本研究はダウン症児の成長パターンを明らかにし、また、彼らの健康管理に役立てるべく、成長の評価尺度の一つとして、身長、体重の標準成長曲線(Standard Growth Chart for Children with Down Syndrome)の作成を試みるため、身体各部の人類学的計測を体系的に実施すると同、時に全国的規模の縦断データを調査し、その分析を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1)ダウン症児の成長パターンを検討するため、生後1ヶ月〜18歳までのダウン症児296名を対象にして、身長、体重など22項目に関して人類学的計測を実施し、同年齢の健常児との比較を行った。その結果、ダウン症児は短身で、短頭、手足が短く、肥満型で、いわゆる"ずんぐり"した体型をもっているという今までの報告を支持するものであった。しかし、ダウン症児の内眼角幅においては、頬骨弓幅との比率の結果から、顔の幅に比して内眼角幅が相対的に大きいということであり、ダウン症児が健常児より大きいとはいえない。また、頭囲については、身長との比でみると乳幼児期を過ぎてからはダウン症児の方がやや大きい傾向がみられた。 2)思春期のスパート開始年齢は女児が男児より約6カ月早い。最大発育速度を迎える時期においても、女児の方が約1年早く、男女とも身長の方が体重より早い。最終身長は男児が151.7cm、女児が141.6cmであった。なお、女児の初経は、平均年齢12.7歳に迎えており、身長の最大発育速度の時期を迎えてから約2年後、体重の最大発育速度の時期を迎えてから約半年後にあることが予測できた。 3)ダウン症児の身体発育の客観的評価を有効に行うための基準つくりとして、0歳から18歳までのダウン症児の身長と体重に関して、各々10,25,50、75 90のパーセンタイル値を求め、標準成長曲線を作成した。健常児のものと比較してみると、ダウン症児の身長は、全年齢にわたり健常児より低い値を示した。殊に、女児では13歳、男児では15歳をすぎるとほぼ全員が健常児の3〜5thパーセンタイル以下を示した。 体重も同様で、いずれの年齢においても健常児より低い値を示したが、年齢がすすむにつれて各パーセンタイル曲線の幅は健常児のパーセンタイル曲線が示す幅よりも広がっていった。これは、ダウン症児の加齢に伴う肥満傾向の影響が成長曲線に反映されたと考えられることから、体重の評価の際には健常児のものを参考にしながら使用した方が望ましいと思われた。 以上、ダウン症児の身体各部22箇所の総合的な計測と全国的な規模の調査方法を用いることにより、本症の特徴的な発育パターンを分析することができた。その結果から、ダウン症児の発育を評価する際にはその発育に即した標準尺度が必要であることを明らかにしたうえ、本症の標準成長曲線を作成した。本研究は、ダウン症児の身体発育を客観的に評価し、なおかつ本症の健康管理を適切にサポートするために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |