学位論文要旨



No 111427
著者(漢字) 深澤,征義
著者(英字)
著者(カナ) フカサワ,マサヨシ
標題(和) 新規スカベンジャーレセプターの性状解析
標題(洋)
報告番号 111427
報告番号 甲11427
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第722号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 助教授 榎本,武美
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨 【序】

 酸化したLDL、老化赤血球、あるいはアセチル化等で化学修飾されたLDL(AcLDL)などの変性物質を認識し取り込む機構がマクロファージ系の細胞に存在することが知られている。これは生体内の老廃物、異物を除去する機構として重要と考えられている。一般に、生体成分の変性は陰性荷電の増加を伴い、これら変性物質の認識には多価の陰性荷電が関与することが示唆されている。変性物質を認識するレセプターは総じてスカベンジャーレセプターと言われている。スカベンジャーレセプターとしては最近Type I&IIスカベンジャーレセプター、CD36が同定されてきているが、これらですべての現象が説明できるかはいまだはっきりしていない。そこでまず私は、これら同定されたレセプターを発現させた細胞を用いることによって、そしてまた、他の人があまり用いないリガンドである酸性リン脂質を含む(多価の陰性電荷を持つ)リポソームの取り込みを指標にすることで、依然混沌としているマクロファージ上に存在するスカベンジャーレセプターについて簡単に整理することを試みた。

 さらに私は、非マクロファージ系の細胞であるCHO細胞をコレステロール供給がAcLDLのみとなる条件下で培養することにより、細胞上にAcLDLに対し高親和性のレセプターが誘導されることを明らかとした。また、リガンド特異性や阻害剤の感受性等の解析から、従来知られたタイプI&IIスカベンジャーレセプター、CD36とは明らかに異なる新規レセプターがこれらCHO細胞上に発現していることを明らかとした。

 最後に、様々な検討の結果、アフリカミドリザル腎臓由来の培養細胞株CV-1細胞(非マクロファージ系)が上記CHO分離株に発現した新規レセプターと非常に似た性質を有するレセプターを発現していることも見いだした。

 これらCHO分離株、CV-1細胞に発現した新規レセプターの特徴的な点は、他のスカベンジャーレセプターとは異なリアポトーシスを起こした細胞を取り込む能力も有することであり、生理的にも重要なレセプターである可能性が示唆された。以下ではこれらの点について簡潔にまとめたい。

【本論】<マクロファージ上のスカベンジャーレセプター>

 マクロファージ上に存在することが知られているタイプI&IIスカベンジャーレセプター、CD36それぞれを恒常的に発現するCHO細胞株を樹立し、これらを用い酸性リン脂質を含むリポソームの取り込みを検討した結果、タイプI&IIスカベンジャーレセプターでは全く取り込みが観察されず、CD36では取り込みが観察された。これによりリポソームの取り込みにはタイプI&IIスカベンジャーレセプターが関与しないことが示唆された。さらに、マクロファージによるリポソームの取り込みはデキストラン硫酸等のポリアニオンで50%の阻害が見られたこと、また、CD36を恒常的に発現したCHO細胞によるリポソームの取り込みはデキストラン硫酸等のポリアニオンで阻害されなかったことなどから、マクロファージ上にはCD36以外にもリポソームを認識するスカベンジャーレセプターが存在することが考えられた。つまり、マクロファージ上には、性質の違う少なくとも3種類のスガベンジャーレセプターが存在することが強く示唆された。

<CHO細胞上に誘導された新規スカベンジャーレセプター>-CHO細胞におけるAcLDLレセプターの誘導-

 コレステロールは動物細胞にとって必須の成分であり通常細胞はコレステロールをLDLなどのリポタンパク質の形でレセプターを介して外から取り込む経路と細胞内でアセチルCoAから生合成する経路の2つで供給している。CHO細胞をLDLリポタンパク質を除いた培地で培養し外からのコレステロールの供給を完全に断ち、さらにコレステロール合成阻害剤シンバスタチンを加えコレステロールの生合成を完全に止め、新たなコレステロールの供給が全くできない状態にし、その培地にAcLDLを加え培養を行うことを試みた。その結果、この条件下で生き残れるCHO細胞が高頻度(約1%)で出現しきた。そこで、これらの細胞をFACSを用い濃縮し、約20株をクローン化した。

 クローン化したCHO分離株は、実際にAcLDL依存的に生育すること、蛍光標識DiI-AcLDLを細胞内に取り込んでいることが確認された。また、分離CHO細胞の代表株、CHO-AL1細胞の細胞表面へのI-125標識AcLDLの結合を測定した結果、AcLDLに対しKd=3.8g/mlという高親和性の結合部位が検出された。さらに分離CHO細胞は、AcLDLをエンドサイトーシスにより細胞内に取り込み、リソゾームで分解することも示された。以上の結果より、用いたセレクションにより分離されてきたCHO細胞上には、AcLDLに対する高親和性のエンドサイトーシス型レセプターが誘導されており、細胞はこれを介して培地中のAcLDLを取り込み、AcLDL中のコレステロールを利用し、生き残れることが示唆された。

-分離CHO株に誘導された新規AcLDLレセプターの性状解析-

 従来知られているType I&IIスカベンジャーレセプターと比較するため、ヒトType Iスカベンジャーレセプターを恒常的に発現するCHO細胞株を作製し、その代表的な株をCHO-SR7と名付け用いた。

 分離株CHO-AL1細胞とCHO-SR7細胞におけるAcLDLの取り込みに対する各種ポリアニオンの効果を検討した。CHO-SR7細胞では従来の報告どおりデキストラン硫酸、フコイダン、ポリIで阻害がみられたのに対し、分離株CHO-AL1細胞ではこれらで全く阻害が見られなかった。このことから、分離株CHO-AL1細胞上に誘導されたAcLDLレセプターはType I&IIスカベンジャーレセプターとは明らかに阻害剤の感受性が異なることが明らかとなった。

 次に、これらの細胞について様々な酸性リン脂質(フォスファチジルセリン、フォスファチジン酸、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジルエタノールアミン)を含むリポソームの取り込みを検討した。その結果、親株のCHO細胞、及びCHO-SR7細胞では取り込みはほとんど見られないのに対し、分離株CHO-AL1細胞では非常に強い取り込みが観察された。また、CHO-AL1細胞によるリポソームとAcLDLの取り込みは相互に競合することも確認され、これらリガンドが同一のレセプターで認識されていることが強く示唆された。以上の結果より、分離株CHO-AL1細胞上に誘導されたAcLDLレセプターはType I&IIスカベンジャーレセプターとはリガンドの特異性も明らかに異なることが示された。

-レセプター分子同定の試み-

 CHO-AL1及び親株のCHO細胞の細胞表面の糖鎖を3Hで標識した結果、分離採CHO-AL1細胞にのみ見られるバンドとして分子量88Kのものが検出された。また、CHO-AL1細胞及び親株のCHO細胞を3H-パルミチン酸で標識した結果、分離株CHO-AL1細胞にのみ見られるバンドとしてこちらでも分子量88Kのものが検出された。現在私はこ88Kの分子がリガンドの取り込みに何らかの関与をしていると考えている。

<CV-1細胞上に発現した新規スカベンジャーレセプター>

 さらに様々な培養細胞を検討した結果、サル腎臓由来の細胞株CV-1細胞上にはCHO-AL1細胞上に誘導されたレセプターと非常に似た性質を有するレセプターが存在することが明らかになった。また、CV-1細胞にSV40 large T抗原を発現させると、レセプター活性が顕著に抑制されることも見い出された。

<新規スカベンシャーレセプターによるアポトーシス細胞の取り込み>

 アポトーシス細胞は、IL-3依存性のラット肥満細胞由来の細胞株MKMをIL-3(-)培地で培養することで作製した。このアポトーシス細胞を各細胞の培地中に加えた結果、親株のCHO細胞、CHO-SR7細胞では取り込みがほとんど見られなかったのに対し、CHO-AL1細胞及びCV-1細胞ではアポトーシスを起こした細胞を強く取り込むことが示された。

【まとめ・考察】

 以上の検討により、まずマクロファージ上には従来知られたType I&IIスカベンジャーレセプター、CD36以外にも少なくとも1つの未知のスカベンジャーレセプターが存在することが示唆された。さらに、マクロファージ系以外の細胞でも、私が用いた条件下で分離されたCHO細胞、及び培養細胞株CV-1細胞上にはスカベンジャーレセプターが発現していることが明らかとなった。またこれらに発現するレセプターは、従来知られているマクロファージ上のType I&IIスカベンジャーレセプター、CD36、さらには想定された未知のレセプターYとはリガンドの特異性及び阻害剤の感受性の点で明らかに異なり、新規のスカベンジャーレセプターであることが強く示唆された(Table 1)。特に、今回私がCHO細胞上、CV-1細胞上に見出したレセプターは酸化変性物質とともにアポトーシスを起こした細胞も非常によく取り込むことから、生理的に重要なレセプターであると推察された。

Table 1Characteristics of scavenger receptors on CV-1 cells,CHO cells and macrophages

 本研究により、生体内には、複数のスカベンジャーレセプターが存在することが示唆され、これらが複雑に絡み合い、お互いに機能を補い合って働いていることが考えられた。今後の課題は、私が見いだした新規スカベンジャーレセプター分子の同定と、生体内における分布、発現の制御等の解析から、各スカベンジャーレセプターの役割、生理的意義を明らかにすることであろう。

【参考文献】Fukasawa,M.et al.(1995)J.Biol.Chem.,270,1921-1927
審査要旨

 酸化LDL、老化赤血球などの"変性物質"を認識し取り込む機構がマクロファージ系細胞に存在すること、これら変性物質の認識には多価の陰性荷電が関与することが知られる。これら変性物質を認識するレセプターは一般にスカベンジャーレセプターとよばれ、今日までにI、II型、CD36が構造も含めて同定されつつある。しかし、これだけでは現象的に説明出来ない部分が多く、上記2つ以外の"スカベンジャー"レセプターの存在も予想された。本研究は従来知られるレセプター以外の新規スカベンジャーレセプターがCHO細胞膜上にコレステロール供給を制限した際誘導されること、アフリカミドリザル腎由来の培養細胞、CV-1細胞上に同様のレセプターが発現していること、マクロファージ上に類似のレセプターがあること、酸性リン脂質を含むリポソームの取りこみにこれらレセプターが関与すること、アポトーシスを起こした細胞の取りこみにも関与していること、などを明らかにしたものである。

マクロファージ上のスカベンジャーレセプター解析:

 マクロファージ上に発現している事が知られるスカベンジャーレセプターI、II型とCD36を発現するCHO細胞株を樹立し、酸性リン脂質を含むリポソーム取りこみを検討した結果、CD36発現細胞でのみ取りこみが観察された。CD36発現細胞によるリポソームの取りこみはマクロファージの場合と異なりデキストラン硫酸では阻害されないことからマクロファージ上にI、II型、CD36以外のスカベンジャーレセプターの存在が示唆された。

CHO細胞上に誘導された新規レセプター:

 CHO細胞とLDLを除いた培地でアセチルLDL存在下培養し、シンバスタチンでコレステロール合成を抑制し、この条件下生き残る細胞をFACSを用いて濃縮、クローン化した。クローン化した細胞(CHO-AL1)は野性株と異なり、アセチル化LDLを取りこみ、酸性リン脂質含有リポソームも取りこんだ。両者の取りこみは相互に競合した。CD36はアセチルLDL取りこみには関与したいこと、などの事実も考えあわせると、発現しているレセプターはI、II型、CD36いずれとも異なる新規レセプターであると思われる。このレセプターを同定する目的でCHO-AL1株および野性株の表面糖鎖を3H標識し検討したところ、分子量88kのバンドが分離株、CHO-AL1にのみ観察された。このバンドの蛋白質が新規レセプターである可能性が考えられた。

CV-1細胞上の新規レセプター:

 様々の培養細胞を検討した結果、CV-1細胞上に恒常的に発現していること、SV-40 LargeT抗原を発現させるとレセプター活性が顕著に抑制されることが判明した。

新規レセプターによるアポトーシス細胞の取りこみ:

 IL-3依存性ラット肥満細胞株(MKM)をIL-3を除いた培地で培養するとアポトーシスが誘導される。この細胞を、CHO野性株、I型レセプターを発現したCHO株(CHO-SR7)、CHO-AL1株と培養したところ、CHO-AL1細胞のみがMKM細胞をとりこんだ。新規レセプターがアポトーシス細胞とりこみに関っている可能性が示された。

 以上、本研究は新しいスカベンジャーレセプターを各種細胞上に発見し、その機能を考察したもので、細胞生物学、病態生化学の発展に寄与するところがあり、博士(薬学)に価すると判定された。

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