学位論文要旨



No 111405
著者(漢字) モハッマド モカデス サーダー
著者(英字) Md. Mokaddez Sarder
著者(カナ) モハッマド モカデス サーダー
標題(和) 培養脳神経細胞の生存・再生に対するインターロイキンの影響
標題(洋) Effects of IL-2,3 and 6 on survival and regeneration of central neurons in cell culture
報告番号 111405
報告番号 甲11405
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第700号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 岩坪,威
内容要旨

 脳神経細胞の発達と生存は種々の因子によって支えられている。これまで数多くの可溶性物質が脳神経細胞の生存や発達に影響することが知られている;例えば、nerve growth factor,brain-derived neurotrophic factor, basic fibroblast growth factor等がある。さらに、最近の研究成果によれば、当初は免疫系細胞の分化及び成長因子と考えられていたサイトカイン類が中枢神経系の発達と機能にも役割を果たしていることが明かとなってきている。中でも脳における数種のインターロイキンの機能は、免疫系と神経系の相互関係との立場から非常に興味深い。しかしながら、インターロイキンの脳神経細胞の発達に対する役割についてはほとんど研究がなされていない。上記の考え方、即ち神経免疫学あるいは免疫神経学、をさらに発展させる目的で、今回私はインターロキン(以下IL)-2、3、6について、胎生ラット脳より調製した初代培養神経細胞を用いて神経細胞の生存、神経突起の伸展、神経突起にレーザーで傷害を与えた後の神経突起の再伸展に対する作用を検討した。

 IL-2は海馬、大脳皮質、中隔、小脳から得られた神経細胞を高密度で培養した場合、その生存を高める作用を示したが、この様な効果はIL-3やIL-6には認められなかった。IL-2で生存促進が見られた脳神経部位でも、培養神経密度を低下させ神経-グリア細胞相互関係を大きく制限した場合、生存促進作用は確認できなかった。このことより、高密度培養系で得られたIL-2の神経細胞生存促進効果は神経細胞に対する直接的な作用ではないものと考えられた。おそらくIL-2は非神経細胞からの神経栄養因子の分泌を促進し、その結果として神経細胞の生存を高めたのであろう。

 次に培養海馬神経細胞を用いて神経細胞の形態に対するIL類の効果を調べた。IL-2とIL-6は培養神経細胞の形態を有意に変化させたが、この様な作用はIL-3には見られなかった。IL-2は濃度依存的に最長突起を伸長させ、他のすべての形態学的変数も変化させた。このときのIL-2の最小有効濃度は10ng/mlであった。IL-6は100ng/mlの濃度で最長突起の長さ、細胞体からの突起数を若干ながら有意に増加させた。IL-6は最長突起からの分枝の総長および非最長突起の総長を10から100ng/mlの濃度で添加24および48時間後に増加させた。しかし、IL-2で見られた最長突起における分枝数の増加作用はIL-6では認められなかった。以上の結果より、IL-2とIL-6は有効濃度の点でも最大効果の点でも異なった作用であるものと推定された。しかしながらIL-2もIL-6も中枢神経系における神経網の形成にある程度の役割を担っている可能性が示唆された。したがってIL-2とIL-6は免疫系のみならず脳においても神経繊維形成、シナプス形成を調節する生理学的因子として働いていると考えられた。

 脳が重篤な傷害あるいは虚血に陥ると神経細胞から神経繊維が脱落する。傷害あるいは切断を受けた神経繊維が再生するための必要用件の一つとして、傷害部位における成長円錐の再構築が考えられる。本研究で私は、形態に関するパラメーターを観測することによって、IL-2とIL-6の神経再生における役割を検討した。IL-2は切断部位より細胞体に近い近位部からの分岐数と分枝の長さを有意に増加させた。IL-2はまた、非切断突起の数と長さも増加させた。しかしながら、IL-6は損傷を受けた神経細胞のこれらのパラメーターには何の影響も与えなかった。これらの結果から推定されることは、脳損傷によって傷害を受けた細胞から遊離されるIL-2が主に神経繊維を伸長させまた分岐を増加させることによって、ひいては適切な標的神経細胞とのシナプス形成を促進することによって、神経細胞死を予防する可能性である。また、IL-2、3、6が蛍光色素Fura-2を用いた細胞内カルシウム濃度には影響しなかった。以上の結果より、これらのIL類がシナプスにおける神経伝達を直接的に修飾可能性は少ないものと考えられた。

 私はIL-2が非神経細胞を介して間接的に脳の神経細胞の生存を高め、また初めてIL-2とIL-6が培養海馬神経細胞の形態を変化させることを明らかにした。一方IL-3にはこの様な作用は認められなかった。IL-2とIL-6の両者が神経細胞の形態に影響したのにもかかわらず、IL-2のみが神経細胞の生存と再生を特異的に促進したことから、中枢神経細胞の生存、形態および再生に対するIL類の作用は異なったメカニズムで行われているものと考えられた。

審査要旨

 脳神経細胞の発生・生存を担う種々の栄養因子、例えばnerve growth factor,basic fibroblast grwoth factor,brain-derived neurotrophic factor等が、発見されている。特に最近、免疫細胞に対する分化誘導・生存を促進するcytokinesも中枢神経系の発生、機能に貢献しているかもしれないという証拠が現れ、特に、脳における神経-免疫相関に対するinterleukinsの役割が最大の関心事になってきたが、interleukinsの脳神経細胞の生存・再生に対する役割に関しては全く研究が行われていなかった。今回の内容はinterleukin-2,3および6の胎生ラット脳より得た培養神経細胞の生存、再生時の形態変化(突起伸展、分岐等)、再生時に最長突起の成長円錐をレーザーで焼き切った後の形態変化、に対する影響を研究したものである。

 胎生(16日齢)ラット脳の神経細胞の高密度培養(50,000cells/cm2)ではinterleukin-2は大脳皮質、海馬、中隔野及び小脳の培養神経細胞の生存を高めたが、低密度培養(5,000cells/cm2)では効果が得られなかった。他のinterleukinsには作用は全く認められなかった。低密度培養では神経細胞とグリア細胞の相互作用が少ないので、高密度培養での生存促進作用は神経細胞に対する直接作用ではなく、非神経細胞から何らかの栄養因子の遊離を刺激しているように思われる。

 胎生(16日齢)ラット海馬神経細胞を低密度培養で2日間培養した後に薬物を加え、以後の細胞の形態変化をACAS470で観察した。Interleukin-2は10-100ng/mlの濃度で、濃度依存的に細胞体から出ているsprouting数、最大突起の伸展および最大突起に見られる分岐数を顕かに増大させた。Interleukin6は100ng/mlの濃度で最大突起の伸展と細胞体から出ているsprouting数を若干だが有意に増大させたが、最大突起に見られる分岐数には影響を与えなかった。Interleukin3には何らの作用が認められなかった。

 胎生(16日齢)ラット海馬神経細胞を低密度培養で2日間培養した後、ACAS470で細胞の形態を観察し、レーザーで最大突起の成長円錐の基部を焼き切り薬物を加え、以後の形態変化を観察した。Interleukin2は最大突起で見られる分岐数を増加させ、分岐の伸展も促進した。Interleukin2は他の切断していないsprouting数およびその伸展を増加させた。しかし、interleukin3および6は損傷を受けた細胞の指標とした形態変化に何らの影響を及ぼさなかった。

 胎生(16日齢)ラット海馬、中隔野及び黒質の神経細胞を高密度培養し、細胞内Ca2+の動態、choline acetyltransferase活性及びdopamineの取り込みに対する影響を観察した。Interleukin2,3および6は何らの影響を与えなかった。

 Interleukinsのなかでinterleukin2は脳神経細胞の生存を促進し、かつsprouting数、最大突起の伸展や分岐を増加させ、損傷を受けた細胞においてもsprouting数およびその伸展を増加させ、最大突起の分岐数および分岐の伸展を増加させた。以上の結果interleukin2が神経栄養因子として働く可能性が示唆された。本研究は神経-免疫系相関を考える上での基礎的な研究として評価されるとともに、本論文は博士(薬学)に価するものと判定した。

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