学位論文要旨



No 111409
著者(漢字) 田,東桂
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,ドンジュ
標題(和) キラルリチウムアミドを用いるアキラルスルホキシド類の不斉変換反応
標題(洋) Enantioselective Deprotonation of Prochiral Thiane S-Oxides using Chiral Lithium Amides
報告番号 111409
報告番号 甲11409
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第704号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨

 近年,キラルスルホキシドを用いる不斉合成反応の有用性が注目されるに従って,新しいタイプのキラルスルホキシドを作る新方法の開発が要求されている。当教室ではキラルリチウムアミドを用いた様々な不斉反応の開発を行ってきたが,私は種々のキラルリチウムアミドを用いた対称性アキラルスルホキシドの位の不斉脱プロトン化及び不斉アルキル化による置換キラルスルホキシドの不斉合成反応の開発を目的とした研究を行った。本反応は今までの方法ではできなかった新しいタイプのキラルスルホキシドを作る方法の一つになりうる。

【無置換Thiane S-Oxideのベンジル化反応】Table 1

 初めに,無置換基の6員環スルホキシドを基質として検討した。

 溶媒はTHFが化学収率、不斉収率ともに一番良かったので以後の反応ではTHFを用いることにした。4-置換シクロヘキサノンの脱プロトン化反応で,高い不斉収率が得られる二座配位型リチウムアミド3では不斉誘起がみられなかった。Aの不斉ベンジル化反応では1〜3以外のキラルリチウムアミドを用いた場合でも不斉誘起は低かった。

【trans-4-tert-Butylthian S-oxide C の不斉変換反応】

 本反応から以下の知見が得られた。

 ・位炭素が大きくなると不斉収率が向上するが、ある以上に大きくなると低下する。

 ・N原子の隣に二級炭素を持っているリチウムアミド7の反応ではスルホキシドの絶対配置が逆になり、不斉収率も低下する。

 ・二座配位型リチウムアミド3では不斉誘起がみられない。

 今までの結果適当な大きさでしかもコンパクトなアダマンチル基とノルアダマンチルのリチウムアミド2、5の反応で比較的高い不斉誘起がみられる。

Table 2
【cis-4-tert-Butylthian S-oxide e の不斉変換反応】Table 3

 ペンタメチレンスルホキシドの不斉変換反応の結果と類似した低い不斉誘起がみられる。また、生成物のスルホキシドの絶対配置もペンタメチレンスルホキシドの生成物と一致している。

【絶対配置決定】

 不斉反応生成物Bに(S)-phenethyl isocyanateを反応させX-線結晶解析を行いBの絶対配置を決定した。

 

 また、BをPirkle法3)によりNMRで検討したところ、X-線結晶解析の結果と一致した。E,Gの相対配置は結晶性が良いスルホンまで酸化してX-線結晶解析を行い決定し、その絶対配置はPirkle法により決定した。

【不斉誘起のメカニズムに関する考察】Thiane S-Oxideの平衡

 Thiane S-Oxide Aはアキシアル型とエクアトリアル型の平衡が存在し、通常はアキシアル型がより安定なことが知られている1)。しかし本反応に用いたTHF,toluene中での平衡に関してはまだ知られてなかったので1H-NMRにより平衡定数を調べた。

Scheme 1
スルホキシドの-アニオン

 スルホキシドの-アニオンはA>B>Cの順に安定で、アキシアルスルホキシドはアキシアルプロトン、エクアトリアルスルホキシドはエクアトリアルプロトンを抜きやすいことが知られている2)

Figure 1

 本反応条件でもアキシアルスルホキシドがエクアトリアルスルホキシドより置換反応が速いことがわかった。

 

 1.trans-4-tert-Butylthian S-oxideの反応でエクアトリアルプロトンを脱プロトン化するならば6員環遷移状態を考えることが可能であり、前記の反応において比較的高い不斉誘起がみられるのはその可能性が十分考えられる。

 2.cis-4-tert-Butylthian S-oxideの反応でアキシアルプロトンを脱プロトン化するなら6員環遷移状態は構造的に無理である。前記の反応で全体的に低い不斉誘起がみられること、また生成物の絶対配置がtrans-4-tert-Butylthian S-oxideの反応生成物と逆になっているのもそのためと考えられる。

 3.pentamethylene sulfoxideの場合、アキシアルとエクアトリアルの平衡の中でアキシアル体がより安定で、しかもアキシアル体の置換反応がエクアトリアル体に比べて速いのでシス体から反応すると予想される。この反応において不斉収率がcis-4-tert-Butylthian S-oxideの反応結果と類似し、また生成物のスルホキシドの絶対配置がcis-4-tert-Butylthian S-oxideの生成物と一致することから以上のメカニズムによる説明が可能である。

【まとめ】

 以上、不斉収率は高くはないものの、ジアステレオ選択性と、収率の優れた新しいタイプのキラルスルホキシドを作ることができた。また、アキシアル、エクアトリアルスルホキシドの不斉収率、生成物の絶対配置の間にそれぞれ相関があることが明らかにされ、今後の研究の足掛かりになると考えられる。

【引用文献】1)J.B.Lambert and R.G.Keske,J.Am.Chem.Soc.,91,3429(1969).2)B.J.Hutchinson,K.K.Anderson,and A.R.Katritzky,J.Am.Chem.Soc.,91,3839(1969).3)W.H.Pirkle and S.D.Beare,J.Am.Chem.Soc.,90,6251(1968).W.H. Pirkle and T.A.Whitney, Tetrahedron Lett.,2299(1974)
審査要旨

 キラルなリチウムアミドは、様々なエナンチオ選択的不斉反応を行い得る不斉反応剤である。本研究は、キラルリチウムアミドを用いたプロキラルスルホキシドのキラルスルホキシドへの変換反応をエナンチオ選択的に行う方法の開拓に関するものである。

 スルホキシド基の位は強塩基によって脱プロトン化され、その位置をアルキル化できることが知られている。プロキラルなthiane S-oxide(A)をリチウムアミドで脱プロトン化し、ついでベンジル化すると、キラルなスルホキシド(B)が生成する。この反応をキラルなリチウムアミド(1〜3)を用いて行うと、光学純度は低いものの、Bが光学活性体として得られることが判明した。結果をTabale1に示す。

Table 1

 この反応のエナンチオ選択性の低い理由の一つは、Aが二つのコンホメーション(AeqおよびAax)をとり得るためではないかと考え、その平衡の状態をプロトンNMRを用いて検討した。結果をScheme1に示す。

Scheme 1

 基質のコンホメーションを固定するため、4-tert-butylthianeS-oxideのトランス体(D)およびシス体(F)を合成し、それぞれを同様の条件で反応させた。結果をTable2および3に示す。

図表Table 2 / Table 3

 エクアトリアルスルホキシドおよびアキシアルスルホキキシドでは、脱プロトン化は図に示すように選択性があることがしられている。。また、アキシアルスルホキシドのほうが、エクアトリアルスルホキシドよりも反応が速いことが確かめられた。したがって、本不斉反応は、脱プロトン化段階で不斉誘起が起こり、立体保持でアルキル化されていると考えられる。

 111409f03.gif

 以上、本研究は光学活性スルホキシドの新しい不斉合成法を開拓したものであり、有機合成化学に寄与するものとして、博士(薬学)に値するものと認める。

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