本論文は、移動ロボットの外界認識用センサとして用いられる超音波センサに関し、センサの設計手法からナビゲーションにおけるセンシング手法に至るまで総合的扱ったものである。センサの設計については、特にコンデンサ型超音波センサの構造と特性の関係を明らかにして設計の指針を示し、超音波の反射の性質に基づいた効率の良いセンサの配置を考案している。さらに超音波の特性を生かしたセンシング手法を提案し、実環境における実験によりその有効性を検証している。 移動ロボットが屋内を自由に動き回るためには、壁や障害物の位置およびロボット自身の位置と姿勢を外界センサを用いて検出する必要があり、テレビカメラで入力した画像の認識に基づく手法と、超音波の往復時間あるいは光学的な三角測量による距離計測に基づく手法がある。画像は情報量も多く汎用性があるが、画像認識を移動ロボット用として実用化するためには数多くの課題が残されている。一方、光や音波を用いた距離計測による外界認識は、得られる情報量は少ないものの、障害物を回避したり与えられた経路を辿るような目的には十分であり、実用的な研究が進められている。 超音波センサは音波の有無により障害物検出などを検出するような比較的単純な目的に利用されることが多いが、距離測定の精度を上げたり検出範囲を目的に応じて設定するためには、用いる周波数や信号処理の手法に応じてセンサの特性を設計できることが望ましい。設計の自由度が比較的高い空中用コンデンサ型超音波センサは原理は単純であるものの、共振周波数や帯域などの特性値を決定するパラメータが明かになっていないために試行錯誤によって構造を設計しなければならなかった。基本的な構造は、振動膜となる厚み数ミクロンの高分子膜の片面に電極用として金属を蒸着し、その蒸着面の反対側に細かい溝や凹みをつけた金属板(バックプレート)を押し当てて他方の電極とするものである。本論文では、まずコンデンサ型超音波センサの構造と特性の関係について、膜の厚みや材質、バックプレートの溝の形状など、様々な条件に対して数多くの実験データを収集して解析を行なった。その結果、共振周波数を決定する主要な設計パラメータはバックプレートの溝の断面積であること、帯域は溝の断面形状の影響が大きいこと、感度は溝の間隔が小さいほど高くなる傾向があること、および膜に与える張力はセンサの特性に与える影響が小さいことを明かにした。これらの成果により、空中用コンデンサ型超音波センサの定量的な設計が可能となった。 移動ロボット上のセンサの配置については、従来、検出範囲を広げるために複数のセンサをロボットの前面に正面に向けて一列に並べたり、ロボットの側面の全周に環状に配置して全方位をカバーすることが行なわれてきた。しかし、実環境においては壁のような平面からの鏡面反射が主となるため、センサを単に数多く並べただけでは実質的な検出範囲は広がっていなかった。この問題に対し、本論文では音波の反射を幾何学的に解析し、ちょうど自動車のヘッドライトのようにロボットの前部の両端に複数のセンサを配置し、それらを内側へ向ける新しい配置(Headlight Conifguration)を提案した。音波の反射のシミュレーションおよび実験により、この新しい配置によって移動ロボット前方の物体の検出確率が従来の配置に比べて高くなること、特に障害物回避などの実用面で極めて有効であることを示した。 次に、移動ロボットのナビゲーションにおける超音波センサによるセンシング手法に関して、本論文では、 1.センサを向けるべき方向(Direction of Interest)という概念の提案およびその計算法の導出 2.超音波によるナビゲーションの道しるべとなる物体の利用法の提案 3.新しいセンサの配置(Headlight Configuration)を用いた障害物回避動作の実現 という三つの成果を上げている。 超音波を用いた移動ロボットの環境認識においては、ロボットの周囲の物体からの反射波の有無や強度は物体の形状や位置姿勢に大きく依存するため、センサを向ける方向が重要となる。特に一個のセンサを回転走査するような単純なセンサシステムにおいては、電波レーダのアンテナのように万遍なく一様に走査する方法は移動を伴うロボットにとっては必ずしも効率的ではない。そこで本論文では、センサが注視すべき方向(Direction of Interest)という概念を提案した。平たく言えば、反射が得られそうな方向にセンサを向ける、あるいは確実な反射が得られる物体をセンサで追尾する、ということである。この方向を決定するために、環境を三次元物体のソリッドモデリングの手法を応用してモデリング反射波のシミュレーションを行い、予めセンサを向けるべき方向を計算する手法を示した。具体的には、センサの指向特性を円錐で近似し、環境との交わりの有無を計算し、交わりの方向と交わった部分の環境側の形状などから反射波を予測するものである。これは音波の反射を求める厳密な計算法とは異なるが、計算量が少なく実用上は有効である。 このようにセンサが注視すべき方向が存在するということは、環境の中には他の物体に比べて高い信頼性で検出される物体があることを意味している。本論文では、このような物体をナビゲーションの道しるべとして選択し、その利用法を示した。逆に超音波センサに適した道しるべ(四角柱や円柱)を人為的に環境内に設置する方法についても検討し、ナビゲーション実験によりその有効性を示した。 障害物回避問題については、箱状の物体のように反射の方位依存性の強い障害物に対し、本論文で提案した新しいセンサの配置(Headlight Configuration)が有効であることを移動ロボットによる障害物回避実験によって検証した。 今後の課題は、実環境における実験を重ねることにより超音波センサの評価を行い、本論文で示したセンサの設計手法に基づいてセンサの改良を進めることである。 |