学位論文要旨



No 111433
著者(漢字) 今野,拓也
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,タクヤ
標題(和) U(2,2)の剰余スペクトルの既約分解について
標題(洋) The Residual Spectrum of U(2,2)
報告番号 111433
報告番号 甲11433
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第32号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英男
 東京大学 教授 折原,明夫
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 助教授 中島,匠一
 東京大学 助教授 斎藤,毅
内容要旨 1The Problem

 Gを代数体k上の簡約代数群とする。簡単のためGの中心はk上anisotropicであるとする。kのアデール環をAと書くとき、GのA-有理点の群G(A)は局所コンパクト位相群でk-有理点の群G(k)をcovolumeが有限の離散部分群として含む。商空間G(k)\G(A)上の二乗可積分関数の空間をL2(G(k)\G(A))と書き、L2-保型形式の空間と呼ぶ。L2(G(k)\G(A))上のG(A)の右正則表現R

 

 の「既約分解」が我々の興味の対象である。

 この表現はG(A)-不変な2つの閉部分空問(G)と(G)の直和に分解する。(G)は既約表現の直和に分解し、(G)は既約表現の「連続和」になっている。従って上の「既約分解」とは正確には(Gの既約因子を分類することである。

 PをGのk上定義された放物型部分群とし、Uをそのunipotent radicalとする。∈L2(G(k)\G(A))のPに沿っての定数項を

 

 と定義する。このときL2-cusp formの空間(G(k)\G(A))は、∈L2(G(k)\G(A))であってその定数項Pが全てのk-放物型部分群Pに対してほとんど至る所で消えているものたちで生成される。これは明らかにG(A)-不変な閉部分空間であって、また(G)に含まれる。

 古典的な保型形式のFourier 展開の保型表現への拡張であるWhittakerモデルは(G(k)\G(A))の既約分解の有効な道具である。実際G=GL(n)の時にはJacquet、Langlands、Piatetskii-ShapiroそれにShalikaにより、Whittakerモデルを使った(G(k)\G(A))の満足のいく既約分解が得られている。しかしGがGL(n)やSL(n)以外の時にはWhittakerモデルで全ての(G(k)\G(A))の既約因子を掴まえることはできない。従ってG=GL(n)、SL(2)そしてU(2,1)以外の場合の(G(k)\G(A))の既約分解は全く未解決である。

 しかし我々の現在の知識で解決可能な問題が1つある。それは(G(k)\G(A))の(G)での直交補空間の既約分解、つまりresidual spectrumの決定をランク2の古典群に対して行うことである。実際、

 (1)Langlands([La])によりresidual spectrumはある種のEisenstein級数のそれらの極での留数たちで張られることが知られている。

 (2)一方Shahidi([Sh1])によれば、ランク2の群に対してはこれらのEisenstein級数の解析的挙動はある種の保型L-関数のそれで支配される。

 (3)従ってもしこの係型L-関数たちの極を決定できれば、(原則的には)residual spectrumの決定はGのLevi部分群Mのcusp formの空間(M(k)ZM(A)\M(A))の既約分解に帰着される。

 ここでZMはMの中心である。

2The Result

 今回の論文ではこのresidual spectrumの決定を2次拡大k’/kに対応するランク2のquasi-splitなユニタリ群G=U(2,2)k’/kに対して行った。この場合には上の(2)のL-関数としてはHecke L-関数、浅井のL-関数それにU(1,1)k’/kの標準L-関数が現れる。これらの極はその積分表示を考えることにより決定可能である。また(3)のLevi部分群としては、M1:=Resk’/kGL(2)それにM2:=Resk’/kGL(1)×U(1,1)k’/kを考えればよく、これに対する(M(k)ZM(A)\M(A))の既約分解は[J-L]や[L-L]によって知られている。我々の主結果は次の通りである。

 Theorem 2.1(U(2,2)のresidual spectrum)G=U(2,2)k’/kのresidual spectrumは次の既約表現たちからなる。各々の重複度は1である。

 (1)1次元表現odetたち。はU(1,k)\U(1,A)の指標を走る。

 (2)1次のユニタリ群U(V,A)の単位表現からの-lifts R(V,)たち。但し(V,(,)v)はk’/k上の1次元Hermite形式付き空間を、はk’×のcharacterでk’/kであるものを走る。k’/kはk’/kに類体論によって対応する2次指標である。

 (3)2次のユニタリ群U(1,1)k’/k(A)の非自明な1次元表現からの-lifts たち。ここではk’×のcharacterで=1なるものである。

 (4)globalな誘導表現の"global Langlands’ quotient"。ただしP1は上のM1をLevi成分に持つ放物型部分群であり、(P1)はM1(A)のcuspidalな既約保型表現で

 (a)その中心指標がで、

 (b)M1Resk’/kGL(2)の部分群GL(2)kをHと書くとき、ある(P1)の元fに対して

 

 が成り立つものである。

 (5)globalな誘導表現の"global Langlands’ quotient"。ただしP2は上のM2をLevi成分に持つ放物型部分群であり、(P2,k’/k)はM2(A)のcuspidalな既約保型表現で(P2,k’/k)=と書くとき

 (a)

 (b)はU(1,A)からのWeil表現でのU(1,1)k’/k(A)への-lift。

 であるもの。また(P2,1)はM2(A)のcuspidalな既約保型表現でなるものである。

 G=Sp(2)の時の類似の結果はH.Kimと著者自身によって独立に得られている([Ki]、[Ko])。

3Comments on the Proof

 証明はL2(G(k)\G(A))での(G(k)\G(A))の直交補空間内積の詳細な分解から始まる。PとUをGのk上の放物型部分群とそのunipotent radicalとし、Pのk上のLevi成分Mを固定する。M(A)の2つの既約cuspidalな保型表現が同値とは、をあるprincipal quasi-characterによってひねったものがに同型なこととする。既約cuspidalな保型表現の同値類にはaffine複素多様体の構造が入る。このようなの上にはG(A)の表現のベクトル束でその上のファイバーがであるものがある。このベクトル束のPaley-Wienerな切断に対してEisenstein級数を

 

 と定義する。これはの実部と呼ばれるprincipal quasi-character ReがPに関して十分正なの開領域で絶対収束し、全体に有理的に延びる。このEisenstein級数の空間から(G)へのintertwining作用素が十分正なでのFourier変換

 

 によって与えられる。しかもPlancherelの公式によりの間のL2-内積は

 

 に等しい。ここでの複素共役での反傾表現である。

 L2-内積の分解を得るには(3.1)の積分軸{Re0}を(となるように)虚軸{Re=0}まで移動する。しかしその際にいくつかのA(,’)()の極たちをまたぐため、留数定理により

 

 という形になる。に沿っての留数である。次に、A(,’)をそれぞれで置き換えて同様の操作を行えば、についての項は

 

 のようになる。dim’=dim-1に注意してこの帰納的操作を繰り返せば、L2-内積は最終的にいくつかの虚軸上の積分といくつかの留数の離散的な和になる。

 この留数たちの離散的な和がresidual spectrumの内積を与えている。あとはkの各素点でのLanglands分類の理論とKudla、Rallis、SoudryそれにSweetの結果([K-R-S]、[Ku-Sw])を組み合わせることで定理が得られる。

References[J-L]H.Jacquet and R.P.Langlands,Automorphic Forms on GL(2),LNM 114,Springer(1970).[Ki]H.Kim,The residual spectrum of Sp4,to appear in Comp.Math.[Ko]T.Kon-no,The residual spectrum of Sp(2),preprint.[K-R-S]S.S.Kudla,S.Rallis and D.Soudry,On the degree 5 L-function for Sp(2),Invent.math.107(1992),pp.483-541.[Ku-Sw]S.S.Kudla and W.J.Sweet,Jr.,Degenerate principal series representations for U(n,n),preprint.[La]R.P.Langlands,On the Functional Equations Satisfied by Eisenstein Series,LNM 544,Springer.[L-L]J-P.Labesse and R.P.Langlands,L-indistinguishability for SL(2),Can.J.Math.31(1979),pp.726-785.[Sh1]F.Shahidi,A proof of Langlands’ conjecture on Plancherel measures,Complementary series for p-adic groups,Ann.of Math.132(1990),pp.273-330.
審査要旨

 代数体k上の簡約代数群Gに対し、Gのアデール化をG(A),k有理点の群をG(k)とする。商空間(G(k)\G(A))上のに二乗可積分関数の空間L2(G(k)\G(A))におけるG(A)の右正則表現は既約表現の可算和と連続和に分解される。この既約成分は保型表現と呼ばれ、それらを決定することは保型形式論の窮極の目標であるとは言え、また困難な問題であることは一般に認識されている。最も古典的な場合でさえ、素朴な意味の解決は期待されない。このことはかえって他の研究対象との関連を重視させ、その関連が例えばL関数を媒介として具体的に述べられることにより、理論の厚みを増したと考えることができる。

 本論文はkの2次拡大体k’に対し定義される階数2のquasi-spritなユニタリ群G=U(2,2)を取り上げて、その剰余スペクトルすなわちL2(G(k)\G(A))の離散スペクトルに含まれるが、尖点形式では生成されない既約成分をすべて決定している。

 一般に上記のL2空間はGの放物型部分群とそのLevi部分群の尖点表現から定義されるEisenstein級数で生成され、それらのL2空間における内積は、ある系列の表現とその反傾表現との間の内積の積分和の形に書かれている。本論文で考察する場合には、積分のパラメーターは放物型部分群の階数に従って、復素平面または復素平面二つの直積の中の積分路を動く。積分路を、積分される表現がユニタリとなる位置まで移動するとき、特異点を横切るごとに留数として次元が一つだけ小さい積分和か現れる。このようにして最終的に留数として分離される既約表現が求める剰余スペクトルである。

 以上のプログラムはLang’lands理論により知られているとは言え、剰余スペクトルを特定することは決して自明な問題ではない。それは、ある種の保型L関数の特異点を調べることと、ある誘導表現の既約成分を具体的に記述することに帰着されるが、ここは階数2の代数群の保型表現に関する既知の結果を総動員する感があり、それに論文提出者の創意と精密な議論を加えて主定理を得るのである。

 主定理の詳細は論文本文にゆずり、ここではG=U(2,2)の剰余スペクトルの定性的分類のみを述べる。

 Gの標準放物型部分群をP0,P1,P2,それらのLevi部分群を111433f20.gif,M1=ResGL(2),M2=ResGL(1)×U(1,1)とする。ただしResはk’からkへの係数体の制限を表す。

 このときGの剰余スペクトルは次のとおり分類される。各々の重複度は1である。

 (1)1次元表現

 (2)1次ユニタリ群U(V,A)の単位表現の-lift

 (3)2次ユニタリ群U(1,1)(A)の非自明な1次元表現の-lift

 (4)M1(A)=GL2(Ak’)のある種の’distinguished’な尖点表現をP1(A)に延長し、それから誘導されるG(A)の表現の既約商

 (5)M2(A)=×U(1,1)(A)の尖点表現XをP2(A)に延長し、それから誘導されるG(A)の表現の既約商。ただし1Ax=||A1または||(は2次拡大k’/kに対応するkの量指標)。第一の場合は任意であるが、第二の場合はU(1)(A)の1次元表現の-lift

 M1,M2の尖点表現は良く研究された対象である。本論文の結果が剰余スペクトルの性質について確かな知見を加えたことは高く評価することができる。

 よって論文提出者今野拓也は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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