学位論文要旨



No 111445
著者(漢字) ツヅキ ファビオ デ サレスゲハ
著者(英字) Tsuzuki Fabio de Sales Guerra
著者(カナ) ツヅキ ファビオ デ サレスゲハ
標題(和) コンデンサ型超音波センサの開発と移動ロボットのナビゲーションへの応用に関する研究
標題(洋) Capacitive Ultrasonic Sensor and its Applications in the Navigation of Mobile Robots
報告番号 111445
報告番号 甲11445
学位授与日 1995.04.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3482号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 教授 高野,政晴
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 助教授 石川,正俊
内容要旨

 本論文は、移動ロボットの外界認識用センサとして用いられる超音波センサに関し、センサの設計手法からナビゲーションにおけるセンシング手法に至るまで総合的扱ったものである。センサの設計については、特にコンデンサ型超音波センサの構造と特性の関係を明らかにして設計の指針を示し、超音波の反射の性質に基づいた効率の良いセンサの配置を考案している。さらに超音波の特性を生かしたセンシング手法を提案し、実環境における実験によりその有効性を検証している。

 移動ロボットが屋内を自由に動き回るためには、壁や障害物の位置およびロボット自身の位置と姿勢を外界センサを用いて検出する必要があり、テレビカメラで入力した画像の認識に基づく手法と、超音波の往復時間あるいは光学的な三角測量による距離計測に基づく手法がある。画像は情報量も多く汎用性があるが、画像認識を移動ロボット用として実用化するためには数多くの課題が残されている。一方、光や音波を用いた距離計測による外界認識は、得られる情報量は少ないものの、障害物を回避したり与えられた経路を辿るような目的には十分であり、実用的な研究が進められている。

 超音波センサは音波の有無により障害物検出などを検出するような比較的単純な目的に利用されることが多いが、距離測定の精度を上げたり検出範囲を目的に応じて設定するためには、用いる周波数や信号処理の手法に応じてセンサの特性を設計できることが望ましい。設計の自由度が比較的高い空中用コンデンサ型超音波センサは原理は単純であるものの、共振周波数や帯域などの特性値を決定するパラメータが明かになっていないために試行錯誤によって構造を設計しなければならなかった。基本的な構造は、振動膜となる厚み数ミクロンの高分子膜の片面に電極用として金属を蒸着し、その蒸着面の反対側に細かい溝や凹みをつけた金属板(バックプレート)を押し当てて他方の電極とするものである。本論文では、まずコンデンサ型超音波センサの構造と特性の関係について、膜の厚みや材質、バックプレートの溝の形状など、様々な条件に対して数多くの実験データを収集して解析を行なった。その結果、共振周波数を決定する主要な設計パラメータはバックプレートの溝の断面積であること、帯域は溝の断面形状の影響が大きいこと、感度は溝の間隔が小さいほど高くなる傾向があること、および膜に与える張力はセンサの特性に与える影響が小さいことを明かにした。これらの成果により、空中用コンデンサ型超音波センサの定量的な設計が可能となった。

 移動ロボット上のセンサの配置については、従来、検出範囲を広げるために複数のセンサをロボットの前面に正面に向けて一列に並べたり、ロボットの側面の全周に環状に配置して全方位をカバーすることが行なわれてきた。しかし、実環境においては壁のような平面からの鏡面反射が主となるため、センサを単に数多く並べただけでは実質的な検出範囲は広がっていなかった。この問題に対し、本論文では音波の反射を幾何学的に解析し、ちょうど自動車のヘッドライトのようにロボットの前部の両端に複数のセンサを配置し、それらを内側へ向ける新しい配置(Headlight Conifguration)を提案した。音波の反射のシミュレーションおよび実験により、この新しい配置によって移動ロボット前方の物体の検出確率が従来の配置に比べて高くなること、特に障害物回避などの実用面で極めて有効であることを示した。

 次に、移動ロボットのナビゲーションにおける超音波センサによるセンシング手法に関して、本論文では、

 1.センサを向けるべき方向(Direction of Interest)という概念の提案およびその計算法の導出

 2.超音波によるナビゲーションの道しるべとなる物体の利用法の提案

 3.新しいセンサの配置(Headlight Configuration)を用いた障害物回避動作の実現

 という三つの成果を上げている。

 超音波を用いた移動ロボットの環境認識においては、ロボットの周囲の物体からの反射波の有無や強度は物体の形状や位置姿勢に大きく依存するため、センサを向ける方向が重要となる。特に一個のセンサを回転走査するような単純なセンサシステムにおいては、電波レーダのアンテナのように万遍なく一様に走査する方法は移動を伴うロボットにとっては必ずしも効率的ではない。そこで本論文では、センサが注視すべき方向(Direction of Interest)という概念を提案した。平たく言えば、反射が得られそうな方向にセンサを向ける、あるいは確実な反射が得られる物体をセンサで追尾する、ということである。この方向を決定するために、環境を三次元物体のソリッドモデリングの手法を応用してモデリング反射波のシミュレーションを行い、予めセンサを向けるべき方向を計算する手法を示した。具体的には、センサの指向特性を円錐で近似し、環境との交わりの有無を計算し、交わりの方向と交わった部分の環境側の形状などから反射波を予測するものである。これは音波の反射を求める厳密な計算法とは異なるが、計算量が少なく実用上は有効である。

 このようにセンサが注視すべき方向が存在するということは、環境の中には他の物体に比べて高い信頼性で検出される物体があることを意味している。本論文では、このような物体をナビゲーションの道しるべとして選択し、その利用法を示した。逆に超音波センサに適した道しるべ(四角柱や円柱)を人為的に環境内に設置する方法についても検討し、ナビゲーション実験によりその有効性を示した。

 障害物回避問題については、箱状の物体のように反射の方位依存性の強い障害物に対し、本論文で提案した新しいセンサの配置(Headlight Configuration)が有効であることを移動ロボットによる障害物回避実験によって検証した。

 今後の課題は、実環境における実験を重ねることにより超音波センサの評価を行い、本論文で示したセンサの設計手法に基づいてセンサの改良を進めることである。

審査要旨

 本論文は、「コンデンサ型超音波センサの開発と移動ロボットのナビゲーションへの応用に関する研究」と題し、移動ロボットの環境認識に用いられる空中用コンデンサ型超音波センサの設計指針を示し、超音波センサを利用した移動ロボットのナビゲーションシステムを実現することを目的としている。論文では、コンデンサ型超音波センサの特性を決定する設計パラメータを明らかにし、また音波の反射の性質に基づき、検出範囲の広い新しいセンサの配置を提案している。さらにナビゲーションにおけるセンサ情報の利用法について提案し、シミュレーションと実験の両面から、その有効性を実証している。

 第一章では、移動ロボットにおける超音波センサについて概観し、研究の背景、目的と意義、および論文の構成について述べている。

 第二章では、空中用コンデンサ型超音波センサについて、共振周波数や帯域などの特性値と、振動膜の厚みやコンデンサを形成する極板の形状など数種類の設計パラメータとの関係を、数多くの実験データと物理モデルを比較・解析することにより、特性の支配的な設計パラメータを明かにしている。

 第三章では、検出範囲を広げるための複数のセンサの新しい配置を提案している。まず、検出範囲を広げる目的で従来採用されていた直線状あるいは環状の配置では実用上の検出範囲がそれほど広がっていない問題点を指摘した。この問題を解決するために本論文では、複数のセンサを自動車の前照灯のように移動ロボットの前部の左右に配置し、これらをやや内向させることによりロボットの前方で左右のセンサの検出領域が重なる新しい配置を提案した。この配置は、移動ロボットが実際に対象とする環境中の壁や障害物等の物体に対する音波の反射経路の幾何学的な考察から生み出されたものである。検出特性の向上は様々な状況に対するシミュレーションおよび実験により確認しており、特に壁や四角柱のように平面で構成された物体に対して斜めに接近した場合の検出特性が大幅に向上していることに特徴がある。

 第四章では、超音波センサによる移動ロボットのナビゲーションに必要な環境のモデリングと超音波の反射のシミュレーション手法について述べている。環境のモデリングにはCADの分野で用いられているソリッドモデリングの手法を利用している。次に、センサの指向特性を円錐で近似し、環境との交わりの有無を計算し、交わりの方向と交わった部分の環境側の形状などから反射波の到達時刻や振幅を推定している。本手法は音波の反射を求める正確な計算法とは異なるが、ある与えられた環境において超音波センサが検出できる物体を予測するためには有効である。

 第五章では、ナビゲーションの実験について、まず、送受信可能な単一のセンサをモータによって機械的に回転走査する単純なセンサシステムにおけるセンシング戦略について述べている。超音波を用いた移動ロボットの環境認識においては、ロボットの周囲の物体からの反射の有無や強度が物体の形状や位置姿勢に大きく依存するため、センサを万遍なく一様に走査するのは効率が悪いことを指摘し、反射が得られそうな方向へ積極的にセンサを向ける必要性を論じている。センサを向ける方向を決定するために、第四章で述べた反射の計算手法を利用して予め概略形状が与えられている環境の場合についてセンサを向ける方向を計算している。さらに実験により、このセンシング手法の効率が良いことを検証し、本手法が適用可能な条件や限界についても述べている。次に、第三章で提案した新しいセンサの配置を用いて障害物回避動作の実験を行なっている。障害物として四角い箱を用い、従来のセンサの配置では検出困難だった側面に対して斜め方向から接近する状況においても、提案した新しい配置では確実に検出が可能で、障害物回避が可能であることを実験によって示している。

 第六章では本論文の結論を述べている。まず第一の研究成果は、空中用コンデンサ型超音波センサの設計パラメータを明かにしたことにより、望みの仕様に対して定量的な設計を可能としたことである。第二は、移動ロボットのナビゲーションにおいて重要なロボット前方の物体検出特性を向上させる新しいセンサ配置を提案したことである。第三は、これらの成果に基づいて移動ロボットにおける超音波センサのセンシング手法を提案し、それを実際の移動ロボットを用いた実験により検証したことである。

 以上のように本論文は、移動ロボット用超音波センサとその利用法に関してセンサの設計からナビゲーションにおけるセンシング手法に至るまで総合的に扱った完成度の高い論文である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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