学位論文要旨



No 111442
著者(漢字) 李,書民
著者(英字)
著者(カナ) リ,シュミン
標題(和) 中国式片屋根温室内への日射透過および室内の畝栽培植物群落の受光特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 111442
報告番号 甲11442
学位授与日 1995.04.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1618号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高倉,直
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 岡本,嗣男
 東京大学 助教授 藏田,憲次
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨 1.研究の背景と目的

 温室内へ透過した日射の量とその分布は温室設計や温室栽培で考慮しなければならない重要な因子である。今までに、温室内の日射環境特性に関する研究は数多くあるが、ほとんどの研究は両屋根式温室についてのもので、中国式の片屋根温室(以後、単に片屋根温室と呼ぶ)内における日射環境の解析は少ない。片屋根温室は中国で園芸作物、特に野菜の栽培に広く応用されている温室の形態であり、近年、中国の中、北部地方に数多く建てられている。この型の温室は全て東西単棟温室であり、Fig.1に示したように、北側の裏壁、裏屋根および東西両妻は不透明の煉瓦、土、木材などで、南側の採光屋根は透明なビニルフィルムである。夜間にはこの透明被覆材の上に厚さ2-3cmのすだれなどをかける。したがって、この種類の温室は保温性が比較的よく、建築費も安く、冬季に晴天日の多い大陸性気候地域では、無暖房でも、トマト、キュウリなどの果菜類を栽培できる。

 片屋根温室の構造上の特性は室内の微気候の特性と深く関係していると思われるが、この点に関する研究例はほとんどない。より一層効率的にこの種類の温室を利用し、生産性を向上させるためには、その日射透過特性の究明が一つの課題である。本研究は、代表的な構造の片屋根温室を対象とし、模型実験と数値計算との2つの側面から、その(1)基本的日射透過特性、(2)室内日射透過改善法による効果および(3)室内に到達した日射量を有効的に利用するために植物群落の畝方位と直達光受光率との関係を明らかにすることを目的とした。

2.片屋根温室内への日射透過特性と日射透過改善に関する模型実験と数値計算

 模型実験では、実際の温室寸法の1/30の比率で模型温室(Fig.1,長さ160cm)を作った。模型温室の中央部に光センサーとしての太陽電池(ほくさん,型番SS1-45B,約幅11mm×長さ17.5mm)をそれぞれ床面に16個、裏壁に5個、裏屋根に4個取り付けた。実験は1992年12月から1993年6月まで周りの障害物の少ない東京大学農学部4号館(35°41’N)の屋上でそれぞれ晴天日(約45日間おきに1回)と曇天日に観測を行った。

 数値計算では、構造パラメーターが模型実験に用いたそれと同じ(ただし、無限に長いとした)片屋根温室内の直達射、天空日射およびそれら各々の反射日射の床面における分布などを解析した。数値計算の対象地域は中国で片屋根温室を利用されている主な地区である35°N〜45°Nとした。

 片屋根温室内への日射透過改善については、次の2つの方法を考えた。(1)裏壁と裏屋根を透明にする。(2)室内に反射幕を設置する。そして、反射幕による効果の大きさを比較するために、反射幕はそれぞれ室内裏壁と裏屋根の内側に配置する場合と室内の棟真下に垂直に配置する場合での室内の反射日射量を定量的に解析した。反射幕にはアルミ蒸着フィルム(反射率:0.77)を用いた。また、反射率がアルミ蒸着フィルムより小さいが、広く普及している塩化ビニルフィルムを反射幕として用いた場合も調べた。

 模型実験と数値計算の結果をまとめて言えば、次のことがわかった。(1)冬季だけではなく、春季にも室内栽培面(Fig.1にRとSの間の床面部分)の直達日射日透過率の均一性が高い。ところが、夏場には、主に不透明な裏壁と裏屋根の影響で室内床面に裏壁の近くの点の直達日射日透過率が大きく低下するのが特徴的である。また、冬から夏にかけて、栽培面直達日射日透過率がだんだん低くなった(Fig.2)。(2)天空日射の室内床面における分布は不均一性が著しい。すなわち、室内床面北の端から南の端に向けて天空日射透過率が大きくなる傾向があるが、最高値は南の端から床面幅の約1/4の所にあり、最低値との差は2倍以上もあった(Fig.3)。(3)片屋根温室の裏壁と裏屋根を透明にすると、栽培面直達日射日透過率は、冬至から春分まで通常状態の片屋根温室のそれと等しい。すなわち、裏壁と裏屋根による栽培面直達日射日透過率への影響は太陽高度の大きい春分〜夏至期間だけに限っている。また、裏壁と裏屋根を透明にした場合に天空日射透過率の分布は床面の北側と南側の近くの点のほか、ほぼ均一であり、また、通常状態の片屋根温室のそれより栽培面天空日射透過率が11-12%向上した。(4)反射幕をそれぞれ(1)裏壁と裏屋根の内側(2)垂直に棟真下に配置することによって直達日射条件下でも天空日射条件下でも反射による効果がみられ、そして、(2)の場合には室内栽培面に到達した反射日射の量が(1)のそれより大きいことがわかった(Table1)。アルミ蒸着フィルム反射幕を棟の真下に垂直に立てた場合に、直達日射条件下では、冬季に栽培面日透過率が大幅に向上した効果がみられたが、春、夏季に効果がだんだん小さくなった。天空日射条件下では栽培面天空日射透過率の向上は約5-6%にとどまった。

Fig.1.A schematic diagram of cross-section of the model lean-to greenhouse(1:30).N,R,S indicate the north edge,the ridge position and the south edge of the greenhouse,respectively.Shaded rectangles indicate solar cells. (unit:cm).Fig.2.Comparisons of daily cultivation area transmissivity under different greenhouse structures on fine days(measured).NG:Normal greenhouse with opaque north wall and roof. TG:Greenhouse with transparent north wall and roof. RG:Greenhouse with vertical reflector from the ridee down to the eround.図表Fig.3.Influences of the greenhouse structures on the diffuse radiation transmissivity on the floor of the greenhouse. *For symbols see Fig2. / Table 1.Comparisons of average reflective radiationa reached on the cultivation area under different greenhouse structures.
3.片屋根温室内の植物群落の受光特性に関する模型実験

 本実験は模型植物群落を模型温室に入れて、畝方位(東西と南北)と群落の直達日射受光率との関係を究明することを目的とした。

 この実験に用いた模型温室(横断面の構造パラメーターは第2章に述べたそれと同じ)および模型植物のサイズは実際寸法の1/15の比率で作製した。

 模型植物の幾何学構造は畝栽培キュウリの幾何学構造パラメーターを参考した上で次のように作った。(1)葉の形:丸、直径は1.50cm。(2)株の高さ:6.0cm、一株に葉が12枚ある。(3)単株の外観寸法:葉柄0.5cm+葉面直径1.5cm=2.0cm。(4)葉群の方位分布:隣の2枚葉の方位角差は90°である。(5)葉面は水平状態としたが、参考として、それぞれと+30°と-45°の場合での受光量も計った。

 植物群落の幾何学構造は次のようである。(1)栽植密度:畝間隔5.50cmx株間隔3.33cm、一条植。(2)葉面積指数(LAI):1.16。(3)植物群落のサイズ:東西畝:長さ77cmx幅26cm、総株数:110。南北畝:長さ77cmx幅23.8cm、総株数:98。

 観測は室内・人工直達光光源下で行った。観測の対象地区と時期は、35、45、55°Nの12月21日から、1カ月おきに6月21日までの半年間であった。群落の中央部に東西畝の場合に5株、南北畝の場合に4株を観測対象株とし、それぞれの株の上からの10枚葉面の表にサイズ 10 mm x 10 mmの太陽電池(KYOCERA,PSC1010)を取り付け、その受光量を測った。

 水平葉面群落の場合に得られた結果の概ねは次の通りである。(1)北緯35°地区・冬至においては、東西畝の群落日直達光受光率が南北畝のそれより高かったが、同緯度・春分と夏至の結果は冬至のそれと逆転して、南北畝のほうが高かった。(2)45°Nと55°N地区に対しては、どの季節にも南北畝の群落日直達光受光率が東西畝のそれより高かく、そして、太陽高度の大きい夏場になるほど、両者の差が大きく見られた。

4.まとめ

 模型実験と数値計算を通じて、中国式片屋根温室内の日射透過特性、室内への日射透過改善法による効果およびその成立機構を究明した。また、室内直達光条件下で行った模型実験による結果は、植物栽培の畝方位を選択するに際してその群落の葉面傾斜角、季節および緯度などによって決めたほうがよいことを示唆している。

審査要旨

 温室栽培では温室内に到達する日射をできるだけ多くし,さらに植物群落が最大限にそれを利用できるよう工夫する必要がある。

 本研究では,中国で代表的な構造の片屋根温室を対象とし,模型実験と数値計算から,(1)基本的日射透過特性,(2)日射透過改善法による効果および,(3)室内植物群落の畝方位と直達光の受光量との関係を明らかにした。

 片屋根温室の日射透過特性に関する数値計算の検証のために, 1/30の模型温室を製作して実験した。模型温室の中央部にそれぞれ床面に16個,裏壁に5個,裏屋根に4個の太陽電池を取り付け測定した。 日射の透過特性に関する数値計算は直達日射と天空日射の透過特性に分けて行った。天空日射の数値計算では(1)天球からの天空日射強度は均一で,(2)温室内での反射は無いと仮定した。実測の結果は数値計算結果と概略一致した。

 数値計算では中国で片屋根温室が主に利用されている北緯35°〜45°について行った。その結果,(1)冬季だけではなく,春季にも片屋根温室内の栽培面における直達日射日透過率分布の均一性が高く,夏季には,床面の北壁付近と南縁の近くで直達日射日透過率が低下する。(2)室内床面における天空日射透過率は北側ほど低くなり,不均一性が著しい。(3)冬季には,裏壁の内側に到達した直達日射量は比較的大きく,その室内反射日射が利用できることなどが判明した。

 片屋根温室内への日射透過率を向上させるための方法として,次の2つの改善策を検討した。(1)裏壁と裏屋根を透明な被覆材にする。(2)裏壁と裏屋根の内側の反射率を高める。あるいは片屋根温室内床面の北側の地帯は作業用歩道であり,作物を栽培しないので,室内の棟真下に反射幕を垂直に設置する。

 これらに関して模型温室を用いて実験した。その結果,(1)片屋根温室の裏壁と裏屋根を透明なビニルフィルムにすると,栽培面での直達日射日透過率は夏季において大きく改善された。栽培面での天空日射透過率は約11%向上した。(2)いずれの場合も,反射日射は増加した。特に,裏壁と裏屋根の内側に反射幕を展張するより,室内の棟真下に反射幕を立てた方の効果が大きかった。(3)棟真下に立てたアルミ反射幕の傾斜角を太陽高度に応じて変えることによって,室内栽培面における直達日射日透過率分布の均一性が改善され,栽培面での直達日射日透過率も増加した。

 片屋根温室内の畝栽培植物群落の受光特性に関する模型実験では,模型植物群落を模型温室に入れて,畝方位(東西と南北)や葉面傾斜角と群落の直達光受光率との関係を明らかにすることを目的とした。

 模型片屋根温室,模型植物ともに実物の1/15の模型を作製した。模型植物は畝栽培キュウリの幾何学構造パラメーターを参考し,葉の形は直軽1.5cmの丸型,株の高さ6.0cm,一株は12葉からなるとした。葉群の方位分布は垂直方向に隣接する2枚の葉の方位角差は90°とし,葉面傾斜角はそれぞれ水平(0°),30°と-45°の3つとした。

 植物群落の幾何学構造として,栽培密度は畝間隔5.5cm,株間隔3.3cm,の一条植で,葉面積指数は1.16,植物群落の大きさは東西畝で長さ77cm,幅26cm,総株数は110,南北畝では長さ77cm,幅23.8cm,総株数98であった。観測は室内で直達光条件下で行った。観測の対象地区と時期は,北緯35°,45°,55°の12月21日から,1ヶ月おきに6月21日までの半年間であった。群落の中央部の東西畝の場合に5株,南北畝の場合に4株を観測対象株とし,それぞれの株の上から10枚の葉面の表にサイズ10mm×10mmの太陽電池を取り付け,その受光量を測った。その結果,水平葉面群落の場合(1)北緯35°の冬季においては,東西畝の群落日直達光受光率が南北畝より高かったが,春,夏季では南北畝のほうが高かった。(2)北緯45°と55°では,どの季節にも南北畝の群落日直達光受光率が東西畝より高く,太陽高度の大きい夏場になるほど,両者の差が大きくなった。(3)異なる畝方位において群落日直達光受光率に差があったのは,冬季では午前前半と午後後半の時間帯に,春・夏季では一日中ほとんどの時間帯で群落直達光受光率が異なることによると思われた。

 また,傾斜角35°と-45°の葉面群落の場合,(1)冬至と春分において東西畝の群落日直達光受光率が南北畝より高かったが,夏至には南北畝のほうが高かった。(2)冬至において,異なる畝方位での群落日直達光受光率の差は高緯度になるほど大きくなった。(3)傾斜角-45°の葉面では,緯度と季節によらず,南北畝の群落日直達光受光率は東西畝より高かった。

 以上要するに,本論文は学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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