ノルエピネフリン、エピネフリン等のカテコールアミンは交感神経系の神経伝達物質であり、それらの血中濃度は交感神経系の活性化の指標になると考えられている。しかしこれらカテコールアミンは血中には微量にしか存在しないため、交感神経系の活性化の定量的な研究を小動物で行うためには高感度な定量法の開発が必要である。そこで、血中カテコールアミン濃度を測定する、迅速で選択的かつ高感度な全自動カテコールアミン分析計の開発を行うことを目的として研究を行った。 まず、全自動カテコールアミン分析計の開発を行った。従来の分析法では、マニュアル操作によりカテコールアミンをアルミナを用いて生体試料から抽出し、それを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に注入した後、エチレンジアミンと反応させ発蛍光物質に誘導した後、TDPOと過酸化水素からなる化学発光試薬溶液と混合し、生じる発光により定量していた。しかしこの方法では手間のかかる前処理が必要であり多くの試料の分析には時間を要するという欠点がある。そこで、前処理用の陽イオン交感カラムをシステムに組み込むことにより、血清をオートサンプラーから直接、HPLCに注入するという全自動システムの構築を検討した。 最初にカテコールアミンの前処理カラムからの回収率を検討した。吸着時間、溶出時間を最適化すれば、カテコールアミンを定量的に回収可能であることが明らかになった。次にエチレンジアミンによる蛍光誘導体化反応を検討した。ここではエチレンジアミン濃度および流速を検討し最適化した。同様に発光試薬溶液のTDPO濃度と流速を検討し、発光強度が最大となるように最適化した。 次に、用いる発光試薬溶液の検討を行った。従来、シュウ酸エステルと過酸化水素から成る化学発光試薬溶液は不安定であり調製直後に用いるのが一般的であった。しかし、今回開発した系では、発光反応時点のpH調製のため発光試薬溶液にトリフルオロ酢酸が添加されている。この溶液を室温保存すると発光強度が上昇することが明らかになった。詳細に検討した結果、1)発光強度は室温保存により上昇し最高に達した後減少する、2)発光強度の上昇には強い有機酸の存在が必要である、3)発光強度が最高に達した後、低温(-20℃)で保存すれば強い発光強度が維持される、などの諸事実が明かになった。また、発光が最高に達した後低温保存した溶液には、発光試薬(TDPO)は残存しないことから、低温保存溶液中に化学発光反応の中間体が蓄積していることが示唆された。 以上のような結果をもとにシステムを最適化した。その結果開発した全自動分析計では、カテコールアミンの検出限界はフェムトモルレベルであり、検量線は5〜500フェムトモルまで直線を示した。1回の分析に必要な血清は25マイクロリットルであり、再現性も良好であった。今回開発した方法は、これまでに報告されているラジオイムノアッセイ法、HPLC-電気化学検出法あるいは蛍光検出法、さらに本化学発光検出法のマニュアル操作法と比較して、感度、選択性、前処理の簡便性などの点で優れていた。 このシステムはカテコールアミンのみならず、カテコール基を有する化合物の定量に利用できる。そこで刺激薬であるイソプロテレノールとドパミン誘導体の強心薬であるT-0509の定量を行った結果、フェムトモルエペルの高い感度で定量することが可能であることが明らかになった。 次に、このシステムを用いて高血圧ラットにおける交感神経系による血圧維持機能の様態を検討した。自然発症高血圧ラット(SHR)とWKYに血圧降下薬を投与し、血圧、心拍数および血中カテコールアミン濃度変化を追跡した。いずれのラットでも血圧の降下に伴い、血中ノルエピネフリン濃度は上昇し、血中ノルエピネフリン濃度の対数と血圧とが、良好な負の相関を示した。しかしこの回帰直線の傾きはSHRの方が有意に大きく、単位あたりの血圧降下に対してWKYの方がノルエピネフリンの放出が多いことが明らかになった。すなわち、血圧の恒常性維持機能に異常が見られるSHRの方が、血圧の降下に対しては、交感神経系の活性化の程度が小さいということが推定される。 以上のように、感度、選択性、分析時間の点において従来のシステムよりも優れた全自動カテコールアミン分析計を開発した。また、このシステムを用いて血圧降下に対する交感神経系の活性化の様態を検討することが可能となった。 |