序) マクロファージ(M)は、外界から自己を防御する免疫担当細胞の一つである。Mはその貪食能によって非特異的に異物の処理を行うだけではなく、主要組織適合抗原を介した抗原提示能により特異的な免疫応答反応に重要な役割を果たしている。この免疫応答の際に、細胞間接着や液性因子の放出などを介して、他の免疫担当細胞などと互いに協調することにより、外来抗原や個体内部に生じた癌の排除に貢献していると考えられている。また個体の発生段階において、Mは白血球集団では最も早い時期に出現し、形態形成にも関与していると考えられている。 近年このM表面上に糖鎖構造を認識するレクチンと呼ばれる分子群が存在することが明らかになった。Mが外来抗原や癌細胞を認識する際に、このMのレクチンが関与している可能性が考えられた。当教室でクローニングされたマウスMのガラクトース及びN-アセチルガラクトサミンに特異的なC-タイプレクチン(Mレクチン)は、これまでの研究により、Mと培養癌細胞(マストサイトーマ)との相互認識に介在することが明らかにされている。 Mと総称される細胞は、循環血中の単球から由来すると考えられているが、単一な細胞からなるわけではなく、存在する組織において固有の形態をとっており、その組織において特有の機能を発揮している。また、細胞表面に発現する機能分子(標識分子)の発現も異なっていることが知られている。しかし、こうした亜集団の機能や分化の差異に関しては依然として不明な点が多い。 Mレクチンは、Mの活性化に伴って細胞表面上に発現するが、癌細胞認識以外の機能に関しては明らかにされていない。本研究では、このMレクチンの機能を推定するための第一歩として、この分子を発現しているMのマウス正常組織における分布や、どのようなM集団に発現しているかを検討することをめざした。さらに、マウス発生段階において、このMレクチンの発現を調べ、発生と形態形成への関与を推定することを試みた。 1)成体マウス組織におけるMレクチン分子の発現の免疫化学的検討 成体マウス組織におけるMレクチンの発現を、ガラクトース・セファロースカラムによるアフィニティークロマトグラフィーとウエスタン・プロット法を組み合わせた方法で検討した。組織をTriton X-100で可溶化後、そのタンパク量を一定量にしてガラクトース・セファロースカラムに吸着させ、EDTAで溶出した画分を電気泳動後、ウエスタン・プロットし、Mレクチンに対する特異的なモノクローナル抗体LOM-14で免疫染色を行った。用いた条件下では、定量性や許容量に関しては問題がないこと、またLOM-14が、Mレクチンとタンパク質分子として相同性が高い肝レクチン-1に交差反応しないことも確認した。総タンパク量あたりでみると、Mレクチンの発現が強く確認された組織は、皮膚、胸腺、リンパ節、盲腸と虫垂、大腸、膀胱であり、中程度の発現が確認された組織は、心臓、肺、胃、脾臓、骨と骨髄、精巣、骨格筋であり、弱い発現しか認められなかったのは、脳、肝臓、腎臓、小腸、末梢血であった。このことより、Mレクチンは比較的広範囲の組織に分布していることが明らかになった。最も発現量が多い組織は皮膚であった。 2)成体マウス組織におけるMレクチン分子の発現の免疫組織学的検討 生化学的にMレクチンの発現が認められた組織に関して、組織の凍結切片を作製し、LOM-14を用いた免疫組織染色を行って、組織内のどの細胞がこの分子を発現しているかを光学顕微鏡下で観察した。皮膚では、真皮及び皮下組織内に点在する細胞のみに抗体が結合した(反応陽性)であった。消化器系の臓器である胃、盲腸、大腸は、固有層から粘膜下組織に陽性細胞が点在していた。心臓では、心房に陽性細胞が多く、心筋繊維に沿って配向している細胞が陽性であった。また血管の周囲の結合組織に存在する一部の細胞が陽性であった。肺には、肺胞Mが存在することが知られており、これは反応陰性であったが、細気管支や血管の周囲にある結合組織に存在している間質Mが抗体によって染色されているのが観察された。T細胞の分化・成熟の場である胸腺では、出入りする血管を含む疎繊維性結合組織からなる被膜の直下と被膜から実質中に放散する中隔に沿って陽性細胞が存在していた。この他、髄質中に点在する細胞が陽性であった。外来抗原に対する免疫応答を行う細胞が増殖する場であるリンパ節では、被膜直下の辺縁洞やこれに続く皮質洞や、髄洞に陽性細胞が分布していた。脾臓では、赤脾髄と白脾髄の境界付近に陽性細胞が点在していた。骨格筋では、筋繊維を囲む筋内膜、筋周膜といった結合組織や血管の周囲の結合組織に陽性細胞が点在していた。膀胱では固有層、粘膜下組縁、筋層に陽性細胞が分布していた。精巣では、白膜や間質組織に陽性細胞が認められた。 以上、抗Mレクチン抗体の結合する細胞は、上皮、血管内には見られず、結合組織が主要な分布の場であることが強く示唆された。次に細胞内分布の検討をするために、電子顕微鏡による観察を試みた。光顕レベルで最も顕著な染色が認められた皮膚組織について電顕試料を作製し、ペルオキシダーゼ法で抗体結合部位の分布を観察した。この結果、皮下組織において偽足を伸ばした細胞への抗体の結合が観察され、その偽足並びに粗面小胞体にMレクチンの存在が示された。 3)マウス胎仔におけるMレクチン分子の発現の免疫化学的及び免疫組織学的検討 胎生11日から18日のマウス胎仔を用いて、Mレクチンの発現を(1)と同じ方法で検討した。この結果、胎生11日から若干の発現が認められ、胎生14日で発現量が上昇し、以降確認した胎生18日まで連続して発現していることが明らかになった。 そこで、胎生12、14、16、18日及び新生仔において矢状断の切片を作製し、陽性細胞の分布を調べた。この結果、胎生12日において、大腿骨の軟骨形成が起こっている部分と腹部の皮膚の皮下組織にある間充織(mesenchyme)に陽性細胞が検出された。胎生14日では、全身各所で軟骨形成が始まっており、軟骨細胞が強く染色された。この他に、全身の皮下組織に存在する間充織に陽性細胞が点在しており、頭頂から脳内に陥入する部分、中脳と間脳に挟まれた領域、第四脳室脈絡叢、咽頭付近や腸管付近の間充織内にも陽性細胞が存在していた。胎生16日になると軟骨細胞が次第に骨化する様子が認められ、これに伴い軟骨細胞の陽性度も減少してくることが確認された。これとは逆に皮下組織では、次第に陽性細胞の数が増加した。この他にも胸腺などで陽性細胞が確認できた。胎生18日や新生仔においても、軟骨細胞は依然として存在しているが、ほぼ陰性であった。また、新生仔では各器官が機能するようになるが、この段階で陽性細胞が確認できたのは、皮下組織の他に、胃、膀胱、骨格筋であった。また、成体における軟骨細胞を剣状突起、耳介で調べたがいずれも陰性であった。 また、胎仔において陽性であった胎生14日の軟骨細胞を電子顕微鏡で観察したところ、粗面小胞体に陽性反応が認められた。 4)結論 以上の結果により、成体マウス正常組織において、Mレクチンの発現は臓器間で差があり、またMレクチンを持った細胞が、比較的外来抗原に接触しやすい臓器の結合組織に存在する傾向にあることが明らかになった。しかし、すべての組織Mが陽性ではなく特定のM細胞集団にのみ発現していることが判明した。こうした細胞は、循環血中から組織に分布した後、組織の微小環境の影響を受けて分化し、Mレクチン陽性のMになるものと考えられる。また腹腔Mでは、活性化の進んだMでMレクチンの発現量が増大することから、組織に存在する陽性細胞も、ある程度活性化の進んだ細胞であると考えられる。従って、Mレクチンは、Mの亜集団または分化段階を規定する標識分子の一つとなりうると考えられた。 マウス胎児においては、主に間充織という未分化な細胞の集まりが存在する場と軟骨細胞のある発達段階に一過性に発現することが明らかになった。また発生段階の軟骨細胞における機能は、成体Mにおけるものと異なる可能性も考えられる。その発現が軟骨細胞形成の初期段階に最も強く、分化が進むと減弱することから、軟骨細胞の集合過程に関与していることも想定できる。 以上の結果を踏まえ、Mレクチン陽性細胞の各臓器における機能の解析が、今後の課題である。 |