学位論文要旨



No 111420
著者(漢字) 熊谷,由美
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,ユミ
標題(和) 大腸菌II型DNAトポイソメラーゼに関する研究 : DNAジャイレースのts性変異株及びトポイソメラーゼIVの薬剤耐性変異株の解析
標題(洋)
報告番号 111420
報告番号 甲11420
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第715号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 助教授 榎本,武美
 東京大学 助教授 北,潔
内容要旨

 II型トポイソメラーゼは二本鎖DNAの一時的な切断及び再結合によってDNAのトポロジーを変換する酵素である。この酵素は生育に必須で、DNAの超らせん構造の維持、染色体の複製及び分配、遺伝子発現、組換えなどの過程に関与している。大腸菌に於いてはDNAジャイレース、トポイソメラーゼIV(トポIV)の二種類のII型トポイソメラーゼが知られており、それぞれGyrAとGyrB、ParCとParEという2つのサブユニットからなってる。

 II型トポの阻害剤は抗菌剤、抗癌剤として広く利用されている。細菌のII型トポに対する阻害剤はクマリン系とキノロン系の抗生物質があり、DNAジャイレースに於いては、クマリン系はGyrBサブユニットに作用してその機能を阻害し、キノロン系は主としてGyrAサブユニットに作用すると考えられている。クマリン系抗生物質が作用するGyrBサブユニットは、DNAジャイレースのATPase活性に関与しているが、その変異株の解析はまだ少ない。本研究ではまずGyrBサブユニットの機能についての知見を得るために、gyrBtsE変異株の解析を行なった。

 一方、キノロン系の抗生物質は、DNAジャイレースの反応中間体(cleavable complex)を形成した段階で反応を阻害することにより抗菌作用を発現すると言われ、クマリン系の抗生物質に比べて低い濃度で抗菌作用を示すことから、臨床的に広く用いられている。これまでキノロンに耐性になる変異株のほとんどがDNAジャイレースの変異株であったことから、キノロンの標的はDNAジャイレースであると考えられてきた。ところが近年もう一つのII型トポであるトポIVが発見され、in vitroではトポIVもキノロンにより活性が阻害されることが明らかになった。トポIVはDNAジャイレースに比べてキノロンに対する感受性が低いために、キノロン耐性変異株としてのトポIVの変異株が単離されてこなかったと考えられる。in vivoに於いてもトポIVがキノロンの標的になっているかどうかは、キノロン耐性菌が多く出現しているので臨床的に大きな問題となっている。又、基礎的な面でもキノロンのトポIVに対する阻害機構という点で興味が持たれてきた。そこで本研究ではキノロンのトポIVに対するin vivoの作用を調べるために、トポIVのキノロン耐性変異株の単離を試み、その変異株についての解析を行なった。

I.DNAジャイレースBサブユニットのts変異株の解析(結果と考察)

 クマリン系抗生物質に耐性でかつts性を示す2株(LE316,RM102)、及びPar表現型(高温で染色体の分離に異常が見られる)を示す2株(W3110gyrB110,W3110gyrB946)について解析を行なった。

 1)gyrBts変異株の表現型及び変異部位の解析

 gyrBts変異株を高温で培養し細胞をDAPIで染色して調べた結果、4株とも染色体の分離が異常になった。又、変異部位は4株ともN末側のATPase活性に関与する領域にあった。さらに4株とも高温ではin vivoでのスーパーコイリング活性が低下していた。このことから、ts変異株ではATPase活性部位の変異によってDNAジャイレースのスーパーコイリング活性が低下し、DNA複製時のDNAのねじれを充分解消できず、DNAの絡まりが多くなるために、Par表現型を示すと考えられる。

 2)gyrBts変異株のGyrBタンパク量についての解析

 スーパーコイリング活性が低下する原因については、変異の起きている位置からタンパク質の活性が変化していることが考えられるが、本研究ではタンパク量の変化についても検討を加えた。まず、変異株を高温で培養したときのGyrBタンパク質の量をWestern-blotting法により調べたところ、W3110gyrB110株では低温で培養したときに比べて1/3に減少していたが、他の3株ではほとんど変化がなかった。

 DNAジャイレースの合成量については、鋳型となるDNAの超らせん密度に依存することが知られている。つまり、DNAジャイレースのスーパーコイリング活性が低下し、鋳型DNAが弛緩すると合成量が増大するという、自身の活性の低下を相補する機構が存在すると言われている。実際、野生株にクマリン系阻害剤であるノボビオシンを作用させると、スーパーコイリング活性が低下し、GyrBタンパクの合成量は増大することがわかった。これに対して、ts変異株に於てはスーパーコイリング活性が低下しているにも拘わらず、総タンパク量が上昇していない。そこで高温で培養したときの合成量の変化をPulse-label法により調べた。すると、高温では合成量が増大することが示された(Fig.1 lane1,3,5,7)。さらに高温で合成されたGyrBタンパク質の安定性をPulse-chase-label法により調べると、高温では不安定になっていることが明らかとなった(Fig.1 lane3,4,7,8)。従って、細胞内のGyrB総タンパク量が増大しないのは、合成量は上昇するが、不安定であり分解されてしまう為であると考えられる。

Fig.1Synthesis rate of GyrB protein is increased and GyrBts protein is unstable

 以上の結果から、変異株がts性を示すのは、変異によりDNAジャイレースの比活性が低下することに加えて、変異GyrBタンパク質の不安定性により比活性の低下を合成量の増加により相補するという調節機構が機能しないためであることが明らかになった。

II.トポイソメラーゼIVのキノロン耐性変異株の単離と解析

 DNAジャイレースとトポIVのキノロンに対する感受性の違いから、大腸菌野生株では、DNAジャイレースがキノロンの主な標的になっているが、DNAジャイレースのキノロン耐性変異株では、トポIVが標的になっていると考え、DNAジャイレースのキノロン耐性変異株を利用して、さらに高度に耐性になった変異株の単離を試みた。

(方法)

 DNAジャイレースの耐性変異株の多くはGyrAサブユニットの変異であるので、GyrAサブユニットと相同性のあるParCサブユニットの変異株を単離した。ParCサブユニットの変異株を効率良く得るために、Fig.2に示すようなプラスミドシャッフリング法を用いた。gyrAのキノロン耐性変異株に野生型parC遺伝子を含むミニFプラスミドを導入し、この株の染色体上にあるparC遺伝子を破壊した。この株に、PCR法によりランダムに変異を導入したparC遺伝子を含むミニFプラスミドを導入して、前のプラスミドと置換し、キノロンに高度に耐性になったparC変異株を単離した。

Fig.2 Strategy for isolation of quinolone resistant topoIV mutants
(結果と考察)

 上記の方法により、キノロンに高度に耐性になった変異株が10株得られた(Table 1)。又、parCのキノロン耐性変異株に野生型parC遺伝子を含むプラスミドを導入すると、耐性度が下がった(Table 2(1))。この現象は野生型parC遺伝子のコピー数によってほとんど影響を受けなかった(Table 2(2))。

Table 1 Quinolone resistant mutants

 このことから野生型parC遺伝子は変異型parC遺伝子に対して優性であることが分かる。この現象はキノロン耐性変異株の中でparC遺伝子の変異によるものを見分けるのに大変有効であり、実際にキノロン耐性を示す臨床分離株の中にparC遺伝子の変異によるものを見いだした。また逆にキノロン耐性のparC遺伝子を含む多コピープラスミドをparC野生株に導入すると、耐性が上がることがわかった(Table 2(3))。

Table 2 parC+ gene is dominant to parCr gene

 次に9株のキノロン耐性parC変異株のparC遺伝子の変異部位を決定したところ、8株が、gyrA遺伝子のキノロン耐性変異に対応した位置に変異が起きていた(FIG.3)。従って、キノロンとの相互作用に関して、DNAジャイレースとトボIVの相同性が示唆された。

Fig.3 Mutation sites of quinolone resistant mutants

 以上の結果から、トポIVもDNAジャイレースと同様にin vivoに於いても、キノロンの標的になっていることが明らかとなった。そこで、大腸菌の野生株を用いてDNAジャイレースをキノロンの標的にした時、及びキノロン耐性gyrA変異株を用いてトポIVをキノロンの標的にした時の染色体像を観察してみた。すると、両方とも高濃度のキノロンを作用させた時には、染色体の複製が停止した像が観察されたが、それより低濃度では染色体の分離が異常になった様子が観察された。従って、キノロンは低濃度ではDNAの二重鎖切断を起こすというよりは、DNAジャイレースあるいはトポIVの活性を阻害している可能性が示唆された。

<まとめ>

 クマリン系抗生物質の標的であるGyrBサブユニットのts変異株を解析した結果、ts性を示す原因が単にDNAジャイレースの比活性の低下だけではなく、変異GyrBタンパク質の不安定さのために活性の低下を相補する調節機構が働かないことの両方にあることが示唆された。又、トポIVもDNAジャイレースと同様にキノロン系抗生物質の標的になっていることが本研究より明らかになり、実際に臨床分離株のなかにもトポIV変異株が存在した。さらに低濃度のキノロンにより染色体の分離が異常になった像が観察され、低濃度ではDNAの二重鎖切断を起こすというよりはII型トポの活性を阻害している可能性が示唆された。これまでキノロン系抗生物質の標的としてDNAジャイレースだけが考えられてきたが、本研究によりトポIVも標的であることが示されたことの意義は臨床面で大変大きい。又基礎的な面でも阻害剤を用いたトポIVの機能を明かにする手掛かりが得られたと思われる。(3970字)

審査要旨

 II型トポイソメラーゼは生育に必須な酵素で、二本鎖DNAの切断及び再結合によってDNAのトポロジーを変換する酵素である。大腸菌に於いてはDNAジャイレース、トポIVの二種類のII型トポイソメラーゼが知られており、それぞれGyrAとGyrB、ParCとParEという2つのサブユニットからなっている。

 細菌のII型トポに対する阻害剤はクマリン系とキノロン系の抗生物質があり、このうちクマリン系抗生物質はDNAジャイレースのGyrBサブユニットに作用してその機能を阻害するといわれている。GyrBサブユニットは、DNAジャイレースのATPase活性に関与しているが、その機能の解析はまだあまりなされていない。本研究ではまずGyrBサブユニットの機能についての知見を得るために、クマリン系抗生物質に耐性を示す2株を含む4株のgyrBts変異株の解析を行なった。

 ts変異株を高温で培養すると4株とも染色体の分離が異常になるPar表現型を示した。そこで、Par表現型を示す要因についてDNAジャイレースのin vivoに於ける活性の変化とタンパク量の変化という観点から調べた。その結果、変異部位は4株ともN末側のATPase活性部位にあり、又、高温ではin vivoに於けるスーパーコイリング活性は低下していた。更に、高温でGyrBタンパク質が不安定で分解されやすいことが明らかになった。従って、本研究で解析したgyrBts変異株がPar表現型を示す要因は、スーパーコイリング活性が低下したことと、タンパク質が不安定であることの両方であることが示唆された。

 さらにII型トポを阻害するもう一方の抗生物質であるキノロンについては、その標的がDNAジャイレースであることは明らかになっているが、もう一つのII型トポであるトポIVもキノロンの標的になっているかどうかは、明らかではなかった。そこで本研究ではDNAジャイレースのキノロン耐性変異株を利用して、さらに高度に耐性になった変異株を単離した。この変異株がトポIVの変異株であることを明らかにし、さらに高度にキノロン耐性になった臨床分離株の中にもトポIVの変異株があることを見いだした。このことから、トポIVもキノロンの標的になっていることが明らかになり、臨床的に意義のある結果が得られた。

 本研究は、DNAジャイレースのGyrBサブユニットの機能を変異部位と関連づけて明らかにしたもので、DNAジャイレースの構造と機能の問題の解明へ向けて一歩前進させた。又、トポイソメラーゼIVもキノロンの標的になっていることを示すことに成功し、分子生物学、微生物学の分野に於いて貢献するものと評価された。以上により、本論文は博士(薬学)の学位を受けるに充分であると判定した。

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