学位論文要旨



No 111401
著者(漢字) 齋藤,慎一
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,シンイチ
標題(和) ジプロトン化を経るカルボニル化合物のFriedel-Crafts型反応
標題(洋)
報告番号 111401
報告番号 甲11401
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第696号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 助教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨

 Friedel-Crafts反応およびそれに関連する反応は、有機化学の分野において極めて基本的、かつ重要な反応である。Friedel-Craftsアシル化反応をはじめとするいくつかの反応においては多重結合をもったカルボカチオン(アシリウムイオンなどのモノカチオン)が反応活性種であるとされてきた。しかしながら、高い活性を持つアルキルカチオンに比べて、多重結合を持ったカルボカチオンの反応性は低いことが知られている。

 当研究室においていくつかのFriedel-Crafts型反応について検討した結果、従来活性種とされているモノカチオンではなく、モノカチオンが更に活性化されたジカチオンが反応に関与している場合があることを示した。例をScheme1に示す1)

Scheme1

 このような例は、多くのカルボニル化合物のFriedel-Crafts型反応において、Fig.1のようなジカチオンが反応に関与することを強く示唆する。そこで私はカルボニル化合物のFriedel-Crafts型反応に焦点を当て、以下のような研究を行った。

Fig.11ジフェニルプロパノンの分子内Friedel-Crafts型反応の速度論的解析2)

 多くのFriedel-Crafts型反応は、その反応系が不均一もしくは複雑であり、速度論的な研究はほとんど行われていなかった。そこで私は、Scheme2に示すような単純な反応系をデザインした。

Scheme2

 他のFriedel-Crafts型反応とは異なり、この反応溶液は均一であり、速度論的な解析に適している。また、トリフルオロメタンスルホン酸(TFSA)-トリフルオロ酢酸(TFA)の系は求核性が低く熱的に安定な系であり、混合比を変えることにより様々な酸度(H0、Hammettの酸度関数)を持った酸触媒を調製することが出来る3)。この反応の速度と酸度との関係について検討した。ジフェニルプロパノン(1a-c,pKBH+=-5〜-7)はH0=-9の酸性溶液においてすでにほとんどモノプロトン化されている(fig.2)。

Fig.2 The protonation of 1a detected by NMR chemical shift(TFSA-TFA,○ TFSA-TFE,□ TFE)

 それにもかかわらず、より酸度の高い領域(H0=-9〜-14)において反応速度は酸度に比例して上昇することがわかった(Fig.3)。この結果はScheme3に示すようなジカチオンを反応活性種と考えることにより合理的に説明できる。この研究は、超強酸中での反応速度と酸度との関係を解析し、反応活性種としてのジカチオンの関与を示した最初の例である。

Fig.3 The relationship between -H0 and log kScheme 3
2ベンズアルデヒドとベンゼンとのFriedel-Crafts型反応

 ベンズアルデヒド(3)はベンゼンと酸触媒の存在下で反応し、4-7のような生成物を与える(Scheme4)。このFriedel-Crafts型反応は古くから知られているが、その反応機構については不明であった。私は酸触媒としてTFSA-TFAを用い、この反応におけるジカチオンの関与の有無、および反応機構全体について検討した。

Scheme4(1)ベンゼンの当量数と生成物との関係

 この反応の生成物および収率は反応条件により変化する(Table 1)。ベンズアルデヒドに対して100当量のベンゼンを用いたときにはアントラセン(4)、ジフェニルメタン(5)、およびトリフェニルメタノール(6)が生成する(#1)。また、500当量のベンゼンを用いると、5と6が約1:1の比率で生成する(#2)。4の生成は一旦生成した5や6が更に反応を起こした結果である、と推測された(#3)ので、ベンゼンの当量数を500当量に固定してより詳細に検討することとした。

Table 1 Reaction of benzaldehyde with benzene(TFSA 100 eq.50℃,19hrs)
(2)予想される中間体の反応

 単純にベンズアルデヒドがベンゼンと反応するとジフェニルメタノール、さらに7が生成すると考えられる。従って実際には反応の過程において酸化還元反応が進行した結果、5や6が生成していると思われる。酸化還元反応がどの段階で起こっているかを特定するため、強酸条件下でのジフェニルメタノールや7の反応について検討した。ジフェニルメタノールは強酸条件においてベンゼンと容易(5℃,10min.)に反応し、7を生成するが、7は更にゆっくり(50℃,19h.)反応して5および6を与える。この反応は大まかに(a)ベンズアルデヒドとベンゼンとのFriedel-Crafts型反応によるトリフェニルメタンの生成、と(b)酸化還元反応によるトリフェニルメタンの分解、とに分けて考えられる。

(3)反応収率の酸度依存性

 トリフェニルメタンが生成する段階におけるジカチオンの関与を明らかにするため、この反応の酸度と収率との関係について検討した。Table2に示すとおり、モノプロトン化したベンズアルデヒド(pKBH+=-9)はより酸度の高い条件(H0=-12〜-14)において、より高い収率で生成物(5-7)を与える。この現象は、ジプロトン化したベンズアルデヒドが反応活性種である、と考えることにより説明できる。またここでは実際に7を反応中間体として確認することができた。

Table 2 The relationship between H0 and yield of the reaction of benzaldehyde with benzene(500 eq.)at 50℃,15hrs

 以上の結果より、この反応機構はScheme5のように示される。

Scheme 5 The Mechanism of the Reaction of Benzaldehyde with Benzene

 ジプロトン化されたベンズアルデヒドがこのFriedel-Crafts型反応における活性種であり、この結果生成する7はさらに脱アルキル化反応、および酸化還元反応(hydride transfer)を経て5および6を与える。

 私は以上2つの反応、及び関連するいくつかのFriedel-Crafts型反応において、ジカチオンを反応活性種と考えることにより反応機構を合理的に説明することができた。ジプロトン化したカルボニル化合物をはじめとするジカチオンは高い求電子活性を持ち、ベンゼンなどの活性の低い求核種との反応において重要な役割を担っていると考えられる。

References1)Ohwada,T.;Yamagata,N.;Shudo,K.J.Am.Chem.Soc.1991,113,1364-13732)Saito,S.;Sato,Y.;Ohwada,T.;Shudo,K.J.Am.Chem.Soc.1994,116,2312-23173)Saito,S.;Saito,S.;Ohwada,T.;Shudo,K.Chem.Pharm.Bull.1991,39,2718-2720
審査要旨

 ベンゼンとケトン類とのFriedel-Crafts型の脱水縮合反応は極く限られた場合しか進行しないとされている。齋藤慎一はこの縮合反応が強酸条件下では容易に進行することをみいだした。その最も適当な例は1,3-ジフェニル-1-プロパノン(1)の1-フェニルインデン(2)への環化反応でみられる。この反応は通常の強酸(濃硫酸程度)では進行せず、一層の強い強度の酸を必要とする。

 この反応の速度を酸強度をかえて測定し、速度はモノプロトン化に十分な酸度以上の酸度に対してよい直線関係にあることを示し、モノプロトン化体(3)に更にプロトン化することが反応の必要条件であることを示した。

 この結果は1→2の環化反応に関与する求電子活性種は3ではなくジプロトン化体(ジカケオン、4)であることを一義的に示すものである(図1)。

図1

 この結論は単純であるが、Friedel-Crafts反応一般に拡大できる基本有機化学において特記すべき発見であり、有機化学の発展に本質的な発展をもたらすものであり、博士(薬学)の学位に値する。

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