学位論文要旨



No 111416
著者(漢字) ホアン アルバレス ブラボー
著者(英字) JUAN ALVAREZ BRAVO
著者(カナ) ホアン アルバレス ブラボー
標題(和) 昆虫抗菌蛋白Sapecin Bの-ヘリックス部からデザインした新規合成抗微生物ペプチド
標題(洋) NOVEL SYNTHETIC ANTIMICROBIAL PEPTIDES DESIGNED FROM THE -HELIX OF SAPECIN B
報告番号 111416
報告番号 甲11416
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第711号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 三川,潮
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 今井,一洋
内容要旨

 当教室では、主にセンチニクバエ(Sarcophaga peregrina)を用いて、昆虫が、細菌感染の危機に応じて、その体内に複数の抗菌蛋白を誘導することを報告してきた。これらの抗菌蛋白のほとんどは、単独で殺菌活性を有するので、それらを改変する事により、これまでにない新しい化学療法剤として利用出来る可能性がある。

 Sapecin Bは、そのような抗菌蛋白の一つで、主にグラム陽性菌に対して殺菌的に作用する。NMR 解析により、Sapecin Bは、アミノ末端からループ部分、一つの-ヘリックス、二つの-シートの四つの構造上のモチーフから成り立つことがわかった。当教室では、これらのモチーフのうち、-ヘリックス部に対応するRSLCLLHCRLK-NH2(7R-17K)がSapecin Bに匹敵する抗菌活性を有し、Sapecin Bに比べより広い抗菌スペクトルを示すことを明らかにした(Yamada&Natori,Biochem.J.298,623-628.(1984))。そこで、私は、本研究において、この活性ペプチドを基にして、より低濃度で、しかも、より広い抗微生物活性を有するペプチドを作製し、昆虫抗菌蛋白をリードとした新しい化学療法剤の開発に道を開いた。

 まず、7R-17Kペプチドを基にして固相法により系統的にペプチドを作製し、その抗菌活性を測定した。その結果、XLXLLLLLXLX-NH2(X:R or K)が、低濃度で、しかも、グラム陽性菌のみならず、グラム陰性菌、真菌、そして原虫に対しても殺菌的に作用することがわかった。さらには、現在、院内感染で問題となっているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)をも殺菌する事がわかった。

 ところがこの種のペプチドは、アミノ及びカルボキシル末端にKまたはRがあるため、ペプチダーゼの作用を受けやすい。そこでペプチダーゼに対する抵抗性を付与する目的で、すべてD-アミノ酸で置換したKLKLLLLLKLK-NH2のD-エナンチオマーを合成した。実際この D-エナンチオマーはトリプシンに対して抵抗性を示した。このD-エナンチオマーは、もとのペプチドよりも優れた抗菌活性を示すことが判明した。またその作用の持続性をMRSAを用いて調べたところ、もとのペプチドよりも著しく強い持続性を有することがわかった。

 つぎに、私は、KLKLLLLLKLK-NH2の作用機序を明らかとした。昆虫の抗菌蛋白の多くは、細菌の細胞膜を傷害する。そこで、KLKLLLLLKLK-NH2が、大腸菌の膜リン脂質組成を模倣したリポソームを傷害するのかどうか調べた。その結果、KLKLLLLLKLK-NH2は、リポソームを傷害し、KLKLLLLLKLK-NH2がリン脂質と相互作用する性質を有することがわかった。

 そこで次に、KLKLLLLLKLK-NH2が、大腸菌膜傷害活性を有するのかどうか検討ところ、KLKLLLLLKLK-NH2は、大腸菌の外膜ならびに内膜に比較的低分子性(14kDa以下)の物質のみを透過させる選択性のあるポアを形成することがわかった。そこで、KLKLLLLLKLK-NH2の、大腸菌のATPプールとプロリンの取り込みに与える影響を調べた。大腸菌においては、ATP合成ならびにプロリンの細胞内への取り込みは、膜電位依存であることがすでに明らかにされている。その結果、大腸菌のATPプールは、KLKLLLLLKLK-NH2の処理により速やかに消失し、また、大腸菌へのプロリンの取り込みも、KLKLLLLLKLK-NH2の処理により起こらなくなった。これらの結果は、KLKLLLLLKLK-NH2の作用機序が膜傷害によることを示唆している。

 モデル実験として、MRSAに感染したマウスに、KLKLLLLLKLK-NH2もしくは、その D-エナンチオマーを投与し、その効果を調べたところ、両者共に著しい効果が認められた。

 これらの結果は、昆虫の持つ抗菌蛋白を改変して、有用な化学療法剤を得るという昆虫機能の薬学的応用への新しい道を開いた。

審査要旨

 センチニクバエが産生する抗菌蛋白の一つザーペシンBは、アミノ酸34個からなるが、7番から17番までの11個のアミノ酸はヘリックスを形成しており、この部分がザーペシンBの抗菌活性を担っていることが分かっている。

 この研究では、この11個のアミノ酸から成るペプタイドのアミノ酸配列を種々変換し、より活性の強いペプタイドの取得を試みた。その結果、KLKLLLLLKLK-NH2(以後L-KLKと略す)がグラム陰性菌、グラム陽性菌およびある種の真菌に対して強い殺菌効果を示すことを見出した。このペプチドの両端にはKLKというモチーフがあるが、この部分をHKH、KKまたはKに変えると活性は消失した。したがって、殺菌活性には単に陽性の電荷が必要であるのではなく、KLKというモチーフが必要であることが分かった。このモチーフの中のLはV、F、Iといった他の疎水性アミノ酸で代替出来ることも明らかになった。また、L-KLKはプロテアーゼの作用を受けて容易に分解するが、そのD-エナンチマー(D-KLK)はL-KLKと全く同様の抗菌活性を持ち、しかも持続的に菌の成長を抑えることが分かった。

 大腸菌にL-KLKまたはD-KLKを与えると、(1)アルカリ性フォスファターゼやガラクトシダーゼの基質であるPNPPやONPGのよな低分子物質の透過性が増大し、(2)ATP合成は直ちに停止し、(3)プロリンの能動輸送が直ちに停止することが明らかになった。これらの結果は、このペプチドの作用点は大腸菌の膜で、膜に小孔を形成し電気化学的なポテンシャルを消失させることを示唆している。

 一方、羊の赤血球にこのペプチドを作用させても溶血は起こらなかった。したがって、哺乳動物の細胞はこのペプチドに対して耐性を示すものと考えられた。そこで、このペプチドの抗菌物質としての有用性をテストする目的で、MRSA感染マウスの感染症発症阻止試験を行った。マウスにサイクロフォスフアミドを投与して免疫を抑制した後、MRSAを静注した。15分後に100gのペプチドを投与し、経過を観察した。生理食塩水投与群(一群8匹)では2日後に100%死亡したが、ペプチド投与群では7日後でも80%以上が生存しており、このペプチドの有用性が明らかになった。L-KLKもD-KLKも殆ど同様の効果を示した。

 以上この研究は、センチニクバエの抗菌蛋白ザーペシンBの一部を切り出し、改変する事により有用な抗菌ペプチドの作出に成功したもので、高分子抗菌性蛋白の低分子化に道を開いた。本研究は、化学療法剤学、微生物学の進展に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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