQとDAM-IQに差がみられなかったが,低出生体重児には,差がみられた(P<0.001)。この結果より,二つの仮説は,立証されたと考える。

 本研究では,32名の超低出生体重児を調査したが,その平均IQは84,DAM-IQは71であり,正出生体重児より明かに低かった。VIQとPIQも同様であった。即ち,総合のIQだけによっては不可能であった児の部分的なcatch upの遅れが,今回の研究で明かになった。また,男女差が女児優位で差異が認められた。これは,女児は一般に男児よりも細部に関して多くの事項を描出することによると思われる。他の報告では,男児は"落ち着きがない"などの頻度が女児より高いと述べていることと一致している。

 DAM法の実施は,比較的容易で,子供に人を描かせるだけで,その子の好きなやり方で,ゆっくりと描かせる。検査時間には制限がないが,大体の子供は,10分以内で描き終えてしまう。

 DAM法は,自閉症、学習障害児などにも適応可能というメリットがあるが,低出生体重児の動作性知能の側面を評価することへの適用性もあると思われる。特に超低出生体重児の場合,情緒面を言語で表現することが苦手であるため,描画による検査は向いている。

 今回の調査結果で,出生体重1000g未満児は,目と瞳を描いた児が正出生体重児より多かった。超低出生体重児の「目と瞳の強調」が,どのような問題をあらわしているのだろうか?今までにこの内容に関する研究はない。本研究により,この現象は,DAM法以外に,その他の方法では発見できない事実である。

 家庭環境とDAM-IQとの関係の中で,母親の学歴が高い児のDAM-IQは高いことを示した。本調査における対象児の平均年齢は6.5歳であり,ほとんどの子供は就学前或は小学校1年生である。この年齢の子は,母親と最もよく触れ合うため,母親のレベル、教育方法などは,子供に直接的な影響があると思われる。本調査の結果では,子供のDAM-IQと父親の学歴との関係は認められなかった。また,年収が300万以下の家庭には,DAM-IQ低値の児が多かった。低出生体重児の成長過程において,経済的因子などの家庭環境が子供の発達発育に影響を及ぼしている可能性も示唆される。

 解析結果より,低出生体重児の場合には,IQとDAM-IQの間に差があった。しかし,正出生体重児と軽度精神発達問題児のIQとDAM-IQの間には,差がみられなかった。この問題について,低出生体重児のデータをさらに調べ,低出生体重児の3群のDAM-IQとIQを分散分析した結果,出生体重からみて,1500gを境に差が認められた。この事実により,DAM法が1500g未満児に対し,一定の特殊な意義をもつことをあらわしている。1500g未満児において,運動発達の面,つまり目と手の協応、認知能力、生活の一般的知職及び注意集中力などは,1500g以上児より遅れ,その成長発達過程における潜在的なリスクがあると考えられる。

 このようにDAM法と他の知能検査法を併用して行うことは,低出生体重児の精神発達測定において,極めて有用な検査法と位置づけられると思われる。

七.結論

 1.低出生体重児のDAM-IQは正出生体重児より有意に低かった(P<0.001)。特に,出生体重1500g未満児のDAM-IQとIQは1500g以上児より有意に低かった(P<0.05,P<0.001)。

 2.正出生体重児と低出生体重児の男児のDAM-IQは女児より低かった(P<0.001,P<0.05)。

 3.正出生体重児と軽度精神発達問題児は,DAM-IQとIQとの間に有意差がなかったが,低出生体重児には,有意差があった(P<0.001)。即ち,低出生体重児のDAM-IQはIQより有意に低かった。

 4.全被検児において,DAM-IQとIQの相関がみられた。言語性IQとの相関はみられなかったが,動作性IQとの相関がみられた。

 5.微細脳障害、学習障害、注意欠陥障害と診断された児のDAM-IQは低かった。また,新生児仮死、酸素投与、脳波異常、CT異常であった低出生体重児のDAM-IQは低かった。

 6.在胎週数が短い児、入院日数が長い児のDAM-IQとIQは低かった(P<0.001 P<0.001)。

 7.母親の学歴と家庭収入が高い児のDAM-IQは高かった。国語の成績が劣る児のDAM-IQは低かった。

 DAM法は他のIQ検査法と違い,異なる視点からの測定が可能である。特に出生体重1500g未満児に対しては,新しい問題が発見できる。従って,1500g未満児における運動発達、視覚-運動系、認知能力の判断、学習の能力などの総合的精神発達評は,DAM法と他のIQテストと併用して検査することが重要である。

審査要旨

 本研究は低出生体重児の精神発達において,従来使用されてきた発達テストでは明らかにすることは不十分だと考えられるため,人物画知能検査(DAM法)を用い,低出生体重児の精神発達について研究を行った。なお,比較対照として正出生体重児と軽度の発達問題がある子供におけるDAM法と他のIQ検査法の結果を知る必要があると考え,同時に研究を行った。下記の結果を得ている。

 1.低出生体重児のDAM-IQは正出生体重児より有意に低かった(P<0.001)。特に,出生体重1500g未満児のDAM-IQとIQは1500g以上児より有意に低かった(P<0.05,P<0.001)。

 2.正出生体重児と低出生体重児の男児のDAM-IQは女児より低かった(P<0.001,P<0.05)。

 3.正出生体重児と軽度精神発達問題児は,DAM-IQとIQとの間に有意差がなかったが,低出生体重児には,有意差があった(P<0.001)。即ち,低出生体重児のDAM-IQはIQより有意に低かった。

 4.全被検児において,DAM-IQとIQの相関がみられた.言語性IQとの相関はみられなかったが,動作性IQとの相関がみられた。

 5.微細脳障害、学習障害、注意欠陥障害と診断された児のDAM-IQは低かった。また,新生児仮死、酸素投与、脳波異常、CT異常であった低出生体重児のDAM-IQは低かった。

 6.在胎週数が短い児、入院日数が長い児のDAM-IQとIQは低かった(P<0.001P<0.001)。

 7.母親の学歴と家庭収入が高い児のDAM-IQは高かった。国語の成績が劣る児のDAM-IQは低かった。

 DAM法は他のIQ検査法と違い,異なる視点からの測定が可能である。特に出生体重1500g未満児に対しては,新しい問題が発見できる。従って,1500g未満児における運動発達、視覚-運動系、認知能力の判断、学習の能力などの総合的精神発達評価は,DAM法と他のIQテストと併用して検査することが重要である。

 以上,本論文は低出生体重児における認知能力の問題について,既存の知能検査では把握しえない部分を人物画検査がより詳細に把握できることを示し,低出生体重児の総合的精神発達の評価における人物画検査の意義を明らかにした。本研究は,これまで十分な評価バッテリーが工夫されていなかった低出生体重児の精神発達の把握と,その詳細な臨床的検討に貢献することが大であり,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク