学位論文要旨



No 111402
著者(漢字) 嶋澤,るみ子
著者(英字)
著者(カナ) シマザワ,ルミコ
標題(和) 抗菌抗腫瘍抗生物質ダイネミシン類のインターカレーター機能の解明
標題(洋)
報告番号 111402
報告番号 甲11402
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第697号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩崎,成夫
 東京大学 教授 三川,潮
 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 橋本,佑一
内容要旨

 強力な抗菌抗腫瘍活性を有するエンジイン系抗生物質はいずれもDNAの切断作用を持つエンジイン部分と、DNAと特異的に結合する部分を有している。ダイネミシンAは、エンジイン部分とアントラキノン部分のハイブリッド構造を有し、インターカレーター剤との競合試験により、DNAとインターカレートし切断することが報告されている1。ダイネミシンAの分子機能は、エンジイン部分については詳細に検討されているが、アントラキノン部分などのインターカレーター機能について着目した研究はほとんど報告されていない。

 一方、当研究室で単離構造決定された非エンジイン型であるダイネミシンO,P,Qは、アントラサイクリン系抗生物質に匹敵する強い抗菌活性・細胞毒性を示す2。この事実はダイネミシン骨格の中にエンジイン部分以外に強い活性を発現させる構造が存在することを示し、ダイネミシンAの作用発現メカニズムにおけるインターカレーションとの関連に興味が持たれる。非エンジイン型のダイネミシンHがDNAにインターカレートすることが報告されているが3、ダイネミシンO, P,Qの細胞毒性などの活性発現機構は証明されていない。

 本研究においては、第1に非エンジイン型ダイネミシン類の作用機構、特にそのDNAとの相互作用を解析すること、第2にダイネミシン類の共通構造である各種アントラキノン化合物を合成し、ダイネミシン類の非エンジイン部分の機能を明らかにすることを目的とした。

1.非エンジイン型ダイネミシン類の細胞毒性ならびにDNAとの相互作用(1)細胞毒性

 ダイネミシンH、QのHL-60,K562を用いた48時間後における細胞毒性試験の結果をIC50(M)値により示す(表1)。ダイネミシンH、Q間でIC50値は一桁異なるものの、殺細胞活性を有することが明らかとなった。

表1
(2)DNAとの結合定数

 非エンジイン型ダイネミシン類とdouble-stranded DNAとの結合定数を吸収スペクトル法により決定した(図1)。ダイネミシン類はいずれもDNAとの間で同程度の結合定数を示し、ダイネミシンH以外の非エンジイン型ダイネミシン類もDNAとの物理的相互作用を有することが明らかとなった。

図1
(3)pBR322の電気泳動

 非エンジイン型ダイネミシン類のDNAとの結合様式の解析のために、pBR322のアガロースゲル電気泳動をおこなった(図5)。ダイネミシン類は濃度依存的にpBR322の泳動度を低下させる。このことはダイネミシン類がインターカレーションにより、スーパコイル型DNAの構造を変化させていることを示す。また薬物5MにおけるpBR322の泳動度への影響を比較すると、H,Lでは泳動度の遅れが認められないのに対し、O,M,Qにおいては泳動度の遅れが認められる。この違いは、細胞毒性におけるH,Qの活性の序列と一致する。

図5
(4)インターカレーター剤の追出し能の測定

 DNAに対する相互作用を更に解析するためにインターカレーター剤に対する追出し能の測定をおこなった。非エンジイン型ダイネミシン類のエチジウムブロミドの追出し能の結果について表2に示す。DNA-エチジウムブロミド(1.27M)複合体の蛍光強度の減少によりエチジウムブロミドの追出しをモニターした。DNAにインターカレートしているエチジウムブロミドを50%追出すのに必要な化合物の濃度をC50と定義し、この値をもって化合物のDNAに対する親和性の尺度とした。ダイネミシン類にはいずれもエチジウムブロミドの追出し能が認められ、これらの薬物がDNAにインターカレートすることがさらに支持された。本検定においてもH,Lに比して、M,O,Qがより強い追出し能を示し、細胞毒性における活性の差はこれら薬物のDNAとの親和性の差に起因するものと考えている。

表2
2.アザアントラキノン類の合成

 ダイネミシン類のインターカレーター機能に必要な構造として、共通構造であるA,B,C環のアザアントラキノン構造(3)を最小構造と仮定し、これを基にしてD,E環構造の必要性、D,E環における置換基の影響を検討することを計画した。

 まず置換基のないD,E環構造を有する5環性キノン(1、2、5、6)と3環性キノン(3、4)の合成を行った。

(1)エナミドの光環化反応

 エナミドの光環化反応によりD,E環部分を構築する方法は、任意の置換基を有するシクロヘキセンカルボン酸を用いることによりE環上の置換基の導入が容易に行うことができ、またE環部分への嵩高い基の導入により面選択的な環化反応が行える可能性があり、光学活性なD,E環部分を得ることができる点でも優れた方法であると考えた。,-不飽和カルボン酸とアニシジンより合成したエナミドの分子内光環化反応により、5環性キノン合成の重要中間体であるcis体8a及びtrans体8bを効率よく合成した(図2)。

図2
(2)5環性アザアントラキノン(1、2、5、6)の合成(図3)

 cis体8aをLiAlH4にて還元し、次いでmethylchloroformateによる保護を行い9を得た。9の3-bromo-4,7-dimethoxyphthalide 10 とのフリーデルクラフツアルキル化反応により、11を分離不能な異性体混合物として得た。ラクトン11のEt3SiH-EtAlCl2による還元的開裂によりカルボン酸12を得、続いて分子内フリーデルクラフツアシル化反応により得た中間体を直ちにDDQ酸化に付し、5環性キノン2とケトール13を得た。2の脱メチル化反応をBBr3により行い1を得た。空気雰囲気下KOH-MeOH中加熱還流により脱保護と酸化を行い6を得た。trans体8bからも同様の方法で5環性キノンを得た。

図3
3.合成アザアントラキノン類の細胞毒性ならびにDNAとの相互作用(1)DNAとの結合定数

 合成したアザアントラキノン類の吸収スペクトル法により決定したdouble-stranded DNAとの結合定数を図4に示す。合成アザアントラキノン類はその構造により結合定数が大きく異なり、2は非エンジイン型ダイネミシンに匹敵する親和性を示す。一方その脱メチル体である1は吸収スペクトルの長波長側へのシフトは認められたが等吸収点は観測できず、DNAとの結合様式が複数存在することが示唆された。またダイネミシン類のA〜E環構造を持つ5、6は吸収スペクトルの変化がほとんどみられず、DNAと相互作用が認められなかった。

図4
(2)細胞毒性

 DNAとの相互作用を有する合成アザアントラキノン1-4のHL-60,K562を用いた48時間後における細胞毒性試験の結果をIC50(M)値により示す(表3)。5環性キノン1、2はダイネミシンHと同程度の殺細胞性を示したが、3,4には活性が見られなかった。この結果はダイネミシン類と同等の殺細胞活性には最小構造と仮定したA、B,Cの3環構造では不十分であることを示す。

表3
(3)pBR322の電気泳動

 pBR322のアガロースゲル電気泳動において、DNAとの相互作用を有する合成アザアントラキノン類の添加はダイネミシン類と異なり、いずれも泳動に遅れを生じさせなかった。合成アザアントラキノン類は、この条件ではスーパコイル型DNAの構造に大幅な変化をもたらしていないことを示している。

 さらに合成アザアントラキノン(1-4)はインターカレーター剤に対する追出し能も認められず、1-4はダイネミシン類と異なる結合様式をとると考えている。

4.結論

 第1に非エンジイン型ダイネミシン類がインターカレート機能を持つことを示した。これはダイネミシンAの作用機構について提唱されているDNAとのインターカレーションに引き続くDNA鎖の切断という反応をさらに裏づけるものである。また各種非エンジイン型ダイネミシン化合物間で、ダイネミシンM,O,Qは、H,Lに比べ、DNAと強い相互作用を有することを明らかにした。この結果はDNAとの相互作用において各化合物共通のダイネミシン骨格だけではなく、ダイネミシンM,O,QのD,E環における置換基が重要な役割を果たしていることを示唆している。

 第2にダイネミシン類のインターカレーター機能の解明をめざし、アザアントラキノン類の合成を行なった。今回用いた光環化反応による合成は、D,E環部分をもつアントラキノン類の合成に広く応用できるものである。

 第3に合成した化合物の中で1-4はDNAとの相互作用が存在するが、ダイネミシン類と同様のDNAとの結合様式をとるものはなく、5,6はDNAとの相互作用が認められなかった。非エンジイン型ダイネミシン類のD,E環上の構造の重要性と併せて、ダイネミシン類と同様のインターカレーター機能発現には、さらにD,E環部分の構造の検討が必要である。以上の結果からダイネミシンM、Oと同じD,E環部分構造を有するエンジイン型化合物は、より強力なDNAとの相互作用を有すると考えられ、その機能に興味が持たれる。

references1.Y.Sugiura,T.Shiraki,M.Konishi,T.Oki,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1990,87,3831-38352.M.Miyoshi-Saitoh,N.Morisaki,Y.Tokiwa,S.Iwasaki,M.Konishi,K.Saitoh,T.Oki,J.Antibiotics,1991,44,10373.T.Kusakabe,K.Maekawa,A.Ichikawa,M.Uesugi,Y.Sugiura,Biochemistry,1993,32,116694.R.Shimazawa,R.Shirai,Hashimoto,S.Iwasaki,BioMed.Chem.Lett.,1994,4,2377
審査要旨

 近年構造決定された一連のエンジイン系抗生物質は、強力な抗菌活性と細胞毒性、および、エンジイン部分構造によるDNA鎖切断反応により、多大の注目を集めている。

 これら化合物の一つであるダイネミシンAは、エンジイイン系抗生物質とアントラサイクリン系抗生物質のハイブリッドを思わせる構造を持ち、アントラキノン部分を介してDNAに結合し、エポキシ基の還元的開裂を引き金とするエンジイン部分の環化とラジカル生成により、DNAを切断すると考えられている。しかし、現在までの研究は、専らエンジイン機能について行われている。

 本研究は、"エンジイン部分の芳香環化した類縁体に、アントラサイクリン類に匹敵する活性がある"という先に得た知見を基に、第1に、非エンジイン型ダイネミシン類の作用機構、特にDNAとの相互作用の解析、第2に、ダイネミシン類に共通するアザアントラキノン部分の合成によるその機能の解析を目的としている。

1.非エンジイン型ダイネミシン類の細胞毒性とDNAとの相互作用。

 非エンジイン系ダイネミシン(図1)は各種癌細胞に対して一般に強い増殖阻害活性を示す(IC500.04-10M)。これらと超らせんDNAへの結合を吸収スペクトル法により測定したところ、いずれも、104M-4オーダーの結合定数を示した。次いで、結合様式の解析のため、pBR322のアガロースゲル電気泳動に及ぼすこれら薬剤の影響を調べたところ、全てが濃度依存的にpBR322の泳動度を低下させ、これらのインターカレートを示唆した。また、典型的なインターカレターであるエチジウムブロミドの追いだしを、エチジウムブロミド/DNA複合体の蛍光強度減少で測定し、いずれの化合物にも追いだし能があることを確認してこれら薬剤の活性がDNAインターカレーションに起因することを示した。

図1
2.アザアントラキノン類の合成と細胞毒性、DNA結合性の解析。

 3環性キノン3,4は既知の方法で合成した。4、5環性キノン類はエナミド光環化反応を利用してD,E環を構築する合成法を企画した(図3)。単純なアクリルアミドは光閉環せず4環性キノンは得ていないが、E環に各種置換基を持つ5環性アザアントラキノン類の構築には、エナミド光閉環法が有用であることを示した。

図3

 5環性キノン1,2はHL-60,K562細胞の増殖を阻害したが、3環性キノン3,4は活性を示さない(5,6については未検定)。一方、DNAへの結合定数(図2)は化合物によりかなり異なる。5環性キノン2は非エンジイン系ダイネミシン類と同程度の結合性を持つが、1では等吸収点が観測されず、1のDNAへの結合様式が1種でないと考えられる。また、5,6とDNAの相互作用は確認出来ず、ダイネミシン類の示すインターカレター機能の発現に、D,E環部分の官能基の必要性を示唆した。

図2

 以上、本論文は、エンジイン構造を持たないダイネミシン類のDNAとの相互作用を明らかにして、DNAへの結合とその切断というダイネミシンAの2段階作用機構を証明し、さらに、ダイネミシン類共通のアザアントラキノン構造の合成により、これらのDNAとの相互作用についての知見を広めたもので、博士(薬学)に値するものと判断した。

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