学位論文要旨



No 111424
著者(漢字) 舘林,和夫
著者(英字)
著者(カナ) タテバヤシ,カズオ
標題(和) 分裂酵母S.pombeにおける非相同的組み込み機構の研究 : DNA修復遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 111424
報告番号 甲11424
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第719号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 助教授 北,潔
 東京大学 講師 久保,健雄
内容要旨

 非相同的組換えは、染色体上の相同性がほとんどない部位の間で起こる遺伝的組換えであり、DNAの欠失、重複、挿入などをひきおこすことが知られている。このDNAの再編成が染色体構造に大きな変化をもたらす場合があり、例えば、癌化した細胞でしばしば観察される染色体異常の原因の一つとも考えられている。一方進化という面では、遺伝情報の再編成を通じ、生物は新たな遺伝形質を獲得する可能性を得ることになる。この非相同的組換えは特に動物細胞においてはかなり高い頻度で起こることが知られている。例えば、遺伝子ターゲティングでは、細胞内に導入したDNAが染色体の非相同な部位に高頻度で組み込まれてしまうため、遺伝子を改変する際の大きな障害となっている。細胞に導入したDNAが染色体に非相同的に組み込まれる機構については、関与する因子を含めてほとんど明らかになっていない。本研究では、真核生物の非相同的組換えの機構を明らかにするために、遺伝学的解析が容易な分裂酵母を用いて、遺伝子ターゲティングのモデル系を作製し、非相同的組み込み機構についての解析を行なった。

I.非相同的組換え体の構造解析-組換え部位の塩基配列の決定

 導入したDNAが染色体に非相同的組換えにより組み込まれた非相同的組換え体は、遺伝子ターゲティングのモデル系を使って効率良く定量的に検出することができる。この系はまず標的となるleul+遺伝子を選択マーカーのura4+遺伝子で破壊したDNA断片を、ura4+遺伝子が完全に欠失した株に導入する。そして組換えにより安定にUra+となった細胞のうち、相同的組換えによりleul+遺伝子が破壊されLeu-となったものを相同的組換え体、非相同的組換えによりleul+遺伝子が保持されているものを非相同的組換え体と判定する(Fig.1)。導入したDNAがどのように染色体に組み込まれるのかを明らかにするため、得られた非相同的組換え体の組換え部位の塩基配列を、3つのクローンについて決定した(Fig.2)。組換え部位には、導入したDNAと染色体との間に相同性は認められず起こった組換えは、非相同的組換えであることが確かめられた。大変興味深い組換え体の特徴として、導入されたDNAでは、DNA末端の両端からおよそ50-160bpの欠失がみられたのに対し、染色体の組み込み部位には、欠失がほとんど存在しないことがあげられる。この結果は、非相同的組み込みは、導入したDNAの両端で2回の独立した組換えによって起きたではなく、染色体の一箇所に挿入される形で組み込まれた可能性を示している。こうした特徴から、非相同的組み込みの機構として、構造の異なるDNA末端どうしを結合させるEnd Joiningに働く蛋白質が組み込みに関与するモデルが考えられた(Fig.3)。これまで動物細胞などではEnd Joining活性がin vivo、in vitroともに検出されている。このモデルでは、End Joining蛋白質が染色体に生じた二重鎖切断部位と導入したDNAの末端に結合し、蛋白質どうしの相互作用などを介してDNA末端が繋がり、染色体の組換え部位に欠失を生じない組み込みが起こると考える。

Fig.1 遺伝子ターゲティングにおける組換え左は相同的組換えにより標的遺伝子が破壊された図 右は非相同的組換えにより非相同部位に組み込まれた図Fig.2 非相同的組換え体の組換え部位の塩基配列Fig.3 End Joiningモデル
II.rad21遺伝子産物の非相同的組み込みへの関与とEnd Joining反応による二重鎖切断修復

 End JoiningモデルにおけるEnd Joining蛋白質の生体内における機能については、その性質からDNAの修復に働いている可能性が考えられた。染色体に生じた二重鎖切断は、相同的組換えによって修復されることがよく知られているが、End Joining蛋白質は、二重鎖切断部位を再結合させることで修復に関与しているかも知れない。そこで、DNA修復に関わる遺伝子産物の非相同的組み込みにも関与している可能性について調べた。

(1)rad21遺伝子産物の非相同的組み込みへの関与(i)rad21突然変異株における非相同的組換え頻度の低下

 まず種々のDNA修復遺伝子(rad、swi)の突然変異株において非相同的組換えを調べるために、上述したアッセイ系を用いて、全組換え体に占める非相同的組換えの割合を測定した。その結果、swi10、rad21、rad11、rad8の4つの突然変異株について、全組換え体に占める非相同的組換え体の相対的な割合が減少していることが明らかになった。このうちrad21突然変異株は、線に強い感受性を示し、また、DNAの二重鎖切断修復能に欠損があることが知られている。rad21突然変異株での非相同的組換えの相対的な割合の減少が、非相同的組換え頻度の低下と相同的組換え頻度の上昇のいずれによるのかを明らかにするために、相同的組換えに関しては形質転換効率に対する相同的組換え頻度を、非相同的組換えに関しては、染色体と全く相同性をもたないura4+遺伝子断片を導入し、その非相同的組み込みの頻度を形質転換効率で補正することで調べた。その結果、相同的組換えは野生株とほとんど変わらないのに対し、非相同的組換え頻度は野生株に比べて顕著に低下しており、rad21遺伝子産物が非相同的組み込みに関与することが明らかになった(Fig.4)。

Fig.4 rad21変異株の非相同的組換え頻度に与える影響
(ii)rad21突然変異株におけるEnd Joining活性の低下

 つぎにrad21突然変異株におけるEnd Joining活性を調べた。制限酵素消化により線状化したura4+遺伝子をもつプラスミド断片をUra-の細胞に導入し、その再環状化によってUra+となることをEnd Joiningの指標にした。すると野生株では効率よくEnd Joining反応が起きるのに対し、rad21突然変異株では野生株のおよそ1/4にEnd Joining活性が低下していた(Fig.5)。したがって、rad21遺伝子産物は、二重鎖切断をEnd Joining反応によって修復する新しい二重鎖切断修復の機構に働いていることが考えられた。さらに非相同的組み込みに関しては、おそらく染色体にできた二重鎖切断部位と導入したDNA末端とを結合させる段階で関与していることも示唆された。

Fig.5 rad21変異株のEnd Jiuningに対する影響
(2)rad8及びswi10変異株における組換え頻度

 rad21突然変異株以外に非相同的組換え頻度の相対値が低下したrad8,swi10突然変異株についても、相同的、非相同的組換え頻度をそれぞれ定量した。その結果、rad8変異株では非相同的組換え頻度が低下していること、swi10変異株ではrad21,rad8変異株とは異なり相同的組換え頻度が上昇していた。

III.分裂酵母rad6遺伝子の塩基配列の決定-出芽酵母の突然変異とDNA修復に関わるRAD18遺伝子との相同性

 rad6突然変異株は、UVや線に感受性を示すDNA修復に関する変異株である。これまでのところ、rad6変異株がDNA修復においてどのような機能を欠損しているかについて明らかになっていない。rad21変異株を用いた解析などから、相同的組換え以外にDNA末端を結合させるという形でDNAの二重鎖切断を修復する系が存在し、またこの活性が非相同的組み込みにも関与することが示唆された。この修復系に関わる因子を探索する目的で、rad6遺伝子についての解析を行なった。rad6変異株に、分裂酵母のゲノミックライブラリーを導入し、変異株の持つUVに対する感受性を回復させるクローンを得た。これについて塩基配列を決定したところ、出芽酵母の突然変異とDNA修復に関わるRad18蛋白質と相同性を有する、DNA結合モチーフをもった蛋白質をコードしていることが分かった。したがってrad6遺伝子は組換え修復や除去修復とは異なる複製後修復に働いている可能性がある。

まとめ

 私は真核生物の非相同的組換えのメカニズムを明らかにするため、分裂酵母における遺伝子ターゲティングのモデル系を用いて、得られた非相同的組換え体について、その組換え部位の塩基配列を決定し、その特徴から組み込みの機構に関してEnd Joiningモデルを提案した。

 このモデルに基づき、DNA修復に関わる突然変異株を用いて非相同的組換えへの影響を見たところ、4つの突然変異株で非相同的組換えの相対的な値が低下することが明らかになった。そのうち、rad21変異株では非相同的組換え、並びにEnd Joining活性の低下が示され、rad21遺伝子産物はDNA末端どうしを結合させる段階で非相同的組み込みに関与している可能性が示唆された。また、rad8変異株も非相同的組換え頻度が低下していること、一方、swi10変異株は相同的組換え頻度が上昇していることが分かった。さらに、解析の進んでいなかったrad6遺伝子の機能を調べるために、rad6遺伝子をクローニングし構造解析を行なった結果、突然変異に関わる修復系に働く可能性が示唆された。

 このうちrad21遺伝子産物の機能の解明は特筆すべきもので、これまで遺伝子レベルでの解析が全く行なわれていなかったEnd Joining活性と、DNA修復、非相同的組換えとの関連について解析し、非相同的組換えにrad21遺伝子産物が関与することを明らかにしたことで、非相同的組換えのメカニズムに関する理解が一歩前進した。また、rad21やrad8,swi10の変異株での組換えへの影響に関する知見は、動物細胞の遺伝子ターゲティングを改良する手掛かりとなりうる。

(文献)K.Tatebayashi,J.Kato,H.Ikeda(1994)Mol.Gen.Genct.244:111-119
審査要旨

 非相同的組換えはDNAのほとんど相同性のない部位の間で起こる遺伝的組換えであり、DNAの挿入、重複、欠失、転座などをひきおこすことが知られている。このDNAの再編成は、生物の進化にも関係するが、その一方で、癌化した細胞で見られる染色体異常の原因の一つとしても考えられるなど、生物の生存に対して潜在的な危険性もはらんでいる。また、動物細胞においては、導入したDNAが非相同的組換えによりランダムに組み込まれてしまい、遺伝子ターゲティングを困難にしている。

 真核生物の非相同的組換えの機構を明らかにするため、分裂酵母における遺伝子ターゲティングのモデル系を作製し、導入したDNAが染色体に組み込まれた非相同的組換え体を効率よく検出することを可能にした。得られた非相同的組換え体についてその組換え部位の塩基配列を決定したところ、染色体の組換え部位では欠失がほとんど起こらないことを見いだした。この特徴から、非相同的組み込みの特徴として、構造の異なるDNA末端どうしを結合させるEnd Joining蛋白質が働くという新しいモデルを提案した。

 このモデルに基づき、DNA修復に関わる突然変異株を用いて、各変異の非相同的組換えへの影響を調べたところ、4つの突然変異株(rad8,rad11,rad21,swi10)で非相同的組換え頻度の相対的な低下が明らかになった。そのうち、rad21突然変異株では非相同的組換え頻度、並びにEnd Joining活性の低下が示され、rad21遺伝子産物はDNA末端どうしを結合させる段階で非相同的組み込みに関与している可能性が示唆された。この結果は、End Joiningモデルを支持するもので、このモデルの確立の基盤となるものである。また、従来からいわれている組換え修復(相同的組換えを介した修復)とは異なる新しいタイプの修復が存在することを示唆するものであり、重要な知見である。

 さらにこれまで解析の進んでいなかった分裂酵母のDNA修復遺伝子であるrad6遺伝子の機能を調べるために、rad6遺伝子をクローニングしその塩基配列を決定した。その結果、rad6遺伝子がコードする蛋白質は、出芽酵母の突然変異に関わる修復系に属するRad18蛋白質と相同であることが明らかになった。

 本研究では、分裂酵母の非相同的なDNAの組み込みの機構を解析し、End Joiningモデルという新しいモデルを提案し、さらに遺伝学的解析からこのモデルの正しさを裏付ける証拠を得た。さらにこの組み込みに関与する遺伝子rad21に関する結果は、新しいDNA修復系の存在を示唆した。以上の点で分子遺伝学、分子生物学の分野の進展に貢献したと評価される。以上により本論文は博士(薬学)の学位を受けるに充分であると判定された。

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