本研究は国家レベルのデータを用い医療費を分析したところ、国家間の医療費の差がどの様な要因に起因するものなのかという点に関して下記の結果を得ている。 1)経済的要因と医療費 (a)既存の研究結果と同じく国家単位のマクロ的レベルにおいて国内総生産(GDP)によって代表される国の所得水準と医療費の絶対額との密接な正の関係は揺るぎなかった。また最近議論の対象となっている医療費のGDP弾力性は貨幣交換手段によって若干の差はあるものの大体において1.25-1.43の間に分布し1より有意に大きいことが確認された。即ち、国家間GDP水準の差より国家間医療消費の差の方が大きいことが確認された。 (b)’医療費’の医療財相対価格弾力性は1.74の高い数値を示したが’医療消費量’の医療財相対価格弾力性は0.74であった。反面GDPの水準を一定にした場合、医療費の価格弾力性は0.46、医療消費量の価格弾力性は-0.55であり、国民所得水準の国家間の差がもたらす医療消費の差を排除した偏相関を見ると、医療財の相対価格の国家間の差ほど医療費の水準や医療財の消費量の国家間の差が出ていないことが示された。 2)医療制度的要因と医療費 (a)医療制度の国家間の差を表す代理変数として用いた多様な統計的データから様々な政策的示唆が得られた。まず税金を主財源としているか否かとか出来高払い制度か否か、総額契約制度か否かなどのダミー変数を説明変数として使用した場合有意な結果が出なかった。これは一国の医療制度全体が単純にこのような単一基準によって代表されるにはあまり複雑多様な構成となっていることを示唆している。反面、社会保障を通じる公共部門の医療制度への関与度をあらわす連続変数は一人当たり医療費に対する有意な説明力を示した。 (b)OECD加盟国のような先進国において、社会保障としての公共部門の医療制度への関与度と医療費との関係は、国民所得水準を一定にした場合、負の関係であることが明らかになった。即ち、税金によって賄われるか社会保険の保険料によって賄われるかとは関係なく、医療費の中でこのような公共部門からの支出割合が大きい国はその国民の医療への接近における"公平性"はいうまでもなくその国の"マクロ的効率性"も高い傾向があるということである。このような結果はアメリカのように医療費の増加に悩んでいる国にはその原因と処方のための参考になり、新しい医療制度の形成に努めている途上国においてはマクロ政策選択の方向を示唆している。 3)医療の物的、人的供給及びその利用と医療費 (a)人口対医師数の一人当たり医療費との直接的関連は国家単位の比較である本研究では立証されなかったが、医師、看護婦、薬剤師などを合わせた医療従事者全体の労働人口に占める割合は医療費だけでなく医療消費量とも有意な正の関係を示している。 (b)一国の病床規模や病床利用量がその国の一人当たり医療費または医療財消費量と正の関係にあるという仮説は本研究のような国際比較においては立証されなかった。単相関からみられるこれらの変数間の有意な関係は、国民所得を通じる間接的な関係であることが確認できた。言い替えれば、病床規模や中間産物としての病床利用量が大きい国の医療費が大きい傾向を見せていることは、国民所得など他の変数が共通の相関変数として作用していることに起因する疑似的関係にすぎず、2変数の間の直接関係からの結果だとは言えないということである。 (c)物的供給要素としての病床数および人的供給要素としての医療従事者割合と病床利用量との関係をより詳細に分析した結果、平均在院日数は入院病床数と、人口当たり入院件数は医療従事者割合と相対的に密接な関係にあることがわかった。病床数の多い国において平均在院日数が長いことは明きらかであり、病床数を一定とした場合医療従事者割合が大きい国であるほど一人当たり入院件数は多い傾向を示した。また、国民所得と病床数を一定にした場合、医療従事者割合が大きい国であるほど平均在院日数が有意に短いことも特筆すべき結果であった。 4)その他の要因と医療費 老人人口比率、一次産業人口比率、都市化程度を表す変数などは国民所得一定という仮定の下で一人当たり医療費の国家間の差を有意に説明できなかった。これらの変数の一人当たり医療費との単相関にみられる有意な関係はGDPを通した間接的関係であることが示される。 以上、本論文は医療費の国家間の差と関連がある要因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |