Tリンパ球は免疫反応の重要な担い手であり、抗原提示細胞上に提示された抗原を主要組織適合抗原(MHC)とT細胞抗原受容体(TCR)を介して認識する。TCR刺激後、一連の生化学反応が誘導され、最終的にリンフォカイン産生や増殖反応が引き起こされるが、この初期反応に於てチロシンキナーゼ(PTK)による種々の細胞内蛋白質のチロシンリン酸化が重要であることが認められている。TCR情報伝達に関わるPTKとして、Src型PTKであるCD4/8分子に結合しているp56lck(Lck)、及びTCR/CD3複合体に会合しているp59fyn(Fyn)が重要視されている。また最近では新たに、細胞質型PTKであり、刺激後にTCR鎖に会合するZAP-70もTリンパ球活性化初期反応に重要であることが示唆されている。そこでTリンパ球活性化に於けるPTK、特にFyn PTKの役割について解析する為、以下の実験を行った。 [1]T細胞活性化に於ける、p59fynを介する情報伝達機構の解析 T細胞活性化に於けるFyn PTKの役割を解析する為、種々のfyn遺伝子を抗原特異的T細胞ハイブリドーマに導入し、その免疫応答性の変化について解析を行った。 1.Fyn高発現クローンの作製 (1)正常型fyn、(2)不活性型fyn、(3)t-1(SH2部分欠失型:活性型)、(4)f-14(Ile33gThr;活性型)を発現プラスミドpME18SneoのSRプロモーターの下流に挿入し、電気穿孔法によりマウスT細胞ハイブリドーマHBC21.7.31に導入した。ネオマイシン耐性クローンをスクリーニングし、CD3、CD4、TCRの発現が同程度のFyn高発現クローンを得た。 2.Fyn高発現クローンのIL-2産生能 これらのFyn高発現クローンを抗原提示細胞を用いて抗原刺激を行い、その培養上清中のIL-2産生量をIL-2依存性T細胞株CTLL2の増殖(3H-チミジンの取り込み)で測定した。その結果、正常型Fyn及び活性型Fyn(f-14)高発現クローンでは極めて高いIL-2産生が検出された。しかしSH2欠失型Fyn(t-1)や不活性型Fyn(KM)の高発現クローンでは親株と同程度のIL-2産生しか示さなかった。抗CD3抗体によるTCR刺激後の結果も同様の傾向を示し、FynのPTK活性及びそのSH2領域がIL-2産生量の変化に影響していることが示された。 3.細胞内蛋白質のチロシンリン酸化 親株、及び正常型Fyn(N17)、SH2欠失型Fyn(C12)、活性型Fyn(A54)、不活性型Fyn(K3)の高発現クローンを抗CD3抗体で刺激し、細胞内蛋白質のチロシンリン酸化の変化を抗ホスホチロシン(PY)抗体によるイムノブロットで検出した。その結果、N17とA54、C12では、TCR刺激後に42kDを含む蛋白質のチロシンリン酸化が著しく亢進していたが、K3では親株と同程度のチロシンリン酸化しか示さなかった。IL-2産生の低いC12ではN17やA54と比較すると150、95、70kDの蛋白質のチロシンリン酸化が弱いことが検出された。この結果、これらの蛋白質はFynからの情報伝達に重要であると考えられた為、その同定を試みた。 4.Fynの特異的基質の同定 pp150、pp95、pp70、pp42はそれぞれPL(Phospholipase)Cr1、p95vav、ZAP-70、MAP(Mitogen activated protein)セリン/スレオニンキナーゼであることが特異抗体による免疫沈降、抗PY抗体イムノブロットによって明らかになった。 5.考察 t-1Fynの欠失するSH2領域にはチロシンリン酸化されたペプチドと結合する重要なアミノ酸残基群が含まれており、その欠失により基質や次の情報伝達物質と結合できなくなるものと考えられる。またPLC1、VavはそれぞれPI(ホスファチジルイノシトール)代謝回転、グアニンヌクレオチド交換反応系に於て重要であり、Fynがこれらを基質としてリン酸化し、活性化することでIL-2産生を促していると考えられる。MAPキナーゼは、t-1のクローンの解析結果から、IL-2産生に直接関係ないか、t-1では活性化されていない可能性が示唆された。 [2]T細胞情報伝達に於けるFynとCsk PTKの機能的、及び物理的相互作用 ヒトT細胞株Jurkatを用いて、Fynのc-fos及びIL-2プロモーターに対する影響について解析を行った。さらに、Fynの活性制御機構についても検討を行った。 1.Fynによるc-fos及びIL-2プロモーターの活性化 T細胞活性化の指標として、Fynによるc-fos及びIL-2プロモーターの活性化について検討した。ヒトT細胞株Jurkatにfyn遣伝子、及びレポータープラスミドc-fosCAT、IL-2CAT、またc-fosの構成因子としてSRECAT、TRECAT、CRECATを一過性発現し、その細胞抽出液を用いてCATアッセイを行なった。その結果、Fynは無刺激の場合ではc-fosのうちSREを活性化し、マイトジェン刺激後ではIL-2プロモーターを活性化すること、FynのSH2領域の欠失によりその効果を失うことが明かになった。また他のSrc型PTK LynやLckにはIL-2CATに対する活性化能は検出されなかった。 2.CskのFynに対する機能抑制作用 Fynに対するCsk(C-terminal Src kinase)の影響を検討する為、Jurkat細胞にIL-2CAT及びFyn、Cskを共発現し、IL-2CAT活性化の変化を測定した。その結果、Csk存在下ではFynのIL-2CAT活性化は明らかに抑制され、C末のチロシン残基をフェニールアラニンに置換したFynに対してはこの抑制作用は認められなかった。従ってCskはFynのC末のチロシン残基をリン酸化することでFynの活性を制御していることが示唆された。 3.CskとFynの物理的会合 [1]でFynを高発現したT細胞ハイブリドーマを用いてCskとFynの物理的会合について免疫共沈、キナーゼ反応を行った。その結果、FynとCskの会合が検出された。 4:考察 Fynはc-fosプロモーターのうちSREに反応し、またマイトジェン刺激後IL-2プロモーターを特異的に活性化することが明らかになった。FynのSH2はこの活性化反応に重要であった。さらに、CskはFynと会合し、その活性を制御していることが示唆された。 [3]FynとZAP-70の機能的、及び物理的相互作用 種々の報告により、ZAP-70の活性化にはSrc型PTKの協調作用が必要であることが示唆されている。我々はその詳細な機構を解析する為、以下の実験を行った。 1.T細胞 に於るZAP-70とFynの会合 TCR刺激前後のT細胞ハイブリドーマを可溶化し、Fynと免疫共沈されるチロシンリン酸化蛋白質をイムノブロットで検出した。このうち顕著な70kDのバンドは、抗Fyn抗体免疫沈降、抗ZAP-70抗体イムノブロットにより、ZAP-70であることが確認された。この会合はTCR刺激後10秒で出現し、10分後には消失した。 2.FynとZAP-70の会合に於けるTCR鎖の必要性 Fyn及びZAP-70はTCR鎖と会合しうるので、FynとZAP-70の会合がTCR鎖を介するかどうか、サル腎細胞由来COS細胞にこれらを共発現し、その会合を免疫共沈キナーゼ反応で検出した。その結果、ZAP-70はFynと鎖の存在に関わりなく会合した。 3.FynとZAP-70の会合に関わる領域 FynとZAP-70の会合に関わる領域を検索する為、種々のFyn変異体及びZAP-70の変異体を作製し、COS細胞に共発現してその会合の変化を検出した。その結果、Fyn及びZAP-70のキナーゼ活性はその会合に重要であった。またFynのSH2、SH3領域を共に欠失した場合には両者の会合が減じる結果が得られた。その他の変異、即ちFynの自己リン酸化部位、C末の活性制御チロシン残基の変異や、ZAP-70のSH2の変異は両者の会合に影響を与えなかった。 4.Fyn-GST融合蛋白質との会合 Fynのユニーク領域、SH2、SH3とGST融合蛋白を作製し、COS細胞に発現したZAP-70との会合を検討した。対照のGSTのみとの結合は認められず、Fynのユニーク領域とは弱く、SH2、SH3とは強く会合が認められた。従って、Fynの複数の部位がZAP-70との会合に関わっていることが確認された。 5.FynとZAP-70の会合の意義 血球系細胞に発現し、SH3や核移行シグナルを持つHS-1をこれらのキナーゼとCOS細胞に共発現し、そのチロシンリン酸化の変化を解析した。HS-1のリン酸化はZAP-70のみでは検出されず、Fyn、ZAP-70と共発現してそのリン酸化が増大した。 6.考察 ZAP-70とFynはTCR刺激後に会合し、その会合にはFyn及びZAP-70のキナーゼ活性とFynのユニーク領域、SH2、SH3が関与していることが明らかになった。またFynはZAP-70をリン酸化することで活性化し、例えばHS-1のような蛋白質を協調的にリン酸化することで細胞内にTCRからの情報を伝達すると考えられた。 |