学位論文要旨



No 111408
著者(漢字) 近藤,和弘
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,カズヒロ
標題(和) 不斉Heck反応によるデカリン誘導体の触媒的不斉合成
標題(洋)
報告番号 111408
報告番号 甲11408
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第703号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 廣部,雅昭
 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 笹井,宏明
内容要旨 【はじめに】

 触媒的不斉合成反応は僅かな不斉源から限り無く光学活性化合物を合成できる可能性を秘め、又現代社会の大きな課題である限り在る環境資源の保護、有効利用という自然と人との戒律を守るためにも実用的方法の確立が望まれている。その中でも触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応は有機化合物の基本セグメントを構築する反応であるため、より重要視されている。

 当研究室では初めて不斉Heck反応に成功し、その後もこの反応が優れた触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応であることを示してきた。

 筆者はテルペン類に誘導可能なデカリン骨格の触媒的不斉合成を目的とし、オレフィンコンポーネントとしてアリルアルコール、エノン及び共役ジエンを用いる不斉Heck反応に着手した。

【分子内不斉Heck反応のデザイン】

 官能基変換が容易なデカリン誘導体を合成するために、基質としてプロキラルなアリルアルコール体1、エノン体6及びジエン体12をデザインした。すなわち、アリルアルコール体1に対してパラジウム触媒を用いれば、アルケニルトリフレートがパラジウムに酸化的付加した後2、パラジウム-炭素結合にオレフィンの挿入が起こり、アルキルパラジウム中間体3を与える。この時、パラジウムはシン脱離をするため-配置の水酸基を有する場合、-水素脱離することができエノール体4、つまり5を与えるものと期待される。又、エノン体6に対してはアルケニルトリフレートがパラジウムに酸化的付加した後、オレフィンの挿入、oxo--アリル中間体9を経由し、10より続くシン--水素脱離によりジエノン体11を与えるものと期待される。さらに光学活性配位子を用いれば、1及び6のそれぞれのオレフィンa,bを認識し、閉環反応後、選択的に一方のエナンチオマーを得ることが可能になるはずである。

図表Scheme1 / Scheme2

 さらに、ジエン体12に対してパラジウム触媒を用いればアリールトリフレートが酸化的付加した後、オレフィンaの挿入反応が起こり三環性化合物14を与えることになる。この時、挿入可能なオレフィンはa,b二つ存在するが、オレフィンbが四置換オレフィンであること、及び酸化的付加後のパラジウム-炭素結合とオレフィンaの結合が平行に重なるように、つまり面内配位型13に成りえるようにデザインをしているため、オレフィンaの挿入反応が選択的に起こるものと期待される。又、この際光学活性配位子を用いることによりオレフィンaの面選択が起こり14が光学活性体として得られるものと考えられる。

Scheme3

 不斉Heck反応において高い不斉収率を得るためには、カチオン性アルケニルパラジウム中間体の生成が重要であると考えられている。カチオン性アルケニルパラジウム中間体はトリフレートなどの良い脱離基を持つ反応基質の酸化的付加反応か、あるいはアルケニルヨウ素の酸化的付加反応によって生成する[(alkenyl)PdI]型錯体からの銀塩によるヨード配位子の引き抜きよって発生させることができる。アルケニルヨウ素を基質として用いる場合、化学量論量以上の銀塩を必要とすること、又アリルアルコールをオレフィンコンポーネントとする場合は基質のアリルアルコールの酸化が銀塩により引き起こされる可能性があることからエノールトリフレートを用いることにした。

【不斉Heck反応の検討】

 まず、アリルアルコール体15の不斉閉環反応の検討を、通常トリフレートを用いる不斉Heck反応において好結果を与えるベンゼン系の溶媒を用いて検討を行った。その結果をTable1に示すが、ベンゼン系の溶媒ではそれ程良い結果で閉環体16を得ることができなかった。又、これらの条件においては17が副生し、特にEntry3の場合、15%もの17が副生してきていることが分かった。不斉収率を改善すべく溶媒の検討を重ねた結果、1,2-ジクロロエタンを溶媒として用いた場合に最も高い不斉収率で閉環体16が得られることが分かった。しかしながら、1,2-ジクロロエタン中では、トリエノン体18が副生してきているためか、閉環体16の化学収率は若干低かった。さらに最適化を行った結果、t-ブタノールを反応系に添加することにより収率が向上し、76%化学収率、86%不斉収率で16を得ることに成功した。l,2-ジクロロエタンとベンゼン系の溶媒とで反応の副生成物が違ってきており、その生成機構を考える上で興味深い。

図表Table1.Catalytic Asymmetric Cyclization with Benzene as Solvent / Table2.Catalytic Asymmtric Cyclization with ClCH2CH2Cl as Solvent

 又、閉環体16からは当研究室の生頼らによって絶対配置の決定がなされた(+)-vernolepin(23)1)の形式全合成を達成している。

Scheme4

 次に、エノン体24の閉環反応を試み、この場合もアリルアルコール体15と同様の触媒系で40℃まで温度を下げても閉環反応が進行し、66%化学収率、83%不斉収率で閉環体18を得ることができた。閉環体18からはquassimarinアナログ(26)の中間体合成を行いトリエノン体18の有用性を示している。

Scheme5

 ジエン体27の閉環反応も検討を行った。現段階では41%化学収率と若干低いものの、94%不斉収率で目的とする閉環体28を得ている。現在、閉環体28の化学収率の向上を目指し検討を行っている。閉環体28からはジテルペン類に誘導可能な中間体29の合成を行った。

Scheme6
【終りに】

 筆者はアリルアルコール及びエノンをオレフィンコンポーネントとする不斉Heck反応に初めて成功した。又、分子内に挿入可能なオレフィンを二つ有するジエンに対しても適当な基質のデザインをすることによって、選択的に望みのオレフィンと挿入反応を起こさせる不斉Heck反応に成功した。さらに、テルペン類に変換可能なデカリン骨格の触媒的不斉合成を行った。2)

【文献】1)Ohrai,K.;Kondo,K.;Sodeoka,M.;Shibasaki,M.J.Am.Chem.Soc.1994,116,11737.2)Kondo,K.;Sodeoka,M.;Mori,M.;Shibasaki,M.Tetrahedron Lett.1993,34,4219.Kondo,K.;Sodeoka,M.;Mori,M.;Shibasaki,M.Synthesis 1993,920.近藤和弘、生頼一彦、袖岡幹子、森美和子、柴崎正勝、第34回天燃物有機化合物討論会(1993年)講演要旨集近藤和弘、生頼一彦、袖岡幹子、森美和子、柴崎正勝、第65回有機合成シンポジウム(1994年)講演要旨集
審査要旨

 触媒的不斉合成反応は、微量の不斉源から大量の光学活性体を合成しうる方法であり、理想的な反応系を開発できれば、もっとも効率の良い光学活性体の供給法となるものと期待できる。本研究では、様々な医薬品の部分構造として知られるデカリン誘導体を合成するために、プロキラルなアリルアルコール体1、エノン体6及びジエン体12を基質とする不斉Heck反応をデザインした。すなわち、アリルアルコール体1に対してパラジウム触媒を用いれば、アルケニルトリフレートがパラジウムに酸化的付加した後、パラジウム-炭素結合にオレフィンの挿入が起こり、アルキルパラジウム中間体3を与える。この時、パラジウムはシン脱離をするため-配置の水酸基を有する場合には-水素脱離することができエノール体4を経由して5を与えることになる。

 又、エノン体6に対してはアルケニルトリフレートがパラジウムに酸化的付加した後、オレフィンの挿入、oxo--アリル中間体9を経由し、10より続くシン--水素脱離によりジエノン体11を与えることになる。

 さらに、ジエン体12に対してパラジウム触媒を用いればアリールトリフレートが酸化的付加した後、オレフィンaの挿入反応が起こり三環性化合物14を与えるはずである。

図表Scheme1 / Scheme2Scheme3

 まず、アリルアルコール体15の不斉閉環反応を検討した結果、不斉配位子としてはBINAPを用い、Table 1,2に示すように、溶媒としては1,2-ジクロロエタンを用いた場合に最も高い不斉収率で閉環体16が得られることが分かった。

図表Table1.Catalytic Asymmetric Cyclization with Benzene as Solvent / Table2.Catalytic Asymmtric Cyclization with ClCH2CH2Cl as Solvent

 しかしながら、1,2-ジクロロエタン中では、トリエノン体18が副生するためさらに最適化を行った結果、tert-ブタノールを反応系に添加することにより収率が向上することを見いだし、76%化学収率、86%不斉収率で16を得ることに成功した。1,2-ジクロロエタンとベンゼン系の溶媒とで反応の副生成物が違ってきており、その生成機構についても考察している。なお、閉環体16より共同研究者の生頼らは、(+)-vernolepin(23)の形式全合成と絶対配置の決定に成功している(Scheme4)。

Scheme4

 次に、エノン体24を基質とする不斉Heck反応を試み、この場合もアリルアルコール体15と同様の触媒系で40℃まで温度を下げても閉環反応が進行し、66%化学収率、83%不斉収率で閉環体18を得ることができた。閉環体18からはquassimarinアナログ26の中間体合成を行いトリエノン体18の有用性を示している。

Scheme5

 ジエン体27の閉環反応の検討では、化学収率は41%と若干低いものの、94%不斉収率で目的とする閉環体28を得ている。閉環体28からはステロイド類に誘導可能な中間体29の合成を行っている。

Scheme6

 以上、本研究は、アリルアルコール及びエノンをオレフィンコンポーネントとする不斉Heck反応に初めて成功し、さらに反応によって得られる官能基化されたデカリン誘導体がテルペン、ステロイド類などの有用生理活性物質に変換可能であることを示したもので、有機合成化学に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位に値する論文であると認めた。

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