本論文は線形偏微分方程式系に対する境界の余次元が1より大きい場合の境界値問題を代数解析の立場で研究し、その基礎理論を与えたものである。また、これに関連して第2超局所解析について新しい理論を構築した。 偏微分方程式に対する境界値問題は、通常、半空間で定義された解と、境界である超曲面で定義された境界値との対応という形で定式化されているが、一般の線形偏微分方程式系に対しては、高次元の場合の佐藤超函数の定義に見られるように、余次元の高い境界上での境界値を考えることが必須となる。しかし、この場合は、佐藤超函数論の基礎で必要となったように、結果の定式化自体に層係数のホモロジー論など代数解析の手法を必要とする。このため、この方面の研究者は数が限られていて、これまであまり研究が進んでいなかった。楕円型方程式系に限定すれば、1972年に発表された柏原正樹-河合隆裕の論文により境界Nに伴うマイクロ函数の層CN|Xを用いて一応の解答が得られているが、一般の方程式系については大阿久俊則(1986年)による、佐藤超函数解と境界値の佐藤超函数の組が一対一に対応するという結果程度しか知られていなかった。 余次元が1の場合、この対応の一意性は小松彦三郎-河合隆裕(1971年)によって証明されている。片岡清臣(1980、81年)は実半空間M+に伴うマイクロ函数の層とマイルドな超函数の層を導入して、この対応を超局所化すると共に、この対応の自然な意味づけを与えた。更に、半空間の解の境界値がみたす擬微分方程式系を求めた。大阿久の研究はこの延長上にある。但し、片岡の層は解析的に構成されており、佐藤-河合-柏原流に純粋に代数解析的に定義されたものではない。 他方、1986年頃P.Schapiraは高余次元の場合も含めて境界値問題を代数解析的に定式化するため、複素余接バンドルT*X上の層の複体を導入した。特に佐藤超函数解が定義される領域⊂Mが固有閉凸錐Kの余集合のときは、この複体は、上0次のみに集中して0でないコホモロジー群をもち、層と同一視できる。内田素夫(1992年)はこの事実を用いてナイフエッジによる回折を論じた。しかし、これ以外の場合、の構造はよくわかっていなかった。 以上の背景の下で、論文提出者の得た主要な結果は次の通りである。 Mをn次元の実解析多様体、Xをその複素化、⊂Mを、余次元dの実解析部分多様体Nを稜とする凸状の楔型領域とする。このとき、に伴う境界上のマイクロ函数の複体について次の結果がなりたつ。 定理1.は上0次のコホモロジー群のみをもつ。 定理2.Mを連接的DX-加群とし、NはMに関して非特性的であるとする。このとき自然に定義された境界値をとる写像 はNのファイバーN×XT*X上単射である。ここではNを稜とする開凸錐⊃A0×Rn-dを動く。 これらの定理の証明は、量子化されたLegendre変換を用いての上への制限が新しい第2マイクロ函数の層CMLと同型になることを用いて遂行される。この層CMLは片岡清臣-戸瀬信之-岡田靖則(1992年)により導入された層と同じものであり、佐藤の超局所化を2回くりかえして得られる柏原の第2マイクロ函数の層Cよりいろいろな意味でより自然である。 論文の第2部は、この層CMLのより自然な定義と、定理2の代数解析的な証明をめざしたSchapiraとの共同研究の成果である。現在のところ本来の目的であったと思われる高次のコホモロジー群を含めた定理2の証明までは到達していないが、新しい第2超局所化について代数解析的基礎づけを与えることは成功した。 佐藤-河合-柏原(1973年)によって創められた超局所化の理論は、柏原-Schapira(1990年)により層Fおよび実多様体の対M⊂Xに対するTMX上の超局所化M(F)及び上の佐藤のフーリエ変換M(F)の理論に一般化された。柏原(1972年)及び柏原-Y.Laurent(1983年)の第2超局所化は実多様体の三つ組N⊂M⊂Xに対し、のように超局所化を2度くり返したもの及びそのフーリエ変換を考えることに相当する。このようにして得られた第2マイクロ函数の層は大きすぎて、応用上種々の問題があった。 今回の論文では、N={0}×Rn-d,M=Rn,X=Cnに対して、L=Cd×Rn-dを考え、M⊂L⊂Xという三つ組に対して、ML(・)及びML(・)という函手を直接定義して、もとの三つ組に対する新しい第2超局所化の理輸を作った。このようにして得られる新しい第2マイクロ函数の層は全く別の方法で片岡らにより導入されたものと一致し、今後多くの解析に活用されるものと期待される。論文提出者自身も既にいくつかの結果を得ている。 以上の成果は、線形偏微分方程式系の一般境界値問題に対する代数解析的研究の基礎となるものである。よって、論文提出者竹内潔は、博士(数理科学)の学位を受けるに十分な資格があると認める。 |