学位論文要旨



No 111435
著者(漢字) 竹内,潔
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,キヨシ
標題(和) 高余次元境界値問題の超局所的研究
標題(洋) Microlocal study of Higer Codimensional Boundary Value Problems
報告番号 111435
報告番号 甲11435
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第34号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小松,彦三郎
 東京大学 教授 金子,晃
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 助教授 片岡,清臣
内容要旨

 本小論は代数解析の枠組において、境界の余次元が1より大きい場合の境界値問題を超局所解析の立場から研究することを目標とします。佐藤超函数解を対象とする非特性境界値問題の一般理論は小松-河合、柏原-河合、Schapira、金子、片岡、大阿久らの努力により余次元が1の場合はほぼ完成されていますが、境界の余次元が一般の場合は、楕円型方程式という限られた方程式系に対する柏原-河合の理論が知られているのみで、まだ統一的な一般論はできていません。1986年頃Schapiraは層複体の理論を創って、境界値写像をMicrolocalに構成するのに成功しました。この理論はそれまでの境界値問題の結果の見通しを著しく良くしただけでなく、内田による角における回折現象の研究等の重要な応用を生みだしました。これらの結果はSchapiraによりがM=Rnの閉凸集合の補集合の場合のの構造定理が得られていたことの応用であったわけですが、我々がここで研究の対象とするのは開集合が境界値をとる部分多様体Nを稜に持つ開凸錐の場合で、この時はの構造はよくわかっていませんでした。このような形状の開集合からNへの境界値問題は、佐藤超函数がくさび状領域の正則函数の境界値として定義されていることから考えて自然な研究対象であると思われ、層複体の構造を調べることにより境界への特異性の伝播の様子が把握されるわけです。まず初めに我々はNを稜に持つ開凸錐に対して次の定理を証明します。

 定理1:層複体上0次に集中している。ここでXはMの複素化を表わす。

 この定理により、Schapiraにより提唱されていた予想をいくつかの応用上重要な場合に解決することができました。またその応用として、高余次元境界値問題の局所一意性についての大阿久の結果を超局所化した次の境界への特異性伝播についての定理が得られました。

 定理2::=1×Rn-dをN:={0}×Rn-dを稜に持つ開凸錐とし、Nは連接Dx加群Mに対して非特性とする。このとき境界値写像:

 

 は単射である。ここで帰納極限はRdの点(1,0,‥,0)を含む固有開凸錐1全体にわたってとられている。

 この定理2の証明を簡略化してより美しく定式化しようという試みから、私はSchapiraと共同でbispecializationの理論を考え出しました。現在までのところ定理2の再証明には成功してないのですが、そのかわり我々の構成したbispecialization functorのFourier-Sato変換として定義されるfunctorが懸案となっていた第二超局所化の理論の再定式化の問題にかなり満足のいく解答を与えることがわかりました。第二マイクロ函数の層は柏原により正則函数の層Oxに二回microlocalization functorを施すことにより定義されていましたが、そのzero-sectionは佐藤のマイクロ函数の層CMより真に大きくなっており、そのことがこの理論の応用を妨げてきました。簡単のためとして多様体の三つ組(X,L,M)に対して我々の理論を適用することにより、余接バンドルのファイバー積上の層CML

 

 により定義します。するとを標準的射影として、上の層の完全列:

 

 を得ます。この層CMLはstalkが正則函数により境界値表示されるという著しい利点を有しています。片岡-戸瀬はzero-sectionを除いたところで上記の完全列を実現するための層をこれとは全く異なる方法で構成しましたが、我々の構成はこの新しい第二マイクロ函数の層CMLの制限、代入、積分、積等の演算を自由に構成することも可能にし、超函数の積が定義できるための新しい条件を与えてみました。またde Rham系、Cauchy-Riemann系のCML解層複体の計算やDx加群に対するdummy variableの公式等もきわめて容易に確立することができます。さらに複素領域においても我々の考えたbimicrolocalization functorを用いることで、層CMLに作用する第二擬微分作用素の層がzero-sectionにおいて佐藤-河合-柏原による擬微分作用素の層に一致するように構成できます。この擬微分作用素の層は一見非常に抽象的に定義されているようにみえますが、第二マイクロ函数の層CMLへ正則函数の積分によるBony-Schapira typeの作用を持つことが最近の研究でわかってきております。Laurentによる作用素は一般には我々の層CMLに作用しないし従来の第二マイクロ函数の層への作用もこのような具体的な描像を持たないことに注意して下さい。

 さて本論にもどって、定理1および2の証明の方針について少し触れたいと思います。まず定理1は、柏原-Schapiraの理論によりLegendre変換を量子化することができそれにより層複体の閉凸集合Gに対する余接バンドル上の層複体hom(C,Ox)[n]に変換されることを用いて証明されます。これは大雑把にいって上への制限がLegendre変換により第二マイクロ函数の層CMLに対応していることを意味しています。実際、定理2の証明においてはこの対応を活用して目的の単射性をMartineauによるcohomology消滅定理に帰着しています。すなわち第二超局所化の理論の結果を用いて境界値問題の結果を得たわけです。特に正則凸包を使うアイデアは柏原のパリ北大学でのセミナーのノートにおける方法を参考にしました。また逆に戸瀬-内田によるH.Lewy方程式の解の消滅定理をLegendre変換して第二マイクロ函数解を調べることも試みました。Microcharacteristic varietyのregular pointでありながら解層複体のすべての次数のコホモロジーが消えるような例をつくりました。佐藤-河合-柏原の構造定理によればマイクロ函数解の場合は一般には少なくとも一つの次数のコホモロジーは残るわけですから、このような現象は第二超局所化特有のものであると思われます。この結果は参考論文においてLevy-formの符号数がより一般の方程式系へ拡張されました。また同じ論文で高余次元の境界へ超函数解の正則性が伝わるための条件を与えて、戸瀬-内田およびD’Agnolo-Zampieriの解の消滅定理を一般余次元へ拡張し高余次元境界値の特異性スペクトラムについてのするどい評価を得ました。この結果と主論文で証明された一般論をあわせると実解析解の延長についての定理が得られます。

 今後、第二擬微分作用素の層の理論を発展させて、第二マイクロ函数解が消えるための条件を佐藤-河合-柏原流に調べることにより境界値の特異性の評価を求めることも将来の研究のひとつの目標として考えています。

審査要旨

 本論文は線形偏微分方程式系に対する境界の余次元が1より大きい場合の境界値問題を代数解析の立場で研究し、その基礎理論を与えたものである。また、これに関連して第2超局所解析について新しい理論を構築した。

 偏微分方程式に対する境界値問題は、通常、半空間で定義された解と、境界である超曲面で定義された境界値との対応という形で定式化されているが、一般の線形偏微分方程式系に対しては、高次元の場合の佐藤超函数の定義に見られるように、余次元の高い境界上での境界値を考えることが必須となる。しかし、この場合は、佐藤超函数論の基礎で必要となったように、結果の定式化自体に層係数のホモロジー論など代数解析の手法を必要とする。このため、この方面の研究者は数が限られていて、これまであまり研究が進んでいなかった。楕円型方程式系に限定すれば、1972年に発表された柏原正樹-河合隆裕の論文により境界Nに伴うマイクロ函数の層CN|Xを用いて一応の解答が得られているが、一般の方程式系については大阿久俊則(1986年)による、佐藤超函数解と境界値の佐藤超函数の組が一対一に対応するという結果程度しか知られていなかった。

 余次元が1の場合、この対応の一意性は小松彦三郎-河合隆裕(1971年)によって証明されている。片岡清臣(1980、81年)は実半空間M+に伴うマイクロ函数の層111435f10.gifとマイルドな超函数の層111435f11.gifを導入して、この対応を超局所化すると共に、この対応の自然な意味づけを与えた。更に、半空間の解の境界値がみたす擬微分方程式系を求めた。大阿久の研究はこの延長上にある。但し、片岡の層は解析的に構成されており、佐藤-河合-柏原流に純粋に代数解析的に定義されたものではない。

 他方、1986年頃P.Schapiraは高余次元の場合も含めて境界値問題を代数解析的に定式化するため、複素余接バンドルT*X上の層の複体を導入した。特に佐藤超函数解が定義される領域⊂Mが固有閉凸錐Kの余集合のときは、この複体は、上0次のみに集中して0でないコホモロジー群をもち、層と同一視できる。内田素夫(1992年)はこの事実を用いてナイフエッジによる回折を論じた。しかし、これ以外の場合、の構造はよくわかっていなかった。

 以上の背景の下で、論文提出者の得た主要な結果は次の通りである。

 Mをn次元の実解析多様体、Xをその複素化、⊂Mを、余次元dの実解析部分多様体Nを稜とする凸状の楔型領域とする。このとき、に伴う境界上のマイクロ函数の複体111435f12.gifについて次の結果がなりたつ。

 定理1.111435f13.gif上0次のコホモロジー群のみをもつ。

 111435f14.gif

 定理2.Mを連接的DX-加群とし、NはMに関して非特性的であるとする。このとき自然に定義された境界値をとる写像

 111435f15.gif

 はNのファイバーN×XT*X上単射である。ここではNを稜とする開凸錐⊃A0×Rn-dを動く。

 これらの定理の証明は、量子化されたLegendre変換を用いて111435f16.gif上への制限が新しい第2マイクロ函数の層CMLと同型になることを用いて遂行される。この層CMLは片岡清臣-戸瀬信之-岡田靖則(1992年)により導入された層と同じものであり、佐藤の超局所化を2回くりかえして得られる柏原の第2マイクロ函数の層C111435f17.gifよりいろいろな意味でより自然である。

 論文の第2部は、この層CMLのより自然な定義と、定理2の代数解析的な証明をめざしたSchapiraとの共同研究の成果である。現在のところ本来の目的であったと思われる高次のコホモロジー群を含めた定理2の証明までは到達していないが、新しい第2超局所化について代数解析的基礎づけを与えることは成功した。

 佐藤-河合-柏原(1973年)によって創められた超局所化の理論は、柏原-Schapira(1990年)により層Fおよび実多様体の対M⊂Xに対するTMX上の超局所化M(F)及び上の佐藤のフーリエ変換M(F)の理論に一般化された。柏原(1972年)及び柏原-Y.Laurent(1983年)の第2超局所化は実多様体の三つ組N⊂M⊂Xに対し、111435f18.gifのように超局所化を2度くり返したもの及びそのフーリエ変換を考えることに相当する。このようにして得られた第2マイクロ函数の層は大きすぎて、応用上種々の問題があった。

 今回の論文では、N={0}×Rn-d,M=Rn,X=Cnに対して、L=Cd×Rn-dを考え、M⊂L⊂Xという三つ組に対して、ML(・)及びML(・)という函手を直接定義して、もとの三つ組に対する新しい第2超局所化の理輸を作った。このようにして得られる新しい第2マイクロ函数の層は全く別の方法で片岡らにより導入されたものと一致し、今後多くの解析に活用されるものと期待される。論文提出者自身も既にいくつかの結果を得ている。

 以上の成果は、線形偏微分方程式系の一般境界値問題に対する代数解析的研究の基礎となるものである。よって、論文提出者竹内潔は、博士(数理科学)の学位を受けるに十分な資格があると認める。

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