本研究は1960年代後半から現在までの日本の現代戸建て住宅における中庭空間を扱ったものである。戸建て住宅の調査を通じて、中庭の形状や配置、構成などは利用者の使い方と関連していると考察された。本論文では様々な分析を通して中庭空間の機能的、心理的価値について論じる。はじめに初歩的なヴォイドまたは中庭をもつ住宅の実例収集のために2年半にわたる文献調査を行なった。実例を選択するにあたって、1)初歩的ヴォイドか中庭をもつ住宅であること、2)施主と建築家のコミュニケーションを経て設計されたものであること、3)設計において選択の余地が限られていること、4)都市住宅である(都市的な密度、制約の中にある)こと、5)建築的にリアリズムと適合していること、を基準とした。 本論をまとめるにあたって次のような問題を設定した。すなわち、1)日本の現代住宅における住行為と中庭空間との関連はどのようなものか、2)中庭はどのようにしてライフスタイルと住居の基本的な要求をみたすか、3)特に初歩的なヴォイドをもつ住宅において、適切な住居を提供するにあたっての建築家の役割はどのようなものか、4)現代住宅に継承されている日本建築の伝統的な要素はあるか、5)都市への応答として中庭住宅はどの程度適用可能か。 これらの問題提起によって、中庭空間の有用性や価値を分析しつつ日本の住宅における中庭空間の役割を明らかにすることを試みる。中庭空間は都市における高密住居において、1)空間パターンが可変であることによって、用途の限定されない空間として、多目的、フレキシブルな利用を可能にし、2)自然との密接な関係を提供し、3)集中と密集の影響からの心理的解放感をもたらし、4)建築空間や、それと人のアクティビティや場所との関連についての認識を触発するものと推測されるが、これらが実際にどのようであるかを探るものである。 これは建物と人との相分かち難い関係、すなわちトランザクショナルな関係が存在するためと考えられ、その結果として中庭空間が利用者に心理的おちつき、安定を与えることがわかる。つまり、中庭空間は機能的、心理的な選択肢を与える曖昧さを住居空間に提供しているととらえることができる。 文献調査の結果から、調査対象の建築家の設計による戸建て住宅に占める割合において、中庭をもつ住宅が過去四半世紀の間に急激に増加したことがわかった。収集した中庭住宅の実例の全体構成を9分割の正方形をベースとした空間モデルを用いて8種類に分類し、この構成モデルに基づいて使い方と空間の分節に関しての組織の分析を行なった。 次に各グループから選んだ実例について、池辺陽が示した基本組織図を用いて住居の基本組織についての分析を行なった。このような分析を行なったのは、人々の生活パターンから得られる組織原理を適用して現代建築が発展してきたと考えられるからである。 基本組織図から、中庭空間の様々な利点があることがわかった。パブリックスペースとしての質やプライベートスペースとしての質に影響するものとしての中庭の利用を考察した。すなわちソシオペタル、ソシオフーガルな空間の様相を明らかにした。基本組織図は中庭と内部空間の直接的な関係を強調する。また、基本組織図の分析を通じて動線空間としての中庭の利用も明らかになった。いくつかの例では中庭は、基本組織図の理想形からの平面の逸脱を修正するために単純な動線空間となっている。他のケースでは、制限された住居空間内における空間の複雑さを軽減する二次的な動線として機能している。二次的動線としての中庭はまた、個人、社会、労働のための空間のそれぞれの性格の維持にも役に立っている。最後に、組織についての分析はリビングや時にはキッチンなどへの変容など、中庭の多目的な利用パターンの可能性を明らかにする。 人と住居のトランザクションに関連する、もうひとつの分類方法はアフォーダンスの概念である。J.Gibsonによれば、アフォーダンスとは環境が人間(動物)に対して何を提供し、また何を備え、供給するかである。つまり、物理的環境の人間にとっての意味と価値である。アフォーダンスは物理的特性ではないので、具体的な物理的事象として測定することはできず、それぞれの動物にとって特有である。 これに従えば、表層のレイアウトと構成は人間に何をアフォードするかを決定すると解釈できる。中庭について見れば、その空間自身と同様、建築的に空間を決定する表面も、どのようなトランザクショナルな行為を提供するかという観点から考察される。そこで、中庭空間の物理的属性から、アフォーダンスの主な分類であるコントロール、場所づくり、アクセス、について論じる。すべての確認されたトランザクショナルな行為はこれらのアフォーダンスの主な性質の組み合わせからなっている。 さらに、内部空間の分節と中庭空間との関係の視点からさらに実例の考察を行なった。様々な空間のアレンジや複合的なアレンジの可能性が図面分析から予測された。この分析は、フィールド調査から明らかになった実際の利用のヴァリエーションに対する比較の基準となる。 前述の分析の結果を検証、考察するために実例についての調査が行われた。調査に先立ち、中庭空間をもつ住宅の設計に影響を及ぼした建築家の選択が行われた。日本の住宅における中庭に対する建築家の姿勢を知るためにそのうちの5人に対してインタビューを行ない、それぞれの建築家に中庭空間に関する10の質問をした。それらに対する回答は、中庭が様々に使われているという、仮説を支持するものであった。伝統的な室内空間にはなかったニーズを満足させるために、多くの実例に中庭が既往のデザイン要素として導入されていることがわかった。自然への接近、多目的スペース、庭園、内部化された外部のプライベート空間としての位置づけが目立っている。 建築の主要な要素としての中庭空間は、伝統的な日本内外のプロトタイプや実験的なタイプから考慮され、建築家によってデザイン要素として使われている。 フィールド調査の第二段階は居住者を対象としたアンケート調査であった。住居デザインを次の三段階、1)デザイン以前のプロセス、2)デザインの過程、3)入居後の評価(POE)、に分け、対象とした住宅の居住者に各段階に関する質問をした。 予想されたように、この調査は広範囲のアクティビティが中庭が存在する結果として現れていることを明らかにした。建築家に対する信頼は予想よりも大きく、デザインの結果に対する満足の度合いは、デザイナーが施主の要求に応えていることを示している。 あらかじめ中庭空間のデザインや性能についてのイメージや概念をもっていなかったにもかかわらず、ほとんどの施主が予測された性質を認めていた。さらに、広範囲にわたる中庭空間を表現する記述が利用者と空間のある種の心理的な関係を示している。 多くのケースについて、空間分節の分析からは空間の可変性が存在することが予測されたにもかかわらず、利用者がその可能性を生かしていないことがわかった。例えばこの調査の結果では、多くの家で中庭と台所が近接しており、直接アクセスできるにもかかわらず、ごく少数しか中庭で食事をすることをしない、などである。これは、このタイプの住宅において中庭が建築家の設計段階においては広く支持され、主要な要素として頻繁に使われているにもかかわらず、居住者が必ずしもその意図をくんで使いこなしているわけではないことを示すものである。 調査を通じて中庭空間の全体的使用と自律性が確認された。空間的アフォーダンスがコントロールされることで、場所づくりと広範囲のアクティビティと経験とが、極小の都市住居に中庭をとりいれることで支えられている。中庭空間は、それがあるからこそあり得るアクティビティ、経験、自然現象を通じて、機能的可能性を豊かにし、心理的なおちつきを確立する要素であるといえる。 |