学位論文要旨



No 111426
著者(漢字) 中川,秀彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,ヒデヒコ
標題(和) 新規な芳香族アミノ酸TIQ型閉環体の検出と薬理活性の検討
標題(洋)
報告番号 111426
報告番号 甲11426
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第721号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣部,雅昭
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 三川,潮
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 助教授 太田,茂
内容要旨

 生体アミンである1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline(TIQ)、1-methyl TIQ(1MeTIQ)は、それぞれパーキンソン病発症、防御物質候補として注目されている化合物である。このうち1MeTIQは、2-phenylethylamineが生体内でacetaldehydeと縮合閉環し生成する(TIQ型閉環反応)ことが当教室で既に示唆されている。このような反応は、epinephrine、norepinephrineについてacetaldehydeを灌流した副腎でTIQ誘導体と考えられる化合物の生成が見られた例や、L-DOPA投与したパーキンソン病患者尿でTIQ誘導体であるsalsolinolが検出された例などでも示唆されている。また、生体内成分ではないamphetamineについても同様な反応による生成物が当教室で見いだされている。これらに共通する構造的特徴はフェネチルアミン骨格を有することであり、他のフェネチルアミン誘導体についても、生体内でTIQ誘導体へと変換される可能性が考えられる。

 一方、これらTIQ誘導体のうちsalsolinolにはMAO-A阻害活性が、amphetamineの閉環体の1つである1,3-dimethyl TIQには運動機能の低下を伴う行動異常を引き起こす作用が報告されている。これらの作用は前述の反応で考えられるそれぞれの母化合物には見られない活性であり、フェネチルアミン骨格を有する化合物が、TIQ誘導体へと変換することで新たな活性を発現する可能性を示している。

 これらの例から、「フェネチルアミン骨格を有する化合物は、C1あるいはC2ユニットと縮合閉環して対応するTIQ誘導体となり母化合物とは大きく活性が変化する」と仮定した。これに基づき、筆者は修士課程で3,4-methylenedioxy amphetamine(MDA)について、これを腹腔内投与したラット脳からTIQ型閉環体を検出し、この化合物がMDAと異なり自発的運動量を低下させる作用を有することを示した。また、MDAのTIQ型閉環反応に立体選択性のあることを示した。そこでさらに他のフェネチルアミン類について検討を加えることとし、芳香族アミノ酸に着目した。芳香族アミノ酸は代表的な内在性フェネチルアミン誘導体であり、生体内にこれらのTIQ型閉環体が存在している可能性が考えられる。さらに、芳香族アミノ酸の代謝の一つとしてTIQ型閉環反応が起こるとすればこれによる活性の変化は興味深い。

Proposed scheme of cyclization of aromatic L-amino acid芳香族アミノ酸のTIQ型閉環体の合成

 芳香族アミノ酸のTIQ型閉環体(TIC類)として、phenylalanine、tyrosine、DOPAのTIQ型閉環体(それぞれTIC、HTIC、DHTIC)を合成した。また、DHTICの二個のhydroxyl基のうちそれぞれ一方がO-methyl化された化合物(MHTIC、HMTIC)、HTICのO-methyl体(MTIC)を合成した。また、histidineの同様な閉環体(spinacine)を合成した。

TIC類の抽出および検出条件についての検討

 芳香族アミノ酸TIQ型閉環体の生体試料からの抽出についてはアミノ酸の精製に一般的に用いられているイオン交換樹脂を用いた抽出法を行った。この際、強酸性イオン交換樹脂を用いると樹脂に吸着後溶出する際pHを大きくする必要があり、芳香環に水酸基を有するTIQ誘導体では溶出時に分解する可能性も考えられる。そこで、カテコール骨格を有するアミノ酸salsolinol-1-carboxylic acidの抽出を行ったCollinsらの方法を参考に官能基としてcarboxyl基を有する弱酸性イオン交換樹脂を用い、吸着後pH6.5のbufferを流すことでアミノ酸成分を溶出することとした。検出は、目的化合物に対する選択性の高い検出を目指し、GC/SIM法による目的化合物のフラグメントイオンの検出による同定と定量を行った。この際、芳香族アミノ酸TIQ型閉環体は気化しにくく、GCを用いた分析には適さないため、試料を誘導化した後分析を行った。誘導化に関しては、アミノ酸のcarboxyl基をhexafluoroisopropyl alcoholでエステル化し更にamino基をperfluoropropionic anhydrideでアミド化するHFIP-PFP法、amino基のみをperfluoropropionic anhydrideでアミド化するPFP法、amino基のみをheptafluorobutyric anhydrideでアミド化するHFB法を検討したが、GC/MSを用いた化学イオン化陰イオン検出法による分子イオンピークの測定で、HFIP-PFP法ではcarboxyl基のエステル化が進行していないと考えられ、またPFPよりも分子量の大きいHFB化体でピークの良好な分離と夾雑ピークの減少が見られたためHFB法を用いて検出を行うこととした。

ラット脳内TIC類の検出

 生体内における芳香族アミノ酸のTIQ型閉環体の存在を検討するため、前述の方法を用い、ラット脳を試料として先に合成した芳香族アミノ酸5種について検出定量を行った。Wistar系雄性ラットをエーテル麻酔下断頭し、直ちに脳を摘出して75%ethanolでホモジネートとし、これを27000xgで冷却遠心後上清を等量の水で希釈し弱酸性イオン交換樹脂に吸着させ、0.1M NaPi(pH6.5)bufferで溶出した。溶出液は凍結乾燥し、これをHFBA(heptafluorobutyric anhydride)で誘導化して、2重収束式磁場型MSを備えたGC/MS装置でGC/SIM法によって分析した。

 ラット9匹の脳について芳香族アミノ酸5種の検出定量を行ったところ、tyrosineのTIQ型閉環体に対応するHTIC、3-O-methyl DOPAのTIQ型閉環体に対応するMHTICがそれぞれ9.6±1.8pmole/g brain、48.1±13.3pmole/g brain検出され、これらのTIC類が新規内在性化合物であることが示された。その他の芳香族アミノ酸TIQ型閉環体については検出されなかった。生体内でのcatechol mono methylationについてはcatechol O methyl transferase(COMT)が行うと考えられるが、COMTはDOPAの場合、3位のメチル化のみを行い、salsolinol類では、7位に優位にメチル化を行う報告があることから、DOPAはCOMTによるOメチル化を受けた後TIQ型に閉環すると考えられる。

Fig.1 SIM chromatograms of Rat Brain and Authentic Samples
TIC類の薬理作用についての検討

 芳香族アミノ酸のTIQ型閉環体の薬理作用を検討するため、マウスにこれらの化合物を腹腔内投与し行動薬理学的検討を加えた。ddY系雄性マウスに芳香族アミノ酸TIQ型閉環体7種を、2mg base/kg、10mg base/kgの用量で腹腔内投与しopen field testを行って、自発的運動量に及ぼす影響について検討した。また、芳香族アミノ酸TIQ型閉環体5種については、tail flick testを行って、痛覚刺激に対する感受性の変化について検討した。

 Open field testの結果、DHTIC、spinacineを除く全ての化合物で、投与後5分で自発的運動量の増加が見られ、この効果は時間の経過とともに速やかに減少した。また、その作用は2mg base/kg投与の場合の方が10mg base/kg投与の場合より強かった。このことよりこれらの化合物が、運動量増加作用を有する一方、高用量では抑制的な作用を示すと考えられる。Tail flick testの結果では投与後120分で痛覚刺激に対する応答時間の延長傾向が見られるが、顕著な鎮痛作用は見いだせなかった。

図表Fig.2 Content of TIC derivatives in the rat brain N.D.=not detected / Fig.3 Effect of TIC derivatives on locomotor activity squares;HTIC,triangles;MHTIC,circles;HMTIC,open simbol;2mg base/kg,closed simbol;10mg base/kg

 ラット脳内より新規な芳香族アミノ酸TIQ型閉環体を検出したことより、芳香族アミノ酸についても生体内でTIQ型閉環反応が進行することが示唆された。これらの芳香族アミノ酸TIQ型閉環体は末梢投与で自発的運動量増加作用を有しており、何らかの生理的役割を担っている可能性が示唆される。

審査要旨

 生体アミンである1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline(TIQ)、1-methyl TIQ(1MeTIQ)は、それぞれパーキンソン病発症、防御物質候補として注目されている化合物である。これらの化合物は、フェネチルアミンから生合成されると考えられるが、動物においてこのような生体内反応はこれまであまり検討されていない。本研究は、「フェネチルアミン骨格を有する化合物は、C1あるいはC2ユニットと縮合閉環して対応するTIQ誘導体となり母化合物とは大きく活性が変化する」との仮説に基づき、内在性フェネチルアミン誘導体としての芳香族アミノ酸に着目し、これらのTIQ型閉環体の内在性、及びその生体に与える影響について検討を行ったものである。

Proposed scheme of cyclization of aromatic L-amino acid1ラット脳内TIC類の検出

 目的化合物標品となる芳香族アミノ酸のTIQ型閉環体(TIC類)を7種合成し、イオン交換樹脂による精製と、目的化合物に対する選択性の高い検出法であるGC/SIM法による検出法を確立し、これを用いて無処置ラット9匹の脳についてTIQ型アミノ酸の検出定量を行ったところ、tyrosineのTIQ型閉環体に対応するHTIC、3-O-methyl DOPAのTIQ型閉環体に対応するMHTICがそれぞれ9.6±1.8pmole/g brain、48.1±13.3pmole/g brain検出され、また両化合物はHPLC/ECDによっても確認され、これらのTIC類が新規内在性化合物であることが示された。これらの化合物はカテコールアミン系の酵素の阻害剤とも構造類似性があり、内在性化合物であることは注目される。生体内でのcatechol mono methylationについてはcatechol O methyl transferase(COMT)が行うと考えられるが、COMTはDOPAの場合、3位のメチル化のみを行い、TIQ骨格を有する場合は、7位に優位にメチル化を行う報告がある。このことを踏まえ生成経路について、DOPAはCOMTによるOメチル化を受けた後TIQ型に閉環すると推論した。更に、脳内各部位におけるこれらの化合物の局在性を検討した結果、大脳皮質、小脳を除く辺縁部への分布を認めた。

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2TIC類の薬理作用についての検討

 芳香族アミノ酸のTIQ型閉環体の薬理作用を検討するため、マウスにこれらの化合物を腹腔内投与し行動薬理学的検討を加えた。マウスを用い芳香族アミノ酸TIQ型閉環体7種を、2mg base/kg、10mg base/kgの用量で腹腔内投与しopen field testを行って、自発的運動量に及ぼす影響について検討した。また、このうち5種については、更にtail flick testを行って、痛覚刺激に対する感受性の変化について検討した。

 Open field testの結果、7種のうち5種の化合物で、投与後5分で自発的運動量の増加が見られ、この効果は時間の経過とともに速やかに減少し、またその作用は低用量の方が強かった。このことよりこれらの化合物は運動量増加作用を有する一方、高用量では抑制的な作用を示すことが示唆された。Tail flick testの結果では顕著な鎮痛作用は見出されなかった。更にphenylalanineのTIQ型閉環体であるTICについては、これをN末に含むdipeptideを合成し、予備的検討ではあるが脳室内投与における痛覚感受性増大作用を見出した。これらの結果より、内在性のTIQ型芳香族アミノ酸について何らかの生理的役割が存在する可能性が示唆され興味深い。

 以上のように本研究は、ラット脳内より新規な芳香族アミノ酸TIQ型閉環体を検出し、芳香族アミノ酸についても生体内でTIQ型閉環反応が進行することを示したもので、新たなタイプの生体内反応として注目される。またこれらの化合物が末梢投与で自発的運動量増加作用を有することを明らかにし、何らかの生理的役割を担っている可能性をも示唆した。これらは、有機化学、代謝化学、薬理学、分析化学、各領域にわたる学際的な研究であり、生体内微量化合物の予測、合成、検出、評価という総合的成果としてそれぞれの分野へのフィードバックにとどまらず、特に医薬化学分野への貢献は大であり、博士(薬学)の学位を受けるに充分な内容であると認定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53860