学位論文要旨



No 111422
著者(漢字) 清水,初志
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ハツシ
標題(和) 大腸菌における非相同的組換え機構の解明 : DNAジャイレースの関与を中心として
標題(洋)
報告番号 111422
報告番号 甲11422
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第717号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 榎本,武美
内容要旨

 遺伝的組換えは、相同的組換え、非相同的組換え、部位特異的組換えに分類される。そのうち、非相同的組換えは、染色体の欠失、置換、逆位、重複、転座などの染色体構造の大きな変化の原因となる組換えとして注目されてきたが、その分子レベルでの解析は、相同的組換えの解析に比べ大きく遅れている。その主な原因として、非相同的組換えを定量的に検出するための遺伝学的な系が確立されていないことが挙げられる。DNAジャイレースは、大腸菌に存在するII型トポイソメラーゼ(DNAに二本鎖切断を入れてトポロジーを変化させる酵素)であるが、当研究室において既に、in vitroの系でDNAジャイレースが非相同的組換えに関与していることが見いだされている。私は、非相同的組換えの機構を更に明らかにするために、非相同的組換えを効率よく検出する新たなin vivo系を確立し、この系を用いて非相同的組換えとDNAジャイレースとの関係について解析を行った。

1.非相同的組換えを検出する系(Spi-アッセイ)の確立

 溶原化したファージが誘発される際、通常はプロファージ両端に位置するattにおける部位特異的組換えによってファージDNAの切り出しが起こる。しかしごく低頻度で、att以外の部位での非相同的組換えによるファージDNAの切り出しも起こる。その結果、プロファージ座近傍の大腸菌のgal遺伝子(ガラクトース代謝遺伝子)又はbio遺伝子(ビオチン合成遺伝子)をゲノム内に取り込んだ、特殊形質導入ファージgal又はbioが形成される。ここで、非相同的組換えの指標としてのbioの形成頻度を、大腸菌がbioファージによって形質転換される頻度を指標に測定すると、docなどの非相同的組換えによって生じたものでないファージの形成頻度も加算されてしまい信頼性に乏しい。

 ファージはP2ファージ溶原菌を宿主として増殖できない。この性質は「Spi」(sensitive to P2 interferenceの略)といわれる。しかし例外的にred--はP2ファージ溶原菌を宿主として増殖できる(Spi-)。ファージが溶原化した野生株を様々な条件で誘発して得た多数のspi-株を単離しゲノム構造を調べたところ、ほとんど全ての株がbio遺伝子をゲノム内に取り込んでおり、またattPの代りにattRを含んでいた。このことから、bioの形成頻度を調べる代わりにSpi-の形成頻度を調べることによって、非相同的組換え頻度が正確に測定できることが明らかになった(Spi-アッセイ)。

2.オキソリニン酸による非相同的組換え頻度の顕著な上昇

 オキソリニン酸はDNAジャイレースAサブユニットの阻害剤であり、ジャイレースによるDNAの切断/再結合反応の過程において、ジャイレースによってDNAが二本鎖切断を受けた状態での複合体(Cleavable Complex)の形成を促進すると考えられている。当研究室は、in vitroの系でオキソリニン酸が非相同的組換え頻度を上昇させることを示し、DNAジャイレースが非相同的組換えに関与していることを提唱している。私は、in vivoにおいても同様に、DNAジャイレースが非相同的組換えに関与しているか否かを知るために、オキソリニン酸存在下で溶原菌を熱誘発し、正常なファージに対するSpi-ファージの形成頻度を調べた。その結果、オキソリニン酸存在下では非存在下に比べて、Spi-ファージの形成頻度が1000倍以上上昇することを見いだした。(表1)

表1 オキソリニン酸によるSpi-ファージの形成

 この上昇はオキソリニン酸耐性株では観察されないことから、オキソリニン酸の非相同的組換えを促進する効果は、DNAジャイレースへの直接作用によることが確認された。また、recA変異株においても野生株と同様のオキソリニン酸による非相同的組換えの促進がみられたことから、組換えの促進は、相同的組換え機構、SOS機構に依存しないことが確認された。更に、オキソリニン酸によって生じた組換え体のPCR法による構造解析及び組換え部位の塩基配列の決定を行ったところ、組換え部位はランダムに分散していたが、約30%の組換え体は特定の部位(組換えのホットスポット)で組換えが起こり生じたものであることが判明した。なお、誘発時にオキソリニン酸を添加しない条件下で形成された組換え体にも、高頻度で同一のホットスポットが見いだされた。

 組換えのホットスポット付近には、ジャイレースによって強い切断を受ける部位のコンセンサス配列が存在したので、in vitroにおいて、ジャイレースがホットスポット付近でDNAを切断するかどうか調べた。大腸菌bio遺伝子及びファージゲノムのそれぞれについて、組換えのホットスポットの周囲500塩基にわたってDNAを単離した。この断片を末端標識し、オキソリニン酸存在下でジャイレースの精製標品と反応させ、SDS処理、プロテネース処理を行った後、ポリアクリルアミド電気泳動によって、DNAの切断部位を同定した。その結果、ジャイレースは、大腸菌bio遺伝子及びファージゲノムをホットスポット付近で切断すること、特にbio遺伝子上のホットスポットは極めて強い切断を受けることが明らかになった(図1)。

図1 組換えのホットスポットにおけるジャイレースによるDNAの切断
3.非相同的組換えが顕著に増加したジャイレース変異株の分離

 更に私は、DNAジャイレースが非相同組換えに関与していることを確認するために、Aサブユニット遺伝子(gyrA)変異株のうち、高頻度で非相同組換えが誘起される株を探索した。PCR増幅によってランダムに変異を導入したgyrA遺伝子を組込んだminiFプラスミド(コピー数は1に保たれている)を、gyrA遺伝子欠損株に導入して温度感受性変異株を得た。これらの温度感受性株のminiFプラスミドをgyrA遺伝子が欠損したファージ溶原菌に導入した株を用いてSpi-アッセイを行い、非相同組換頻度が約30倍上昇している株を得た。

4.DNAの損傷によって誘発される非相同的組換え

 紫外線照射等のDNAの損傷が、染色体構造の変化を引き起こすことが知られているが、その詳細な機構は未解明である。私は、Spi-アッセイによってDNAの損傷による遺伝子構造の変化を検出することを試みた。紫外線を照射した溶原菌におけるSpi-ファージの形成頻度を調べると、紫外線照射を行わないときに比べで、1000倍以上上昇することを見いだした。更に、ニトロソグアニジン等のDNA損傷性薬剤処理によっても,紫外線と同様のSpi-ファージの形成頻度の上昇がみられた。このことから、Spi-アッセイによって、DNAの損傷による遺伝子構造の変化を敏感に検出できることが明らかになった。なお、recA変異株においても野生株と同様のDNAの損傷による非相同的組換えの促進がみられた。

 更に、DNAの損傷によって誘発される非相同的組換えとDNAジャイレースとの関係について、遺伝学的解析を行った。紫外線を照射したジャイレースAサブユニットまたはBサブユニットの温度感受性変異株において、Spi-ファージの形成頻度を調べたところ、両者とも野生株に比べて約1/10になっていた。(表2)

表2 紫外線で誘発されるSpi-ファージ形成にジャイレース変異が与える影響

 また、同様の実験において、Aサブユニット及びBサブユニットの過剰生産株は、野生株、1つのサブユニットのみの過剰生産株に比べて、有意に高いSpi-ファージの形成頻度を示した。更に、Bサブユニットの阻害剤であるクママイシン存在下で熱誘発すると、クママイシン処理を行わない場合に比べて、有意に低いSpi-ファージの形成頻度を示した。これらの解析から、DNAジャイレースがDNAの損傷によって誘発される非相同的組換えにも関与していることが示唆された。

<まとめと考察>

 非相同的組換えを定量的に検出できるSpi-アッセイを確立した。この系において、ジャイレースAサブユニットの阻害剤であるオキソリニン酸存在下で非相同的組換え頻度が顕著に上昇し、組換えのホットスポット付近でジャーレースによるDNAのin vitro切断が起こったこと、また、この系を利用してジャイレースAサブユニットの変異株の中から非相同的組換え頻度が顕著に高い株が単離されたことから、DNAジャイレースが非相同的組換えに直接関与していることが推定される。更に、Spi-アッセイによって、DNAの損傷によって誘発される非相同的組換えにおいてもDNAジャイレースが関与していることが示唆された。

審査要旨

 非相同的組換えは、染色体の欠失、置換、逆位、重複、転座などの、染色体構造の大きな変化の原因となる組換えとして注目されてきたが、その分子レベルでの解析は、相同的組換えの解析に比べて大きく遅れている。その主な原因として、非相同的組換えを定量的に検出するための遺伝学的な系が確立されていないことがあげられる。DNAジャイレースは、大腸菌に存在するII型トポイソメラーゼであるが、既に、in vivoの系で、DNAジャイレースが非相同的組換えに関与していることが見いだされている。本研究においては非相同的組換えを効率よく検出する新たなin vivo系を確立し、この系を用いて非相同的組換えとDNAジャイレースとの関係について、解析を行った。

 溶原化したファージが誘発される際、正常なファージに混ざって、非相同的組換えによって切り出されたごく少数のSpi ファージが生成する。このSpi ファージは、特殊な指示菌の上でプラークを形成するので、容易に検出することができる。単離したSpi ファージの構造を多数調べたところ、ほとんど全ての株がプロファージ座近傍の大腸菌染色体をゲノム内に取り込んでおり、非相同的組換えによって生じたことが確認され、Spi ファージの形成頻度を調べることで、非相同的組換え頻度を測定する系(Spi アッセイ)が確立した。

 Spi アッセイを利用して、DNAジャイレースAサブユニット阻害剤であるオキソリン酸存在下で、非相同的組換え頻度が顕著に上昇することが見いだされ、この組換えにDNAジャイレースが関与していることが、遺伝学的に証明された。更に、オキソリン酸存在下での非相同的組換えによって形成されたファージの組換え部位に、DNAジャイレースによるDNA切断のコンセンサス配列が存在することが見いだされた。

 また、Spi-アッセイを利用して、ジャイレースAサブユニット遺伝子に変異を導入した変異株のうち、細胞内の非相同的組換え頻度が顕著に上昇している株を単離した。これらのことから、DNAジャイレースが非相同的組換えに関与していることがin vivoで明らかになった。

 本研究においては、非相同的組換えを高感度で検出できる新たな系を開発し、この系を用いて、in vivoにおいて、非相同的組換えにDNAジャイレースが関与していることを様々な観点から裏付け、分子遺伝学、分子生物学の分野の進展に貢献したと評価された。以上により、本論文は博士(薬学)の学位を受けるに充分であると判断された。

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